出洲の刺客としてやってきた2人のメッセンジャー。その正体は、以前軍港都市で出会った、別個体の深雪と雷。襟帆鎮守府という、出洲の拠点があるという無人島に最も近い場所にある鎮守府に所属している、艦娘──だと思っていた存在。
軍港都市で共に行動をしている時、何一つ疑っていなかった。だが、よくよく考えてみれば、まずカテゴリーはCであると決めつけていた。そこで確認出来る者がいなかったのだから仕方ない。それに加え、別個体の深雪自身が、阿手派の提督達のことを批判していたこともあり、味方だと思い込んでいた。
しかし、現実は目の前にある。別個体の深雪と雷が、そこにいる。
「……本当に、あの時の奴らなのか」
艦娘は同じ顔の別人がいる種族だ。なので、顔だけ見ても、本当に同一人物かは何とも言えない。実はただ艦娘としては一致しているだけで、軍港で交流した2人とは違う可能性もある。
故に、深雪はそれを問う。本当に、あの時の、深雪と雷なのか、と。
口を開いたのは、雷の方だった。
「ええ、そうよ。軍港都市で道に迷っていたのを助けられた、深雪と雷。雨の日にピンク街に入りかけたり、ね。その時に一緒に回ったメンバーを全員言いましょうか? ここにいない子の方が信憑性が上がるわよね。朝霜と、満潮と」
本人しか知り得ない情報である。深雪達と一緒に、といえば嘘をついているかもしれないと思うが、今この場にいない、別の鎮守府で救った艦娘、しかもたまたまあの場で顔を合わせ、どうせなら一緒に行こうかと話した朝霜と満潮の名前を出したことから、本当にあの雷であることを証明した。してしまった。
「……あの時から、もうお前らは、出洲についてたのかよ」
「そうね、私達は最初から貴女達の敵だったってことになるわね。でも、軍港都市で争うつもりはなかったわ。これは本当」
弁解するように話すが、確固たる意志も感じる表情。軍港都市で会った時と同じようで、瞳の中の感情はその時とは違うようにも見える。
「あの時は、まるでそんな態度見せなかっただろ」
「当たり前よ。あの場所は戦いなんて起きちゃいけない場所。うちの上司も、
軍港鎮守府の綾波が『戦いが起きてはいけない場所』という言葉にうんうんと頷いていたが、その後の言葉でピタリと止まった。
雷の上司というのは、これまでの流れからして出洲だ。襟帆提督のことを言っているようには思えない。その出洲が『世話になった』と言うのだ。地下施設で研究を邪魔されず続けることが出来たことへの感謝を語ったとしか思えない。
軍港都市を愛し、傷つける者ならば艦娘相手でも容赦なく攻撃する綾波にとって、その言葉はキレさせるには充分すぎた。だが、咄嗟に暁がその手を取る。今はいざこざを起こすタイミングではないと。暁に止められれば、綾波もちゃんと止まる。
「……なんのために、あそこに来てたんだよ」
「勿論、貴女のことを知るためよ。特異点」
笑みを浮かべて語る雷。
「私達は、上司に特異点がどんな相手かを見てくるように言われたの。いずれ戦う相手だから、曇りなき眼で見定めてくるといい、ってね」
「お眼鏡に適ったか?」
「そうね、私としては、ああやって一緒に遊んでいる時は、とても楽しかった。特異点じゃなければいいのにって」
嘘をついているようには思えない。故に、苦しい。
「なら、戦わないで済む道は無ぇのかよ」
「無いわね」
深雪の非戦の訴えを、食い気味に否定する。
「だって貴女は特異点。こうして仲良く話が出来たって、私達の敵であることは変わらないんだもの。今はこの場所を穢さないようにしたいから戦わないだけ。渡した場所に来てくれれば、正々堂々、正面から真っ向勝負よ。私と、深雪で」
雷は別個体の深雪を引き寄せる。そちらはこれまで無言を貫いていたが、深雪に対していい感情を持っていないのは明確。
無理をしていたかもしれないが、あの煽りはやろうと思ってやったこと。焦りが見えていたのは──
「……なぁ、お前、あの時に言ったろ。何が平和かわからねぇって。あの時から出洲についてたってなら、迷ってんだよな。このままやっていいのか。だから、変に焦ってあんな下手な煽りをしてきやがった。あたしが悪いようにすりゃあ、お前は躊躇いが無くなるからってことか?」
別個体の深雪は答えない。だが、平和についての迷いがあるからこそ、特異点そのものに質問をして、その答えを聞いて、自分の意志を確実なものにしようとしている。
別個体の深雪に迷いは無かった。無かったのだが、しかし特異点の深雪を見たことで、ブレているのは間違いない。雷と違って。
自分に言い聞かせるように、迷いはないと呟いたのは、やはりこの別個体の深雪は、何処まで行っても迷いはある。
