後始末屋の特異点   作:緋寺

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癒しの中で

「……すげぇ疲れた……まだ作業始まってもいねぇのに」

 

 出洲との通信が終わった直後、深雪はがっくりと肩を落とすように座り込んで、大きく溜息を吐いた。

 会話が対話になっていないことが、深雪のメンタルをゴリゴリと削っていた。阿手ほど自分勝手ではないが、それでもその信念が平和のためという言葉に秘められた自己中心的な思想の押し付けでもある。さらには、それを信じて疑わないため、話にならない。

 

「お疲れ様なのです……電達は声すら出せなかったのです……」

「いや、いいよ。ありゃあ、あたしに向けて話してきてた。だから、あたしが答えた方がいい。こんなにスッキリしない口論は無ぇけどな」

「まこと、恐ろしい相手でございます。言葉はわかれど対話にならぬ。()()()()としか認識が出来ませぬ」

 

 白雲の言う通り、出洲は壊れている。その信念がおかしいとわからない。もしくは、わかっていても止まらない。それが出来てしまうのは、自重する心が壊れているとしか言いようがない。

 

「アイツって一度殺されて生き返ったって話だよね確か。そん時に壊れたんじゃない?」

「そう、かもしれねぇな。その時から無茶苦茶な実験してたんだろ。昔の純粋種から命を吸い取るみたいな」

「うん。あたしの姉さんもそれでやられてる。アレはデスかアデ、どっちかの信奉者だったはず。未来のために平和のためにって、あたしは姉さんを奪われてる」

「なら、死ぬ死なない関係なしにぶっ壊れてんじゃねぇか。最初からアイツも阿手と似たり寄ったりだったっつーことだろ」

 

 決めつけるのは良くないと思いつつも、今こうして通信越しに改めて話をしても、その壊れ方はよくわかった。自分本位で、深雪との対話を望んでいない。特異点は始末する者としてしか認識していない。

 故に、深雪も出洲に対しては和解出来ない者、戦いにしかならない者としての認識を深めている。これまでやってきたことから、和解なんて出来るわけがなく、罪を償ってもらわなければならないのだが。

 

「アイツとは戦い以外で話が出来ねぇよ。どう足掻いても」

「……悲しいですけど、電もそう思います。向こうが話し合いを拒んでいます」

「だな……喧嘩腰ってわけじゃなく、あたしを一刻も早く始末したいって気持ちが嫌でも見えた。焦ってるわけでもなく、あたしが気に入らないって感じでも無い。本気で、あたしが人間を堕落させるって考えてんだろ。あり得ねぇけどな」

 

 溜息は深くなる一方。何もしていないのに平和を目指す道の邪魔だと言われるのは、そんなことないと反論出来るとはいえ疲労に繋がる。

 

「ミユキ、今日はもう休も。こんな状態で仕事出来ないんじゃない?」

「はい、グレ様の仰る通りでございます。今のお姉様は心がお疲れの様子。一度戻ることも考えておりましたし、提督様にこの件を話し、本日は休ませていただきましょう」

 

 グレカーレと白雲からも勧められて、今日はもう休む方向に持っていく。身体の疲れは全く無いが、心がこんなことになったら、やはり作業に支障をきたすだろう。

 今回ばかりは神威に頼りたいとすら深雪は考えた。癒しの『排煙』を受けたいと思えることはなかなか無いことである。

 

 

 

 

 うみどりに戻り、地下の最奥で起きたことを伊豆提督に話すと、目を見開いて驚いた。出洲から通信を仕掛けてくるのは、あまり考えていなかったからである。最終決戦を何処でやるか、そのことをどう伝えてくるかは謎だったが、阿手の通信設備が直ったところでいきなりとは思わない。

 それに対する深雪の啖呵──今は後始末で忙しいから構っている暇なんてない──は、伊豆提督にとってはベストとも言える対応だったとも思える。通信がまともに出来ない地下で、誰の助けも得られない環境から、勢いに任せて勝手に決めることをしなかったのは、称賛に値する。

 

「本当はハルカちゃんを連れてくるってのが一番良かったんだろうけど、あんな場所に連れていくなんて、いくらハルカちゃんでも気が引けたし、そもそも時間がかかりすぎるだろ。だから、勢いでいろいろやっちまった」

「深雪ちゃんの対応は、アタシからしたら百点満点よ。そこで後始末をほっぽり出すことも考えなかった、時間をしっかり稼げたんだもの。向こうもいきなり襲いかかってくるようなことはしないみたいだから、その点は利用させてもらうに限るわ」

 

 そう、時間稼ぎだ。後始末も大切だが、あの出洲にどうやって勝つかを考える時間が必要なのは間違いないのだ。

 

 これまでの2週間、ドタバタが続いており、出洲との最終決戦のことなんて少し頭から抜けていたくらいである。目の前の惨事をどうにかしなくては先に進めない。

 その元凶に繋がる者が知らぬ存ぜぬで放置してくるのは気に入らないのだが、どうせ責任を放棄しているのだから、いなければいない方が感情を逆撫でされずに済む。手伝えとは文句を言うが。

 

「万全な状態で戦いを挑むなら、少なくともこの島が安定することが大前提よ。その後じゃないと戦いになんていけない。それに、こうしている間に後始末の現場は溜まりに溜まってる。それもどうにかしないといけない。出洲のためにこちらの仕事を潰されるなんてあっちゃいけないの。だから、出洲を後回しにしたのは正解よ。いい選択ね」

