時雨との対話で雨に打たれ続けていた面々は、穢れの中で話をしていたこともあり、洗浄と風呂で身を清めることとなった。インナーを身につけずに現場に向かうというのは、どんな悪影響を与えるかわからない。
「……まさか、いきなり服のまま洗われることになるとは思わなかったよ」
「ああいう場所って、穢れっつーのが流れ出てるらしくてな。あたし達に何か影響を与えてくるかもしれないから、しっかり洗い流すんだよ」
「電達艦娘にも、人間さん達にも、何が起きるかわからないみたいなので、こうした方が堅実なのです」
風呂でまったりしつつも愚痴る時雨に、深雪と電がうみどりのやり方を簡単にだが説明していった。
時雨は一時的な仲間のように扱われるものの、実際は
後始末──戦場の清掃業を務めていることを聞いた時雨は、もう何度目かわからない驚きの反応を見せた。
まだ人間のことを信用していない時雨にとってしてみれば、悪辣な人間がその場を片付けるなんて絶対にしないこと。むしろ、そこから別の疑いを持つ。
「後始末と言いながら、そこで拾った者を利用してまた何かしているなんてことはないのかい」
体裁は戦場の片付けだが、そこで手に入れた
これに関しては、正直なところ深雪も電も正確なことは答えられない。知っていることは、全ての廃棄物は軍港に行って引き取ってもらうということくらいである。少なくともその時点で残骸はうみどりの手から離れるため、そこからどうなるかはわからない。
「あたしから言えるのは、あたし達は処理してもらった後のことはわからないってことだ。神風って知ってるのか?」
「最古参でも知らないのよねそれ。信用のあるところに預けて、そのまま処置してもらってはいるけど」
「時雨、こんな感じなんだ。わかっているのは、あたし達にはこれくらいしか答えられないってことだ」
知らないのだから何も言えない。こればっかりは嘘偽りなく話す。ここから嫌味や文句を言われたとしても、それは受け入れる所存。
「なるほど、知らずに悪事に加担している可能性もあるわけだ。知っていての可能性もあるくらいだけど」
「それについては否定出来ない。でも、知っていての方は否定する。うみどりは残骸を悪いことに使おうなんて思ってねぇよ。だったら、残骸に祈れなんて指示はない」
それを聞いて、時雨はまたもや驚くことになった。敵、しかも既に息絶えている相手に対して祈りを捧げるような組織が、裏でそれを悪いことに使っているとは確かに思いづらい。
勿論、それが全てポーズである可能性もあるのだが、先程の伊豆提督の接し方から考えると、その線は薄い。時雨から見てもそう思えるほどだった。
人間に対して敵意から始まったとしても、うみどりの活動方針には悪意はカケラもない。
しかし、
「ただ、艤装を下ろさせられるとは思わなかったよ。今の僕は無防備じゃないか。好きにされてしまう。従うべきじゃなかったか」
「艤装を装備してたら風呂入れねぇだろうが。それともなんだ、お前は不潔なまま臭い漂わせて生活するつもりかよ」
「うぐ……いくら相手が人間だとしても、汚い臭いと言われるのは我慢出来ないね……」
そこはプライド的なものもあるだろう。オシャレなどに気を遣うわけではなくとも、下に見ている人間から後ろ指を指されるような姿でいるのは自分が許せない。結局流されるがままに艤装を下ろして洗浄と風呂ということになっている。
その間に艤装に何か仕込まれるとかそういうことはないから安心しろと言い聞かされているものの、時雨としてはまだ全く信用出来ていないため、ハメられたかもしれないという懸念は捨てきれない。
「風呂が終わったら艤装も返してくれる。とはいえ、ここで生活するなら下ろしておいてもいいと思うけどな」
「理由がわからない。お風呂はわかった。確かにアレを身につけたままは入れない。でも、他は」
「背中にあんなモン背負って寝られるか。それに、共同生活している場所では邪魔なんだよ艤装は。余計な諍いをお前から起こしておいて、こちらが悪とか決めつけるんじゃねぇぞ」
時雨の文句は深雪が前以て全て潰していく。特に、自分からやっておいて人間を悪にしようとする行為に対しては何度も何度も注意した。
洗浄後、朝食をとってから後始末に入るのだが、時間はまだ早すぎるくらい。本来の作業開始時間から考えれば、数時間は早い。
しかし、
また、伊豆提督としては艦娘達にも意見を求めて始めるかを決めようとしたのだが、全員がもうやる気でいたというのもある。流石に朝食抜きで始めるのはどうかと思ったため、軽くでもいいから腹に入れてから始めるようにしているが。
「深雪ちゃんか電ちゃん、どちらかは時雨ちゃんについていてほしいのだけれど、よかったかしら」
「あー、確かに、時雨が何かしでかすかもしれないしなぁ」
「いや、アタシと二人きりで執務室にいるなんて気まずいでしょうに。時雨ちゃんが何かするとは思ってないわ」
しているなら最初に面と向かった時にされているの、伊豆提督は苦笑。深雪と電は確かにと納得した。
時雨にはどうしても心が許せそうな相手が近くにいた方がいいというのが伊豆提督の判断。うみどりで該当するのは、純粋種である深雪と電のどちらかとなる。二人ともつけてもいいのだが、それはそれで作業員が減ることにもなり、二人の後始末屋としての成長が遅れるというのもあるため、出来ることなら片方ということに。
「んじゃあ、あたしがそっち行くか。電、それでも大丈夫か?」
