カテゴリーMである時雨が見つめる中で始まる大規模な後始末。姫級が二体現れている上、それを丸一日放置せざるを得なくなった挙句、昨晩に雨が降ったことによって残骸はあちらこちらに散らばりびしょ濡れ。前回の大規模は時間的な問題で大変な作業となったが、今回は単純な量と範囲で大変な作業となった。
深雪も本当は作業に向かいたかったのだが、艤装を外しているとはいえ時雨が執務室で伊豆提督と二人きりになるのは危険である。伊豆提督は『時雨ちゃんもこんな奴と一緒なんて嫌でしょ』と言うものの、艦娘達からすればハラハラする行為でもある。
「細かいのも多いけど、デカいのも多いな……」
画面越しではあるが、その規模に溜息を漏らす深雪。かなり朝の早い時間から始めているが、前回の大規模のことを考えると、終わりは夜、下手をしたら日を跨ぐか跨がないかくらいになりかねない。
「姫の艤装がそのまま残っているというのが大きいわね。あれは苦労しそうよ」
伊豆提督が言う通り、今回は残り方が相当大きい。以前にあった頭部を無くした姫よりはマシかもしれないが、うみどりの中に引っ張りあげるのは相当な力が必要になる。
うみどりの中で最も膂力を持つのは、当然戦艦である長門。空母棲姫の艤装をも持ち上げることは可能かもしれないが、流石に一人でやるのはよろしくない。まだまだ残骸は沢山あるのだから、しっかり協力してになるだろう。
睦月と梅による大発動艇があれば、ある程度は力を抜くことは出来るだろうが、それでも大変であることには変わりない。
「肉片もかなり多いな。拾い集めるのも苦労しそうだ」
「単純に作業量が多いわね。それに、この様子だと海中にも相当量沈んでいるわ。ニムちゃんとフーミィちゃんが厳しいかもしれないわね」
深雪にはわからない海中。うみどりのカメラでもそこまでは映せないため、全て潜水艦である伊26と伊203に任せるしかないのが辛いと、伊豆提督も残念がっていた。
海中カメラでも限界はある。海底に至っては暗いこともあって全く見ることが出来ない。いくら艦娘によって得た艤装の技術があっても、電探やソナーが強くなるばかりでカメラはそこまでだった。
とはいえ、魚群探知機の要領で海底にあるものを探し出すことは不可能ではない。細かいものがわからないというだけ。
「あたしも潜水艦みたいに泳げりゃなぁ」
「シュノーケリングくらいが限界ね。潜水は道具を使ってもやめておいた方がいいわ。アナタ達は曲がりなりにも
「だよなぁ。プールが限界だね」
深雪と伊豆提督がそんなことを話している間、時雨は真剣な表情で後始末の様子を見つめていた。
見たいと思う場所はそこら中にあるが、特に見ているのは、肉片を回収する者達。深雪も過去に経験した、トングによる収集。
「どうしたよ」
「……誰一人、嫌な顔をしていないなと思ってね」
時雨の言う通り、この仕事を嫌々やっている者は後始末屋には一人もいない。自分の意志でここに立ち、綺麗にするために手を動かしている。深雪も初めてやった時は、その感触に少しだけ悪態をついたが、その後からは祈りながら作業を続けている。
本当に初めての者だけは、感触になれていないために嫌悪感を露わにするかもしれない。しかし、この作業が海の平和に繋がっていることを理解しているのならば、嫌々やり続ける者なんていないだろう。
「この作業をするということを理解した上で、このうみどりに来てくれた子達だもの。驚きこそすれ、嫌な顔をする子はいないわ。アタシもそれは本当に嬉しいことよ」
伊豆提督も少々自慢げに語る。ここにいるのは綺麗な海を望む者達。艦娘であれ、深海棲艦であれ、
これを悪意で続けるのは、そう出来るものではない。海の平和以外の目的が無いのだから尚更だ。後始末屋は、
「……人間は悪だ。僕の中では、その思いがずっと渦巻いてる」
ポツリと時雨が溢す。
