ついに始まった襟帆提督との対話。表向きは、出洲に従っている提督に対して、何故そんなことをしているのかと叱責をするようなスタンスで話を進めているのだが、その裏側、映像のみで繰り広げられるのは、第二世代のハンドサインによる隠れた対話。襟帆提督の秘書艦である日向が、伊豆提督の後ろに立つ丹陽に向けて、メッセージを送り続けていた。
我々は敵ではない、出洲に従っているフリをしているというところから始まり、黒深雪が連れてきた伊勢と同じく、温品を知っているかという、第二世代には確実に信用が勝ち取れる名前も出してきている。
「……出洲の平和は、命を食い物にして成り立っているモノでしょう。それを是として、平和だなんて言えませんよ」
『自ら率先してその命を捧げ、結果失われたとしても、それは本人の選択。私は今、この立ち位置にいますが、もしその時が来たならば、その命を捧げることでしょう。自らの道を自らで決めていることを、咎められる謂れはないでしょう』
出洲の持つ平和論を語りながら、しかしそれに賛同していないことを表すように、表情は曇り、見えている場所で拳が握り締められていた。
それは何も本意ではない。ただ、出洲がどのような信念で活動しているか、出洲に従う者がどういう考えでそこにいるかを、口にしているだけ。
言いたくて言っているわけではない。盗聴されていることを理解しているが故に、口先だけで話している。
『これまでも、これからも、理不尽な死、人の欲によって無辜の民の未来が奪われる可能性がずっとあり続ける。今を見て、未来も見て、その結果、民は管理されるべきと判断しているのです』
「そんな極論、罷り通るわけがありません。そもそも、管理をする者が人の命を蔑ろにするような者ではないですか。特異点は人間を堕落させると吹聴して、それこそ罪もない特異点を始末しようと画策している。何故共存という道が出てこないのです」
『私達は特異点をまともに知らない。ですが、彼は、出洲さんはその特異点の在り方をこれまで見てきたと言います。それを信じるしかありません。その上で、特異点は周囲の人間を堕落させ、自らの成長を奪い、未来を奪ったと判断したのでしょう』
襟帆提督が言っていることが、出洲に従っている者の総意なのだとしたら、それこそ堕落しているようにしか思えない。
自分で考える力を捨てて、指導者の言いなり。その方が楽だから、それに身を委ねている。堕落を嫌い、その当事者の命さえ奪おうとしている者が、付き従う者を堕落させているという事実。
「それをやっている張本人が最も民を堕落させているではないですか。出洲の考えに乗っかれば、楽して平和に肖ることが出来る。管理社会だってそうだ。上に立つ者の言いなりになることで平和が享受出来るというのなら、下々の者達は成長を止める。それは緩やかな絶滅でしょう」
『ならば、貴方はこの世界の在り方、争いが起こり続けることを是とするんですね。いや、争いと呼ぶのも度し難い、一方的な蹂躙だって起こり得る。我々の知らぬところで、命が摘まれている。それを無くすためには、全人類を管理するしかないんですよ』
襟帆提督はそんなこと思っていない。辛そうに、苦しそうに、しかし言葉の抑揚は一切変えず、淡々と出洲一派の思想を口にするのみ。
「その未来の命のために、今の命を見捨てているではないですか。今を見ずに未来なんて言っていられない」
『彼は今も見据えているんですよ。今の咎人の命を刈り取り、無辜の民は救う。貴方は知らないでしょうが、各地にその賛同者がおり、その信念に基づいて行動をしています。より良い未来のためです』
これは大きな情報だった。大本営の裏側だけではない。この世界のあらゆる場所に、出洲の賛同者がいる。それが裏側で蠢き、今の命を救いながらも、自らの命を捧げる覚悟があると言っている。
これでは新興宗教の類だ。善意を持つことはいいが、そのやり方が過激すぎる。特に、『咎人の命を刈り取る』という点。罪を犯すような者がいたのならば、法に基づいた処置をするわけではなく、私刑に処すことも厭わないと言っているようなモノ。そしてそれを良しとしていることが、本格的によろしくない。
『ですが、貴方達の理想論は自分の周りしか見えていない。今も起きている罪深い行為に対して、貴方達は何も出来ていない』
「それを仕方ないとは言いません。手が届く範囲でしか出来ないことですから。それこそ、適材適所というのもあるでしょう。見過ごしている、見逃している罪はいくつもあります。ですが、それを理由に特異点の存在を否定する理由にはならないでしょう」
『特異点はそのうみどりのやり方、手が届く範囲のみの平和を求めているわけですよね。周りを見ず、自分だけ平和を享受し、そして、その万能な存在が堕落と争いを生む。ならば、やはりこの世界からはいなくなってもらわねばなりません。それを擁護する者達も』
