後始末屋の特異点   作:緋寺

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うみどりへの理解

「僕のような艦娘でも、同じように沈めてきたのかい?」

 

 後始末を見ながら、時雨はそう質問した。深雪も伊豆提督も、これにはすぐに言葉が返せなかった。

 

 後始末の最中に乱入してくる輩は、一応の説得を試みて、それでもダメなら沈めるしかない。そうしなければ、そこにいないものの命まで脅かされる。

 だが、明確な敵として現れている深海棲艦ならまだしも、敵性とはいえ艦娘、しかもそうなった理由が人間側にあるというのだから、それには強い抵抗があった。

 しかし、それが艦娘であろうと、人間の平和を脅かす存在であるというのなら、躊躇っていられない。躊躇いが全てを破壊してしまう可能性だってある。

 

「ええ、そうよ」

 

 故に、伊豆提督がその質問に対して答えた。静かな、しかし悲しみが奥に見える瞳。そうせざるを得ないとはいえ、その決断に迫られてしまい、結果として命を奪うことになった後悔が、伊豆提督の表情から読み取れた。

 

「勿論説得はしているわ。獣のような深海棲艦より、必ずヒト型で現れるアナタ達ならば、説得に応じてくれると信じて。でも、ダメだった。これまでずっと」

 

 この戦い、第三次深海戦争が始まって10年。カテゴリーMはもう数え切れない程に遭遇している。その全てが、人間の話を聞かなかった。

 それは当たり前のことだ。怒りと憎しみの相手の話なんて、聞こうと思えない。何を言われても、それは上辺だけの言葉にしか聞こえない。誰も彼もが悪辣な人間だと考える。

 現に少し前までの時雨だってそうだった。深雪と電がいなければ、話すらすることなく撃っていただろう。確実に。

 

「過去に……というかこの戦いが始まった最初の頃くらいに、沈めることが出来ずに逃がしたという部隊があったの。どうしても手にかけることが出来なかったって」

「……そうしたらどうなったんだい?」

「鎮守府を襲撃されて、多くの被害者が出た。躊躇いのせいで全力を出せずに、命を落とした子までいる」

 

 これは深雪も初耳だった。過去にカテゴリーMによる被害が出たからこそ、今後は躊躇なんてせず、見つけた時点で沈めることを推奨されている。

 それでも説得だけはするのは、()()()()()()があるから。それに、イリスがいるおかげでカテゴリーが見極められるのもある。

 

「そのままにしていたら、アタシ達だけじゃない、陸に住む人々が害を被るわ。だから、ここで被害を最小限に食い止めるためにも、アタシ達が手にかけたわ」

 

 確固たる信念を見せ、時雨にここでのやり方を伝える。時雨が見えていないところで、拳を強く握り締めているのは、深雪にもわからなかった。

 

 そんな伊豆提督の表情を見て、時雨は()()()()()()()()()に触れる。

 

「どうしてそこまで出来るのかな。他にも君達のような艦隊がいるんじゃないか。苦行にしか見えない後始末をやっているんだから、僕達を始末するのは他の部隊に任せてしまえばいいじゃないか」

 

 時雨の質問は、別に当てつけで言ったわけではない。勿論、少し前までの心持ちであれば、同じ言葉でも全く違う意味になっただろう。これまでどれだけ同胞を殺してきたのだと問い詰め、揚げ足を取るかのようにそこを責め立てる。深雪には全力で殴り飛ばされていただろうし、それでも怒りと憎しみは収まらず、好き放題罵っていたかもしれない。相手が言われたら嫌なことなんて知る由もなく、むしろ知っていたら率先して言うくらいには、呪いによって性格が歪んでいた。

 だが、後始末屋のことを知った今の時雨には、そんな罵りを言おうだなんて気持ちは無かった。単純に、何故こんな貧乏くじを自分から引きに行くのだという純粋な疑問としてぶつけた。

 

「こんな思いを多くの人が味わう必要なんてないでしょう」

 

 それに対しての伊豆提督の言葉がこれである。その時にはもう、悲しみなどはない揺らぎのない瞳をしていた。

 これが本心。辛い目に遭うのは自分達だけでいいという思い。深雪は睦月や子日、長門も同じようなことを話していたことを覚えている。同じ思いをする者が増えないようにというのが、ここまでする理由。何かを取り繕うわけでもなく、裏も表もない心をそのまま口にした。

