うみどりへの報告を終え、今後の指針も決まった一同は、ここからは少しの時間を心の休息に使うことになる。伊41に深雪達が見てきた世界がどんなモノかを話し、その知識欲を満たしてあげる時間。
軍港都市という場所があり、そこではこんな娯楽があったとか、うみどりでの生活はこんな感じだとか、今後始末している島はすごいところだとか、話題は尽きない。
特に島の話には吹雪も興味津々。侵略者としての思考を持たない穏やかな深海棲艦というのは、願いの実を長く続けている吹雪にも初耳のようで、その王であるテミスのことを聞いているだけで笑いが絶えない。
「そんなことあるんだねぇ。いや、深海棲艦だから絶対始末しなくちゃいけないってわけじゃあないんだけどさ、珍しいっていうか初めてだよそんな個体」
「姐御がそう言うくらいなんだから、マジで珍しいんだなぁ。それもアレなのか、深雪がいるおかげなのか?」
「どうだろう。奇跡に近いことが全部特異点の仕業ってのもちょっと違うからね。そこの環境が複雑に折り重なって起きたことじゃないかな。私だってわからないことはあるよ」
島で起きている穏やかな奇跡は、特異点が起こしているモノではないと吹雪が断言する。初耳なことまで特異点の力が絡んでいると言われても困るというモノ。いくら深雪がかなり強い力を得たとしても、そこにはおそらく関与していないとも。
島で起きていた数々の許されざること。そこに留まっている人々の思いなどが幾つも関わり合って、今の現状を作り出しているのだろうと予測した。そもそも特異点が生まれた理由も同じようなモノだ。生まれたくて生まれたわけでもなく、人々の思いが結晶となり願いの実を結び、そこから守護者である吹雪が生まれ、さらに端末が生まれる。これは特異点の力というよりは、島より大規模な環境要因と言えよう。
「ともかく、そんな平和な島があるのはいいね。深海棲艦との戦争も、そういうカタチで終わってもらいたいものだね」
「あたしもそう思うぜ。あの島は平和の象徴だと思う。ただ、どうしても穢れが凄くてさ……いくら掃除しても、後から後から湧いてきやがる。土から木から穢れてるから、畑とかも作りにくいらしくてさ、土壌改善をしねぇとって話してたよ」
「海とは勝手が違うからねぇ。もし私やしいちゃんがここから離れられたとしても、そこを一瞬で綺麗にすることは出来ないと思うな。特異点でも、無理なモノは無理。地道な解決が一番だね」
器用万能な吹雪であっても、こればっかりは無理だとお手上げ。穢れに穢れが重なり、それをじっくりと長年かけて熟成させてしまっている。この世界で最も穢れた場所と言っても過言ではない。それを解決するには、同じように時間をかけるしかないだろう。
「その犯人は始末したんだよね。じゃあ、邪魔はされないのかな」
「ああ、そこは今んところ大丈夫。生まれてきた深海棲艦も、あたし達後始末屋も、別んところの後始末屋まで集まって、必死こいて片付けてるよ。邪魔者はいねぇ。いや、いたんだけど、そいつらも今は反省して手伝ってくれてる。ちょっと力業なところはあったんだけどな」
「それならいいと思うよ。それでも邪魔をするなら、さっさと始末だからね」
吹雪はそういうところで発言が物騒である。
「ここはやっぱ綺麗だよな。穢れなんて何処にも無いんだろ?」
「そりゃあね。私と、今ならしいちゃんが、毎日出来る限りのことしてるからね」
この海域に穢れは1つもないが、それは吹雪と伊41が常に綺麗にしているから。願いの実を保管する環境を完璧にしておく必要があるため、手入れを欠かしていないだけ。
「あ、せっかくだし、深雪ちゃんと電ちゃん、願いの実を直接見に来る? 今なら潜れるんだし、海の底まで来ない?」
「いいのか?」
「むしろ、見ていきなさいって感じ。ある意味自分の親みたいなモノなんだからさ、直接見て、ご挨拶してよね」
親みたいなモノと言われても実感は湧かないが、確かに見て損はないだろう。願いの実のおかげで今ここに生きているのだから、これまでの御礼も言っておきたくもある。
「そうだな、ちょっくら行ってくるか。電、やれるよな」
「なのです。潜るのは後始末の時にいっぱいやりましたから、すぐにでも」
「よし、じゃあ見に行くか」
ある意味、実家への帰省。それが目的ではないにしろ、出来るのならやっておいた方がいいことである。
深海棲艦化した深雪と電は、何の躊躇もなく潜航開始。後始末の際に慣らしただけあり、潜水艦である伊41にも引けを取らない技術で海底へと向かう。
深雪は先んじてそれを披露しているが、電も同じように出来ることを、伊41は少し驚いていた。
「深雪はあたしと同じ特異点だからわかるんだけどさ、電も同じことやれるんだな」
「電ちゃんは、深雪ちゃんの願いで生まれた、特異点の補助装置だからね。深雪ちゃんが強く願ったことで、端末と同等の力を手に入れてるみたい。私達とは少し違うけど、それでも立派な特異点だよ」
