うみどりの手に入れた情報を、瀬石元帥達に展開した伊豆提督。通信そのものを傍受されている可能性はあったものの、襟帆提督が出洲と関係を持っていることは、その本拠地の場所を伝えられた時点で誰もが察する。
それもあり、伊豆提督は襟帆提督に直接連絡を取ることを決意した。危険ではあるが、そのように動かなければ逆に勘繰られる可能性もなくはない。襟帆提督を隠れ蓑にされているかもしれないのだから、まずは動いてみるべきか。
「では、この後すぐに連絡を取ってみます」
『うむ……よろしく頼むぞ』
「はい、それでは」
伊豆提督はそのオンライン会議から抜ける。ここからは、裏側は裏側で話をするようである。主に、戦場に出ないところに潜伏している者達の排除方法について。
うみどりのような前線に出ている移動鎮守府では、裏側をどうにかすることは不可能だ。話すことは出来たとしても、それ以上のことは何も出来ない。出来る者に任せるしかないのだ。
「……流石に緊張するわね。最後に会ったのは15年前、その時と今では見た目も変わってるし、何より立場が全然違う。そこに踏み入って話す必要はないとは思うけれど……」
伊豆提督はタブレットを操作し、襟帆提督への通信を始めようとする。だが、最後のボタンを押すのに躊躇してしまう。
今回の通信は、相手に筒抜けの可能性もあり、接触したことが出洲にも伝わった場合、どうなってしまうのかわからない。襟帆提督がこちら側であるということがバレてしまっても問題だ。今ならば粛清されてしまう可能性だってあり得る。
「躊躇っていても始まりませんよ。さ、行っちゃいましょう」
しかし、ここで丹陽の一手。通信のボタンを横から押して、強制的に通信を開始してしまった。まだコール中ではあるが、まるで時間が勿体無いと言わんばかりに背中をパンと叩く。
「ちょっと丹陽ちゃん」
「すぐにやると言ったんですから、すぐにやっちゃいましょう。どうせいつかはやるんです。早く終わらせた方がいいですよ」
「そうかもしれないけれど……はぁ、お婆ちゃん強引すぎるわ」
「年の功です。嫌なことはさっさと終わらせる。嫌じゃなくても思い立ったが吉日です」
そうこうしている内に、少し長かったコール音が止まり、タブレットに相手方の画面が映し出される。
名簿にある通りの顔。15年前とは大きく変わった、提督としての凛々しさを備えた女性、襟帆提督。あちらも、通信相手が伊豆提督であることはわかっており、出るのに覚悟をしたのだろう。
その後ろには、秘書艦であろう艦娘、日向が立っていた。伊勢がハンドサインで内情を伝えてきたのだ。姉妹艦が秘書艦でもおかしくはない。黒深雪はまだ帰投完了しているとは限らないのだから。
『襟帆です。……伊豆提督、こうして話すのは、初めてのことですね』
至って冷静に、伊豆提督を射抜くような視線で話し始める。伊豆提督はその声を聞き、表に出さないように心を正す。
丹陽はさも秘書艦ですという態度で、にこやかに伊豆提督の斜め後ろに陣取った。イリスにも小さく会釈して、この通信のデータを確認してもらう。
「……ええ、面と向かって、こういう立場で話すのは初めてのことです、襟帆提督」
『後始末屋である貴方が、我が鎮守府に何か御用ですか』
襟帆鎮守府は、うみどり管轄の後始末の領海の内側ではある。しかし、端も端であり、うみどりが今いる島からもかなり遠い。特異点Wからもそれなりの距離がある。
島の後始末をしているということは、全鎮守府に伝わっていること。あまりにも大きな後始末をしなくてはならないということで、またもや他の鎮守府の後始末を後回し、むしろ自分達でやってもらわねばならなくなってしまっているからだ。
そんな後始末屋からの連絡は、全てが終わったので後始末を再開することの通達、もしくは、まだまだ延びるので引き続き自分達での後始末をよろしくという話くらい。それでも、直接通信というのは非常に稀である。
「……アタシが今、特異点を手元に置いていることはご存知ですね?」
『勿論。オンライン会議で啖呵を切った深雪のことは、どの鎮守府でも理解していることでしょう。そして、その特異点を狙っている不埒な輩のことも』
口先はあくまでも部外者を装っている。当然だ、これまで潜伏し続けていて、今更スタンスを変えるわけがない。
「その不埒な輩から……特異点は、後始末屋うみどりは、宣戦布告を受けました。首謀者の遣いから、その拠点の場所を教えられ、決戦の地を提示されました」
『そうですか。それを私に伝えて──』
「その敵の拠点は、アナタの鎮守府が最も近い場所にあります。そして、首謀者の遣いは……アナタの鎮守府の深雪と雷でした」
襟帆提督は表情を変えない。まるで、そう言われることがわかっていたかのように。