 

「……すごいね、君達は。それは自己犠牲の精神ってヤツかな」

 

 時雨も本心からこの言葉が出た。素直に凄いと、ある意味尊敬の念すら覚えた。

 

「そうかもしれないわね。でも、自分が少し辛い思いをするだけで、みんなが笑顔になれるなら、それって素敵なことじゃない?」

「そう……なのかな」

「少なくとも、アタシの中ではね」

 

 納得の行く答えかどうかはわからないけどと最後に付け足した。しかし、揚げ足を取れるような答えではない。時雨はそれを素直に納得して、うみどりの在り方に対して一定の理解を示すに至った。

 時雨の考える悪辣な人間は、知らないところで蔓延っているのだろう。だが、目の前にあるそれとは無関係な人間は、世界の平和のために日々全力を投じている。ならば、ここにいる人間くらいは信じていいのではないかと。

 

「ちなみに深雪も同じ思いなのかい?」

 

 急に振られてビクッと震える深雪だったが、考えるまでもなかった。

 

「あたしはハルカちゃんほど()()()ヤツじゃあないから、さっきみたいなことを言い切れない。でも、少なくとも見えている人間に嫌な思いはしてもらいたくはないな」

 

 深雪の知る人間は限られている。しかし、その誰もが泣いてしまうような思いをするのは苦しいと感じる。だったら、自分が苦しい思いをしておいた方が、気分が悪くない。

 

「なるほど、よくわかったよ。君達がどういうモノか」

 

 それ以降、時雨からの質問は殆ど無くなった。見ている後始末のことについてくらいで、本質について触れようとすることは、時雨が躊躇うようになったのだ。

 

 

 

 

 昼食時になると、浮かんでいる残骸は半分近く片付けられていた。それでもまだまだ無くならないのが大規模。海も穢れによって真っ黒である。

 合間合間に航空戦力の3人が薬を撒き、拡がる穢れを最小限に抑え、あわよくば消えるように動いていた。それだけではすぐにどうにもならないくらいにまで穢れが定着しつつあるのは考えモノである。

 

 昼食はやはり伊豆提督が用意していたのだが、今回はイリスの他に深雪も作る手伝いをしていた。時雨は流石に見ているだけではあるが、提督自身が艦娘達のために手料理を振る舞うというのは、やはり時雨の中ではあまり考えられないことである。

 

「ホント、何やらせてもすげぇよなぁハルカちゃんは。そんなに速くおにぎり握れねぇよ」

「ふふふ、もう何年も続けているんだもの。慣れよ慣れ。ねぇイリス?」

「ええ。それにしてもハルカは手際が良すぎるくらいだけれど」

 

 3人仲良く昼食を作っていく姿を見て、時雨はもう何度目かもわからない溜息を吐いた。自分の中にある人間像が、一日経たずに崩れていく。呪いはまだ健在なのに、人間に対しても怒りと憎しみが、ここにいる者達に対して()()は反応しなくなっているようにすら思える。

 

「電が疲れてそうなら、午後からはあたしが現場に出るよ。まだまだ残骸は多いみたいだし」

「ええ、そうしてあげてちょうだい。無理はしちゃいけないからね」

「飯持っていった時に聞いておこう。時雨は電とも話した方がいいと思うし」

 

 深雪とは違うタイプの純粋種なのだから、話せることもまた変わってくるだろう。電が少々人見知りの気質を持っているものの、そこに伊豆提督がいれば時雨との対面も苦では無いはずだ。

 

「お昼ご飯は、ここで食べるのかい?」

「いや、工廠に持っていく。ほら、後始末作業をしてるってことは、身体が大分汚れてるってことだろ。そのままここまで来るのは流石にアレだし、だからっていちいち洗浄するのも面倒だ。だから、あたし達で昼飯を運んで、あっちで食べるんだよ」

「……なら、僕もそこに便乗させてもらってもいいかな」

 

 自分からそういうことを言ってくるとは思わなかったため、表情は変えずとも内心では驚いていた。

 

