「その黒い特異点の左腕、そのまま深雪ちゃんの左腕じゃないかな」
吹雪の確信を持った言葉に、深雪は言葉を失った。黒深雪が使った黒い煙幕は特異点、深雪由来のモノで間違いなく、その力を扱えるということは、あちらも特異点と考えていいということ。
深雪のような『優しい願い』を叶えるのではないであろう黒い煙幕がどのような効果を持っているかはわからない。しかし、自分と同じ力が敵対するというのは、脅威以外の何モノでもなかった。
「私達に対しての冒涜。力だけ使って、願いを叶えようとしない。この海の平和のことを何も考えていない所業。特異点をただの道具としてしか思ってない。そんなことをしてるのに、もしかして特異点は堕落を生み出すとか言ってたりする?」
吹雪は表情を変えていない。しかし、言葉の端々から苛立ちが見え隠れしている。特異点の枝、端末がこんな扱いを受けて、幹である吹雪が腹を立てないわけがない。妹を苦しめているのは百歩譲れるが、その
「……ああ、あたしのことを目の敵のようにしている。それなのに、アイツにあたしの力を植えつけたってことかよ」
「酷いのです……自分が使うのはいいって考えているということですよね」
「ああ、特異点の力に頼らないっつってるヤツが、特異点の力を部下で使ってやがる。何様だアイツ」
深雪も電も怒りを露わにする。阿手とはまた違ったタイプの許せない存在。平和という言葉、多少はわからなくもない理由を並べ立てていたくせに、こういうところで自分勝手な理論が出てきている。
結局のところ、平和という言葉が上っ面であり、自分の思い通りに世界を動かしたいという思想が透けて見えていた。
「私がこの海域から動けたら、間違いなく全滅させてるんだけどね。うん、そこは申し訳ないけど」
「仕方ねぇよ。吹雪はここの番人だ。だから誰よりも強いんだからよ。こういう時こそ、端末が頑張らないとだ」
「よろしくね。少なくとも、そんな
吹雪から背中を押されたならば、やれないなんて言えない。元々そうするつもりだったのだ、やらない理由もない。
「その黒い深雪ちゃん、
「アイツのことを、か?」
吹雪に言われ、別個体のことを思い出す深雪。黒深雪が言っていたことを信じるのならば、何の罪もないのに一度命を落とし、そしてカテゴリーKとして蘇り、これまで平和のために戦ってきている。平和とは何ぞやと問いかけ、深雪の回答からもまだ悩みがあるような表情を見せ、しかし今の道を真として、特異点との敵対を選択した。出洲の目指す管理社会こそが、自分の目指す道、何の罪もない者が殺されるようなことが無くなる世界になると信じて。
しかし、あの時時雨や黒井母が話していた通り、黒深雪も雷も、未来ばかり見て現在を見ていない。今苦しむ者は視界から外している時点で、そのやり方は平和を目指しているとは到底言い難いモノだ。
「……気の毒なヤツだとは思ったさ。あたしの腕を使ってるっていうなら尚更な。もしかしたら、自分が矛盾してるってことに気付いてないのかもしれねぇ。気付いていても、仕方ないで済ませちまってるかもしれねぇけど」
「電も……なのです。話していたことが本当だとしたら、とても悲しいことだって、思うのです。でも、それでも、やっぱり……」
「ああ、だからって、あたし達をこき下ろすような真似をしてくるのは間違ってる。向こうから見たら、あたし達がまさにそれなのかもしれないけどな」
深雪も電も、そうとしか言えない。お互いにお互いの信念を否定する。今を見るか未来を見るかというところで食い違っている。出洲はさておき、黒深雪は少なからず未来の平和を夢見て戦っているのは間違いなかった。やり方は酷いが。
「多分アイツは、もう何言っても相入れないと思う。アイツは、あたしのことを、平和を破壊しようとする魔王って思ってるだろうよ。阿手の時みたいに何も考えずに言うんじゃなく、考えて考えて考えた末にその結論に辿り着いてる。出洲とつるみながら、でも出洲とは違う考え方で、出洲と同じ道を選んじまってる」
「そうだね、私もそう思う。お互いにお互いを間違ってるって思ってるなら、もうそれは平行線だろうね。深雪ちゃんも、そう思ってるんだよね?」
「……ああ、明るい未来のために、今苦しんでるヤツを知らなかったの一言で見て見ぬふりは、許せねぇ。でも……」
深雪は表情を曇らせる。
「あたしは確かに、今は見ているけど未来は見てなかった。この戦いが終われば、平和になってくれるだろうって信じて戦ってる。でも、深海棲艦との戦争が終わっても、バカな人間はバカなまま、他の人間を踏み躙って生きてくんだよな」
「……そうだね」
「それを知っちまったら、本当に平和に向かってるのかわからねぇ。今も未来と、何かしら平和とは外れたモンがあるんだよな、多分」
