「何やら複雑そうな顔をしていそうだね」
妙高とテミスによる、島の自然に対しての対応の相談を眺めていたメッセンジャー達に、声をかけたのは調査隊の響。残骸選定をして昼休みに入っていたこともあり、今は自由時間のようで、話しかけるのも調査隊としての弁当である少し特別なおにぎりを食べながらである。
響の目は、メッセンジャー1の方を向いていた。明らかに態度が悪く、そして何度も深雪やテミスに噛み付いた実績もあるため、是非ともお話しがしたかったようである。
「妙高さんと王様は、この島をよりよく、平和に導くために、未来を見据えた相談をしていたんだ。なのに、何か言いたそうだったね。顔が見えていなくてもわかるよ」
響からの語りかけに対して、メッセンジャー達は真摯に向かい合おうとはしていない。響が調査隊であることはわかっているようで、後始末屋ではない、特異点の仲間ではないということで、その存在をそこまで重くみていないようだった。
「この島を統べる者なのに、自然の復興方法をまともに知らずによく出来るな、とでも言いたかったのかな」
メッセンジャー1はピクリと反応する。図星を突かれたような反応。響はそれに対して嫌味な反応はしない。だが、今はまだ単純に知らないだけだからと説明をする。
「私が答えておこう。この王様は、自分の仲間を見限っていた君達の上司や、その仲間の人を人とも思わない独裁者のせいで、穢れが蔓延してしまったことにより生まれた、この島出身の特別な深海棲艦さ。生まれてまだ1週間ほど。君達よりも世界を知らない」
そんな響の言葉を横で聞き、テミスはウムと頷く。世界を知らないというのは、別に侮辱ではなく事実を伝えているに過ぎない。なので、テミスもその通りだと文句を言うことはない。
「だからこそ、こうやって知識ある者から知恵を授かって、この島をよりよくしていこうと考えている。そこにプライドなんて不要さ。自分より島を第一に思っている。最高の王じゃないか。民もついていくよ」
響もそうだが、目的達成のためには不要なプライドは切り捨てる。最初から考えない。それにより、必要なことを最速で手に入れようとする。
テミスはこの評価に満足げ。プライドなんて民の幸せのためには不要。尊大ではあれど、頭を下げる、感謝することは、何の躊躇もしない。
「無知は罪ではないよ。無知を隠して事を混乱させることが罪なのさ」
メッセンジャー1の肩をポンと叩いて、少し近付き、呟くように言葉を添える。
「この島のことを知らないのに、知ったような口を利くことの方が、ね」
今回は口を開かなかったから及第点だと、褒めつつも馬鹿にしているような言い方に、メッセンジャー1は間違いなく苛立ちを持っただろう。しかしその前にメッセンジャー2がその手を掴んだ。
「誘われてどうするの。この子、さっきまで貴女がやろうとしていたことを、直感的にやり返しただけよ」
響はおっとわざとらしく驚いたような顔を見せる。メッセンジャー1が深雪に対してやろうとしていたマッチポンプ──怒らせて手を出させて、相手を悪だと決めつける姑息な策──を、響が反対にやってやったに過ぎない。
深雪はそういうことはしない。テミスだってそこは自重する。だが、響はそこで、
「文句はないよね。君がやろうとしていたことだ。これ、君達の組織に何度も何度も言っていることなんだが、自分達がやってよくて、自分達がやられたらダメなんてことはないはずさ。それをダメと言うなら、あまりにもわかりやすいダブスタだ。信用なんて出来るはずがない」
やれやれとわかりやすく小馬鹿にしたような態度。メッセンジャー1は無言だが、手が小さく震えた。その都度、メッセンジャー2がしっかりと手を押さえる。
「とはいえ、平和の証明はしなくちゃいけないからね。信用出来ない君達でも、この島の午前中を見ただけでも、この島は言い返せないくらいに平和だと感じるだろうけど、どう思うんだい?」
メッセンジャー1に問う。
「ああ、2番、君は話さなくていい。君の言葉は今は聞かない。聞きたくない。耳障りが良いだけで、得体の知れないのはむしろ君だ。だから、2番の言葉ではなく、1番、君の言葉、君の考えを聞きたい」
先んじてメッセンジャー2の言葉は封じた。これまでの言葉からすると、メッセンジャー2はメッセンジャー1と大きく比べられるくらいに優しく真面目に対等と公平を守っている。それが逆に、裏があるようにしか思えないため、言葉によるサポートを禁じる。
何せ、これだけ優しい言葉を使うのに、メッセンジャー1のマッチポンプ作戦をギリギリまで咎めることもしなかった。それはまるで、恩があるからと阿手をここまで放置していた出洲のようだった。
故に、メッセンジャー1だけの考えで、今を解決してもらいたい。響はそう真正面から切り込んだ。
「それとも、君はそのママの手助けがないとこの場を収めることも出来ないのかな。理性的な母と、直情的な子供というイメージが、君達にはピッタリだよ」
あからさまな煽りである。
「それで、子供な君には直感的にこの島はどのように見えているんだい? 言葉にしてほしいね」
回答を求める。メッセンジャー1は響を見据えて、しかし言葉が出てこない。