「そういうのもあるのな。それにしても……姐御もそうだけどさ、深海棲艦の格好になると、いろんなところがデカくなるのはお約束なのか?」
「出力を上げるために大人の姿になってるんだよ。質量が大きい方が力を使いやすくなるし、身体も反動に耐えられるようになるしね」
伊41は物珍しそうにジロジロ見ている。深雪のことは既に一度見ているが、電に関しては初見。吹雪もここまで出来るようになっているとはとニコニコである。
「後始末屋は潜水艦がちょっと少なくてさ、海の中のゴミを掃除しないとってことで、出来るか確かめてみたんだ。そしたらここまで出来たってわけ」
「なのです。深雪ちゃんだけならまだしも、電も出来たのは嬉しかったのです」
「うん、私も振った手前、割と驚いてる。電ちゃん、凄い成長だね。特別な補助装置だよ」
「はい、これからも深雪ちゃんを支えていくのです」
「そうしてあげて。私達がここから動けない分、電ちゃんにも任せるよ」
「なのです!」
そうこうしているうちに海底が見えてくる。そこに願いの実があることは周知の事実であり、近付けば近付くほど、不思議な感覚が深雪達を包み込む。
「なんか、変な感じだな」
「なのです……落ち着くというか、晴れやかになるというか」
「ああ、これがもしかして、実家のような安心感ってヤツなのかな」
海底に降り立つと、初めてのはずなのに戻ってきたという感覚を覚える。強い安心感と、完全に無警戒な穏やかさ。
「はい、これが願いの実。触ってみて」
吹雪が先行して、岩陰からあの願いの実を取り出し、深雪に渡す。実というだけあって木の実のような形状。特異点Wでの戦いの時からさらに成長しているようで、少しだけ大きく、そして深雪達が訪れたことで淡い光を放っているようにも見えた。
触れるとさらに普通とは違う感覚。温かいような冷たいような、温度はわからないのだが握り締めるだけで落ち着けるような、これまでに感じたことがないモノ。
「なんつーか……すげぇ気持ちが楽になる」
「生みの親と一緒にいるようなモノだからね。深雪ちゃんには初めての経験でしょ」
「だな……うん、ずっとこうしてたくなるような、不思議な感覚だ」
出来ることなら、ここでずっと願いの実と共にいたい。しかし、深雪にはまだ使命がある。後始末屋としての仕事と、この世界を間違った平和に導こうとしている最後の元凶との戦いが。
定期的にここに来たいと思わせるくらいのモノではある。使命が無ければ、振り払うのも至難の業だろう。
「ありがとな、吹雪。ここに来てよかった。この感覚は忘れねぇ」
「うん、それは良かった。もし何処にも居場所が無くなったとしても、ここに来れば必ず受け入れるからね」
「ああ、頼んだ。そうじゃなくても、時間作ってここに来させてもらうぜ」
「うん、そうしてそうして。お姉ちゃん、妹と会えるの嬉しいし」
願いの実を電にも渡すと、その表情はとても穏やかに。補助装置だとしても、深雪と同じ感覚、何処となく懐かしい何かに満たされるように思えた。
「電も、またここに来るのです。この気持ちを忘れることなく、次に進むのです」
「うん、待ってるよ。今度はうみどりのみんなで揃って来てくれると嬉しいかな。賑やかな方が楽しいって知っちゃったから。今はしいちゃんもいるけどね」
伊41は胸を張るようにして吹雪の隣に立つ。寂しいという気持ちを知ってしまい、仲間が欲しいという無意識の願いを叶えられて生まれた存在だからこそ、責任を持って吹雪の仲間としてそこに居続けることを誓った。
「よし、それじゃあ、願いの実は元の場所に戻して……っと。上でみんなが待ってるし、一度浮上を……っ」
話している最中、吹雪の表情が変わる。
「吹雪?」
「……ああそう、本当に特異点が気に入らないんだ。深雪ちゃん、もしかして
いきなりそんなことを言われて目を見開く深雪。海のど真ん中、障害物も何もないところで、後をつけられるなんて出来るわけがない。されていたとしても、間違いなく周辺警戒の段階で把握しているはずだ。
それなのに、それに関係なく今この場に誰かが現れたというのなら、何かされていると考える他ない。居場所がバレるというのならば、昨晩眠っている間に分析されたと考えるのが妥当か。
「ああ、そうか。深雪ちゃんの左腕か。こちらからはわからなくても、あちらからは深雪ちゃんの居場所がわかるのかもね」
「そんなことあるのか?」
「元は深雪ちゃんの身体の一部だもん。まぁ、そう出来るように調整されてるのかもしれないけど」
明らかに怒りの感情が吹雪から見えていた。特異点の力の悪用が今目の前で行われているのだ。これを解決しないわけにはいかない。
「敵が来たってことだよな。なら、どうにかしねぇと」
「うん、行こうか、みんなで」
特異点Wでも、平和に過ごすことは出来ないようである。しかし、吹雪がいるこの場所で敵が現れても、それは気の毒なだけであった。
危惧していたことは、起きるモノ