襟帆鎮守府への調査に関して、調査隊から提案されたのは、秘蔵の諜報妖精さんを使うこと。近くまで運ぶ必要はあるが、内部に忍び込むことが出来たなら、人間や艦娘が向かうよりも確実に情報を手に入れてくる。そして、妖精さんには珍しく、暗号を使うことで意思を伝えることも可能であるため、リアルタイムでの情報共有も不可能ではないだろう。
「それじゃあ早速、オレ達は行かせてもらいます。阿手の研究成果については、また纏ったら展開させてもらいますんで」
「ええ、よろしくお願いね」
「あ、そうだそうだ。あと、阿手の側近のクソ共いましたよね。ついでに軍港に運んどきます。そろそろ後始末の邪魔でしょう」
「……ええ、そうね。トシちゃんのところが引き取ってくれるんだものね」
島の地下施設内に深海棲艦発生抑制装置の力が行き渡るようになった今、深海棲艦が発生しないように見晴らせるということも不要になっている。そのため、あの側近の2人は晴れて本当に不要になった。
ここからの運命を当人達はまだわかっていないだろう。不可逆の深海棲艦化を治療し、元に戻すための実験に使われると言われても、ピンと来ていないかもしれない。だが、おそらくそこでは、
「よし、じゃあ行きますわ。鳥海、戻るついでにクソ共をおおわしに引き取るぞ」
「はい、お任せください」
これにより、島から調査隊が離れることとなった。島の調査は充分に終わり、ここからはここにいなくても可能なこと。後始末の手伝いも必要かもしれないが、今ならばテミス率いる深海棲艦達の手もある。これならば、減員も問題無いだろう。
一方、特異点W。こちらも昼食を終え、団欒を楽しんだことで、帰投を残すのみとなった。
「パンも美味ぇなぁ。でもあたしはご飯派かな」
「ふふ、また欲が出ちゃいそうだね。流石にこれは叶わないと思うけど」
「ならまた来てもらわねぇとな」
昼食として貰ったサンドイッチも満足げに平らげた伊41は、今回の件で新たな欲、食欲を知ることになった。だが、そこはこの海域の特異点、我慢出来ない程でもなく、空腹というモノも存在しないため、どうしても食べたいなんてことはない。吹雪だって、うみどりと交流してから知ったことは幾つもあるが、それを求めるようなことはしていないのだから。
だが、また欲しいと思うことは悪いことでは無い。それを口実に、今度はうみどりそのモノでこの海域に来てもらおうと画策することも出来ている。味覚を満たすというよりは、またこうして出会うことが出来た仲間と会うことを欲するようになった。
「次はうみどりのみんなで来たいわね」
「うん、来て来て。他の連中ならともかく、後始末屋は大歓迎。何もおもてなしは出来ないけど、確実に安全な空間だけは提供出来るから」
「それが一番ありがたいかも。今だと何処にいても襲われかねないもの。特異点の力で敵が来ないでほしいっていう願いを叶えてもらえるなら万々歳ね」
吹雪が認めた者であれば、確実に安全を得られる海域。それが特異点W。深雪をここまで育ててくれた恩、そして、特異点と知っても特別扱いするわけでも無い心の広さは、吹雪にとっても非常にありがたい存在。
故に、この海域での願い、『侵入を禁ずる』に、うみどりは含まれない。いつでも来てくれて構わない、くつろいでいってほしいと心の底から願った。
「名残惜しいけど、そろそろ帰らねぇとな。島の後始末、どれくらい終わったろう」
「今日で18日目……穢れ以外は大体終わっているのですが……」
「そこだよな。地面に染み込んだ穢れはどうにもならねぇや」
深雪達の考える懸念点はそこ。後始末がいつ終わるかは、相変わらず未知である。特に、土壌の穢れだけは本当にどうにもならない。頑張って地質改善を続けても、年単位のプロジェクトになっている。
それを聞いた吹雪は、何かを思い付いたような表情を見せる。
「海水じゃなくて、地面の、土の穢れが取りたいんだよね?」
「ああ、それが長年で染み込んじまってさ。そのせいで畑も作れるかわかんねぇ状態なんだよ。薬を撒きながらどうにかしてんだけどさ」
「それじゃあ、私がいいモノあげる。大発、載せられる空きあるよね」
「ええ、大丈夫ですわ。ここに来るまでに少しずつ容量は減っていますので」
三隈にモノが載せられるかどうかを聞き、結構な空きがあることを知ると、伊41にも手伝うように言い、一度海中に潜っていった。
「何かくれるっつーけど、何をくれるんだ? しかも、海の中……そういや、あたしには絶対枯れない彼岸花貰ったな。今でも部屋に飾ってあるけど」
「それをまたくれるのです? でも、積載量のことを聞いてきたということは……」
そうこうしているうちに、吹雪と伊41が浮上してきた。その手に持っていたのは──
「うん、数があると思うから何回か持ってこようか」
「何持ってきてくれたんだ?」
