吹雪に聞いておきたいこと──黒深雪の正体については、かつて戦闘中に失った左腕を回収され、それを植え付けられたことによってその力だけを扱えるようになったモノであるという認識で纏まる。
特異点のことを人類を堕落させる悪と言いながらも、自分はその力を当たり前のように活用している辺り、出洲には説得力がないと断じることが出来る。自分は堕落しないというその姿勢こそが許されざること。
未来しか見えておらず、現実を蔑ろにしている。それを正すためにも、今は戦うことしか解決策はない。出洲は話し合いでどうにか出来る状態ではないし、黒深雪も同じだ。
「ここに来たのはその話のため、だよね。終わっちゃったけど、ここからどうする?」
吹雪がにこやかに問うと、深雪はそこまで考えてなかったと苦笑。吹雪と話がしたい、現状を纏めておきたいという思いで行動しているため、それが終わったら目的は完了。さっさと帰って後始末に復帰というくらいしか思い浮かばない。
だが、せっかくの再会をそれだけで終わらせるのは勿体無いとすら感じる。元々のこの遠征の予定は5日。そのうちの1日半を使ってここまでやってきたわけだが、帰りも同じような時間を使うなら、おおよそ2日程の猶予はある。
「一回ここで休んでいきたいとは思ってたんだ。仮眠はとってきたけど、夜通しここまで来たからな。それに、吹雪とは話したいことがいっぱいある。ここまでやってきたことをもうちょい詳しくさ」
「そうだね。私も深雪ちゃんのことをちゃんと聞きたいかな。でも確かに、ちょっと疲れてるみたいだね。朝が来るまでは休んでいく? ぐっと眠った方が落ち着けるよね」
「あー、そうさせてもらえるとありがたいかな。今ってまだ日を跨いでないくらいか」
「そうだね。なら、朝まで寝てて。私もしいちゃんがこの辺りは守ってるから、安心して寝てくれればいいから」
伊41も任せとけと笑みを見せる。第一印象は酷いモノではあったが、これまでの深雪の戦いのことを断片的にでも知ったことで、偉大なる先輩くらいに考え方を変えたようである。
「わかった、ありがとな。じゃあ、少し休ませてもらうぜ」
「うんうん、お姉ちゃんに妹の可愛い寝顔を見せてもらおうかな」
「寝づれぇよ!」
ここで少し長めの休息となる。夜明けまではかなりの時間はあるが、この場所は不思議と気持ちよく眠ることが出来た。寝袋で眠っているというのに、身体にガタすら来ない。これもまた、特異点の、願いの実の御加護と言えるかもしれない。
朝、島では後始末18日目が開始されている頃。深雪達は気持ちのいい目覚めとなった。
「ぐっすりじゃねぇかよ。本当に疲れてたんだな」
目を覚ます6人を見ながらケラケラ笑う伊41。特大発動艇の縁に腰掛け、脚をバタバタさせながら日を眺めている。
「おう、おはようさん。悪いな、守っててもらって」
「姐御の願いだ。叶えねぇわけにはいかねぇよ」
「ありがとな」
素直に礼を言われて、伊41もニカッと笑みを浮かべた。
「今日はいろんなこと教えてくれるんだろ。あたしも割と楽しみだったりしたんだ。姐御がほんの少しだけ味わって、知っちまったから寂しいって気持ちが生まれるくらいに楽しい場所のこと、教えてくれよな」
「ああ、そうだな。うみどりにも連絡をすることになるだろうから、そこであたし達の上司とも顔を合わせてもらうか」
順調に辿り着き、この海域に滞在出来ていることを、伊豆提督に報告しなければならない。その際に、吹雪には出てもらおうと思ったが、想定外の住人である伊41も増えていることも伝えておきたいことだろう。
「その前に朝ごはんにしましょう。吹雪達も食べていくわよね。そのために多めに持ってきてるの」
「わ、それは嬉しいね。私達は食べなくても寝なくても生きていけるけど、やっぱりそういうところは味わいたいからね」
「準備するわ。ちょっと待ってて」
神風が筆頭になり、朝食の準備。6人分ではなく、8人分。万が一を考えて多めに持ってきておいた食事を簡単にだが用意していく。
この海域は暑くもなく寒くもない程よい空気の場所。だとしても、やはり温かいモノが食べたくなるということで、今回も七輪を使って作るのは焼きおにぎり。最初からそうするようにされていたおにぎりを焼くことで、香ばしい匂いを漂わせながら準備が進んでいく。
「おー……これが飯ってヤツか。めっちゃいい匂いがするな」
伊41が早速食事という文化に反応する。特異点としてこの生まれたこともあり、食事という行為自体を知らない。
「しいはこういうの初めてになんのか」
「ああ、ここだとそういうモン必要ないしな。姐御もこの近くを見て回るだけで、飯食ったりとかしてねぇし。つーか、ここには食えそうなモンないだろ?」
