地道に進みつつも、途中途中で休憩を挟み、最速で踏破出来たならばもう帰投が目前と迫ったくらいの夕暮れ時。ここで雨がようやく止み、少し波は高いものの、雨から身を守りながら進むようなことは無くなった。
これまでゆっくりだった分を取り戻すように、ここからはあまり休憩をせずに進んでいく。とはいえ、食事休憩などは必要なので、焦らず騒がず、確実な進行を心掛ける。
「荷物には何も被害が無くて良かったわ。ここまで一度も戦闘が無かったのもありがたいわね」
特大発動艇は依然としてビニールシートは張ったまま。雨が止んだとて、通り雨がいきなり降ってくるということも大いにあり得る。わざわざ剥がす必要もないだろう。中で待機している妖精さんや特機達も、異常無しと手を振っているくらい。
「序列などを気にしていたのかもしれませぬ。姿だけとはいえ、白雲は姫の姿。それに、お姉様と電様も、今や姫を超えた姫。野良が恐れをなすのも否定出来ませぬ」
「かもしれないわね。ただ姿だけならアレだったかもしれないけれど、貴女達、並の強さじゃないもの。それが敵避けになってくれてるなら万々歳よ」
遠征中に襲われるということは稀ではない出来事だ。だが、これだけ長期の遠征だというのに、それが一度も起きなかったのは、運がいいとしか思えない。
白雲の言う通り、深海棲艦の姿をする者が遠征に出ていることが理由だとしたら、うみどりにしか使えない最高の対策であろう。
「兎にも角にも、気を抜かずに行くわよ。うみどりに到着して、腰を落ち着けることが出来るまでは遠征だもの。眠らなければすぐに辿り着ける、とかも考えないこと。別に遅くなったなら遅くなったで咎められないわ。ちゃんと連絡もしているからね」
ここで焦っていては、出来ることも出来ないだろう。神風はキチンとそこを言葉にして、不必要な消耗などを回避する。逸る気持ちはあるだろうが、気が急いていたら最後にとんでもない落とし穴に落ちるかもしれない。
とにかく落ち着いて、早まらず、躊躇わず。常に冷静に進む。ただそれだけで、上手く行くモノはちゃんと上手く行く。
夜に二度休憩を取り、夕食夜食と腹を満たしつつ、都度3人ずつ睡眠。そして、進んで進んで空が白んできた辺りで、周りを確認。まだ海のど真ん中。水平線の向こうに何か見えるわけでも無く、ゴールがそこにあるわけでもないが、後少しとわかるような場所にまで来た。
「あと少しよ。体力温存は出来てるわよね。具合が悪くなったとかもないかしら?」
「大丈夫だぜ。そりゃあ疲れてはいるけど、少しは寝れてるから、体力もまだまだある」
雨が止んでから深海棲艦化は解いている深雪と電。それでも敵が現れなかったのは、やはり運か、それともこの海域の特性か。
あの島が近付いてきたことで穢れが増えそうな感じはするものの、むしろ逆に徹底した後始末の余波が近海にまで影響を与えているかもしれない。
航行しながら携帯食糧をモフモフと食べ、軽く腹を満たしているうちに、日は完全に昇り、そしてその向こう側に見覚えのあるモノが見え始める。
「島、か?」
「島なのです。それに、周りに艦があるのです」
「帰ってきた……!」
長期遠征の終わりを告げる、水平線の向こうの艦影。うみどりが目に入ったことで、途端に安心感に包まれる。
なんだかんだこれまでは無意識に緊張していたところもある。帰るまでが遠征、それまでに何かあったら台無しというのは、どうしても心に重荷を抱えさせるモノだ。
だが、ここで気を抜いていてはいけない。実はこれで足下に敵が潜んでいましたなんて言われたら笑えない。最後まで緊張感を持って、うみどりに辿り着いて初めて、この遠征は大成功と言えるのだ。
「遠目だと、島も綺麗なモンだねぇ。あの戦いの前と見た目だけはあんまり変わんない?」
「ふむ……確かに。かつての下郎は、外観上だけは正常に見せていたのでしょうが、そこは変わりませぬ」
「穢れはあたし達の目じゃ見えないもんねぇ。ぱっと見綺麗ってところが、余計にアレのクソっぷりを痛感させてくれるねぇ」
グレカーレと白雲が言う通り、島は遠目で見ている限り、襲撃前と殆ど変わらない。違うところは、何処か綺麗になったかなという程度。海から見える建物が掃除されているおかげで、気持ち綺麗になったように見えるくらいである。
しかし、内側はあの時とはまるで違う。目に見えない範囲で大きく変化している。人が住める島になっているのだから。
「おおわしがいなくなってるわ」
「調査隊としての仕事のためでしょう。我々が伝えた、あの温品という方についての調査を始めたのでは?」