やはり、バレている前提で話をしている。こうなることを見越して、伊豆提督の一手を常に待ち構えている。
『証拠は』
「うちの深雪が過去、軍港都市で休息を取っている際に、そちらの深雪と雷を見ており、共に行動をしました。首謀者の遣い本人の証言が、その時と一致しており、同一人物と判断出来ます。自らそのように名乗りましたし」
『……そう。なので、貴方は私が、その首謀者の仲間であることを疑っている、もしくは、首謀者の餌食になるかもしれないから気をつけろと、こうしてわざわざ話をしてくれていると』
「……はい、特に前者です。首謀者の遣いは、普通の人間や艦娘ではなかった。そんな存在を隠蔽して所属させているのですから、疑うのは当然でしょう」
あくまでも初見の体裁で、対話を進める。すると、襟帆提督の後ろに立つ日向が、手を動かし始めた。それに気付いたのは、勿論丹陽である。
それは、第二世代のハンドサイン。伊勢が特異点Wで使ったモノと同じ、知る人ぞ知る手暗号。
そのハンドサインからわかる言葉は──
『音は盗み聞きされている』
こうして通信で対話をしているその音声は、出洲一派が傍受して聞かれているということ。やはりかと内心思いつつも、むしろ逆の観点に至る。
音
それに気付いた丹陽は、同じように伊豆提督の斜め後ろからハンドサインを送り始める。第一世代かもしれないが、第二次も駆け抜けた最強の駆逐艦、このハンドサインについても熟知している。
『映像はいいのか』
『問題ない』
返答が来たことに日向は少しだけ驚いたような表情を見せるが、すぐにハンドサインを続ける。
音声だけが抜かれているとわかれば、それ相応に大胆な行動には出られる。しかし、対話が途切れたり、妙な音がなったりしたら疑問に持たれるだろう。
「アナタは、首謀者の仲間、ということでいいのですか?」
ハンドサインに気付きながら、話の方は前に進めていく。対話は途切れさせない。あくまでも話を続けて、その裏側で本質を知る。
『……私は反対はしましたよ。拠点の位置を伝えるのは。これまでの私の潜伏が水泡に帰すことになるじゃないかと』
「……そうですか。それは……自白ということで、いいんですよね」
『ええ、その通りです。我が鎮守府は、その首謀者……ハッキリと言った方がいいですね。出洲さんと関係を持っている』
これまで出洲の名はオンライン会議などでも出していない。その名前を知っているということは、
だが、ハンドサインは違った。
『我々は、敵ではない』
伊勢と同じことを言ってきている。盗み聞きされていない方が真実。出洲にバレないよう、音のない通信手段で対話を試みている。
特異点Wでは敵ではないと既に伝えられているが、その事実はまだ襟帆鎮守府には持ち帰られてはいない。
そこから踏まえても、二度同じことをしてきているということは、信憑性の高い、本当に伝えたいことと考えてもいい。
「アナタは、奴の……出洲の考えている平和、管理社会を良しとしているということですか」
『全ての人間が高次に至れば、争いなど無くなるでしょう』
言っていることは出洲と同じだ。人間を進化させることで、世界を平和に導く。その手段を確立し、管理し、平和という名目で手中に収める。それを良しとしている言い分だ。
だが、やはり、ハンドサインは違う。
『従っているフリをしている』
これもまた、伊勢と同じだ。そして──
『温品を、知っているか』
これはもう、ハンドサインを知る者全てに聞いていることのようである。丹陽は、ハンドサインではなく、普通に頷いた。映像が見られていないなら、多少は大胆な行動も可能である。
丹陽のその行動に、襟帆提督も目を細めた。そして、話していることは変えずとも、小さく笑みが溢れた。
『私達は、彼の平和を支持している。ですが、表立って行動はしません。あくまでも、彼のサポーター。必要な情報を与え、動きやすいように整えているだけ。鎮守府という立場を使って』
「職権濫用では?」
『ええ、私もそう思います。ですが、これもまた必要なこと』
これが口先だけであることは一目瞭然だった。思っていることとは正反対なことを話している。先程の笑みとは打って変わって、辛そうな、苦しそうな表情を見せた。
二重スパイのように行動していることは、ストレスも非常に大きいだろう。年相応以上に老け込んでしまっているように見える襟帆提督を、伊豆提督は心の内で労った。そして、必ず解放すると決意する。
始まった対話。そして、その裏側にあるもう一つの対話。これにより、出洲との最終決戦をより進めることが出来るだろうか。
表向きは出洲支持者。裏向きは二重スパイ。そんな襟帆提督の内情を知るのは、まだ先になりそうです。