後始末屋の特異点   作:緋寺

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壮大な夢

 島では深海棲艦達を中心に発展の道筋に乗っている頃、結果的にはその仕上げともなる彼岸花を輸送している遠征部隊は、雨の中の航路を安全に進むため、ゆっくりと確実に帰路を踏破していた。

 時に雨宿りをするために無人島に立ち寄り、時には小雨になったタイミングで一気に進んだりと、一定の航行が進められず、普段よりもメンタル面での消耗が少し大きい。

 

「視界が塞がらないようにね。必要なら髪を結んだりすることもした方がいいわよ」

 

 そう話す神風も、雨に続いて吹き始めた風を対策するために、長い髪を結んで邪魔にならないようにしていた。

 深雪は元々髪が短いおかげでなんとかなっているが、深海棲艦化した電はバレッタが外れているため、風が吹き荒れると髪が舞い上がる。白雲やグレカーレも同様だ。そのため、長い髪はきっちりと結んでその辺りの対策をしている。

 なお、ヘアゴムは三隈が事前に用意していた。雨は降らずとも風が強くなる可能性はいくらでもあったためである。

 

「波が少し高くなってきてますわ。大発が安定しません。また少し無人島に向かった方がよろしいかと」

「了解。近くの島でまた休憩ね。一気に駆け抜けるのは危険だもの」

 

 これが艦娘のみの航行ならばまだしも、今回は輸送するモノがあるため、より慎重になっていた。自分達の食糧のみならず、吹雪から預けられた穢れを吸う彼岸花の球根は、必ず持ち帰らなくてはならない。

 

 特大発動艇の中でも特に大事にされているそれは、元々持ってきていた食糧の入っていた箱などを使って転がらないようにしているが、波が高いとなると話が大いに変わる。中でしっちゃかめっちゃかになり、最悪そこから飛び出して海の藻屑になるなんてことすらあり得る。

 安全を期すならば、帰る時間などは意識せず、休憩を何度も挟むべき。そこで仮眠を取るようなことは出来ずとも、雨と風が少しでも落ち着くのを待つことが必要である。

 

「見つけたわ。あそこなら、崖のところに大きめな洞穴があるみたい。大発ごと入れそうだから、そこで少し休みましょう」

 

 近場で見つけた無人島は、誰かが住んではいそうだが、実際は誰もいない、人の文化の痕跡のない島。小高い山が遠目からも見えて、岸の方は砂浜ではなく切り立った崖。そこが洞穴のようになっており、雨風から身を守るにはうってつけの場所になっていた。そこそこ大きいおかげで、特大発動艇も雨を避けるために中に入ることが出来そうである。

 

「ビッショビショだな」

「なのです。でも、深海棲艦の身体だと不快じゃないのです」

「それは利点だよな。あたしなんて、最初から水着みたいなもんだし」

 

 雨に打たれることが無くなったところで、手で払う程度だが雨水を身体から拭き取った。頭を洗った後のように濡れているため、髪も軽くだが振って水滴を飛ばしている。

 深海棲艦化したことで、艦娘よりも水に耐性がついている深雪と電は、不快感はないと断言。それは自分の意思で海中に潜ることも出来るからというのもある。同じく深海棲艦の身体である白雲は、どうしても不快感は拭えないようだ。

 

「むぅ、服が肌に張り付きますね。『凍結』なんてやろうものなら、全身が凍りついてしまいます」

「あはは、シラクモは今、万が一戦闘があったとしても、力使わない方が良さそうだねぇ」

「はい。自分の冷却で動けなくなるなんて無様な真似はしとうございません」

 

 戦闘中に少し濡れるならまだしも、最初から全身が濡れているなんて状況で『凍結』をしたら、その冷気で自分の身体の表面の水分もガンガン凍りついていくだろう。風邪を引く、なんてことがあるかはわからないが、自分の行動に支障が出てしまう。

 雨の中の戦闘はいろいろと問題が続出するが、普通なら考える必要がないような問題点も考えねばならないようである。そういうところも、うみどりはかなり特殊な部隊となってしまった。

 

「少しおやつでも食べて落ち着きましょうか」

 

 神風が取り出したのは、セレスやラ級姉妹が作っておいてくれた、甘味の一部。いわゆるカロリーバー。こんなモノも作れるのかと驚くが、加工品が長く保つという意味では保存食みたいなモノ。何かあった時のために作っていてもおかしくない。

 食の探究者であるセレスは、保存食の味にもこだわる。そして、ラ級姉妹はどんなモノであれ、作って提供して、美味しく食べてもらえれば喜ぶ。これもその一環である。

 

「ん、美味いなコレ」

「甘くて染みるようなのです」

「はい、まこと美味しゅうございます」

「キくねぇ、疲れたところには」

 

 美味しい美味しいと絶賛する深雪達。こういうところでモチベーションも維持出来ているおかげで、雨の中の航行でも心が折れることはない。

 

「流石に仮眠は取れないわね。でも、硬いとはいえ岩場で腰を落ち着けることも出来るわ。まだまだ先は長いから、ちゃんと休んでおいてちょうだい」

 