「これ、私達が育ててる彼岸花の球根。特異点の特別製」
大量に運ばれてくる球根が、次々と特大発動艇に積み込まれていく。特異点Wの海底に咲き誇る彼岸花畑から持ってきたわけではなく、そこから分球して残しておいた球根である。
これ以上拡げなくてもいいかという段階から、植えずに残しておいたモノらしく、これにもまた特異点の力がコレでもかと詰まっているらしい。摘んだモノが一輪挿しに挿しているだけで全く枯れることなく常に咲いているのと同じように、植えていない球根でも死ぬことなく、次に植えられる時を待ち構えているかのようだった。
「これ、私達の願いを込めておいたし、願いの実もそれは優しい願いって思ってくれたみたいだから、きっと大丈夫」
「こいつ、その穢れまみれの地面に植えてくれ。姐御がそうなるように願ったから、ちゃんと上手く行くぜ」
「……まさか、穢れを吸ってくれんのか!?」
そういうこと、と吹雪はサムズアップ。吹雪の渡してくれた彼岸花の球根は、地面に蔓延る穢れを吸い上げて花を咲かせる、非常に特殊な彼岸花である。普通の彼岸花とは話が違う、特異点の花。
「穢れを栄養にしてるってわけじゃないけど、この海を綺麗にするための花みたいなモノだから、多分その島の穢れもちゃんと取ってくれると思うよ。海の中でしか咲かないわけでもないし。あと、特別製だから、植えたら物凄い速さで成長すると思う。穢れの量で咲き方が変わるようにしてあるから」
「マジか……いや、すっげぇありがてぇよ。全部どうにかするまでに何年かかるんだって思ってたけど、コレ使えばかなり短縮出来るよな!」
「うん、ただまぁ、一応念は押しておくけど、悪い願いが入ると力を失うと思うから要注意ね。大丈夫だと思うけどさ」
この悪い願いというのは、彼岸花が増えすぎたから売り払うとか、育て方を間違えたから鬱陶しく思うとか、そういうことは良くないよということ。
「テミスなら、その辺りは弁えてくれる。むしろ、花を育てることが好きになるヤツも出てくるだろうな」
「なのです。実用性まであるのですから、きっと好きになってくれるのです」
今でこそ、花を愛でるという点で文化を学んだ深海棲艦はいない。だが、それはこれまであの島にそういうモノが無かったからだ。それが入ってしまえば、おそらく誰かが育てることに夢中になる。そうでなくても、あの島には今後、タシュケント達こだかの面々や、元から住んでいたカテゴリーK達も住まうのだ。徹底した管理も、それこそ分球からの増産も期待出来る。
これもまたどれだけの時間がかかるかはわからないが、あの島が彼岸花の島になることもそう遠くないかもしれない。
「何から何までありがとな。やっぱ、ここに来て大正解だった。最初の目的はアイツらのことを聞こうってだけだったけど、今一番どうにかしたい、島の地質改善に答えを出してくれるだなんて、思ってなかったぜ」
「ふふ、それはよかった。お姉ちゃんは頼られることが嬉しいからね。そう何度も会えないなら尚更、ね」
頼れる姉だと心の底から思う深雪。だが、ここで少し嫌なことも頭をよぎる。
「あー……でもあの出洲の野郎、特異点に頼って堕落したとか言わねぇよな……」
この彼岸花は特異点ありきの解決方法。自力ではないから横着したと難癖をつけてくる可能性。
しかし、吹雪は大丈夫と笑顔を見せる。
「そもそも誰のせいでこうなったんだって話だし、私は花っていうきっかけをあげるだけで、その後育てるのはその島の人達の努力次第だから。楽したいから努力するってのは人間のいいところでもあるんだからね。それを堕落だなんて絶対言わせない。人間の在り方の否定なんて、一番平和から遠い考え方だよ。頼っちゃいけないとか何様だって話だし」
このやり方を否定すること自体が、ただ特異点が気に入らないから邪魔をすると言っているだけ。それは平和を求めているのではなく、好き嫌いだけで文句を言う我儘。それもわからずに文句を言われる筋合いはないと、吹雪は断言した。
「ま、文句言う奴は程度が知れるってことで。深雪ちゃん、そこからは口で勝ってね」
「おう、任せろ。花を育てることを否定されたら堪ったもんじゃねぇや」
にこやかに、吹雪の意思を継いだ。これなら島の地質改善も順調に行けるだろう。
「よし、それじゃあ……吹雪、またな」
「うん、また来てね。今度は横槍入れられないで、ただ楽しく話がしたいね」
「だな。なら次はアイツらぶっ倒してからか、ぶっ倒しに向かう直前くらいになるかな」
「ふふ、いつでも大丈夫。でも、必ず来てね。約束。そして、
深雪達の特異点W遠征も、ここからは帰路になる。有意義な時間、そして、島のためにもなるアイテムも手に入れて、一同はにこやかにその場を去ることとなった。
この特異点彼岸花、割とすごい効果を得られそうです。でもセレスやラ級姉妹には、食べられないからなとちゃんと教えておきたい。