山頂の空間に咲き乱れる彼岸花のうち1輪を摘んで研究に回すこととし、一行はもう一つの目的である、ラ級姉妹が生まれた洞穴にやってきていた。
ここにも1株植えて、まるで日の当たらない場所であっても育って穢れを吸い取ってくれるかを試すためである。
「植えられそうな場所はあるな。じゃあ、頼むぜ」
洞穴にも土で出来ている場所はあるため、そこに1株を植えた深雪。これまでと違い、いくつかを纏めてではなく、たった1つをここに使うということで、深雪はひとりぼっちになってすまないという気持ちと同時に、頼りにしてるという期待感を持って、球根に願いを込めた。
こういう奥まったところほど、穢れは溜まりやすそうに見える。今でこそ、深海棲艦発生抑制装置が効いているが、眼鏡をかけてそこを見てみると一目瞭然。どれだけ後始末をしてもそこには穢れが発生しているのがわかる。
後始末をしているおかげで見て顔を顰める程ではなくても、地中から溢れてくる穢れがどうしてもそこに沈殿しているのだ。目に見える場所は片付いても、目に見えない場所の穢れはどうにも出来ない。
「また見に来る。というか、みんなに毎日見てもらえるように言っておく」
外からも見えにくい場所で咲いてもらうのだ。誰かの目に入らないところで仕事をさせるというのは気が引けるというもの。
「任セヨ。少ナクトモ、余ハ頻繁ニ確認スル。ソノ者ノ努力ノ結果ハ、余ガシカト見届ケヨウ」
「ああ、頼んだ。この洞穴と、穢れとは無縁になってくれるだろうからさ」
頼んだぞとみんなで声をかけて洞穴から去っていく時には、既に芽を出そうとしていたことに誰も気付いていなかった。
また来た時には、この洞穴も彼岸花が咲き誇っているだろう。
そして、深雪達はうみどりへと帰投。テミスとクロトは自分のやらねばならないことをやるとして別行動となっている。
「すっげぇ咲いてた。ちょっと離れたらその間にてっぺんの空間埋め尽くしてたくらいだぜ」
「すごい繁殖力なのね。畑の段階でわかっていたことだけれど。それだけこの島に穢れが多いってことなのよね……それだけやってもらえて、本当に穢れが無くなるのはいつになることやら」
彼岸花がその空間を埋め尽くしたとしても、地中の穢れは簡単には失われない。どうにもならないレベルが、どうにか出来そうなレベルにまで引き上げられたくらいである。
ここからはひたすらに時間をかけるのみ。彼岸花の世話をしながら、その力に頼る。出来ないことがやれるのならば、頼るほかない。
「で、これ、ちょっと調べてほしいんだよ」
「これは、そこで育った彼岸花かしら」
「ああ、グレカーレがさ、もしかしたらこの彼岸花を使ったら、深海棲艦にされた奴の身体を治せる薬が作れるんじゃないかって言い出してさ」
ドヤ顔のグレカーレ。そのひらめきは、共に行動していた者達が妙に納得出来そうなモノだったため、彼岸花に摘んでもいいかを尋ね、妖精さんにその意思を聞き取ってもらって、初めてここに持ってくることが出来ている。
「地面から茎を使って穢れを吸い取ってら花弁で無害化していくシステム……確かに、これを使えば治療に繋がる可能性はあるかもしれないわね。なら、明石ちゃん達に調べてもらうよう頼んでみましょうか」
「頼むよ。必要ならもう何本か見繕ってくるから。まぁ、アイツらが良いって言えばだけど」
「彼岸花の意思次第、なのね。わかったわ。まずはこの提供された1輪で考えてみましょう」
この彼岸花の特性の解析。島の復興と発展に必要かと言われれば少々違うところになるのだが、必要不可欠であるカテゴリーYの治療には必須のこと。調べない理由はなかった。
ダウナー飛行場姫は島のことに従事するようになっており、民間企業妖精さんの指揮があるため、基本は島で活動している。そのため、うみどりの工廠は現在、明石が主任と共に行動する場となっていた。
インフラ整備も終わったようなモノなので、島のことは全てをダウナー飛行場姫に任せても問題なく、むしろこの不思議な彼岸花の調査を任せたいと言われたことで、これまでとは違う研究内容が来たと少し目を輝かせた。
「見た目はただの彼岸花なんですよね。蒼い花というのは自然界では見られないモノではありますが」
摘まれた1輪を机の上に置いて、まずは目で確認。あらゆる方向から見ても、それが普通の花にしか見えない。色合いはさておき。
「毒性はどうなんですか? やっぱり、彼岸花は彼岸花なんですかね?」
明石だけが調査するわけではなく、補佐というわけではないが監督役みたいなイメージで丹陽も同席している。また、うみどりの工廠なのだから、主任も机の上で彼岸花を眺めている。
