1株を残して、彼岸花の球根は全て島の各所に植え終わった。そしてそれらはもう穢れを吸い出すために成長を続けている。目を離しているうちに、むしろ目を離す必要すらなく、それは島のためにぐんぐんと育ち、その数を増やしていく。
陸と海、そのどちらの穢れも、ここからは心配が無くなったようなモノ。復興もほとんど終わったようなモノであり、慰霊碑広場が完成してしまえば、後始末屋の介入は不要とすら感じるようなところまで来ていた。
「後始末も21日……ぴったり3週間で、どうにかここまで漕ぎ着けたわね」
「ええ、前代未聞の長期作業よ。どの後始末屋もこんなに長い時間同じ現場に留まったことないでしょ」
「それどころか、他の後始末屋の現場に援軍に来るなんてこともないわ」
伊豆提督とイリスは、しみじみとこの現場を思い返す。最初は本当に酷い状態で、捕えられたカテゴリーY達も反発し、贖罪のために動かしてはいたものの、実際の作業員はうみどりとこだかのみ。海から綺麗にするとしていたものの、それにも時間がかかっていた。
そして島だ。後始末屋の仕事として陸を片付けるということは、全く無いわけではないが、それは陸上施設型深海棲艦が居座っていた無人島などが相手なだけで、島全体が穢れまみれなんてことはない。
さらには、そこに大規模な地下施設が造られており、そこに水爆まで仕掛けられているだなんて、誰が考えるだろうか。大事という言葉では言い尽くすことが出来ないことばかりである。
それも、途中から誕生した穏やかな深海棲艦達と、援軍というカタチで来てくれたみずなぎとうみねこのおかげで、作業効率が一気に上昇。今ならば、深海棲艦であるという事実さえ目を瞑れば、どんな立場の者がやってきても、安全に島で過ごせるくらいには片付いていた。
「あと……そうね、3日もあれば、ここでの後始末は終わりになるかしら」
「それくらいかしらね。明石と主任の研究は、ここでなくても出来るものね」
この島に滞在するのも残り数日であろうと予測する。慰霊碑広場も、おそらくそれくらいで完成するだろう。
民間企業妖精さんと深海棲艦の力がかけ合わされば、広場も道も、ガンガン造り出されていくのだから。
慰霊碑広場に植える彼岸花は、山頂で増えたモノを植え替えることで満たすことになる。既に成長したモノの植え替えの方が規模がわかりやすく、また、意思を持って増殖の傾向を決めてくれる彼岸花ならば、足の踏み場なく咲き散らかすということもない。
既にその計画も進行しており、明日くらいからは本格的に大規模な工事が始まるだろう。妖精さん技術が加われば、1日と少しあれば慰霊碑広場も完成する。普通の技術では考えられないことだ。
「……となると、そろそろ最後の戦いに目を向けなくちゃいけないわね」
「ええ」
正確な日程を決めてから、出洲に対して宣戦布告を仕掛ける。この島からならば簡単に通信が出来るのだから、ここからあちらに覚悟しろよと通達することになるのだ。
だが、その前にやらねばならないことは当然ある。襟帆提督とのことである。
場所は変わって、軍港。島から一足早く離れたおおわしが到着したことで、市民達から賑やかに出迎えられていた。
「うす、トシパイセン、一度来ましたぜ」
「ご苦労さん。ここからもっとヤバい任務なんだろ。少し休んでけ」
「助かります。あと、
「……ああ、うちのイカれコンビが楽しみにしていたよ。深海棲艦化の治療の研究が出来るってだけでもな」
入港手続きのため、保前提督が直々に来ているのだが、今回はそれ以上に必要なことがある。それが、阿手の側近の引き渡しだ。
おおわしから運び出された大きなコンテナの中に入っているようで、市民の目には入らないように、コンテナが見られたところで中身が悟られないように、ささっと運ばれていく。
「お、ありゃあ……艤装人間達ですかい。もうこの街に馴染んでんじゃないですか」
昼目提督がそれに気付いた。コンテナを運ぶための重機を操縦しているのは、トーチカでの戦いの際に現れた艤装人間。その中でも、朝霜と満潮の顔をした艤装人間が、まるで本人のような表情を見せながら力仕事を買って出ている。
見た目は人間であっても、中身がまるで違うため、艤装を装備した艦娘と同等かそれ以上の膂力で港の仕事を手伝っているようだ。
そんな姿を、軍港都市の住民は受け入れており、言葉を交わすことは出来ずとも、ジェスチャーなどで意思表示が出来るおかげで老若男女問わず人気が高い。
「捕らえた全員分の処置は終わってる。綾波達が抜けている分も、見回りをしっかりやってくれているんだ」
