後始末屋の特異点   作:緋寺

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削がれる戦意

 今を良くして、繋がっている未来をある程度良くする。そして、今の戦いが終わった後は、世界の後始末屋になる。深雪の誓いに、黒深雪は圧倒されてしまっていた。

 出洲の矛盾に気付きつつも、結局それに縋り、今を見ずに未来だけを求めていた黒深雪。それに対して、今も未来も見据えて、さらにこれまであやふやだった目標もキチンと成立させた深雪。その差は歴然だった。

 

「深雪ちゃん、電も世界の後始末屋、お手伝いしたいのです。今を良くして、未来も良くする。そうすれば、きっと良い未来が来るはずなのです」

「お姉様、まこと素晴らしいお考えでございます。この白雲、やはりお姉様と共に歩んできて、本当に良かったと改めて確信いたしました。無論、白雲もその道を歩ませていただきたく」

 

 電と白雲は、この世界の後始末屋という壮大な夢を心から祝福し、そして共に歩むことをこの場で誓う。白雲に至っては、カテゴリーMの呪いが全て失われたかのような感動まで得ている。

 伊勢とのハンドサインのやり取りをしていたグレカーレも、ニッと深雪に笑顔を向けた。グレカーレは少しだけ残された時間が短いかもしれないが、深雪の行く末を一番近くで見届けたいという優しい願いも芽生えた。ならば、叶うだろう。

 

「さて、うちの深雪ちゃんはここまで大きなことを言ってくれたよ。今を見ずに知らない未来に縋る君達と、今を見据え未来も見据えた深雪ちゃん、どちらが平和に近いか、もうわかってるよね」

 

 吹雪が黒深雪に改めて突きつけた。もう、精神的には完全に勝負はついている。

 

「まだ答え、言えてないよね。深雪ちゃんは君達に質問をしたよ。今を良くして、未来に繋げる。今の平和を、未来に維持する。それじゃあ、ダメなのかな。君達のやり方がこれ以上であるかどうかを、答えてほしいね」

 

 追い討ち。先程の深雪からの問いに対して、黒深雪は言葉が紡げていない。深雪のこの考え方がいいのか悪いのか。悪いなら、どのように悪いのか。それが言えないのならば、自分達の非を認めたようなモノ。言ったところで支離滅裂ならば考えなしということ。

 

「……くそ……」

「深雪……」

「雷……反論、出来るかよ」

「……出来ない、わね。何を言ったところで、全部同じ言葉で返されるだけ」

「……だよな」

 

 心底悔しそうに顔に手をやる黒深雪。雷も反論が出来ないと辛そうな顔を見せる。

 深雪に未来までの展望が生まれてしまったことで、些細な反論すら封じられてしまった。あやふやな道を歩いている者に、未来を見定める自分達に対して文句を言う資格はないとまで思っていたのに、あやふやがハッキリとなってしまったなら、もう何も言えない。

 

 だが、どうしても敗北を認めたくはなかった。理由はとても簡単なことである。黒深雪が、()()()()()()()だから。特異点を超えたいという、至極単純な欲が生まれていたから。

 

「別個体……もういいだろ。あたしは、お前と戦いたくねぇ」

 

 深雪がそんなことを言い出したことに、吹雪は少し驚く。

 

「深雪ちゃん、いいの? 深雪ちゃんの力を勝手に使って、ここまで来てこんなに滅茶苦茶なこと言って、侮辱して、殺意まで溢れさせて、それでも戦いたくないって思うの?」

「……ああ、なんつーか……あたし達のことをわかってくれたから、こんだけ悔しい思いをしてるんだろ。何も知らなかったから、あたし達の信念が弱いって思えたけど、今は理解してくれたんだろ。なら、無理して戦う必要なんてねぇよ。侮辱なんて日常茶飯事だ。もう慣れちまった」

 

 侮辱に慣れるだなんて悲しい発言ではあるのだが、それをこうして許すことが出来るのが、深雪の長所であり短所だろう。

 なんでも受け流すことが出来る心の広さ、しかし相手の思い上がりを助長させることになる大らかさだ。

 

「逆に、あたし達がこいつらのことをまだキチンと理解出来てねぇ。それは認める。だから、まずはうみどりに戻ったら、それをちゃんと知りたい。こういう苦しみを受けた人間ってのがどれだけいるか。もしかしたら、あたし達の考え方が間違ってるかもしれねぇだろ。ぶっちゃけ、あたし達は理不尽に命を狙われてるとしか思ってなかったけどさ、否定ばかりじゃお互いに進まないんだよなって、今気付いた。こいつらは今、あたし達に対しての否定を失くしたんだよな。だったら、次はあたしの番だ。ちゃんと理解する。でもその上で、今を蔑ろにして、人の命の上に立ってる平和を否定してやりたい」

 

 この場でさらに学び、成長した深雪に、黒深雪は大きな敗北感を与えられた。ここでこんな言葉が出せるなんて、なんて奴だと、本気で思ってしまった。

 

 故に、戦意は削がれた。

 

「……ここまで来ておいて何もせずに戻るのは悔しいけどな、今日は何も言い返せない。だから……逃げることにする」

 

 悔しそうに、しかし、何かに気付いたように顔を顰めながら、黒深雪は雷の手を引きながら少し退く。雷も小さく頷いて黒深雪に従う。

 

