黒深雪との舌戦は終わり、特異点Wでのいざこざはお互いに無傷で幕を下ろした。ギリギリまでは伊41が監視をするようだが、このまま行けば何事もなく終わるだろう。
しかし、次に顔を合わせた時は、もう戦いとなる。話し合いでは済まない。出洲との最終決戦は、黒深雪と決着をつけなくては始まらない。
「うーい、見送ってきたぜ。何もせずに帰ったなアイツら」
伊41が何事もなく戻ってきたことで、黒深雪達は何もせずに特異点Wを出たことが示された。吹雪にとって、これが海域の、願いの実の危機だったかと言われれば、そうは思えないようだったが、深雪達が何事もなく事を済ませたことには少しだけ安心している。
「前の戦いの時もそうだったけどさ、深雪ちゃん、あんなのに難癖つけられてるの? なんかすごく可哀想」
「まぁな……毎回毎回似たようなことを言われ続けてんだよ。でも、今回でちょっとあたしにもいろんなことが纏められた。悪いことばかりじゃねぇや」
これまで見えていなかった未来への展望。それが今、ハッキリと見えている。海の後始末が終われば、この世界の後始末に奔走するという、難しいかもしれないが叶え甲斐のある願い。陸だって救える者は救いたい。
黒深雪の受けた仕打ち──殺された挙句に犯されるというあまりにも凄惨な仕打ち──を減らしたい、無くしたいという気持ちは、深雪にもある。戦争が終わり、後始末屋が不要になれば、今度は陸のそういうところと向き合っていきたい。そう思える程に、今の深雪は明日を向いている。
「前向きだね、深雪ちゃん。すごくイイと思うよ。ね、神風ちゃん」
「なんで私に話を振るのよ。でも、ええ、とてもイイ考えだと私も思うわ。今は海にしか出来ないことでも、この戦争が終われば、きっと世界の後始末屋が必要になるわ。第一次、第二次の時には思い付かなかったこと、深雪なら叶えられるわよ」
吹雪が神風に話を振ったのは他でも無い、
今回の黒深雪との舌戦も、参加せずに見守り続けたのは、深雪がそうしなくてもいいくらいに前を向き、自分の意思を言葉にすることが出来たからだ。愛娘の成長を見守るように、神風は刀に手を置きつつも、深雪の意思を前向きに捉えている。
それに、神風まで口を開くことはないとも考えていた。今回の舌戦は、特異点がするべき戦い。自分を部外者とは思わないが、特異点の味方であるだけで、特異点では無い。意思を尊重し、その背中を押すため、そばに寄り添うことで仲間であることを示した。
三隈も同じだ。万が一、黒深雪が痺れを切らして攻撃をするようなことがあった場合、大発動艇を守らねばならないため、その場から一歩二歩は引いていたが、もしそれが無くても、話に割り込んでまで自分の言葉をぶつけることは無かっただろう。
深雪が自らの道を自らで掴み取った時は、内心感動していたようだが。道を説いてきた者として、深雪の著しい成長は、非常に喜ばしいモノである。
「まぁ、無駄な戦いにならなくてよかった。アイツらの事情は少しは納得出来たし、それでもやっぱり止めなくちゃいけないことも理解出来た。出来ることなら戦わずに解決したいけど、ありゃ無理だ。一度ぶつかり合わないと、何も変わらないと思う」
「悲しいけれど、電もそう思うのです……。言葉だけで戦意を喪失してくれましたが、考え方は変わってくれなかったのです……。次に会った時、そうならない事を願うのみなのです」
「ああ、そうだよな。あたしだって、そう願ってる」
願いはするが、今のままではそうはならないかもと不安ではあった。次に会った時は、言葉ではなく力でぶつかり合うことになるだろう。回避は難しい。
今回の件で、じっくり考えて、そして出洲を切り捨てるという選択をしてくれればいいのだが、恩というモノはどうしてもついて回る呪いのようなモノ。
「少しは違う道が見えるかもしれないよ」
「グレカーレ、どうしてそう思うんだ?」
「だって、他の連中……ただの艦娘の方、あいつらデスに従ってないみたいだもん」
このグレカーレの言葉に、吹雪も含めて一同騒然。
「え、な、なんでそんなことわかったんだ!?」
「あー、やっぱりアレ、誰も知らないんだ。カミカゼやミクマは、今は軍にいるんだし、少しは聞いたことないかな、第二次の時のハンドサイン。向こうの艦娘、イセがコッソリこっちに送ってきてたよ」
器用に手を動かし、伊勢との隠れた対話に使ったハンドサインを見せると、三隈がああっと珍しく声を上げた。
「今の我々には使い勝手が著しく悪いということで廃れてしまった、第二次式の手暗号ですわ!」
「せいかーい。これ、あたし達が現役の時は結構使ってたんだよね。ただ、見ての通りやたらと難しいんだよ。覚えるのも大変で、覚えたところで使える場面が限られてくるから。戦場で使うのも、短文ならイイけど、長文は時間かかるしね」
その使われ方は一旦置いておいて、重要なのは、それを伊勢が使ってきたという事実。深雪達にも何を言っているのかわからないハンドサインで伝えてきた言葉は、敵ではないということである。
「いやぁ、ミユキ達が上手いこと時間を稼いでくれたおかげで、いろいろと話せたよ。長文覚えておいてよかったー。こういう時に使うんだねぇ」
「第三世代が第二世代のハンドサインを使ってくるって……いや、むしろ、論点はそこじゃないのか。伊勢に、誰が教えたか、になるわよね」
「そうそう。で、イセは提督に教わったって言ってた。ということは、エリホだっけ?