襟帆提督の表情はますます暗く。こんなことが間違っていると思いながらも、今はそう言わざるを得ない立場にいることに苦しんでいる。
自分でも言っていることがおかしいと理解しているはずだ。話している内に論点がグチャグチャになってきていることにも気付いている。それなのに、止められない。
平和のために命を刈り取るということ自体が間違っている。今の世界には法があるというのに、それを使おうとしない。まるで、自らが法だと言わんばかりだ。
そして、未来の命のために命を奪っている。本当に歪んだ犯罪者に対しては、それこそ黒深雪や雷の命を奪った愉快犯などは、話をしても意味がなく、最終的には極刑になるかもしれないが、だからといってその命を自分の意思のみで奪って言い訳がない。世の民は、そういう輩に死ねと軽く言うかもしれないが、実際それを行動に起こすことは出来ない、してはいけないのだ。
それが出来てしまっている時点で、理性の箍が外れてしまっている。そんな輩の言うことが、信じられるわけがない。そして、そんな輩を頂点とした管理社会など、平和になるわけがない。
「……歪んだ極論を振り翳しているに過ぎませんよ」
『他者が歪んでいると思うならば、自分が歪んでいないと思い込んでいる可能性も考えた方がいいですね』
襟帆提督が手元のメモ帳に何か書いていた。そして、小さく掲げる。
『ごめんね、はるかくん』
『こんなこと、いいたくないの』
伊豆提督は喉が詰まりそうになった。こちらの素性は当然全て知っており、その上でこれだけ論じているが、このメモ1つで襟帆提督の真意が全て詰まっていた。
この論争の裏側では、丹陽と日向のハンドサインによる応酬はずっと続いていた。
『我々は、自由に動けない』
日向からのメッセージは、襟帆鎮守府の現状を伝えるモノ。
『常に、出洲の手の者が、近くにいる』
『今も?』
『今は、提督がその役割』
この場だけはフリーと言ってもいい状況。それ以外では、捩じ込まれた出洲の息がかかった艦娘が近くにいるとのこと。
本来ならば、遠征と称して叛旗を翻す者だけを行動させて、それこそメッセンジャーとして扱いたいところなのだが、それを許されていない。遠征部隊には、最低限1人以上のカテゴリーKを加えるようにさせられている。そうしなければ密告を疑うし、遠征中にそのカテゴリーKが帰ってこないとなったら裏切りとも見做される。
ちなみに、伊勢と日向、そして他の半数程が、出洲から捩じ込まれた艦娘ではない、純粋に世界の平和のために艦娘となった者達。そして、この鎮守府の有様を理解し、それでも折れずに襟帆提督に従っている者。
『その状況で、どうやってこの暗号を?』
『夜、私室で学んだ』
この鎮守府で唯一自由となれるのは、与えられている私室のみ。如何に出洲の手が回されていても、その辺りのプライバシーは守られているようだ。そして、その隙を突いて、同志を募ったという。
第二世代のハンドサインも、そこで必死に勉強したようだ。この矛盾だらけの平和信奉者達を出し抜くため。うみどりには今、純粋種の艦娘達も出入りしていると知っている。だからこそ、これが活きてくると。
『温品のことは誰に?』
『提督に。そして、
整備士。初めて出てくる人物に、丹陽は目を細める。
この鎮守府の工廠には、妖精さんの他に整備士が働いているようである。工作艦がいない鎮守府では無くはないこと。うみどりは主任のような妖精さんに頼っていたが、こういう選択をする鎮守府も普通にある。
丹陽は念の為聞く。
『整備士は人間?』
『人間。うちに工作艦はいない』
なるほどと納得。だがそうなると、少し不安になるのは、その整備士が絶対に信用出来るかどうか。
『出洲の手の者では』
『ない。何故なら──』
次のハンドサインで、丹陽は目を見開いた。
『整備士は、
伊豆提督がおおよそ15年程前に温品の葬儀で見ているという襟帆提督の息子。それが今、母の取り纏める鎮守府で、整備士として働いているという。さらには、この状況からの脱却に力を貸しているという事実。
提督と整備士が組んで、従っているフリをしながらも裏で行動しているのは、心強いと同時に、何か起きた時に危ういというところもある。
『ちなみに』
日向は続ける。
『提督の旦那は、ジャーナリスト』
『世間の行動を見ていると』
『そう。裏側で調べてくれている』
襟帆提督は、家族ぐるみでこの状況の打破を考えているということだ。表沙汰にはしていないが、それでも行動力が凄まじい。
『何故、そこまで』
丹陽の問いに、日向はゆっくりとハンドサインを見せた。
『出洲のやり方が、気に入らない。ただ、それだけ』
それが本心かは、定かではない。
息子さんは成人済み。25歳くらいかな。旦那さんは襟帆提督より少し歳上。ジャーナリストとしてはそれなりの経歴。