黒深雪達が去り、ある程度落ち着いたところで、グレカーレが手暗号で対話した内容を、忘れないうちに通信で報告するという話になる。これに関しては早急に知っておいてもらわねばならないこと。グレカーレは知っているが、温品という名を出せば他にも反応する者は沢山いるだろう。
「というわけで、また通信をさせてもらったわ」
『なるほどね……でも、温品さんの名前をまた聞くことになるとは思わなかったわ。あ、ちなみに男性ね』
画面越しの伊豆提督は、朝イチに連絡した時のように執務室にいる。島の後始末も順調のようで、朝に聞いていた黒深雪のことを纏めていたところらしく、今も書類仕事に追われているようだ。イリスの他にも丹陽までその場にいるくらいである。
その丹陽も、温品という名を聞いて大きく反応した。
『わぁ、温品さんの関係者がいるんですね。懐かしい名前です』
「流石に丹陽も知ってるみたいね。グレカーレが反応するくらいだもの」
『はい、私も勿論知ってますよ。技術部門の主任さんには、第一世代もお世話になってますから』
当時の第一世代は一線を退いている者も多く、そういう研究職の者に知見を提供することも多かったという。丹陽もその例に漏れず、最後までとはいかないものの、面識は普通にあったようだ。他の人間よりも信頼出来る存在であることは、その態度からしてみてもよくわかる。阿手とはまるで違うのだと言っているかのように。
『あの人はいい人でしたね。世間話も楽しくて。艦娘の身体を第一に考えつつ、人間の可能性にも視野を向けている人でした。あの人の研究が完成していたら、今みたいなことは起きていなかったかもしれません』
『そうね、アタシも世界が変わっていたんじゃないかって思うわ。何せ、人間が人間のまま共に戦う世界だもの。丹陽ちゃんみたいな被害者が出ることもなかったかもしれない』
『はい、本当に上手くいかなかったことが残念です。ですが、温品さんの研究成果は、今の私にも使われていたりするんですよ』
「えっ、それどういうこと?」
『艦娘の整備による寿命の長期化。艤装技術の研究の中で発見された艦娘の整備方法で革命が起きてるんですよ。今は純粋な艦娘がいませんから、その技術そのものが不要になっちゃってますけど、私達には素晴らしすぎる成果を見せてくれました。その技術を継承しているのは、今やうちの明石さんくらいになっちゃってますけどね』
それを聞いて、深雪達も驚きを隠せない。これまでずっと出てこなかった温品という存在が、第一世代、第二世代に大きすぎる貢献をしているのだから。
しかし、当の本人は、研究の一環で見つかった副産物だよと謙虚に、しかし喜びながら話したという。命を蔑ろにした研究をしていた阿手とは大違いである。そういうこともあってか、温品は丹陽からも信頼が厚い。
また、明石がその技術を継承しているというのも驚きに繋がった。本人曰く、これはもう門外不出の技術であると、誰かに伝えるようなこともしないらしい。
とはいえ、今のうみどりは純粋種の艦娘が少しずつ増えてきている。それこそ、深雪だってその1人だ。今後を長く生きていくのならば、その技術によって寿命を延ばしてもらいたいものであると、内心思っていたりする。
そのため、いつか誰かが明石の技術を後継することにもなるだろう。今いる中では、可能性が高いのは、修理施設をも装備出来る電が妥当か。本人も喜んで継承されるだろう。
「そんな偉人のことが、教本の片隅に追いやられてるだなんて、少し残念ね」
『第二次の元帥……つまり原が、その辺りの情報統制をしたのかもしれないわ。温品さんのやり方は、あちらのやり方とは相反しているじゃない。命を命とも思わずに使い倒してでも、結果をすぐにでも出そうとするあちらと、命を尊重する代わりに、本来の結果がすぐに出ない温品さん。長い目で見なくても温品さんの方が素晴らしいことをしているけど、トップがあれじゃあ評価がされないわ。本当に残念だけれど』
「温品さんもまた、時代にやられてしまった被害者なのかもしれないわね……」
世が世なら後世に讃えられるほどの偉人だ。しかし、その時のトップが阿手とつるんでいた原である。相入れず、最終的には予算も削られて、研究存続が不可能となってしまって頓挫した、というのが予想出来るモノであった。
『温品さんは、アタシにも結構関わりが深くてね。……あ、そうか、知ってるのはそこにいる3人だけか。ごめんなさい、忘れてちょうだい』