「ハルカちゃんにそう言ってもらえるならよかった。で、さ。割と今日は疲れちまって……」

「ええ、見てわかるくらい、心が疲れているのね。深雪ちゃん、今日はお休みで大丈夫よ。神威ちゃん、いる?」

「出来れば使わせてほしいかな……」

 

 メンタルの消耗で少し弱腰になっている深雪に苦笑しつつも、癒すために最低限の準備を始めた。

 

 今日は突然の休みになってしまった深雪。他の者も休んでおけと言うくらいだ。これはお言葉に甘えさせてもらった方がいい。

 

 

 

 

 電、グレカーレ、白雲は後始末へと向かう。深雪は一人うみどりに残り、心を休ませることにした。

 真っ先に頼ったのが、神威の『排煙』。心を落ち着かせ、余計な感情を一時的にでも抑え込む。身体が強張るのを防ぎ、心から来る身体の疲労もここでシャットアウト。

 

「悪い、神威さん、今日はちょっとダメだ」

「いえいえ、こういう時に頼ってくださいな」

 

 食堂の隅で、神威に抱えられながら、まったりと癒される。そこに出されたのは、お茶と茶菓子。用意したのは、杏。

 

「なんかお疲れだね……これ、セレスさんが作ってた甘いモノだよ。食べて食べて」

「ん、ありがとな……はぁ、茶が沁みるぜ……」

 

 一服すると、先程の心の疲労は自然と癒やされていく。甘いモノが染み渡り、お茶の温かさでホッとする。毛羽立っていた、ささくれ立っていた心が、平常心に変わっていく。

 

「何かあったの?」

「ああ……まぁ、な。阿手の仲間と通信で直接話してさ、無責任なクソだったから疲れちまって」

「そうなんだ……大変だったね……」

 

 杏には少しわからないことがあるが、少なくとも特異点はいるだけで罪だと言われの無いことを言われ続けているのは知っている。こうして一生懸命戦って、平和のために後始末までしているのに、悪と断じられるのはおかしいと、うみどりでは数少ない一般人でもそれは思った。贔屓目に見なくても、深雪の方が正しいと思える。

 

 故に、杏は隣に座って深雪と語る。

 

「深雪に悪いところなんて一つも無いよ。少なくとも、みんなを救った英雄であることは変わりないし。この島を元に戻そうとしてるのが悪なわけがない。それに、私はお母さんも助けてもらってるしね」

「そう言ってもらえると助かるな……」

 

 神威の『排煙』のおかげでかなり心は落ち着いてきている。そこに杏の心からの言葉を受けて、より癒された。

 自分のやってきたことが間違いでは無いと裏付けてくれる者がいるだけでも、心持ちが大きく変わるものだ。

 

「その出洲って人は、深雪の本質を見ないで、わけわかんないことを言い続けてるんでしょ? なら、聞く耳持つ方が疲れるだけだよ。好きに言ってるだけの言葉、少なくとも深雪のことをちゃんと知ってるなら、それがおかしなことだってわかるしね」

「……だな」

「それに、聞いてる感じ、その人の方が確実におかしいよ。自分の考えてることが絶対間違ってないって言える方が胡散臭いし。迷いがないってことはさ、試行錯誤してないってことだよね。それって、研究者としてもおかしくない?」

 

 これだと決めつけて動き、周りに迷惑をかけても気にしないようなやり方、研究者だなんて言えないと、杏は断言した。

 

「今の世界は、深海棲艦と戦争してる時点で決して平和とは言えないけど、だったらまずそこをどうにかするところからが平和を目指すってことだと思うし。それもしないで自分のやりたいことばっかりやってるんでしょ。そんなの、平和を見てない。自分の世界から抜け出てないだけだよ」

 

 一般人である杏のそんな言葉すら、出洲はおそらく聞こえていない。聞いたところで、何かにつけてそれを拒絶することが、容易に想像がつく。

 平和のために最も聞かなくてはならないのは、こうして平和を奪われた者の声だ。それなのに、意に沿わぬ者の言葉は突っぱねる。

 

 結局は、自分のやりたいことをやり続けるだけ。それはいけないことだと言われたところで何も変わらない、駄々を捏ねているだけの子供。阿手と変わらない、歳を取り続けただけのガキ。

 

「……はは、そうだな、杏の言う通りだ。アイツは、平和だ平和だと言いながら、人の命を生贄にしないと進められないような研究しか出来てない、平和が何も見えてないバカだ。話にならねぇや」

「うんうん、私もそう思うよ。あっちも悩んで悩んで今の答えに辿り着いたのかもしれないけど、人の命使ってる時点で思考放棄だよ。だって、その人の平和のことは考えられてないんだもん」

「だな。本当に平和を望んでるなら、誰も死んじゃいけないんだよな」

 

 とはいえ、出洲のような極端な思想の持ち主は、この世界にいてもらっては困る。平和のために命を奪うことは平和を望んでいないと言いながらも、そこで命のやり取りが出てきてしまっている矛盾を、仕方ないとして割り切るのは少し難しい。

 

 

 

 

 故に、深雪は自分が目指している道が、絶対に正しいとは言い切れない。

 




深雪も少し悩みます。自分の平和って他人には平和ではないのではって。
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