「海藻とか」
「はっはは、それは確かに食えるかもだ。でも、流石に直接噛み付いて食べるなんてことはしねぇよ」
空腹という感覚自体を持っていない上に、食事から栄養を手に入れないといけないわけでもない。特異点の中でも非常に特殊な存在なのが、この願いの実の護り手である。
吹雪も食べる必要が無い身体をしているが、娯楽として食事を味わいたいと笑顔。伊41にも知ってもらえればいいと乗り気である。
「しいはここ最近生まれたんだよな。吹雪のこと姐御って呼んでるくらいだし、やっぱそういう感じ方すんのか? 吹雪のことは自分の姉ちゃんだって」
深雪に言われて、伊41は少し考える素振りを見せる。
「姉ちゃんって感じではないな。でも、あたしをここで生かしてくれる大切なヒトだ。尊敬してるよ。姉ちゃんみたいにも思えるし、母ちゃんみたいにも思える。友達でもあって、先輩でもある。何かにつけて、あたしよりも全部上だ。だから、姐御って呼ばせてもらってんだ」
心の底から尊敬しているからこそ、敬意を表して姐御としている。吹雪の言うことなら何でも聞くだろうし、吹雪の身に危険が及ぶことがあれば、命懸けで救うこともするだろう。
とはいえ、話を聞かない猪のような性格をしているため、吹雪は少し振り回され気味。疲れない身体ではあるが、心にほんの少しだけ負荷がかかる。だがそれが『楽しい』に繋がってるのだから、苦でも何でもない。吹雪は常に十全の力を発揮出来る。
「可愛い後輩で妹分だよ。願いの実の守護も、賑やかになったね。これまでとは違った楽しさを味わってるところ」
「ならいいや。迷惑じゃあ無いんだよな」
「だね。まぁ、もう少し話を聞いてくれれば、最初みたいに深雪ちゃんを攻撃することは無かったと思うけど」
それは言わないでくれよと苦笑する伊41。だが、その猪突猛進さも伊41の楽しいところであり、一緒に暮らしていて飽きないところでもある。吹雪の生活は、より色付いたと言えよう。
それも、うみどりの
「はい、出来たわよ、焼きおにぎり。飲み物は温かいお茶でいいわね」
「お、ありがとさん。へぇ、これが朝飯……すげぇ、これが美味そうって感覚か」
今にも涎を溢しそうな伊41。吹雪はここまでの反応はしていなかったが、良くも悪くも子供のような反応である。
焼きおにぎりを一口頬張る。そして、目を見開いた。
「うおっ、これが美味いってヤツだ! 何もしてないのに幸せな気分になりやがる! この匂いもいいよな、アレだろ、香ばしいってヤツだろ。ああー、これは知っちまうのよろしくなかったーっ。姐御、今後はなんかこういうの定期的に食えたりしない?」
「同じモノは無理だと思うけど、願いの実に少しだけお願いしてみる? 食べるって行為が海の底では出来ないから、多分違う感じになるけど」
「う……多分これ、食えないなら意味ないよな……よし、やめやめ」
少し残念がりながらも、楽しそうに頬張り続け、あっという間に完食。
そんな様子を見ながら、深雪達も朝食を続ける。いつもとは違う朝食風景となり、感じ方も少し変わる。何処か温かさを覚え、違った美味しさを味わうこととなった。
「あたしさ、ここでは姐御のことしか知らないわけじゃん。だから、いろんなこと聞いてみたいんだよ。姐御からはちょくちょく聞いてるけど、やっぱ違うことも知りたいからさ」
「んじゃあ、あたし達が行った軍港都市のこととかも話すか」
「それがいいのです。でも、楽しいことを知ってもらったら、そこに行きたいって思ったりしないですか? ここから動けないなら、聞けば聞くほど、欲が生まれたりするんじゃ」
電の危惧に対して、伊41は大丈夫大丈夫と手を振って笑う。
「行きたいってのはあるかもしれないけど、それ以上にここにいることの方が大事だから、その辺りは気にしないでくれよな。話を聞くだけで大満足だ。だから、いろいろ教えてくれよな」
少し悲しい存在でもある。だが、本人はその運命を受け入れ、むしろ楽しんでいる節まである。それならば、話を楽しんでくれるということで、端末である深雪が見てきた楽しい場所のことを伝えていくことにする。
伊41にとっては、それが学びであり、そしてそれを維持するために願いの実を護ることの誇りへと繋がる。行けなくても、維持出来ていることが最高の喜び。
「わかった。じゃあ、飯食い終わって、うみどりに連絡も出来たら、話せそうなこと全部話すぜ」
「おう、頼む!」
無邪気な伊41を見て、穏やかな気持ちとなった。これなら吹雪のことも任せられるなと思いながら。
新たな特異点、伊41は、深雪達から見ても
伊41が持つ欲は知識欲。寂しいとは思わないけど、知りたいと思うこと。だからと言って、特異点Wから離れるつもりは毛頭無い。