「調べてみましょうか。少しだけ失礼して……」
茎の先端を数ミリ切ってシャーレに載せる。うみどりに毒性を調査するような専門的な機械があるわけではないか、妖精さんの類稀なる不思議な力によって何かしらの解析が出来ないかと、主任に任せた。
主任はその切られた彼岸花の一部を眺めつつ、それに少し触れてみた。万が一のために水洗い出来るように水と消毒液は用意してある。
主任が触れた感覚で首を傾げる。やはり、普通ではないとわかったのだろう。ホワイトボードに伝えたい意思を書いていく。
『しょくぶつじゃない』
これには流石に驚かない。これまでの流れからして、成長の仕方などは植物を凌駕し、意思まで持っている花というのだから、植物と安易に称することは出来ないだろう。
「でも、それが何かと言っても表現は出来ませんよね」
明石の言葉に、主任は頷く。完全に未知の物質。植物のような性質を持っているだけの、何か別モノ。『特異点的物質』とでも言おうかと、明石はこの不思議な性質を持つ物質の名称を仮に定めておいた。
『どくせいもあまりかんじられない』
「彼岸花に似ているようで、全く違うモノ、なのでしょうか。毒も無いなら……いえ、主任は
死に至る程の毒性は無いにしても、人体にあまりよろしくない成分は持っていそうなので、やはりそこは慎重に行きたいところだろう。
「島の穢れを取りたいという願いが込められた、植物に似たモノ、ということですよね。それがどういう形状になっても、願いを叶えるという点で特異点と同じなら、地面に生えていても、摘まれてここに置かれていても、それこそ
丹陽が言う通り、彼岸花そのものが、簡易的な特異点。この世界で現状最も強い力を持つ特異点である吹雪が託したそれは、穢れを無くすという一点のみを叶えるために存在していると考えられる。
まずはそれを証明するために、この1輪を徹底的に調べ上げる。穢れを取るか否かを調べる方法はいくらでもあり、ここからはほんの少しのフィールドワーク。汚染された土を持ってきて、それを浄化出来るかで確認になる。
「残念なことに、この島、そこら中に穢れが採取出来る場所がありますからね……ボス、眼鏡で見てみてください」
「ん、そうですね、掘ってきた土ですら、ぱっと見で穢れがあることがわかります。後始末をしてもどうにもならないのは困ったモノですね」
港から少し離れ、慰霊碑広場を造ろうとしている際に出てきた土。整地をするにしても、汚染されたこの土をどうしようかと考えていたところなので、ここで別の使い道が出来たのは非常にありがたい。
まだ実験の域であるため、シャーレに敷き詰められた汚染土に、先程刻んだ茎の一部を載せてみる。しかし、何も起きない。
「ふむ……では次、花弁はどうでしょうか」
彼岸花から花弁を1枚取り、同じように土の上に載せる。しかし、これもまた何も起きなかった。
「なるほど……では、両方を載せた場合は……!」
茎の上に花弁を載せるように置いた時、それが起きた。小さいながらも茎が汚染土の穢れを吸い上げ花弁に供給。そして、花弁が穢れを無害化して霧散させた。
その量は彼岸花の状態と比べれば非常に少なく、シャーレの土を浄化するにも満たない。しかし、置いているだけでゆっくりとだが穢れを吸い上げていることは間違いがなかった。時間をかければ、この土の中の穢れを全て無害化しそうである。
「どちらもなければならない、ということですね」
「だったら、この摘んできたそのままを土に挿してみたらどうなります?」
「やってみましょう。茎と花弁が直結状態ですしね」
丹陽の提案を実行してみると、その効果は如実だった。根すら張っていないのに、茎から穢れを吸い上げ、花弁が無害化する。この彼岸花そのものが、穢れを取る物質と言ってもよくなった。
「なら例えば、茎と花弁を加工して、一緒くたにした場合はどうでしょう」
「カタチが残っている必要があるかですよね。あとは、地中に埋めた場合も気になります」
「乾燥させて粉末状にした場合は」
「漢方ですね。薬剤としてしまえば、誰でも飲んで治せるかもです」
やりようはいくらでもある。この彼岸花を使うことが、穢れを取るための力となることは確実だった。
人体への影響だけは絶対に調べなくてはならないが、穢れを取るという点から、身体に刻みつけられた深海棲艦の要素を失わせることには一役買ってくれそうである。
ここに来てついに、カテゴリーYの治療法が編み出されそうだった。ここからが時間がかかると言われたらそうかもしれないが、光明が見えたのは良いことである。
ついに深海棲艦化の治療薬が出来る可能性が見えました。一番喜ぶのは有栖提督。