メッセンジャーが持ってきたUSBメモリに入れられていた位置情報、出洲の現在の拠点の場所は、何処ぞの無人島を示していた。
しかし、重要になってくるのはそこでは無い。無人島で活動しているのならば、何かしらの援助が無ければ生きていくのも難しいだろう。となると、怪しいのは最寄りの鎮守府となる。
それは、かつて軍港都市で出会った別個体の深雪と、その相方である雷が所属しているという襟帆鎮守府。目立たない鎮守府ではあるが、阿手の事件の時には裏切り者として認識されることなく、調査隊が調べても埃が立たないという、今考えれば不自然なほどに清廉潔白。何かを隠していると疑えばキリがない。
「アイツ、邪魔されたくないから隠れてやるとも言ってたもんな……バレないようにやるってのもわかるけど、よりによって……」
深雪は軍港都市の時に出会った別個体の自分のことを考える。あの時はあまり態度が良くなかったようには見えるが、大人数での散策は楽しんでいるようにも見えた。笑顔は見せずとも、雷のサポートもあって、ずっと一緒についてきていた。
しかし、実はあの時から敵だったかもしれないと思うと、ギュッと胸が締め付けられるように感じる。
「いや、まだ決まったわけじゃあねぇよな。最寄りの鎮守府ってだけで、絶対に協力者ってわけでもねぇ。それこそ、何も知らないでそこにいるかもしれないんだ」
「なのです。まだ決まったわけじゃないのです」
電も、あの時に交流した姉、雷が実は敵だったという事実は、出来ることならば直面したくないモノである。今後、雷と戦うことにもなってしまうということに他ならないのだから。
「こちらからも襟帆鎮守府には声をかけようと思っているわ。敵かもしれないけれど、それは調べてみないとわからないもの。敵だった場合は……阿手の時と同じように、静かに潜伏している鎮守府の可能性を追求しないといけないわね」
伊豆提督も、なるべくならば他の鎮守府が未だに敵側に傾倒していることは信じたくない。しかし、状況が高い確率を示唆しているのだから、疑わなければ始まらない。
何も考えずに信用して、後ろから刺されたら堪ったモノではないのだから。
「あのメッセンジャー達にも話を聞いてみる必要はありそうね。もしかしたら、あれは出洲の配下というよりは、襟帆鎮守府の艦娘である可能性もあるんだもの」
カテゴリーKかもしれないが、所属としては襟帆鎮守府持ちである可能性も充分にあり得ることである。そうなると、どうしても引っかかってくるのが、あの別個体の深雪と雷のこと。
「別個体のミユキ、流石にあのメッセンジャーの1の方みたいにいちいち突っかかってくるようなことはしてこなかったよねぇ」
「ええ、我々と共に軍港巡りをしておりましたが、敵視するような発言はしておりませぬ。積極的な関わり合いを断とうとはしておりましたが」
「そうそう。ただ、2の方がイカズチって言われると、なんかそれっぽさはあるんだよねぇ。あの面倒の見方というか」
グレカーレと白雲の考察。メッセンジャー2人と、軍港都市で会った2人が一致するか否か。
2の方が雷かと言われたら、そうかもしれないと思えるような態度ではあった。1の方のやらかしを一旦放置してから宥めるというのは少し違うようにも思えるが、だとしても気にかけ方がかなり近いモノを感じる。
問題はやはり1の方だ。今回のあの突っかかり方、明らかに敵視をした言い回し。悪いところ探しばかりをした特異点の否定。それは、軍港都市で会った別個体の深雪とは大きく違う部分と感じた。斜に構えながらも、人を否定することは無かった。
「奴ハカナリ無理ヲシテイタヨウニモ見エタゾ。焦ッテイルヨウニモ見エタ。慣レナイ煽リト、余裕ノ無イ心。特異点ガ近クニイルカラコソ、緊張感ガ解ケナイト本人モ言ッテイタ」
おそらくメッセンジャー1と最も交流しているのはテミスだ。そのテミスの感想は、心に余裕が無く、常に焦っているというところ。焦っているからと言ってあの悪態はどうかと思いつつも、どちらかといえば今の性格が
そう聞くと、同一人物であり、ここでの態度は作っていて、軍港で会った時が本当の深雪、とも考えられる。勿論、逆の可能性も。
「……別人であることを祈るしかねぇよ」
「なのです……やっぱり、戦いたくないのです」
「だよな……」
これが本心である。一度は仲良く共に遊んだ仲だ。その時からあちらは特異点のことを敵視していたのかもしれないが、深雪達は気を許した相手だ。洗脳されたとか改造されたとかではなく、自らの意思であちらについているとなれば、話が変わってくる。救うことは出来ないかもしれない。
夜が深まっても、メッセンジャーのことが気になって眠ることが出来ない深雪と電。まだそうと決まったわけではないが、それでもどうしても頭から離れない。
深雪は自分がここまで繊細だとは思っていなかった。出洲と話しただけでどっと疲れが来ていたというのもあるが、今回はベクトルが違う。
「……電、まだ起きてるか?」
