後始末屋の特異点   作:緋寺

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母の怒り

 深雪に対して見えている世界が狭いとこき下ろした別個体の深雪だが、それを聞いた時雨によって完膚なきまでに反論されたことで、再びその平和論に対して迷いを持つようになった。

 未来の平和のために、それを邪魔する特異点は敵だと断じていても、現在の被害者のことを完全に無視したやり方は、平和とは何ぞやと考える別個体の深雪には痛烈に効いている。

 

「さぁ、早く教えてくれないかい。君達には説明責任があると思うけれど? ああ、もしかして、敵には組織の重要なことは教えられないとか言い出すかな。それだけ自分達は高尚な存在だと見せつけておきながら、そういうところは庶民的なんだね。それか、余程自信が無いのかな。言い負かされることがわかったら、口を開きたくはなくなるだろうね。でも、言ってもらわないと困る。僕達は君達と違って低俗なんだ。君達の言葉で、ちゃんと伝えてもらわないと、君達の目的が理解出来ない。さぁ、頼むよ。メッセンジャーという名前の通り、伝令というのなら、ちゃんと伝えてほしいものだよ」

 

 時雨からの煽りに対して、別個体の深雪は考える。自分達が受けた苦痛、最後は死ぬという、人間が感じることが出来るトップの苦しみを、これ以上他の者に起きてほしくない。本当にその気持ちがあったからこそ、そんなことが無くなる出洲の平和──管理された平和──を肯定し、生き返らせてもらえた恩も返すため、こうして従っている。

 しかし、時雨の言う通りである。これまでこの道を歩くために自ら犠牲になってきた者のことは考えてきたつもりだった。しかし、この道を歩く時に()()()()()()者のことは視界から外していた。意図的にではなく、結果的に。全員自主的だと思っていた。

 

「君達の答えは、無言でいいのかな。つまり、何も考えずに特異点、深雪のことをただただ否定したいだけのクズということで良かったんだね」

 

 時雨の言葉が頭に響く。

 

「これだから人間は。今も見えないのに未来のことばかり。結果だけでなく過程も考えないとダメさ。考えることが出来たのなら、今ここでこんなことはしていないと思うけれど。それで、自分達はもう立場を下げることしか出来ないわけだけど、ここからどうするんだい? まだ上から目線で、後始末屋がやってることを監視させてもらうとか言うのかい?」

 

 時雨の笑顔は、別個体の深雪の混乱をより強くする。自分達のやっていたことが正しいか正しくないかがわからなくなる。

 

 目指している世界が間違っていないと信じてはいる。もう子供は傷付かない。誰も苦しい思いをしない、無辜の民が欲望によって命を絶たれない世界が出来上がると。

 しかし、このうみどりにはその過程による被害者がいる。自らの意思で研究に参加したわけではなく、あろうことが拉致され、嫌がっているにもかかわらず身体を改造された、しかも元に戻る手段すら与えられていない。

 

「……雷、帰るぞ。一度上司に聞かねぇといけねぇ」

 

 別個体の深雪は、時雨の問いを完全に無視して、雷に帰投を促す。時雨の言葉を素直に聞くのならば、出洲にこの件を問い質す必要はあるだろう。

 

「……一応聞くけれど、それ、貴女の虚言じゃないのよね?」

 

 雷は逆に時雨に問う。これまで話していた時雨の言葉が全て嘘だったならば、逆に悪辣極まりないことになる。言葉巧みに敵を懐柔して、仲間割れを誘うという手段である。

 それを聞いた時雨は、驚いた顔をした後に、心底失望した表情となり、これ見よがしに溜息を吐いた。

 

「君達には本当に失望したよ。これまで洗脳やら寄生やらで仲間割ればかりを狙ってきた阿手を相手にしている僕達が、悪意を持って君達に虚言を吹き込むとでも? 本当に君達は自分に都合のいいカタチでないと話を呑み込むことが出来ないんだね。なるほど、そういうカタチのクズもあり得るのか。聞く耳持たない、言葉が通じない、会話にならない、ああ、確かに出洲はそういう奴だったね。その部下であるならそうなっていてもおかしくないのか。はは、滑稽滑稽」

 

 ここぞとばかりに煽りまくる時雨。流石にここまで言われて、別個体の深雪が黙っていられるわけがない。

 

「テメェ、喧嘩売ってんのか」

「先に売ってきたのは君で、僕は買っただけだ。責任転嫁も甚だしい。君達には、そんなことを言う資格は無いし、僕達にはそんなことを言われる筋合いがない。そんなこともわからないのかい? やはり君達は、頭のネジが何本か抜けているようだ。考える力が意図的に失われているのかな。ああ、そうに違いない。出洲もそうだし、あの時に出てきた親子も、自分のことばかりでこちらのことは考えてなかったね。カテゴリーKってのはみんなそうなんだろうね」

 

 売り言葉に買い言葉だが、時雨は何倍にもするため、どちらが悪役かわからなくなる。近くで聞いている深雪も、受けていたショックが無くなるくらいに、時雨の言い分には同意もするしスカッとした。

 

「僕達が嘘をついていると言うなら、証拠を見せた方がいいかな。むしろ、既に君達に見える場所にいるじゃないか。少し奥の方だけれどね。ほら、あっち」

 

