襟帆提督との通信は終了。上辺だけは一方的に出洲の平和論を説かれ、宣戦布告じみたことまで言われた挙句、一方的に切られた。が、その裏側では、盗聴を掻い潜るようにハンドサインと筆談がされており、現在の襟帆鎮守府の内情がある程度は詳らかになっていた。
「……丹陽ちゃん、ご苦労様、ありがとうね」
「いえ、ハルカちゃんもお疲れ様でした。情報、整理しますか?」
「ええ、そうね。動けるのなら、早く動いた方がいいわね」
伊豆提督がしていたのは、どちらかと言えば時間稼ぎだ。襟帆提督と組んで、ほとんど中身のない会話を続けることで、丹陽と日向の情報共有をなるべく長引かせたにすぎない。今回、最も重要になるのは、明らかに丹陽が得た情報だ。
襟帆提督は、一家総出で出洲に対抗するために行動している。そして、鎮守府の半数ほどを占めるカテゴリーKを、なるべくならば救いたいと考えている。
決して交わらない平和への道を歩く2つのカテゴリーが、それでも仲間として共に行動が出来ているのだ。
特に、襟帆提督に従うカテゴリーCの方は、その事実を知っていても、出洲に靡くことなく、カテゴリーKと相入れることなく、しかし嫌がる素振りも見せずに、共に鎮守府での活動を続けている。それがどれほどのストレスなのか、想像も出来やしない。
「半数がこちらの味方だと話していました。数に前後はあるでしょうが、それでもそれなりに協力者はいてくれるようです」
「確か深雪ちゃん達が、雷ちゃんに鎮守府の規模が小さいと聞いていたのよね。それが本当のことなら、人数的には協力者は10人いるかなって程度になるかしら」
「どうでしょう。そこは襟帆鎮守府のことを正確に調べた方がいいと思います」
「調べておいたわよ」
そこで執務室に共におり、静かに調べ物をしていたイリスがデータを見せる。
「襟帆鎮守府。艦娘所属数は18人。深雪と雷の名前も入っているわ。あと、伊勢と日向のことも」
「18人……アタシ達みたいな移動鎮守府ならまだしも、陸に設立された鎮守府なら少し少ないわね確かに」
小規模な鎮守府というのは別に珍しいことではない。海の平和を守るため、戦いの炎を陸に向かわせないため、各地に置かれている鎮守府に、限りある人員を配属させるに辺り、どうしても偏りというモノが出てくる。
襟帆鎮守府に人数が少ないのは、何も地味だからとか、目立たないとか、そういうことではない。その海域に発生する深海棲艦の数が、他より少ないというのがあるからだ。それ故に、ある程度の数がいれば領海を守ることが出来る。そして、追加の人員のことは話題にも上がらないという都合のいい場所になっている。
「特異点Wにも何人か艦娘は行ってるから、今鎮守府にはカテゴリーKばかりがいるってことかしらね」
「誰がどれだかは名簿からはわからないけれどね。でも、私の眼なら判断はつく。とはいえ、生で見ることは無理よね」
「ええ、鎮守府に直に行くのは危険が過ぎるわ。イリスであっても、フレッチャーちゃんであっても」
イリスの力をコピーしたフレッチャーに行かせるのも、今の段階では流石に危険である。そもそもが出洲の拠点の近くの鎮守府、そして未知の力を秘めているカテゴリーKが、数えられるくらいとはいえ複数人いる。
これまで戦ってきたカテゴリーKは、忌雷に寄生されたことで生まれた擬似的なモノ。今でもうみどりでムーサの保護者のような立ち位置にいる高波がそれではあるが、それとこれとは話が変わる。
現在、交戦したカテゴリーKには、全く歯が立っていないのだ。まともに戦ったのは小柄と中柄だが、一方的にやられるか、互角に持っていけたとしても、あちらは無傷。そして何より、このうみどりでは最強格と言ってもいい神風が、不意打ちに近かったとはいえ敗北しているという事実がのしかかってくる。
「力の分析が出来ない以上、迂闊に戦いを挑むのは危険すぎるわ。あの黒深雪ちゃんも、特異点の煙幕を出せたというのはあるけれど、それ以外に何もないとは言えないんだもの」
そして、それらは阿手の部下達と違い、『曲解』を使ってきていない。ただひたすら、圧倒的な能力によって押し勝つ。それだけでいいと言わんばかりに。
「搦手無しの直球勝負……それが一番厄介なんですよね。ひたすらスペックで押し込んでくる感じ、昔の深海戦争の時も、今ほど深海棲艦の前例が無かった時代ですから探り探りで戦ったモノです。今回は探らせてもくれませんが」
丹陽も苦笑しながら語る。カテゴリーKはここまで長い戦いをしてきても、その素性がほとんどわからない。わかっているのは、やたらと強靭であることと、艦娘や深海棲艦と同じようなことをしているだけでも出力がやたらと高いこと。そして、
それを、黒深雪や雷、他のカテゴリーKもやってくるのだとしたならば、事前に対策を練るなんてことは出来やしない。咄嗟の判断力と瞬発力以外で、突破する方法は無いと言っても過言では無い。