伊豆提督が言い淀んだ。純粋種の寿命延長化の技術が何に関わっているか、知っている者ならばコレだけで察することが出来る。神風がすぐに反応したが、口にするのは憚られた。
この温品という研究者、研究が存続出来なくなった後、全く別のとある研究を手伝っている。それが、
結論は既に出ており、その産物が伊豆提督。しかし、艦娘の身体には非常に大きな負担がかかるため、母体は子を成せたとしてもそのまま命を失うという危険性があった。それを解決したのが、この温品の研究成果である。
「ハルカ様、何かあるのでしょうか」
「あたし達は聞いてないことだからねぇ。なんか裏で繋がりあったんでしょ。話さないっていうか、話しづらそうだし、まぁ関係者だったんだよーでいいっしょ」
白雲とグレカーレが少し疑問に思ったようだが、あの伊豆提督が言い淀むような関係だ。悪いことではないのだろうが、あまり公言したくないようなことなのだろうと納得している。
ちなみに吹雪はその謎にも即座に気付いている。伊達に長年特異点をやっているわけではない。
『ともかく、温品さんの名前を出してきたくらいだから、そこが重要になってくるわけね』
「ええ、私はそう思うわ。その技術がどうこうってよりは、出洲と反発していた温品さんという方の信念についてるって感じかしら……あ、そういえば、その温品さんは今もご存命?」
『いえ、もう他界されているわ。アタシが物心ついた時には元気だったんだけれどね。病気を患ってしまってね。第三次が始まる前に残念だけれど。アタシ、お葬式に参列させてもらったわ』
残念ながら温品は既にこの世にはいない者。だが、その名を出してきた伊勢達は、信用を得るために故人の名を出すことが一番の手段と考えていたようである。
『第二次の時にはもう高校生くらいの娘さんがいると聞きましたね。だから艦娘は自分の娘のように可愛い、命なんて使えないと話していましたよ』
『ええ、温品さんのお葬式の時に顔を合わせたわ。その時にはご結婚されていたようで、旦那さんと息子さんにも会ったわ』
それにはなるほどと納得した。娘がいるのならば、同じような外見の艦娘達には愛情を向けることになるだろう。神風は尚のこと強く頷く。
神風が出洲の言い分とやり方に怒りを覚えているのは、愛娘と認識出来る深雪に対して人道とは言えないくらいの扱いをしているからだ。温品は自分と同じ感情を持っていたのだなと納得し、心の内で尊敬と愛着を持った。
「誰かが温品さんの遺志を引き継いで、反発していた出洲のやり方を止めようとしてる……? 第二次の頃のハンドサインを使ってきたくらいだし。でも、誰なのかしら。それこそ、襟帆提督が温品さんの遺志を引き継いでるとか……?」
『あり得る話ではあるわね。何処でどう繋がったかはわからないけれど』
『うーん……もしかしたら』
ここで丹陽が何かを思い付いたように表情を変える。
『ハルカちゃん、その襟帆提督という方の顔って見れます?』
『ん? ええ、出来るわよ。アタシもそうだけど、大本営に登録されている提督は、ちゃんと顔写真付きで名簿があるから。タブレットでも見られるから……ええと、ちょっと待ってちょうだい』
現在通信中のタブレットを弄り、通信を途切れさせないようにしつつ、内部のデータにアクセス。名簿を展開する。
後始末屋として、他鎮守府と連絡が簡易的に取れるように、メーラーと紐付けされている名簿には、全員の顔写真が掲載されていた。先日に戦いとなった裏切り者提督の名簿は失われているが、他の者達はキチンと残っている。
その中の襟帆提督の項目。今から連絡をするというわけでもないし、こちらから直接連絡するのも時期尚早。むしろ出洲に監視されている可能性が非常に高いため、今はまだそれはしない。
『この人よ』
特異点W側にも見えるように、画面をリンクさせる。そこに映し出されたのは、本当に何処にでもいそうなアラフィフのおばさんといったイメージの女性だった。
疲れているような表情でもなく、真面目にカメラを見据えている表情。それは他の提督も同じなのだが、その内側に秘められた感情が全くわからないような、本当に
最初から目立たないようにしようとしていたのが、写真からも薄らわかるような、今を知っているからそう見えるような、非常にわかりにくい顔である。
『……あの、ハルカちゃん、温品さんの娘さんに、直接会ってるんですよね』
『ええ、そうだけれど……え、まさか、丹陽ちゃん』
『はい、私の予想はそれです』
コホンと咳払いをした丹陽が、驚くべきことを言い出す。
『この襟帆提督とやら、