「口喧嘩するために来たの?」

「吹雪、もういい。多分……また決着をつけないといけない時が来る。それは今じゃあないってことだ。あたし達は、出来ればここで消耗してから戻るなんてしたかねぇよ」

「優しすぎるよ深雪ちゃん。でも……今日は深雪ちゃんの顔に免じて、皆殺しはやめてあげる。あちらから手を出してくることも無かったし」

 

 吹雪は深雪に対しても甘すぎるんじゃないかと溜息を吐く。だが、深雪の考え方は変わらない。後から嫌な思いをするかもしれないが、今こうして命のやり取りをしなければ、もしかしたら今後、お互いに平和な道が見えてくるかもしれない。

 

 まさに、先ほど話した通り。今を良くして、未来に繋がる。これが()()()()に繋がるかはわからないが。

 

「別個体、あたし達のことを知ってくれたのなら、戦わずに手を取り合うことは出来ねぇか。出洲は話のわかる奴じゃあないから戦いにしかならねぇけど、お前達とはまだ何とかなるんじゃねぇかって思ってんだ」

 

 深雪の最後の言葉に、黒深雪はピクリと反応する。

 

「……それは無理な話だ」

「なんでだよ」

「あたしが、あの人についてる限り無理だ。反論は出来ねぇが、やっぱりあの人に恩がある」

 

 この言い分で、深雪達はかつての叢雲を思い出す。あちらは家族を失って拾われたことから恩を感じていた。義理の親が悪いことに手を染めていても、恩があるからと全てを受け入れて手を貸していた。

 黒深雪と雷も、かつて殺された後、出洲に蘇生されたという事実がある。奪われたはずの命が帰ってきた。失われた人生を、再度謳歌出来る。その恩は、どうしても捨てられないのだろう。

 

 叢雲の時のように、かつての黒深雪と雷の命を奪ったのが出洲の配下ということもないと思えた。出洲の言い分が常に正直だとするのならば、実験材料を自ら作るようなことはしない。そんなマッチポンプをするのは阿手だけだ。

 

「……なぁ、嫌なことを思い出させるかもしれねぇけど、お前らは一度殺されたっつってたよな。その犯人は……」

「それくらいなら教えてやる。あたし達が生き返って今の姿になった時には、取っ捕まってた。愉快犯で、ガキの死ぬところに興奮する変態だとよ。現にあたし達の身体は、死んだ後に犯されてたらしいからな。クソ巫山戯た野郎だ」

 

 まさか教えてもらえるとは思っていなかったが、あまりの壮絶さに深雪も言葉を失った。そこまでされていることを知ったならば、どんな手を使ってでも、同じような被害者が増えないようにしたくなることも理解出来る。

 黒深雪とて、染めている手段はここまで歪んでしまっているが、本当に平和を望んで行動しているに過ぎない。これ以外のやり方を知らないだけで。

 

「……そういう連中は、この世にいちゃ、いけねぇな」

「お前らのやり方は、そういう連中を管理するわけでもなく野放しにする平和だろうが。……でも、今こうしている間も、何も変わらずに自分の欲だけで他人に迷惑をかけてる奴がいるってのも間違ってねぇ。だから今を良くする。それだけは、理解した」

 

 自分の欲だけで他人に迷惑をかけている奴の中に出洲も含まれているのだが、黒深雪がそこを見ているかは何とも言えない。そこだけ棚上げされるのは困る。

 とはいえ、今を良くするということに肯定的になったことは、少しは変わったと考えてもいいだろう。

 

 少しだけ、ほんの少しだけ、黒深雪と雷は違う道も見えたはずである。

 

「……次に会った時は、戦いだ」

「そうならないことを願ってる」

「……ちっ」

 

 吹雪は最後に本当に逃がしていいのかと聞いてくるが、深雪はいいと返した。今ここで戦闘になったら、お互いタダでは済まなくなるし、吹雪が一方的な蹂躙をするにしても、やはり特異点は悪だと思われかねない。

 吹雪としても、裏で何やらしていた伊勢達普通の艦娘の真意を聞いておいた方が良さそうだと判断している。そうでなければ皆殺しだった。

 出洲も、これで黒深雪達が帰ってこないとなれば、これまで以上に咎人判定を苛烈化するだろう。自分達のことを棚に上げることは忘れずに。

 

「しいちゃん、ギリギリまで見送ってあげて。深雪ちゃんに迷惑をかけないように、攻撃だけはしちゃダメだよ」

「……わかったよ。逆に、あたしが帰ってこなかったら」

「その時は深雪ちゃんが何を言っても関係なしに、ここに来た全員を血祭りにあげる。手を出してこないから手を出さないだけ。そんなこと、あちらもわかってるでしょ」

 

 特異点Wを抜けるまでは伊41に見晴らせ、あとは好きにしろという、吹雪の寛大な処置。黒深雪は、足下から睨みつける伊41を一瞥すると、苛立ちは隠そうとせずに踵を返した。

 

 

 

 

「……クソが……」

 

 最後に呟いた一言は、何に対してのモノなのか、わからなかった。

 




舌戦終了。結果的に、黒深雪達がただ来て駄々捏ねてただ帰るだけの戦いとなりました。吹雪がいれば、深雪達は消耗も何もなく決着がついただろうけど、出洲に免罪符を与えることになりかねないので、ここで無傷で返すことは手段としては無くは無いかなと思います。
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