特異点Wから帰投するため、深雪達は吹雪と伊41に別れを告げ、その場からうみどりのある方へと進み始める。始まりは昼を少し過ぎたあたり。うみどりを出た時と似たようなものであるため、何事も無ければここから一日半。うみどり到着はおおよそ夜になる予定。休息も往路と同じように、食事のたびに行う。仮眠をとって、確実に戻るという流れだ。
うみどりに到着した時には、後始末作業は19日目の深夜、むしろ20日目に差し掛かる程だと予想されているのだが、それだと想定している5日間よりも少し早い。
何故少し長めの時間を取っていたかというと、それはここからの復路の少々厄介な点にある。
「明日の朝くらいからだっけか」
「ええ、雨の予報があるのよね」
そう、天気の問題である。今回は緊急性が高かったため、天気まで配慮して日程を組むことは出来なかった。避けられるなら避けたい雨天決行だが、長期の遠征ならば仕方のないことである。
夕食の休憩の際に特大発動艇にはシートが被せられ荷物をなるべく濡らさないように移動することになるのだが、荷物以上に気を遣わないといけないのは自分達だ。航行中は傘なんて差すことは出来ないため、そのままで移動するか、雨合羽を使うかのどちらかになる。深雪と電は深海棲艦化という裏ワザ的な逃げ道があるのだが、他の者はそうはいかない。
そして、雨の中の休息に関しても考えなければならない。屋根のないところで休息するのは仕方ないにしても、仮眠は流石によろしくない。寝袋に入ろうがどうしようが、雨に打たれるのは変わらないのだから。
「雨が降ってきたら仮眠も出来ないわ。だから、ちょっと早めに仮眠をとって、雨の間はなるべく休憩無しで進みましょう。勿論、食事休憩はとるけどね」
「そうなるよな。じゃあ、晩飯の時と、夜中に寝るって感じか」
「ええ、その時に3人ずつね。それでも航行速度少しゆっくりになると思うから、往路の1日半よりと長くかかると思ってちょうだい」
雨が降る分、波も高くなる可能性がある。大嵐と行かずとも、風が強く吹くならば、航行は困難だ。あまりにも航行が厳しいようなら、近場の島で嫌でも休息ということにもなりかねない。
とにかく安全に、何事もなく帰投する。それが遠征の基本中の基本である。
特異点Wからしばらく進み、日が暮れようとした段階で一度目の休憩。近場に小さな無人島を発見しているので、そこで夕食となる。
これからの航路を考えて、魚の干物をその場で七輪で焼いて食べることに。おにぎりも用意してあるため、軽く醤油を塗ってから焼きおにぎりにしてみたりと、アレンジを利かせたメニューで満足感を増させた。
「なーんか空気が湿ってきたかも」
「グレ様もそう思われますか。もう雨が近いような、そんな雰囲気が始まっております」
グレカーレと白雲が、いち早く雨の空気を感じ取り始めていた。空には少し雲がかかり、湿度が上がってきたような感覚。天気予報よりも早めに雨が降りそうな雰囲気に包まれていた。
「三隈さん、荷物にシートを被せちゃいましょ。これ、夜中の間に降り始めるわ」
「ですわね。幸い、食事も終えたことですし、手早く片付けてしまいましょう」
食事の片付けと同時に、特大発動艇にビニールシートを張ってしっかり固定。遠征用に積み込んだモノが濡れないようにしっかり保護。3人分の寝袋だけは外に出しており、いざという時のために、このシートの内側で眠ることも考えている。
「ここで休憩するのは、深雪と電、あと三隈さんね。戦力と、大発の運用を優先するわ」
「さんせーい。あたし達は後から寝られれば寝るよ。いざって時は動いてる大発の中で寝るー」
「お姉様方はこの遠征部隊の要、優先的にお休みくださいませ」
一番の戦力は神風だろうにと深雪は内心思っていたが、雨の中での戦いとなると、深海棲艦化して戦える深雪と電の方が戦力として整っているというのが神風の見解のようで、そこは確かにと納得。
雨に打たれようが波が高かろうが、深海棲艦化してしまえば海中に潜ることすら出来るのだから、一切苦が無いのが利点である。ここまで来れば、適当に現れてしまった深海棲艦なども、そこまで苦戦することなく対処可能であろう。
ということで、選ばれた3人は島に横付けした特大発動艇に乗り込み、寝袋を使って仮眠をとる。思ったよりも疲れていたため、すぐに眠りに入ることが出来た。
「やっぱり疲れてるわよね。せっかくの故郷であんなことがあったわけだし」
そんな姿を見て、神風は苦笑する。ただ吹雪達と話し、メンタルの癒しも考えていたところに、黒深雪達の横槍が入ってしまい、その場で舌戦をすることになってしまったのだから。圧勝したとしても、気が楽になるわけがない。そういうことをした、という事実が、心に疲労を蓄積させる。
「カミカゼはさ、ぶっちゃけあの黒いミユキ、救えると思う?」
周辺警戒をしつつも、その時間は世間話の時間になる。グレカーレは不意に、そんなことを聞いてみた。
深雪は命を懸けた戦いになるとは思いつつも、そうならないことを願っている。救えるモノなら救いたいと、本気で考えている。