勝利するために最も必要なのは、応用力だ。
「せめて、カテゴリーKの情報が手に入ればいいんだけれど……」
「ああ、それを知っているのが襟帆さんの息子さん、ということでしょうか」
ここで、最後の筆談と、日向からの情報から考えられる、襟帆提督の息子である整備士に焦点が当たる。
「彼女は最後に、息子に声をかけてと伝えてくれたわ」
「日向さんからは、襟帆提督の息子さんは、鎮守府で整備士をしていると聞いています。その息子さんに声をかけて……って、どうしろと」
他の鎮守府の整備士と連絡を取る手段なんて、限られすぎている話である。直接会うことは不可能。直接連絡を取ることも容易では無いし、そもそも今の通信ですら盗聴されているのだから、ただ電話をするだけでもリスクが大きすぎる。
出洲に従っているように見えて、その実、裏でいくつも探りを入れている襟帆一家が、実は裏切っていました、二重スパイです、だなんてバレた時、全員どうされるかわかったモノでは無い。それこそ、命の保証がないのだ。目指す平和には不要、むしろ邪魔であると断じられるのがオチ。
「工廠同士で通信することはありましたよね。明石さんが、軍港鎮守府の冬月さんと涼月さんに連絡を取ったことがあったと思いますし」
「ええ、でも、あちらの工廠がどのように管理されているかなんてわからないわ。そもそも、整備士かもしれないけれど、明石ちゃんや主任みたいな専門家がいたとしたら、そちらが出洲派の可能性もある。迂闊に連絡も取れやしないわ」
「ですよねぇ。でも、わざわざその手段を提示してきたということは、やり方があるということに他ならないんですよね」
出来ないことをやってとは言ってこないはずだ。それが罠で無ければ。
「うーん……すぐには思いつきませんね。秘密の回線があるなら、それを教えてもらわないといけませんし、それもないならば、直接来てもらわないといけません」
「でも、あちらも理解している通り、アタシ達がいるのは、海の真ん中……まぁ今は島の後始末の最中だから、陸にいるといえばそうかもしれないけれど、簡単に艦娘でもない人がやってこれるような場所でもないわよね」
「はい。決戦前に軍港に立ち寄るとしても、あちらから出向くことなんてさせてくれないと思いますし。何せ、襟帆鎮守府の整備士なんて、カテゴリーKの秘密を知っているようなモノですよ」
カテゴリーKが半数いるというのならば、その艤装の整備などをしているということ。つまり、カテゴリーKの在り方の一部を知っているということだ。
どうすればカテゴリーKになれるかとか、どんなことをすれば力を得られるかなどは、出洲が秘匿しているだろうが、そうでない、むしろ鎮守府がやるようなことであれば、自分ではなく他の者を使うというのも普通に考えられること。それを信用しているかはさておき。
長年かけて出洲の懐に潜り込み続けているからこそ、息子を整備士として雇うことも出来たのではないか。そしてその息子も、母の思いを理解して、出洲を出し抜くために活動を続けているのではないか。
そう考えると、襟帆一家の執念深さが浮き彫りになる。何がそこまで駆り立てるのか。
「上手く調査をするのなら、マークちゃんに頼るというのも必要かもしれないわね」
「ええ、彼にはもう連絡しておいたわ。そのうち、自分からこちらに来ると思う。阿手の研究成果とずっと睨めっこしてるから、一度発散したそうだったし」
これまでの長い時間、膨大なデータを一つ一つ手作業で見続けているのだから、そろそろ精神的な疲労がピークにもなるだろう。昼目提督も、鳥海も。特に鳥海は、常にマルチタスクで同時に確認し続けているのだ。
その間も、調査隊による新たな情報が入り込んでくることもある。島のことで新たな発見があってもおかしくはない。データに囲まれ続けて、一度全部投げ捨てて発散したくなる気持ちもわかる。
「セレスの料理をご馳走してあげた方がいいわね。本当に執務室に篭りっきりみたいだし」
「そうね。美味しいモノを食べて、リフレッシュしてもらいましょ。ここからさらに大変になりそうなんだから」
そうこうしているうちに、窓の向こうに爆走する海上バイクの姿が目に入った。本当にすぐにかっ飛ばしてきたようである。
「さ、アタシ達はもっと忙しくなるわ。詰めに行くためにも、もっと考えないといけないことが出来ちゃったんだもの」
「ええ、出来る限りのことをしないといけないわね。私達は基本、ここから何処か行くようなことはなかなか出来ないけど」
「はい。あー。私が艤装装備出来たら良かったんですけどねーっ」
「まだ諦めてなかったの……?」
話を進めるためには、まず段取りを組み立てなくてはならない。協力者はいるが、前進はゆっくりと、確実に。
調査隊なら何か手段を知ってるかもね?