「でも、ここにいる人間達を見ると、そんな気にはなれない。戦うこともなく、ただ黙々……ではないかもしれないけど、ずっと作業を続けている。悪がここまで懸命に掃除を続けるかな」
悪い目的があればやるかもしれないが、それならばここまで綺麗にしようとしないだろう。必要なモノだけを手に入れて、他は放置というのが順当だ。
だが後始末屋は本当に平和を願って作業を進めている。悪意など何処にも無い。時雨としては、そんな人間がいること自体が驚きに繋がる。
時雨の持っている知識は、人間は私利私欲のまま艦娘を利用して利益を貪る悪辣な存在。救いようの無い存在であり、この世に蔓延る害悪。鏖殺もやむなしと感じるほど。
しかし、うみどりの面々はことごとくその考えから外れる善人ばかりである。それこそ、最初に面識を持った長門だって、時雨の考え方を否定せずに、しかし自分達はここにいなくては平和を取り戻すことが出来ないと語った。艤装の本来の持ち主である艦娘に対しても敬意を払い、誇りに思っていると、上辺だけでなく本心から口にしている。
「ここの人間は、僕が思っているような悪虐非道な存在では無いのかもしれない。信じたら裏切られるなんてこともあるから、全面的に信頼することはないけど」
そんなうみどりの人間達を、なんだかんだで鏖殺の対象から外していた。刻みつけられた呪いから、僅かにでも脱却しようとしていた。
「まだわからない。この集めたモノをどう使っているかを知るまでは、君達の言うことは信じきれない」
収集している廃棄物がどうされているか次第では、人間はやはり信じられないモノとして再認識される。
「あたしだってそれを知らないんだぜ。ハルカちゃん、ここで集めたモノって、結局どうしてんだ? 立ち入り禁止区画でいろいろ処置してるのは知ってんだけど」
「軍港に運んで、専門の業者に持っていってもらっているわ。でも、それだけ。アタシも信頼がおける相手だから任せているけれど、その後にどうしているかは細かくは聞いていないのよ」
ここで伊豆提督が知っていることを全て話す。それ自体を艦娘が知る必要がないため、聞かれるまでは別に言う必要はないかと考えていたが、今はそこすら怪しく感じてきてしまっているため、情報は展開しておくに越したことはない。
うみどり内部で処理された廃棄物は、無害なモノに変換されているために溜め込まれていても何かに影響を与えることはない。しかし、溜まりすぎると今度は余裕が無くなる。そのため、定期的に軍港に向かってそれを処理してもらう。次の後始末のために、艦内に空間を作るようなものだ。
その際に廃棄物を持っていってくれるのは、軍港に配備された専用の業者。保前提督管理下のそれは、深夜のうちにうみどり艦内の立ち入り禁止区画に入り、その全てを運び出してくれる。うみどりの妖精さんの管理もあり、その作業に関しては疑う要素が何処にもないことはわかっている。
「なら持っていった後だ。その港は怪しい。僕が始末をつけなくちゃいけない人間はそこにいるんじゃないのかい」
これに関しては否定しきれないのが辛いところ。信頼がおける業者だとしても、裏で何をしているかわからない以上、疑わざるを得ないのだから。
「正直なところ、アタシ達も今、その辺りに疑いをかけているところなのよ。ここ最近の戦場は何処かおかしい。深海棲艦の乱入は以前から無かったわけではないけど、人為的に改造された深海棲艦なんて今まで出てきたことは無かった。誰かが何かをしでかそうとしているとしか思えないわ」
「元凶って奴らだよな。それがあの軍港にいるかもってことか」
「ええ。私情を挟むなら疑いたくはないんだけれどね」
ここで私情を挟まないのが伊豆提督である。うみどりの根幹を担う者として、海の平和のためには