「ああ、なるほどね。それこそ、襟帆鎮守府をどうにかするために動き出したのかしらね。調べ事は私達よりも専門家にやってもらった方がいいわ」
遠征前には5隻あった移動鎮守府。そのうちの1隻、おおわしがそこにいないことを知る。
島での調査を終え、集めたモノは全て艦に詰め込んでいるため、次にやらねばならないことに進んでいた。襟帆鎮守府の調査、そのために諜報妖精さんを送り込むための準備を早速始めたようである。
当然、深雪達は諜報妖精さんの存在を知らない。最高機密なので、伊豆提督から伝えられることもないだろう。なので、この海域から離れて動き出した、というだけで納得している。
「海も綺麗になったよな。最初はもっと澱んでた気がするし」
「なのです。電達が潜って作業をしていた時から、随分と綺麗になったのです」
潜水艦隊は、これまでの後始末をほぼ全て海中の掃除に費やしている。その成果は海上からでもわかるほどになっていた。それの一端を担えたことは、深雪と電の中でも喜ばしいことである。
今もおそらく海中で作業をしていることだろう。だが、積もり積もった残骸も、これだけ長い事作業をしてきたおかげで、殆ど撤去が完了していた。海が海らしい姿を取り戻していると言っても過言ではない。
そんな話をしていたからだろうか、海の中から何かが浮上してくる。それは、作業中の潜水艦隊。後始末も大詰めということで、後始末屋の休息は一旦無しにして、一気に片付けているようである。
「お帰り」
早速顔を出したのは伊203。相変わらず早い。作業の手を止めて出迎えてくれるくらいには、速さ重視の伊203に余裕が出てきていることがわかる。それだけ海の中の作業が終わっている証拠でもある。
「ええ、ただいま。大事無かった?」
「ありがたいことに何も無かった。ひたすら作業出来てよかった」
「そうね、横槍が入らなければ、どんどん進むだけだものね」
伊203に続き、伊26やスキャンプ、うみねこの伊58と呂500、さらにはみずなぎの海中作業班である潜水艇までもが浮上して出迎えてくれる。レーナや鮫もお疲れ様と労ってくれる程である。
総動員の出迎えに少し感激しつつも、スキャンプからただの遠征だろうがとツッコミが入り、どっと笑いが起きる。
「ただ遠征してきただけじゃないでしょ」
ここで相変わらず勘が鋭い伊203が、特大発動艇をチラリと見ながら問うた。神風もこれには流石と苦笑。
「島の穢れが取れるモノを、吹雪が提供してくれたわ。少しずつでも、土壌改善が出来そうなのよ」
「ん、ならすぐにやるべき」
「勿論。その前にハルカちゃんに見せてからね」
今当たり前のように吹雪の名前を出したため、他の後始末屋の面々は頭の上にはてなマークが浮かんでいる。また、この島で仲間となったレーナや鮫も同様。
深雪以外にも特異点がいるということは、全く知られていないことだ。神風もこれはしまったと顔を顰めたが、この後の反応はそこまで悪いモノでは無かった。
「もしかして、特異点にはお姉ちゃんがいるでち?」
伊58は真っ先にそこを察する。深雪の姉の名が出たのだから、そう考えるのが筋。
「ああ、あたしの姉ちゃんだ。あたしが特異点だからな、姉ちゃんも特異点だぜ」
「なんかすごそうなお姉ちゃんでちねぇ。もしかして、深雪より強いとか?」
「強いなんてもんじゃねぇよ。あたしが枝で、吹雪が幹だ。ありゃ格が違ぇ」
水陸両用で海中の後始末でも猛威を振るった深雪と電をして、格が違うと言わしめる存在。特異点の力を後始末の範囲でしか知らない者達は、それはすごいなと感心。そして、直接ではないにしろ、戦闘面でも特異点の恐ろしさを知っているレーナと鮫は、これ以上がいるのかと内心ビクビクである。
「ちょっと動けない場所にいてな、あたし達はその吹雪に会いに行ってたってわけだ」
「そういう遠征だったわけでちね。お疲れ様でち」
ここで深追いしてこないでくれるのがありがたいことである。吹雪の存在、その居場所である特異点Wは、全てが機密中の機密。吹雪自身、特異点である深雪の周り相手には温厚ではあるが、そうでない者には非常に容赦がないので、知らなければ知らない方がいいのだ。簡単に辿り着けるようにもなっていないが。
「さ、まずはうみどりに向かうわよ。彼岸花を植えるのも、今日から進めることになりそうだしね」
「おう、遠征を終わりにしないとな」
これにて長期の遠征は終了を迎える。途中横槍が入ることもあったが、悪いことばかりではなかった。新たな特異点の誕生を知り、この島のためのアイテムまで手に入れることが出来たのだ。
そして、深雪はより前を向くことも出来ている。
遠洋航海演習だけで1ヶ月かかったよ。合間に別の話も入ったとはいえ。