「……なのです」
起こしたわけではなさそうと少し安心。今は同じ心境な相手がいて良かったと、小さく微笑む。
「寝れないよな……あんなの聞いちまったら」
「はい……もしかしたらって思うと、どうしても気になっちゃって……」
一度ベッドから出る。白雲は今はグレカーレと眠っているため、それで連鎖的に目を覚ますということはなかった。
これはダメだと心を落ち着かせるために部屋を出て、以前の眠れない時のように食堂に向かう。少し水を飲んで息を吐こうと。
前はその時に、伊豆提督とクロトが話し相手になってくれた。そして、スッキリ出来た。
「……まぁ、誰もいないよな」
暗い食堂の電気をつけ、こういう時のために使えるコップを使って水をぐっと呷る。電も溜息を吐きつつも、水を飲んで落ち着こうとした。
「深雪ちゃん……もしあの人達が、別個体の深雪ちゃんと雷ちゃんだった場合……ううん、そうじゃなくても、今度の最後の戦いで立ちはだかってきた場合……戦えますか」
電が心の底から出すような声で聞く。聞いてくるということは、電には大きな迷いがあるということにもなる。
電は雷と戦えるかと聞かれたら、無理だと言ってしまいそうである。それが嫌々やらされているのならば、救うために戦うだろう。勇気も出る。しかし、そうではなく自分の意思で殺意を向けてきたのならば、それは心を折る要因となる。
「……戦うしかないなら、戦うとは思うぜ。でも、抵抗はすげぇよ。戦う前にちゃんと話しておきたいって思う。説得が出来るなら、説得してぇよ」
「電もなのです。まずは、話がしたいのです。戦うのはそれから……でも、出来ることなら、戦いたくないのです」
「……だよな。あたしだって、別の自分と戦いたいだなんて思わねぇよ。それがアイツの選んだ道でも」
ふと、あの時に別個体の深雪と話したことを思い出す。
「アイツ、あたしにさ、あたしが目指してる平和は、本当に平和なのかって聞いてきたんだ。今の自分に平和が何かわからねぇって言ってた。すげぇ、迷ってたんだ」
「……自分がやっていることに迷いがある、ということなのです?」
「あの時から出洲の野郎に従ってたならな。それか、迷ってたから出洲の言ってる平和に乗っちまったのかもしれねぇ」
ただ、別個体の深雪は阿手派の提督達のことをダメだと断じている。平和のことを何も考えていないと心から否定して、阿手に対しては嫌悪感を持っていることを示していた。
実際、出洲派だったとしても、阿手のやり方に対しては嫌悪感を持っていてもおかしくはない。出洲自身が最終的に阿手を否定し、特異点にほんの少しだけ力を貸した程なのだ。
その意思を同じように持っているのなら、阿手に対して、阿手の仲間に対してアレだけのことは言えよう。
だからと言って、出洲の目指す平和──一種の選民思想に乗っかってしまっているとしたならば、あまり褒められたことではない。確かに戦いは無くなるだろう。だが、それは高次に至った者だけ。全員を高次に至らせようとしているようだが、そこで選ばれなかった者だって生まれる。そちらの平和に関しては何も考えていない。死んだら死んだで、礎となったと平気で言いそうな輩だ。
別個体の深雪の持つ平和のビジョンがわからない限り、どう説明すればいいのかもわからない。そして、説明したところで変わらない可能性もかなり高い。
「どうであれ、また話してみる必要はあるだろうな。あたしも平和とは何ぞやと聞かれた時に、ちゃんとした答えは持ってねぇよ。ただ、出洲の目指す平和は絶対に間違ってるとは言い切れる」
「はい、電もなのです。だから……そうですね、明日、話してみましょう」
どうせまた顔を合わせることになるだろう。その時に、その正体を聞こう。そう考えて、その日はまた眠りにつく。
結局、あまり眠ることは出来なかったのだが。
後始末16日目。みずなぎが休暇のその日、朝は相変わらず工廠厨房での朝食から始まる。
そこには、監視という名目のメッセンジャーの姿もあった。当然、そこの食事には手をつけていないが。
「データ、見させてもらったわ。貴女達の拠点の位置は確認させてもらった。時が来たら、決戦に行かせてもらうわね」
USBメモリをメッセンジャー2に返却する伊豆提督。返さなくてもいいと言うが、ここに置いておきたくないという気持ちもあるため、無理にでも持って帰らせる。
「ハルカちゃん、あたしさ、ちょっと考えてたことがあるんだ。今、コイツらに聞いてもいいか」
「……ええ、いいわ。無茶なことじゃないのよね」
「ああ、それは保証する」
一度大きく息を吐き、落ち着いてからメッセンジャー達に向き直る。
「……お前ら、あの軍港であった、別個体のあたしと雷か?」
真正面から、包み隠さずに聞く。そうでなければいいと願いながら。
メッセンジャー達は、顔を見合わせる。どうすると言葉を交わし、そして意を決したように、そのヘルメットを脱いだ。
そこから出てきた顔は、深雪と雷のモノだった。