直接的に平和を脅かす敵が見えているか、弱者を虐げるような敵がコソコソと蠢くか。その違いくらいしかない。
しかし、出洲のやり方は許せるモノではないだろう。罪なき者すら手をかけるのは、明らかに度が過ぎている。阿手に騙されて自主的な研究に参加しているわけではない者に、謝罪の一つもないのだ。自分のやっていることは全て正しいと思っている時点でアウト。それはもう、平和を目指しているだなんて言えない。
「でも、出洲のやり方はダメだ。それに乗っちまってる、別個体もダメだ。ただ、別個体に関しては、何とかしてやりたいとは思うな」
同じ外見、同じ力を持つ者として、黒深雪のことを多少気にかけている。黒深雪は少なくとも迷いがあるようだから。
「深雪ちゃんは優しいね。私だったら容赦なく黒い方の腕を捥ぎ取ってるよ」
「……だろうな。左腕どころか右腕もやってそうだ」
「まぁ、使ってるなら利子も貰わないといけないからね。万が一ここに攻め込んできたら、勝手にやっておく」
「あたしには何も言えねぇよ。ここに入ってきたなら、全部吹雪に任せるさ」
吹雪は、どうであれ黒深雪と顔を合わせるようなことがあったなら、確実に攻撃をするし、その命を奪うために行動をするだろう。紛い物の特異点を許すことは出来ないだろうから。
深雪がそれをとやかく言うことは出来ない。今でこそこうやって話しているが、吹雪を止められる自信はないし、止めようと思える自信もない。
「あたしはあたしが目指す道が平和に繋がってるかはわからねぇさ。でも、今が平和にならなきゃ、未来も平和にはならねぇ。そう思って、今を精一杯生きてる。後始末だって、今を良くする仕事だ。絶対に必要だって思ってる」
「うん、それは私も正しいと思うよ。今が良くなきゃ未来も良くならない。その通りだと思う。願いを叶える特異点も、今叶えるのであって、未来を叶えるわけじゃない」
「だから、あたしはあたしの周りの平和のために頑張っていく。手が届く範囲しか、願いは叶えられねぇ。別個体の叶えたい願いは、あたしの手が届かない場所にある。でも、手が届きそうなら救ってやるさ。上から目線じゃなくて、対等だと考えて、な」
吹雪は満足げに頷く。深雪はとても良い成長をしたなと、改めて実感しながら。
「しいちゃん、これが私の妹、端末の中でも最高の成長を遂げた特異点だよ。生まれたばかりのしいちゃんにはわからないことばかりかもしれないけど」
そんな深雪の決意を聞き、隣に控えていた伊41に話を振る。ここまでずっと黙って聞いていたのだが、深雪に対しての感情はどうなっているのか。
伊41は複雑な表情をしていた。深雪がここまで歩いてきた道が、あまりにも苦行で、しかし後ろを向くこともなく、踏破してきたことに、何と言えばいいのかわからなくなっている。
そして、自分がまだまだであることも自覚させられた。生まれたばかりで、この海しか知らない。吹雪の妹分として誇りを持っていたが、ここまでやれる姉貴分がいるということも知って、不思議な気持ちになっていた。
「……その、さ。そんな目に遭い続けて、もう嫌だってならなかったのかよ。全部投げ出して逃げたいって思ったことは」
そんな伊41の質問に、深雪は少し驚いたような表情を見せつつ、ニッと笑った。
「ならなかったぜ。まぁ、なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだとは思ったことはあるけど、全部放り投げて逃げようだなんて思ったことはない。何があっても、これがあたしの物語だ。獣道だろうが何だろうが、全部踏破してやる。たまには後ろを向くことはあった。道から外れることもあった。だとしても、逃げはしなかった」
これまでの辛い思い出も、それがあるから今の自分があるのだと考え、前へと進む糧とする。それが深雪だ。
「……すげぇな、アンタ。あたしゃまだ世間知らずなんだって痛感させられた。姐御を守るために生まれたってことはわかってんだけど、世界の広さにゃついていけねぇや」
「ああ、そうそう、そこも気になってたんだよ。しいってどうして生まれたんだ?」
「あー……うん、私に生まれちゃった、ちょっとした欲を、願いの実が叶えてくれちゃったんだよね。これまでのご褒美ってことかも。ふふ、うみどりのせいだよ。1人でここにいるのはちょっと寂しいかもって思うようになっちゃったのは」
深雪も電も、なるほどなと察した。その結果生まれたのがこのやんちゃな伊41というのが、吹雪の寂しさを軽々と紛らわせるに値する存在となっているようだ。
深雪は決意を新たにすることが出来そうである。だが、謎はまだまだ多い。
迷いながらでも前に進むのが深雪。わけわかんなくなってきてるのが黒深雪。