疑いが晴れれば別にいい。だが、その疑いが確信になった場合は、それ相応に処置しなくてはならない。その行為は明らかに、海の平和を乱しているのだから。
「その辺りは、アタシとイリスが探りを入れておくわ。だから、アナタ達は軍港に行ったら羽を伸ばしてちょうだい。特に時雨ちゃんは、悪くない人間が沢山いることを知ってほしいわ」
「羽を伸ばせって、まさか僕にそこで遊んでこいと言うのかい!?」
「ええ。非武装で、人間の社会を知るの。悪いことにはならないわよ」
時雨はもう呆気に取られるしかなかった。戦時中だというのに、何を考えているのだと。能天気すぎるのではと。
しかし、伊豆提督からはこう続く。
「仕方ないとはいえ、戦場に立っているばかりだと心が壊れてしまうわ。だから息抜きは絶対に必要なの。それは時雨ちゃんにもよ」
「そうそう、あたしもあそこはいいところだって保証出来る。電も初めてだし、裏側のことは一回忘れて楽しんでこようぜ」
精神的な部分の癒しは必要であるが、時雨にはそんな気持ちは微塵も湧いてこない。
それもカテゴリーMに刻まれた呪いの一種。理性のない深海棲艦達と同様、戦うことに優先順位を取られて、休息に関しては二の次となってしまっている。
「……わからない、人間がわからない……」
時雨はもう、頭を抱えるしかなかった。時雨の持っている人間に対しての知識が、ことごとく崩されていった。
後始末は確実に進み、海の3割ほどが綺麗に片付く。それでもまだまだ残骸は多く、一番の大物である空母棲姫の艤装は真っ先に片付けられたとはいえ、それでも大きい残骸が浮かんでいるくらい。遠くに流されてしまっているものもあるため、どうしても時間がかかる。
その作業を執務室でずっと見続けていた時雨は、時折入る補足説明などで、後始末屋のやりたいことは完全に理解していた。その上で、いくつも質問をしている。
「今ここにあるのは、深海棲艦の残骸ばかりだ。艦娘が勝利した海戦、というわけだね」
「そういうことだな。あたしもそうやって聞いてるぜ」
「なら、あの残骸の中に人間が加わることもあるわけだね」
「そりゃあ、そうなるだろうな」
深雪はまだそれに当たったことはないが、当然ながら敗戦を片付けることもある。その時は、
前回の大規模の後始末の際、脚を失った朝霜がいた。敗北はしていなくても、重傷で四肢を失う者もいる。ならばその失われた四肢はどうなるかと言えば、魚雷で爆散していて影も形も残っていないか、それがそのまま落ちているかになる。
「辛くないのかい。同胞の残骸集めなんて」
「辛くないと言えば嘘になるわ。でも、それが人間のモノであっても、海を穢すモノということは変わりないもの。アタシ達が守るのは、海の平和。その発端が何かなんて関係ないわ」
真っ直ぐな瞳で時雨にその思いを伝える。それがうみどりのやり方。優先順位は海である。そこに落ちているものならば、例え人間由来であっても廃棄物と見なして片付ける。そこに感情を持ち合わせてはいけない。
「なるほどね、君達はそこを完全に割り切っているわけだ」
ふぅんと時雨は納得したように息を吐く。しかし、その次には別の疑問が湧いていた。
「じゃあ、片付けの最中にまた敵に乱入された場合はどうするんだい?」
「そりゃあ勿論、説得に応じなかったら沈めるしかないだろうな。深海棲艦は説得しようがないから、仕方ねぇ」
深雪もそればっかりは妥協するしかないと悔しそうに伝える。勿論、害がないとわかっていれば、攻撃なんてしない。
そもそもうみどりの面々は先制攻撃なんてことは一切しない。相手が攻撃してくるから、反撃をする。その方針は、相手がなんであれ変えていない。
そして、それを聞いた時雨は当然のようにそこに辿り着く。
「それじゃあ、僕のような艦娘でも、同じように沈めてきたのかい?」
最後に時雨の火の玉ストレートが投げられました。ハルカちゃんと深雪は、これに対してどう答える。