 そもそも監視の要素もあるため、時雨が自分から言わずとも工廠には来てもらうつもりではいた。そこで後始末作業中の仲間達の姿を画面越しではなく直接見てもらうために。

 だが、時雨が自らそれを望んだのは、呪いに蝕まれていても考え方が変わったことに他ならない。執務室での対話が、カテゴリーMのMadness(狂気)を薄くしたのではと考えられる。

 

「数が多いから、人数は多いに越したことはないわ。お手伝いしてくれるなら万々歳よぉ♪」

 

 伊豆提督も時雨の申し出を快く受け入れた。

 

 

 

 

 そして工廠。後始末作業で疲労が溜まりつつある仲間達を労うためにも、軽食とはいえガッツリと腹に溜まるタイプのオカズとおにぎりを相応の数用意して提供。

 それを運んできた中に時雨が含まれていることに、仲間達は大いに驚き、そしてすぐさま受け入れた。カテゴリーMであろうと、後始末に対して好意的に考えてくれているのならば、それはもう()()と言っても差し支えはない。

 

「僕の中ではまだ変わらない部分はある。艦娘は同胞の皮を被っているという風にしか見えないし、まだ全員信じきっていいのかなんてわからない。どれだけ言われても、僕の中では人間というのは悪なんだ」

 

 それをここにいる全員の前で言えるから、度胸があるものだと逆に感心される。そして時雨はまた調子を狂わされる。

 

「でも、ここの提と」

「ハルカちゃん」

「……ハルカチャンや深雪と話をさせてもらったことで、自分の中のこの感情が何か違うということにも気付くことが出来た」

 

 人類全体を信じることは不可能だ。ただでさえ元凶はまだ存在しており、うみどりの面々ですら疑いをかけている者もいる。人間が人間を信じられない状況下で、カテゴリーMに全人類を信じろとは口が裂けても言えない。

 だが、せめてうみどりにいる者達だけでも信じてもらいたい。そうすれば、呪いによって壊されている在り方を、少しは本来のモノに戻せるはずだ。

 

「この部隊の信念はわかった。世界の平和のために、割り切った活動をしていることは話を聞いて理解出来たよ。この目で見ているわけじゃないから、全てを信じ切ることは出来ないけれど、だとしても今この時にわざわざこの部隊を壊す必要がないと僕は判断した。だから、もう少し君達のことを見せてほしい」

 

 今だけ取り繕っているわけではないのだが、時間をかければボロが出るかもしれないというのが、時雨の考えである。だから、今から少しの間だけ後始末屋のやり方を見せてもらうと。

 伊豆提督も含めて、時雨のその申し出は大歓迎だった。念願が叶ったカテゴリーM説得の成功としてもいいからだ。後始末屋に出すようなボロは無い。普段通りに過ごし、時雨にそれを見せればいいだけだ。

 

「それじゃあ……」

 

 最後に時雨が少し頬を赤らめつつ、顔を背けて呟いた。

 

「少しの間になるとは思うけど……よろしく頼むよ」

 

 人間に対してそう言うのは、時雨の中では恥ずかしい部類に入るらしい。しかし、一部の艦娘には琴線に触れる仕草であることは間違いない。工廠はわっと盛り上がり、時雨のことをより強く受け入れる流れとなった。

 

 

 

 

「イリス、あの子はどんな彩?」

 

 さりげなく伊豆提督がイリスに聞く。

 

「変わらずマゼンタだけど、大分薄れているわ。ギラついていない、光を当てられた彩ね」

 

 イリスは素直な感覚を答える。

 

「そう、ならやっぱり、深雪ちゃんと話をしたことが影響したんでしょうね」

「ええ、私もそう思うわ。カテゴリーMの説得……深雪に任せれば、うまく行く気がするわね」

「過信はしちゃいけないとは思うけれど、縋れる先が出来たのは嬉しいことね。余計な血を流さなくて済むなら、それに越したことはないもの」

 

 裏側で何が起きているかはまだわからないことが多い。しかし、見えている範囲では確実に前に進めている。平和への道を、また一歩前に進むことが出来た。

 




後始末を手伝うかはまだわかりませんが、時雨はうみどりに対して一定の理解を見せました。世界の平和のために割り切った行動をしていること、それに対して悔しく感じているのがわかったから。
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