 時間はまだ昼にまで行っていない程度。往路の時には一気に駆け抜けた航路なのに、復路ではあっちに行ったりこっちに行ったりで、真っ直ぐ帰ることも出来ない上に、休憩が多くなって時間がかかる。

 現在の予想では、うみどりに到着するのは翌日の朝。それも、仮眠が取れるかどうかという状況。雨が夜には止みそうであるため、そこで休めそうなら休むというくらい。

 

「島だと今頃何してんのかな」

 

 深雪が気になったことを不意に呟くと、休憩中の話題はそれになる。

 

「後始末はしてるとして、慰霊碑のことを進めていると思うわ。どうやって造るのかはさておき、場所は決まってるみたいだね」

「ようやっとだな。後始末もそろそろ終わりか?」

「そうね、長かったけれど、ついに終わりが見えてきたわ。今日で19日目だから、3週間だものね」

 

 深雪達が加わる前から、ここまで長々とやる後始末は無かった。今回が初めてである。神風と三隈が改めてそこを語る。

 

「私達がやってきた後始末の中でも最大級。あの海賊船の後始末だってこれまでにない規模だったけど、今回はそれの数倍。何せ、ヒトが住んでいる島の後始末だからね」

「残骸もこれまでとは比べ物にならないくらいに出てしまいましたわ。後始末屋が3部隊いなければ、うみどりもパンクして、その都度軍港に運ぶことだってあり得ましたもの」

「あ、そうか、確かに。残骸を片付けたにしても、それは今うみどりの中に溜め込まれてんだもんな。みずなぎとうみねこが来てなかったら、それ全部がうみどりの中だったのか……往復するだけでも時間がかかっちまう」

「こだかとおおわしもあるから5隻分ね。それでも結構一杯一杯じゃないかしら」

 

 島1つ分の残骸ともなれば、総量だけでもうみどりでは運びきれない量になっていただろう。その中には深海棲艦の亡骸などがあったのだから、余計に質量が嵩む。

 片付けながら行ったり来たりだと、ここからさらに時間がかかっていた。うみどりがいない間には後始末をするのも難しい。

 

「それに、()()()の手助けがあったから、ここまで早く終わっているわ」

「なのです。王様達がすごく頑張ってくれているおかげで、後始末屋の作業が大分減っているのです」

「いやぁ、王様が一番やる気満々なのがいいよね。民より重労働を率先してやってくれるし」

 

 それに加えてテミス筆頭の深海棲艦達の尽力が、時間の短縮に一役も二役も買ってくれた。戦力としては充分すぎる程で、モチベーションもずっと落ちていないのだから凄まじい。

 深雪達は今は知らないが、復興から発展に切り替わった深海棲艦達のモチベーションは、むしろ更に上がっているまである。慰霊碑広場の建設は、片付けとは違う島の象徴を自らの手で造り上げること。テミスだけでなく、深海棲艦達やカテゴリーY達ですら、いいモノを作るぞと躍起だ。

 

「いろいろありましたが、あの島は良きモノへと生まれ変わるでしょう。人間があの島を認めるか、という問題はありますが」

 

 白雲が少し不安になっているのは、あの島を世間に知らせるか否か。やはり軍の機密中の機密として運用されそうではあるのだが、それでも多少は知られなくてはならないところはある。それこそ、物資の流入など、生きていくために必要な部分の一部は、全て自給自足で賄えるとは到底思えない。そして、そのためには外部の力も必要になる。

 今の軍内のみで全て成立すればいいが、無理となった場合、どうなってしまうのだろうか。深海棲艦だから、という単純な理由で淘汰される可能性だって無くは無いのだ。

 

「悪しき人間に勝手に発見され、何もしていないのに悪評を被る可能性もありましょう。それからも守って差し上げたく」

「だよな、それはあたしも思う。出洲や阿手みたいなバカが他にいないとも限らないし、そういうのに見つけられたら嫌な思いもしちまう。そうならないように対策はしてやりたいな。それも『世界の後始末屋』の仕事になるかもしれねぇや」

「お姉様の高尚なお考え、この白雲、感服いたしております。世界の後始末屋、誰もが楽しく生きるために尽力するということとお見受けいたしております。白雲も、その道を共に歩かせていただきます故」

「おう、頼むぜ。あたしだけじゃ絶対無理だからな」

 

 そんな話をしているうちに、雨と波が少し落ち着いてきた。休憩もそろそろ終わり、改めて帰路に就くことになるだろう。

 

「深雪、ちゃんと未来も見据えるようになったわね」

「……そうだな。後始末を続けていって、戦いが終わった後も、違うカタチで後始末をしていくんだって。あたしは、今もこの先も、特異点ってだけでなく、後始末屋なんだって、胸を張って言えるぜ」

「その気持ちがあれば、出洲やその配下達に何を言われても折れないわ。それに、私達がその未来を叶えてあげる。みんなで、一緒にね」

 

 

 

 

 世界の後始末屋という壮大な夢。それは、きっと叶うだろう。何せ、特異点の持った、とてもとても優しい願いなのだから。

 




深雪はもう、先を見ることが出来るようになりました。その道を阻む出洲達の言葉に惑わされることはありません。
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