グレカーレは、深雪がそう願っているならそうなってほしいと思いつつも、あの黒深雪の態度からして、殆ど諦めているような状態だった。あれは多分考え方を変えない。恩という呪いに縛られて、間違っていると思いながらも、最終的には出洲に与する。困ったことに、利用するために救われたわけではなさそうだから。
同じような境遇に、今のうみどりに所属している叢雲がいるが、あちらはそもそも利用するためにマッチポンプ的な恩で縛りつけていた。義父の思い通りに働かせるために、実の家族を失わせている。それに気付いた、知ることが出来た叢雲は、一時期酷い鬱に苛まれたが、今では前を向き、その呪縛からは解き放たれている。
しかし、黒深雪は死を超越させられる程の恩を受けている。出洲がきっかけのマッチポンプでもない。本当に愉快犯にいいようにされ、命を奪われたところを、出洲の研究の成果により、カテゴリーK──高次の存在として蘇ることとなった。本来ならば無慈悲に失われた人生を、再び与えられたのだ。死にたがりでない限り、恩を感じないわけがない。
「……深雪達が寝てるから、あえて私の本心を言うわ」
「うん」
「アレは九割九分無理ね。矛盾に気付いていても、恩のために、そして本当に優しい願いのために、その矛盾を貫いてるんだもの」
神風もそこは半ば諦めていた。黒深雪と雷は、救いたくても救えない。恩という呪縛もあるが、実際に世界の最も暗いところの犠牲者だった経験と、人一倍優しい性格だからこその未来の被害者を減らしたいという気持ちが、どうしても深雪と噛み合わない。今が見えていないと言われても、それでも平和な未来を、理想を夢見て進んでしまっている。
どれだけ悩んでも、結局は同じ場所に行き着くだろう。そうしないと、おそらく心が軋んで壊れてしまうから。縋った先が出洲だったことが良くない。徹底的に、運が無い。
「でも」
「……一分はあるって、言いたい感じ?」
「そう。特異点の力……ううん、深雪の力だからこそ、その狭すぎる道もこじ開けられるんじゃないかなって、思える部分はあるのよ。針に糸を通すような道かもしれないけどさ、深雪ならやれそうな気、しない?」
「……するんだよなぁ。特異点とか関係なく、ミユキだからやれそうって感じ。これ、同じ特異点……っていうか、ぶっちゃけミユキよりも強いフブキだったら、絶対出来ないだろうし」
「そうね、そうなのよ。特異点の力じゃなく、深雪の力で、黒深雪の手を掴むんじゃないかってね。無理だと思っても、一筋の光はあるんじゃないかしら」
白雲が同意するように強く頷いた。
「お姉様は、誰に対しても懸命で、必ず救うのだと願っておられます。この白雲も、お姉様に救われております故、それがわかるのです。お姉様がいなければ、白雲は呪いに蝕まれていた。後始末屋に仇なす者となり、今はここにいなかったかもしれない。全て、特異点でなくお姉様の力だと思います」
「だよねぇ。なんたってミユキ、優しいもん。どんなことがあってもさ、こっちの手を握ろうとしてくるんだから。諦めないもんね、ガチで」
「お姉様の辞書に、諦めるという言葉はございません。白雲が保証いたしますよ」
起きている3人は、それに完全に同意した。深雪は諦めない。救えるモノなら全てを救う。手が届く範囲は、絶対に。そのためには、力を惜しまない。
「そのお姉様の一部を使っているあの別個体……少しでもお姉様の要素を取り込んでいてくれれば、和解も出来ないことはないと思うのですが」
「むしろ、ミユキと同じようなところがあるから、ミユキの左腕が使えてると思いたいけどねぇ」
「はい、全く相入れぬ者ならば、あのように使うことも出来ぬと思うのです」
そこは神風も思っていたことだ。深雪と黒深雪、全く正反対だとするならば、深雪の力をあのようなカタチで取り込むことは出来ないのではないかと。育ちや身体はまるで違うし、カテゴリーも完全に逆。相反するところしかないのに、あの力を多少なりとも使いこなすことが出来るということは、少しは深雪と共通する何かを持っていてもおかしくはなさそうなのだ。拒絶反応を起こしていないのだから。
「深雪というだけではああは行かない気はするわよね、確かに。それこそ、平和に対しての思いとか、そういう感情面な部分な気がするわ」
「だよねぇ。だからこそ、あの黒いミユキ、どうにか出来そうって思えるよ」
「そうあってほしいわね。せっかくだし、特異点に願うことにしましょ。何事もなく、黒深雪との戦いが終われますようにって」
「はは、そりゃあ優しい願いだ。叶えてもらえるよ、きっと」
眠っている深雪は、そんなことを願われているなんて露知らず。しかし、深雪自身もそうあってほしいと願っている。
決戦の火蓋が切られるのは、もう少し先になるだろう。しかし、そうなった時は、全力で救いに行くだろう。
黒深雪は救えるかどうかはわかりません。あちらもあちらで意固地になっているところもあるので。そして、救われたところで生きていけるかもわかりません。