「なのです。電が深雪ちゃんの分まで後始末を頑張るのです!」
「疲れたら交代でいいからな。気張って倒れるなよー」
深雪が率先して自分がやると言い出したので、そのままの流れでまず深雪が時雨の
まだ会って間もない相手に対してでもズケズケと本音を言うことが出来る上に、時雨が間違ったことを言った時に即座に手が出たほどの気やすさも備えているのだから、最初のお付きには持ってこいと言えるだろう。
また、後始末屋としての観点からしてみても、深雪よりも電の方が経験が少ないので、そちらに作業をやってもらう方が成長を促せるだろうという判断もある。それがあるため、伊豆提督は深雪の案をそのまま採用した。
勿論、疲労を感じたら交代で問題ない。電はまだ不安があるようなので、深雪はあくまでも不参加ではなく交代要員としてそこにいる。
「あ、そうそう、時雨ちゃん。艤装の方は、もう少しだけ預からせてちょうだい」
「何故だい。まさか勝手に弄くり回しているんじゃないだろうね」
弄っていないと言われれば嘘になるが、それは悪い方向に持っていくわけではなく、むしろ整備によってより上手く戦えるようにされる行為。うみどりからすれば不利になるようなことであっても、時雨のことを優先して考えている。
「まぁ整備はしているけれど、心配するようなことはしていないから安心してちょうだい」
「じゃあ何故だい」
「今からアタシ達と執務室で後始末を見てもらうことになるんだけれど、そこにある椅子、全部背もたれがついてるのよ。艤装を装備してたら座れないのよねぇ。VIP待遇なアナタに、数時間立ちっぱなしでアタシ達の仕事を見てもらうというのは、流石に気が引けるわ」
あくまでも時雨のことを思ってである。いくらカテゴリーMで生まれたばかりでも立ち回れる実力を持っていたとしても、疲労に関しては普通の艦娘と同じ。立ちっぱなしは間違いなく疲れる。
それに、食堂の椅子も背もたれ付き。艤装を身につけていたら座れない。椅子を横にして座ればいいかもしれないが、それでは
人間を下層の存在と言い切っているカテゴリーMが、人間よりもマナーがなっていないというのはプライドが傷付くのではと、伊豆提督は笑顔で語った。
「……わかった、今は従おう。深雪に何度も言われているけど、僕の行いのせいで人間を悪と断定するのは間違っているということは理解出来たからね」
「そう言ってもらえると嬉しいわぁ。ちゃんとお茶菓子とかも用意しておくから安心してちょうだいね」
そんな時雨を、深雪はうんうんと頷きながら見ていた。話せばウダウダ言いながらもわかってくれる。呪いのせいで歪んでしまっていても、時雨本来の気質──艦娘としての矜持が残っているのがよくわかった。
軽めの朝食後、うみどりは後始末作業を開始する。いつもなら深雪も穢れ対策のインナーやマスクを取りに行くのだが、今回は時雨の付き人。工廠ではなく時雨と共に執務室に向かう。
「なんかこの見方は懐かしさあるぜ」
「深雪ちゃんもこうやって見ていたことがあるものね」
深雪の場合は後始末ではなくカテゴリーMとの戦いを見ていたわけだが、やっていることはそれと変わらない。
深雪と伊豆提督が話している中、時雨も用意された椅子に腰掛けた。座ってみるとわかるが、これは確かに艤装は邪魔になる。そう内心思っていたが、絶対に口には出さないようにしている。
「朝飯、美味かったろ」
その時雨の隣に腰掛けた深雪に言われ、時雨はぐっと息を詰まらせる。人間の作る料理だからと最初は信用していなかったくらいだが、食べてみると驚くほどに食が進んでしまった。そして、他の艦娘達から温かい目で見られて恥ずかしい思いをしている。
「正直、美味しかったよ。人間の食べるモノはみんなあんななのかい」
「ここのが特別美味いんだよ。ここにいれば毎日三食アレなんだぜ。しかも、さっきのは作業前の軽めのだから、いつもはもっとすげぇモンが出てくる」
軽食でもアレほどだったのにと時雨は今までとは少し違うベクトルで驚きつつも、食べ物で絆されて堪るかと頭を振った。
いくらカテゴリーMであっても、
「さ、そろそろ始まるわ。アタシ達の仕事がどういうモノか、見て知ってちょうだい」
伊豆提督は笑顔を崩さず、自席のパネルを操作して壁に外の映像を映し出した。
画面越しに見えるのは、海いっぱいに拡がる残骸と、穢れによって黒ずんだ海水。これを今から全て綺麗にするのだと言われれば、時雨はもう唖然とするしかなかった。
言ってしまえば戦いとは全く無関係。生まれたばかりというのもあるが、戦場の片付けなんて考えることなどなかった。自分が呪いの導くままに人間の殲滅を繰り返したとしても、その後その場所を片付けるかと言われたらおそらくやらない。散らばったら散らばったままで放置。
「今日は大規模ってだけあってすげぇや」
「姫2体分は伊達ではないわね。それでも何とかしなくちゃいけないわ」
そんな話は、時雨には届いていなかった。ただただ、海域を綺麗にしていく艦娘達の姿をその目に、心に焼き付けることしか出来なかった。
その時雨の彩は、マゼンタのままではあるのだが、その色合いは薄くなってきていた。まるで鮮やかな色に強い光が当てられているかのように。
イリスはこういうときは管制システムでの制御が主になるので執務室にはいません。常に周辺警戒を厳としながら、何かあった時は緊急放送やうみどりの操作もしなくちゃいけませんからね。