雷を心配させないように大丈夫と言うが、雷はそれをも見抜いているから、常に隣にいる。
「……特異点。お前、あの時、目指してる平和が平和かわからねぇっつったよな」
故に、迷いを断ち切るために、逆境を選択して、ここに立っていた。
「ああ、言ったな」
「あたしは、お前の目指す平和は、平和じゃあないと言える」
鋭い眼光で深雪を睨みつける別個体。迷いを断ち切ったような、しかしまだ揺れ動いているような、無理をして、焦り、先を急ごうとしている雰囲気も残しながら。
雷は心配そうな表情で別個体の深雪の手を握る。あのホテルでの一幕のように、別個体の深雪を絶対的に信じていると示すように。
「お前はまだ生まれたばっかりなんだろ。世間を知らねぇんだ。この戦いが終われば平和になるって、本気で思ってるのか」
「……当然だろ。最低限、争いは無くなる」
「人同士の争いについては何も考えてないんだな。だったら教えてやる」
苦しそうな表情を見せるのは、別個体の深雪も同じ。そして、言葉を紡ぎ出す。
「あたしも、こいつも、この深海棲艦との戦いが始まる前に、
空気が凍りついたような、そんな感覚が工廠にいる全員に襲いかかる。人間に殺されている。しかも、深海戦争が始まる前に。
「どういう、ことだよ」
「言葉通りだ。あたし達は、殺された後に、今の姿になってんだよ。だから、少なくとも今の戦いが終わったところで平和になんてならないことは知ってるんだ」
拳を握り締めながら、しかし怒りは抑えつけ、語る。
「深海棲艦がいるから平和じゃなく、これが終われば平和になる。そんなモン、夢物語だ。だから、あたし達は、今の平和に乗った。今の上司は、あたし達も恩がある。それに、あの人の目指す平和は、少なからずあたし達みたいな被害者は無くなるだろ。管理されるんだからな」
昨日にテミスに対してついた悪態、支配者がいる島が平和なのかという質問。これは完全にブーメランだったのだが、テミスのやり方を聞いて、むしろ逆に自分達のやり方の正当性に納得するカタチとなってしまっている。
出洲は確かにやり方が強行的だ。だが、出洲自身も言う通り、配下は全員、
間違いなくそれは戯言だ。管理社会、しかも出洲のやりたいようにやる平和は、平和なんてモノではない。テミスが統治するこの島の方が余程平和だ。誰とでも手を取り合う、ちゃんと話を聞く、王自身が前に立つ、それだけでも出洲とは雲泥の差だ。
「あたしの求める平和は、あたしのような被害者が出ない世界だ。クソみたいな人間に、ガキが殺される世界なんて真っ平御免だ。深海戦争が終わったら、またあんな世界に戻る。あたしは、それが許せねぇ」
「軍港都市はそんなことは無さそうだし、この島もないでしょうね。うみどりも平和そのものだと思う。私達はそれを見に来た。それに、ちゃんと見て、平和だと思った。それでも、こんな小指の爪の先みたいな平和じゃ足りないの。そんな小さな平和を……特異点は求めてる。手が届く範囲だけの平和を。じゃあ、届いてないところは知らぬ存ぜぬ?」
「なら、敵だ。上司はお前が堕落を呼ぶっつってたけどな、あたし達は違う理由でお前を嫌う。世界の本当の闇を知らずに、とりあえず戦いを終わらせようってしてるだけの奴は、何も知らない口先野郎だってな」
これだけ話した後、一度深呼吸。
「あたし達はこの島を見た。確かにここには諍いなんて無いだろうよ。平和は平和だ。だが、
「深海棲艦が運用している島なんて、世界に認めさせることなんてしないのよね。だったら、この島の平和は認めても、世界全体の平和には繋がらない」
「だから、ここはいい。平和のままでいてくれ。だが、それ以外はダメだ。管理されないと、また犠牲者は増える」
深雪は何も言い返せなかった。確かに知っている世界はあまりにも狭い。それはそうだ。生まれたばかりでもあるし、ずっとうみどりで暮らしているのだから。カテゴリーCのように、実家があるわけでも無い。失われてしまったかもしれないが、本来の人間の生活を知っているわけでも無い。見えている範囲が狭すぎると言われれば、その通りだと肯定するしかない。
また、深雪は常に、
別個体の深雪や雷のような、戦いとは別の被害者のことは、殆ど知らない。強いて言うならば、提督からの性被害に遭っていたというスキャンプくらいである。
全人類が優しいわけでは無いとわかっていても、今の戦いが終わればある程度は平和になるという考え自体が、別個体の深雪から言わせれば、甘ちゃんすぎるということである。
別個体の深雪と雷の言葉に、深雪は言葉が無かった。自分が未熟であることを理解しているが故に。それが詭弁であったとしても、言い返すことが出来なかった。