特異点Wでの朝食の後は、再会を祝した世間話の時間。知識欲を強く持つ伊41に、自分達がどういう世界で生きてきたのかを話すことになった。
だがその前にやっておかねばならないことがある。それが、うみどりへの報告。電波が通らないようなことはないため、無事にこの場に到着し、特異点との合流が出来たことを伝えなくてはならない。
伊41にとっては、当然ながら純粋な人間と話をすることは初めてのこと。その中でも特に
吹雪はそんな伊41の頭を撫でて、気負うことはないと宥めた。伊豆提督はとてもいい人間であり、深雪をここまで育ててくれた偉大な人間だと強く讃えている。
「こちら遠征部隊の神風よ。無事、特異点Wに到着、目的だった吹雪との合流と、例の件についての話も終わってるわ」
『ご苦労様。大事が無さそうでよかったわ』
男性の声が聞こえてきたことで、伊41はビクッとする。人間であり、異性との初対面になりそうであるため、不安そうに吹雪を見た。大丈夫だよと声をかけた後、神風に頼んで通信機器──タブレットを貸してもらう。
その画面には通信先のうみどり、その執務室がしっかりと映っており、真ん中に男性が姿勢正しく座っていた。吹雪の顔が見えたことで、満面の笑みで小さく手を振る。
「ハルカちゃん、お久しぶりです、吹雪です」
『お久しぶり。元気そうで何よりだわ。あら、隣の子は』
「新しい特異点、しいちゃんです。ちょっとワケあって、うみどりがこの海域から離れた後に生まれた子でして」
『あらあら、そうなのね。初めましてしいちゃん、アタシはうみどり、後始末屋を受け持っている提督、伊豆遥よ。気兼ねなくハルカちゃんと呼んでちょうだい』
そんな自己紹介をされたことで、伊41はうっすと小声で挨拶を返す。やはり、この海域で吹雪としか暮らしていなかったこともあり、若干の人見知りのようにもなってしまった。侵入者にはいきなり雷撃を放つくらいの勇ましい性格ではあるのだが、こういうところではどうしても緊張が勝ってしまうようである。
『深雪ちゃんから話は聞いたかしら』
「はい、黒い特異点の話ですね。私がわかる限りのことは話しておきました。でもこうして顔を合わせて話せるなら、もう一度お伝えした方がいいかもですね。お時間ありますか?」
『ええ、大丈夫よ。今は後始末の管理をしていたところだから、話を聞く時間はあるわ』
「それじゃあ、もう一度」
吹雪がペラペラと深雪達に伝えたことを詳細に語っていく。黒い特異点、深雪の腕を移植された者であろうと判断したことを。
気負うことなく、いつもの調子で話している吹雪に、伊41は素直に感心していた。相手は未知の人間。深雪をここまで成長させたという聖人君子。それを前にしても、全く物怖じすることがない。
「緊張なんてしなくてもいいぜ。ハルカちゃんは滅茶苦茶イイ人だ。あたし達も何回救われてきたか」
「なのです。優しくて、強くて、頼れる人間さんなのです」
「そ、そうか。まぁ、見てりゃそんな感じ、するよな」
緊張する伊41を落ち着かせるために話しかける深雪と電。同じ特異点というよしみで、伊41とは今後も仲良くしていきたいと考えている。吹雪も話していたが、その生まれからして、深雪の妹分にも該当するのだ。蔑ろにする理由はないし、むしろもっともっと仲良くなって然るべきだと思う。
「そういや、ちゃんと聞いてなかったけどよ、後始末屋ってなんだ?」
伊41からの素朴な疑問。生まれたばかりで世界を知らないのならば、そこも知らないのは当然。吹雪からある程度は聞いているかもしれないが、それでもわからないものはわからないため、そこは知識欲を満たすために素直に聞いてくる。
「後始末屋は、海の掃除屋だ。前にこの海域でもそこそこデカい戦いがあってな、それで出てきちまったゴミとかを片付けて、綺麗な海にする仕事してんだ」
「海が綺麗になれば、そこから新しい深海棲艦が生まれることがなくなるのです。なので、戦争を終わらせるために、どうしても必要なお仕事なのです」
「海はここだけじゃあないからな。鎮守府が艦になってて、鎮守府ごと動き回ることで、いろんな場所の片付けをしてるってわけだ」
その説明を受けて、伊41は感心していた。単に掃除をするというだけでも、艦娘の本来の在り方とは少しだけ逸脱しているようなことなのに、それを生業として、戦いが終わるごとにやり続けているということになっているのだから。
「今も実は別の場所で超大掛かりな後始末をしててな、あたし達はそこから抜け出して、ここに来たんだよ」
「どうしても早く聞きたいことがあったからなのです。吹雪ちゃんが今話してくれている、黒い特異点の話、なのです」
「なるほどな……後始末、大掃除ってことな、それを延々とやり続ける仕事……聞いてるだけですげぇって思えるな。あたしにゃあやれそうにねぇ」