 顎であちらを見ろと促す。そちらにいるのは、カテゴリーYの面々。平瀬や手小野を筆頭に、この島で改造をされた黒井親子なども、工廠厨房の方からメッセンジャー2人を少し引いた視線で見ていた。

 ここで自分達のこの姿を肯定されたら、温厚な非戦闘員であっても苦言を呈したかもしれない。むしろ、今だっていくらでも言葉を紡げるだろう。

 

 その筆頭である黒井母が、息子娘達の前に出るどころか、カテゴリーY全員の前に躍り出る。

 

「アンタ達。アタシからもいろいろ言わせてもらおうかね。アタシが代表なんて器じゃあないんだが、他の子達はあまり前に立って話す子じゃあないからね。だから、話をさせてもらうよ」

「……なんだアンタ」

「アタシゃ、この島で改造されて、誰も頼んでないのに人間辞めさせられた奴らの1人だよ。気軽に母ちゃんとでも呼んでくれればいい」

 

 流石にそれは無いなと時雨が苦笑。おばさんでいいと口走ると、うるさいクソガキとにこやかに相槌。

 

「アンタ達、アタシらが改造されたことは知らなかったのかい。出洲は阿手の仲間だったんだろう。だったら、こういうことをしてたことくらいは知っててもおかしくないだろうに」

「……知らなかったわ。私達は鎮守府所属の艦娘だもの。そちらの情報は来ていなかったの」

「信じていいんだね。アンタ達は嘘ばかりだ。アタシだって、うちの息子が病気を治してくれるって聞いたからここに来てこのザマだよ。まぁ、うちの息子の不治の病は、この身体にされたことで治ってはいるけれどね。あと、アタシの旦那は楯突いたからって殺されてるよ」

 

 あまりにもわかりやすい、避けてはいけない被害者の存在。自分は改造された。旦那は殺されている。子供達すら改造されて、今のままではまともな人生が送れない。唯一、病気は治ってなるが、それだけだ。

 そしてそれは、別個体の深雪と雷には、少したりとも()()()()()()()()()()。そんなことがあったということが、ここで初耳だという。黒井母はそれも疑っているが。

 

「アンタ達に言うことじゃあないかもしれないけれどね、アンタ達は今自分達がやってることを正当化しようとしているから、あえて言わせてもらうよ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 先程の時雨と同じように、黒井母もずんずん前に歩み出る。黒井兄妹が母の行動に驚きの声を上げるが、それで止まることはない。

 

「病気を治してくれてありがとうとでも言えってかい? 冗談じゃないよ。こういう治療方法だったら先に言うのが筋ってもんだ。でもそれが無かった。それどころか、うちの息子と娘は、特異点を始末するために機械に繋げられてパーツみたいに扱われていたそうだよ。アンタ達はそれも良しとするのかい」

 

 詰め寄る。詰め寄る。恐怖など感じていないように、詰め寄る。

 

「アタシはまぁいい。息子と娘に酷いことをした。そして……うちの旦那は、苦言を呈しただけで殺されてんだよ。もう戻ってこない。生きていないんだ。それを、アンタ達はどう思ってるんだい」

 

 時雨は別個体の深雪に詰め寄ったが、黒井母は雷に詰め寄った。答えを求めているのだから、ちゃんと答えろと。

 

「……本当に、知らなかったの」

「そうかい。でも、アンタは阿手の仲間の部下、つまり仲間なんだよね。知らないで済むことかと聞いているんだ。知らなくたって同罪だろうに。アンタ達が特異点の仲間を同じように敵視してるみたいにね」

 

睨みつけながら、さらにさらに進む。

 

「アンタが今何歳かは知らないけれど、10年以上前に今の姿になったと言ったからには、最低限中学、高校生くらいは生きてるだろう。なら、ここで言わなくちゃいけないことくらいはわかってるんじゃないのかい。ああ?」

 

 胸倉を掴む勢いで捲し立てる。息が届くほどに近付き、手も出そうなくらいになっていた。身体に生えているメンダコの触手も、怒りにのたうち回る。

 

「おい、テメェ。雷から離れろ」

「離れろだぁ? 馬鹿言っちゃいけないよ。まさかアンタ達、知らなかったから無関係ですとか言わないだろうね」

 

 ハッキリと睨みつける。別個体の深雪は、黒井母を引き剥がそうとする手が止まる。

 

「阿手が勝手にやったこと? 自分達の知らないうちに進んでいた? そんなことは言わせないよ。アンタ達が死んで今の姿になったことをアタシ達は知らないのに、アンタ達の死はアタシ達に無関係なのに、ここまで巫山戯た難癖をつけてきてるんだからね。しかも見えるかい。アンタが敵視してる深雪は、アンタ達が殺されているって事実を知って、自分のことのようにショックを受けているんだ。それだけ思ってくれているんだ。なのに、殆ど無関係じゃあないアタシの旦那が死んだことに対してはその態度かい。ああ?」

 

 黒井母は、別個体の深雪の宙を彷徨う手を一瞥し、ハッと鼻で笑った。

 

 

 

 

「アタシにもアンタ達に難癖をつける権利を、アンタ達が寄越してくれたんだ。文句を言われる筋合いは無いよ」

 




時雨と母ちゃん、コンビで舌戦とか、負ける気がしなくなるタイプのヤツ。舌戦は、もう少しだけ続きます。
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