「どうしたんだい? 人を煽る時はよく口が回るらしいけど、自分の考えを言葉にすることはそんなに難しいことかな。それとも、素直な言葉をここで言うと、私が輪をかけて煽ることが予想ついているから、何も言えないのかな」
響が微笑み始める。これはいいオモチャだと感じ始めたようである。
実際、平和だと言っても、平和ではないと言っても、響は即座に揚げ足を取るだろう。そして、メッセンジャー1の今の本心は、『これではまだ平和とは言えない』である。
それをすぐに言えれば、響は何もしない。何も言わない。しかし、この短期間の響の言葉から、何を言っても揚げ足を取られると感じ、すぐに言葉が出なくなっていた。
既に、良いように使われていることに、気付いていない。
「……テメェ」
「ようやく口を開いたらそれかい? 嫌なことをされたら、当然そういう気持ちになるんだよ。特異点は、深雪は、常にそういう環境に晒されている。理不尽にね」
響は続ける。
「どうだい、同じ気持ちになった感覚は。君達が率先してそういうことをやるんだ、さぞかし気持ちよくなれていると思うけれど、違うのかな。平和を目指している出洲の配下だ、今までの言動も、自分が受けて嬉しいから、それが平和の礎となる言動だから、繰り返すことが出来たんだろう。なら、私のこの言い分は、君達にとっての平和に繋がるはずだ。怒りなんて起きないはずだけれど……ふむ、ということは、だ。今、君自身が出洲の目指す平和が平和ではないと証明したわけだ。素晴らしい。君は私達の正当性を証明してくれた。礼を言うよ」
はははと楽しそうに笑う響。それを黙って聞いていた妙高は、少し気の毒そうにしていたが、同情などしなかった。響が言う通り、これと同じようなことを、深雪は常々敵の組織から受け続けていたのだ。
自分達ではここまで言い返すことは出来ない。いや、時雨なら嬉々としてこの数倍は言うだろうか。だが、少なくとも自分では無理だと思っている。
「それで? 君の目から、この島は平和だと感じるかい?」
話を戻し、監視という上から目線で手伝うこともせずこの島にやってきたメッセンジャーに、その答えを問う。
「……まだわからねぇよ。掃除は建物の中だ。何やってるのかも見えてねぇ」
「でも君達は深雪がどんな相手かわからないのに、人間を堕落させるから悪だと言っているよね。だから、これくらいの情報で平和か平和ではないか判断が出来るくらいに聡明だと思っていたんだけれど、違うのかい?」
何を言ってもカウンター。これまでの行いが全て返ってきている。メッセンジャー1の手がより震えたが、メッセンジャー2がしっかり押さえつけている。
「これだけ上から目線でここに来ているんだ。君達の答えに、わからないは許されない。それは逃げだ。自分なりの平和論に該当しないなら、これでは平和とは言えないと言い切ればいいだろう。だって、君達はこれまで、何も見ていないのに断言出来ていたんだ。深雪に対しては、君達は0か1の答えしか出していない。しかも基本は0で断定だ。それなのに、自分の不利になりそうな時には、そんな曖昧な答えが出てくるのかい?」
おにぎりを食べ終わり、携えていた水筒で水分を摂り、ふうと一息吐いた。
「君達はずるいよ。深雪に弁解の機会を与えないのに、自分に突きつけられたらのらりくらりだ。それが何故許されると思うのかな。私としては、そこが知りたい。教えてくれないかい?」
響の笑みは見てわかるほどに。対するメッセンジャー1は、フルフェイスで表情が見えていなくても、どんな顔をしているかが手に取るようにわかった。
「さぁ、教えてくれるかな。君は、何故そんなことが出来るのかな。答えを聞くまで、私は引き下がらないよ」
「口を挟ませてちょうだい」
「断る。私はこの1番に答えを求めている。2番、君には何も聞いていないから口を閉じていてもらいたい。甘やかすんじゃないよ」
「でも」
「でもじゃない。君達が悪と断じた特異点は、自力でその場で答えを出してきたよ。それとも何かい、何の信念もないのに、君はここにいるのかい。自分から問うておいて、問われたらだんまりは、流石にダメだろうに。ほら、私は答えを求めている。何か言えないのかい?」
メッセンジャー2を抑え込んで、響はメッセンジャー1に答えを求める。早く答えろと。
そして、メッセンジャー1は口を開く。
「テメェ……覚えてろよ」
「答えになっていない。やり直し。このテストに白紙は認められていない。さぁ、答えは?」
「テメェにくれてやる答えなんて無ぇ」
「それは答えとは言わない。やり直し」
「うるせぇ。黙ってろ部外者」
「なら二度と深雪のことを侮辱するな部外者。信念のない空っぽの言葉でも、彼女は深く傷付く。どうせ君はそれを繊細で心が弱いとでも言うのだろうが、君は心が狭く、大概だ。誰かに何かを言う資格は無いよ」
大袈裟に溜息を吐いて、メッセンジャー1をにっこり笑って見据えた。
「2番はいいとして、1番、君にはここを監視する資格は無いね。今すぐに帰ることをオススメするよ。ここにいるだけでも迷惑だ。君達が深雪に言っているようにね」
響「ああ、それと君のことは時雨にも伝えておこうかな。きっと嬉々として君を煽ってくれるよ。嫌なら帰った方がいいね。怖いだろう、言い返せないの」