「そんなことは無いぜ。やってきゃ慣れるモンだ。それに、今回の後始末はあまりにもデカすぎるからな、集められるヤツ全部集めて、徹底的に片付けてるって感じなんだよ」
「いや普通にすげぇよ。だって、戦うこともしないで、ひたすら片付けしてんだろ。世界の平和はそうやって取り戻すんだな。なんか感動したかも」
伊41の反応に、深雪も電も誇らしい気分になる。素直に褒められることが、ここまで心にクるモノとは思っていなかった。
ここ最近は、後始末を当たり前だと思っているような、むしろ片付けている端から汚していくような敵としか対面してこなかったようにも思えるため、純粋な尊敬の念は心に染みる。
「あたしはここから動けないから後始末は手伝えねぇけどさ、姐御とここで応援してるわ」
「ああ、任せとけ。それこそ適材適所だ」
「電達はここに留まれませんから。願いの実のこと、お任せするのです」
「おう、任せな。そうか、これが適材適所な。やれることをやってきゃいいんだな」
ニカッと笑う伊41に、深雪も電も気分が良くなる。後輩がここまでさっぱりした性格だと、こうして付き合っていても気持ちがいいというモノだ。話しにくい相手でなくて良かったと。
これは伊41の方も同じように思っている。真っ先に攻撃してしまった手前、若干の引け目はあったのだが、それを気にしないくらいに明るく優しく話してくれることで、完全に心を許している。
「はい、私がわかるのはこの程度です。深雪ちゃんの感じたことに関しては、またそちらに戻った後に聞いてみてください。私の考え方はあくまでも私だけのモノ。同じ特異点でも、こうして考える力がある時点で、感じ方は十人十色ですからね」
『ええ、ありがとう。参考になったわ。吹雪ちゃんのカウントでは、あの黒い特異点は特異点としての認識なのかしら』
「私としては、あれは私の妹とは考えていません。精巧に似せているだけの物真似師みたいなモノですね。やってることも猿真似みたいな感じですよ」
すごい表現をしたなと、深雪は苦笑した。黒深雪のことを物真似師と断じた。
深雪の失われた左腕を植え付けられたことで手に入れた特異点の力を、堂々と猿真似と称する。
しかし、当然ながら警戒することは何度も促す。猿真似でも特異点の力ではあるので、吹雪ですら何が起きるかわからないとまで言うほど。
カテゴリーKに特異点の力を持たせていることで、突然変異が起きていてもおかしくないのだから。
「深雪ちゃん、その黒い特異点とは、どう決着をつけるつもり?」
突然話を振られたため、深雪はビクッと震えた後に、少しだけ考える素振りを見せる。
だが、やらねばならないことは目に見えていた。あちらが過剰と言えるくらいに敵視してくるのだから、それ相応に返さねばなるまい。ジッとしていたら殺されるだけ。
「あっちが挑んでくるんだ。あたしは受けて立つしかねぇよ。それが殺し合いになったとしても……やるしかねぇ。救えるモンなら救いたいけどな」
「ん、それでいいと思うよ。深雪ちゃんは、しっかり特異点だ」
吹雪はにこやかに返す。
「自分の力をそんなカタチで使われて、それに対して真摯に向き合ってる。しかも、救えるなら救うなんて言ってのけた。許せないって思う前に、手を伸ばすことが出来てる。やっぱり、私が知る限りでは最高の成長を見せた特異点だね」
吹雪にベタ褒めされると、恥ずかしい気持ちになるものの、悪い気持ちにはならなかった。今の考え方、生き方が、間違っていないモノなのだと確信させてもらえるから。
「ハルカちゃん、これは深雪ちゃんにも話したことですが、もしその黒い特異点がこの海域に入ってきたら、私はそれを容赦無く始末します。構いませんか?」
『……ええ、それは仕方ないこと。特異点の在り方として、そうすることが正しいのよね』
「はい。願いを叶えるこの力を、完全に悪用していますから。私の目に入るなら、その罰を与えなくてはいけません。私がここから動けないから直接向かえないだけで、正直私としては許せるようなモノではありません」
真顔で話すのは少々怖いところがある。しかし、その後の言葉に、深雪達は少しだけ安心することになる。
「ですが、私の与り知らぬところで戦い、そして深雪ちゃんが、皆さんが、その黒い特異点を生かしたい、救いたいと言うのでしたら、私は咎めません。それもまた、優しい願いです。叶うといいなと、私も願いましょう。悪い方向へといかないことも願いながら」
その保証をしてもらえるだけでも充分であった。
黒い特異点、黒深雪との戦いは、避けては通れないモノだろう。何を思い、どう行動するかは、その時次第。
この遠征艦隊、話を聞きに行くとはしたものの、通信でうみどりと話が出来るんだから、最終的には吹雪のためにタブレットを持って行った、みたいな話になってしまいました。到着が深夜であり、事前に聞いておくことで吹雪が今回話したことを先んじて纏められていたというところはあるので、遠征が無駄になるわけでは無いんですがね。