襟帆提督の素性が少しずつわかってくる。失われた暗号を当たり前のように知っていて、しかもそれを教えられるくらいということは、それをかつて覚える環境にいたということに他ならない。
そして、グレカーレが伊勢を信じるに値した決定的なこと。それが──
「あと、あのイセ、『ヌクシナ』のことを知ってた」
「温品……? 温品……聞いたことがあるような……」
「第二次深海戦争の際の、艦娘技術部門の主任の名前ですわね。教本の片隅にほんの少しだけ書かれている名前ですもの。知らなくて当然ですわ」
三隈がその名の正体を語る。と言っても、よく覚えていたなというレベルの情報。それに詳しいのは、やはり第二世代であるグレカーレである。
「ヌクシナはね、第二次の時に、艦娘の力を解析して、人間の力でサポート出来ないかって考えてた技術者のヒトなんだよ。あたしも実はお世話になった」
「ま、マジかよ」
「マジマジ、大マジ。ちなみにヌクシナはね、デスみたいに艦娘の命をどうここうのする研究じゃなくて、艤装を簡略化して人間でも装備出来ないかーとか考えてたヒトなんだよね。結局は無理だったんだけどさ」
人間を人間のまま戦場に送り込むシステムの開発。聞こえは悪いが、やりたいことはそれだ。艦娘ばかりに危険な戦争を頼ってばかりではいけない、艦娘を消耗品のように扱うのはよくないと、人間でも戦えるようになる手段を日々研究していた。人間の平和は、艦娘と共に人間の手で掴み取りたいと考えていたのが、この温品という人物である。
艦娘達はその研究を喜んで助けたという。命を奪うような非人道的なやり方ではない、あくまでも艦娘を尊重しつつも、人間の可能性を拡げるための研究だ。誰も蔑ろにしていない。
「ヌクシナはデスのやり方に猛反発してくれた人間なんだよ。あたし達か信じられる数少ない人間ってヤツかな。とはいえ、30年間は人間自体に失望してたから、あんまり触れなかったけどね」
「じゃあ、その名前を出してくるってことは」
「出洲には従ってないっていう、かなり強い証拠になるかなぁ。口だけなら何とでも言えるけど」
反出洲派であることの証明にもなるその名前。それをこの場で、失われたハンドサインを使ってまで伝えてきたのだ。信憑性は非常に高いとグレカーレは考えた。故に、こっそりと対話をし続けている。
「でも、訳あって出洲に従ってるフリをしてるのよね。理由は聞いた?」
「ちょっとそこまでは聞けなかったかな。でも、提督共々、今はフリをしてるってる感じ。密偵みたいなこともしてるから、罪は全部終わってから償うって感じらしいけど」
「二重スパイみたいなモノね……信じられるなら」
どうしても抵抗なく信じることは難しい。阿手とはやり方が違うにしても、阿手を仲間として徴用していたという事実から、それこそ三重スパイくらいのやり方をしてきてもおかしくはない。
襟帆提督の素性が謎だらけであるところからしてみても、現状では話を聞いてみよう、もっと調べてみようと思えるくらいにしかならない。
「まぁ、これに関しては、戻ってから提督達に調べてもらいましょ。私達がどうこう言ったところで、話は進まないわ。グレカーレは、戻ったらハルカちゃんに全部包み隠さず伝えること」
「わかってるわかってる。むしろ、ここからデスの背中を刺せるかもしれないんでしょ? やらない理由無いよ」
今は襟帆提督のことを信じるとして、だとしてもそれは艦娘達がどうにか出来ることではない。あくまでも、そういうことをしてきたということを持ち帰るのみである。
得られた情報は、それなりに大きく、そして真相に迫るモノである。この邂逅が、今後どのように影響を与えるのか、今は何もわからなかった。
昔から技術関係には人間が関わっており、温品はそこの主任であることが判明しました。グレカーレが当時は信用していたということは、かなりいい人だったんでしょう。