特異点Wへの長期遠征を終了させた深雪達は、伊203達潜水艦隊に出迎えられた後、そのままうみどりへと向かっていった。ここまで来ればもう安心。あとは工廠に入って説明をするのみ。
「お帰りなさい、お疲れ様」
工廠では勿論、伊豆提督が出迎えてくれる。それだけではなく、イリスや丹陽も一緒だ。
無事に帰ってきてくれたことに安心しつつ、深雪達にとっては初めての遠征ということで、その成功を労った。
「積荷は大体9割くらいを使ったみたい。予定の5日より少し早く帰ってこれたけど、帰りは要所要所で休暇して、腹拵えとかもしていたから、結構消費したわね」
「足りないってことが無くてよかった。それに、あの雨風で台無しになるなんてことだって考えられたしね」
「そこは三隈さんの操船テクニックと、合間合間の休憩が功を奏したってことね。実際、結構危ないくらいに波が高くなった時はあったもの。でも、無事に帰ってこれたから、一旦忘れることにするわ」
携帯食糧からまともな食事まで、特大発動艇には5日分の食糧が搭載されていたが、特異点Wで吹雪と伊41に一部ご馳走したというのがあっても、全部を使い切ることはなかった。行きや帰りに襲撃を受けるなどしていたら話は変わっていただろうが、今回の遠征は徹頭徹尾戦闘は無かったおかげで、これで済んでいる。
「例の球根、吹雪がどっさりくれてね。島を覆い尽くすようなことは出来ないけれど、一角に植えて満開にすることは出来ると思うわ」
そして本題。いや、実際は本題では無く副産物ではあるのだが、この島の土壌汚染を改善するために吹雪が提供してくれた彼岸花の球根を見せる。
特大発動艇の隅に置いてあるとはいえ、その量はなかなかのモノ。1つや2つでは無く、10や20は優にある。
これだけあれば、現在建設中の慰霊碑広場の花壇は埋められると思えるくらいに。
だが、いきなり広場でいいのかというところはあった。植えるだけ植えて、何も起きませんでしたということがないようにはしておきたい。吹雪の寄越したモノだからそのような心配はないとは思われるが。
「出来れば、何処かで一度確認はした方がいいと思うのよね。吹雪が言うには、物凄い速さで成長するらしいんだけど」
「物凄い速さ……彼岸花って一応年に一回花をつけるようなモノだったと思ったけど」
「そこはほら、特異点の彼岸花だし、常識に囚われてちゃダメってことじゃないかしらね」
摘んでも枯れずに咲き続けているくらいなのだから、ここは普通の花と考えてはいけないだろう。
それこそ、球根を植えたら1週間もしないうちに、季節すら考えずに咲き始めるのではとすら考えている。神風だけではない、特異点である深雪も同じように思っている。
「穢れを吸って成長するって言ってるくらいだもの。この島の穢れがどれくらいかで話が変わってきたりするんじゃないかしらね」
「長年溜め込まれた穢れだものね。一筋縄ではいかないでしょうけど、この彼岸花が一気に咲くくらいに濃厚な可能性も無くはないわ」
「やってみなくちゃわからないってわけ。だから、うん、都合の良さそうな場所で少し試してみたらどうかしら」
都合のいい場所と聞いてすぐには出てこないが、慰霊碑広場はまだ工事中。慰霊碑を建てる前から花を咲かせるのはまた話が違う。花が工事の邪魔になるというのは流石に避けたい。そのため、ある程度終わったところで栽培も始めたいところ。
となれば、植えるなら港付近とかになるか。それか、穢れが特に多そうな山頂。もしくは、畑を作るために土壌改善をいち早くしたい畑の近く。
「穢れを取りたい場所から攻めたいわね。なら、やっぱり畑の近くにしたいわ。そこで試してみましょう」
伊豆提督からの提案で、今後の島が自給自足出来るように、畑を1つでも使えるようにするため、そちらの穢れを吸い出すこととなった。
土壌にどのような影響を与えるか、どれだけの速さでそれを達成出来るか、それはうみどりが島を離れる前にある程度は知っておきたい。
神風は遠征の報告のためにうみどりに残ることとなり、三隈は工廠で特大発動艇の荷物を降ろしたりを手伝うということで一旦離脱。深雪達いつもの4人が球根をいくつか持って、集落の畑の方へと向かうこととなった。
遠征が終わったばかりなので休んでもらいたいところではあるが、深雪達が特異点としてこの彼岸花を責任もって使いたいと話すため、伊豆提督も良しとしている。実際疲れてはいるが、休憩を挟みながら戻ってきているため、それこそ後始末が延々と続いていた時よりは疲れていないとまで感じている。
2つの集落は、今やどちらも後始末が殆ど終わっており、水も電気も復旧しているおかげで、普通の生活が可能になっている。昼間はまだ片付いていないところを片付けながら、今後のための準備をし始めている程だ。
その準備というのが、畑。学校のグラウンドを全面的に畑にするという計画も進んでいるが、集落には元々畑があるところも見つかっている。深海棲艦が住まうようになる集落と、第二世代の純粋な艦娘達が住まうようになる集落、どちらにもだ。
だが、阿手が支配を始めてから、畑作は殆どされていないため、土の管理はそれはそれは酷いことになっていた。その上で穢れまみれ。食べ物どころか、花を植えることすら難しそうな場所である。
「お、深雪の姐さん達、帰ってきてたんスね」
その畑を耕していたのは春星。戦艦棲姫ではあるが、畑仕事ということで、おそらくイリスが提供したであろうジャージ姿である。あの姿で掃除だけでなく土いじりは流石に危険と判断したようである。また、長い髪もしっかり結んで邪魔にならないようにはしていた。
春星だけでなく、この集落に住むことになるカテゴリーYの面々はなんだかんだで畑の近くで作業していた。そしてその周辺にはしっかりと待機している艤装達。
戦艦棲姫の艤装を使って耕すことは少々向いていないと考えられたようで、こればかりはパワーアシスト無しの人力で再開発が進められている。というか、艤装に鍬を持たせて振らせても、まず鍬が保たない。
「よう、この畑で試したいことがあるんだけどいいか?」
「試したいこと? まだ作物とか無理っすよ。穢れがヤバいみたいで。今は雨の後だから掘り返せるうちに掘り返して畑の準備をしてるんスけど」
「その穢れを取るためのモノ、遠征の先で貰ってきたんだよ。だからさ、まずここでやってみないか?」
球根を見せたところ、春星を筆頭にした畑仕事をしていたカテゴリーY達がこぞってそれを見にやってくる。
「野菜……いや、花っスか?」
「ああ、彼岸花が咲く。先に言っとくけど、これ食い物じゃないからな」
「ンなことはわかってますって」
「言っておかないとこれ調理しようとする奴いるから」
伊豆提督と神風がセレスやラ級姉妹に念を押したのはまた別の話。
「流石に畑のど真ん中に植えるわけにはいかないけど、畑の隅に植えられそうなところがあったら植えてみてくれよ。とりあえず5つ持ってきたから」
「穢れを取る花……ってことっスよね。そりゃあ試してみてぇ。みんな、この畑からでいいか?」
春星の言葉に、仲間達はすぐにOKを出した。ここいらの作業者のリーダー、もしくは人柱的な立ち位置になっているようだ。
「これ1つでどれくらい穢れを取ってくれるかわからないのです。でも、畑の端っことかに植えておけば、ある程度は良くなると思うのです」
「1つでここいら一帯全部吸い取ってくれたらいいのにねぇ」
「それは欲深すぎるというもの。丹精に育てて、その範囲を拡げていけば良いでしょう」
この彼岸花の効果は未知数。どれくらいの規模を綺麗にしてくれるのかは全くわからない。だからこそ、どんどんやってみなければならない。
そもそも、彼岸花が大量に生えたとしても、島の奥底にまで浸透してしまっている穢れが全て吸い出せるかもわからないのだ。
「それじゃあ、この畑の畦んところに植えさせてもらいますね。5つ……とりあえず4つは、固めて植えるんじゃなくて、四方に植えた方がいいっすかね」
「どうなんだろうな……今後畑を管理しやすいように植えておいた方がいいとは思うけどな。この彼岸花、下手したら一度咲いたら咲きっぱなしだぜ」
「それ花っすか!?」
特異点の彼岸花、としか表現は出来ない。それ以上でもそれ以下でもない。春星達は、それで納得するしかなかった。
「じゃあ、2箇所に分けて植えてみます。こっちの方が距離があるから、3つと2つに分けて……あー、どんな感じで植えりゃいいんだ?」
「ある程度は離して植えなよー」
「そこそこ深めに入れた方がいいんじゃないかな」
春星だけでなく、他のカテゴリーY達も口を出すようになってくる。花を植える、という簡単な作業ですら、こうしてみんなで楽しくやっていく1つのイベントとなっていた。
ただそれだけのことでも、みんなが楽しそうにしている。やったことがないことをやるというだけで、これまでの悲惨な洗脳教育からの脱却となり、何をするにも前向きに進めることが出来た。
「花のことなんてわかんないから、いろいろ試してみようよ」
「水遣りとかどうなんだろ。ちゃんと育てないと」
「畑の作業ん時にしっかりやりゃあいいんじゃねぇか?」
「穢れを取って咲くって話だし、実は放置でも結構なんとかなったり」
「だとしても、畑側に入り込まないようにしないといけないよな。手入れとかちゃんとしないと」
彼岸花1つでこれだけ盛り上がっているのだ。深雪達はそれを、満足げに眺めていた。楽しそうなら何も問題はない。むしろこれでさらにこの島が活性化するなら、それだけでも充分すぎる成果と言えるだろう。
島の土壌改善の始まり。その一歩目は、島の民の行動から。
慰霊碑広場は現在工事中なので、そこにやってきて花植えさせては流石に迷惑になりかねませんからね。