「はー、すげぇっすねぇ。民間人に受け入れられてるってのもすげぇや」
今頃は、いち早く実験をされて自分を手に入れた3人の艤装人間が街の見回りや鎮守府の雑用をしているだろう。榛名型のルナ、ヘイウッド型のエド、蒼龍型のアズールは、その筆頭となっている。
「で、ここで休んだらすぐに向かうのか?」
「そりゃあ、行かないといけませんからね。調査隊として、これまでの中でも特にデカい仕事です。なんてったって、虎の子を出さにゃいけねぇ」
「その分危険でもあるってことだ。悔いのないように楽しんでいきな」
「また来てやりますよ。そん時は、祝杯あげてくだせぇ」
不敵な笑み。しかし、自信があるとはいえ、今度の仕事はこれまでで最も慎重に、しかし迅速に行わねばならないことだ。
おおわしが補給などを受けている間に、軍港鎮守府の工廠には、阿手の側近が運び込まれていた。艤装は当然奪われ、絶対に逃げられないように拘束もされ、コンテナから引き摺り出された後は、艤装人間の中でも特に力が強いアズールがこの鎮守府の工作艦の元へと連れて行った。
「お、ついに来たか……!」
「来ましたね、お冬さん」
「ああ、待っていたぞ、モルモ……客人!」
重巡新棲姫も飛行場棲姫も、目の前の防空駆逐艦、冬月と涼月を見て、なんだコイツらはという目を向ける。定係工作艦という存在を知っているのかはさておき、駆逐艦2人が自分達をどうにかしようとしているというのが、気に入らないように見ている。
だが、一瞬モルモットと言いかけたところで、2人は余計に眉を顰めた。自分達をそういうモノとしてしか見ていないということが、言動から見てとれた。
「今、島の方では深海棲艦に変えられた者達を元に戻す研究をされているわけだが、我々でもその研究はせねばならん。しかし、どうしても足りないモノがある。それが何か、わかるかな?」
冬月の質問は無視。しかし、そうされることを予測していた冬月は、ニヤリと笑って言葉を紡ぐ。
「実験台だよ。それも、弄くり回しても良心が痛まないような、モルモットだ。真に治さねばならない者のために、人柱となってくれる善なる者。くくく、貴様達はそれになるようだからな。その献身、感謝しているぞ。流石は平和を目指す者だ」
明らかな嫌味である。神経を逆撫でするような言葉をわざと選択している節もある。
「特異点の力を借りることなく、人間の力でそこに辿り着くためには、必要不可欠なのでね。聞いたよ、特異点に頼ることは堕落らしいな。ならば、我々のこの研究は、貴様達にとっては褒められてもいいやり方になるかな。私達もこのような実験をしなければならないことはとても残念だが、仕方あるまい。貴様達もやってきたことだ。因果応報というヤツだ」
「何が因果応報だ。悪の特異点に与する愚か者共。高尚な思想を理解出来ないだけだ」
「はっはは、面白いことを言ってくれる。まぁ、我々は貴様達ほどデキたヤツではない。だからこそ、使えるモノを全て使って辿り着く。それを否定される謂れはないな」
冬月がそう話している間に、涼月がニコニコしながら奥から何かを持ってくる。そこそこ大きめなケースであり、今は何が入っているかはわからない。
「お冬さん、持ってきましたよ。これを見せたら態度が変わるという話でしたから」
「ああ、ありがとう、涼。いいタイミングだ。貴様達には、もう少しいい情報を寄越してももらいたいからな。コレみたいにはならないでくれよ?」
ケースから取り出されたのは──
「……!?」
「お、お前ら、それは……」
重巡新棲姫と飛行場棲姫は、ここで初めて驚愕の表情を浮かべた。深雪達や、テミス王に詰められても、自分のことを正しいとしか考えずに、不遜な態度を取り続けてきたのだが、これには嫌でも表情が歪んだ。
それは勿論、ここで実験の数々を受けて、完全に壊れてしまった原元元帥の生首である。
頭には電極が何本も刺されており、時折痙攣するように震えているところから、こうなっていてもまだ死んではいない。元々持っている最強クラスの『修繕』の曲解を最大限に活かして、生かさず殺さずを維持しながら、細胞などを調べ上げているところのようだ。
その表情は見るに堪えないモノ。人とは思えないようなモノであり、もうまともな感性を持っているかもわからない。
「おや、何か言いたげだな。もしや、我々の実験を非人道的とでも言いたそうじゃあないか」
「っ……極悪人め……そんなことをして、タダで済むと」
「そもそもコレは人ではない。ちなみに、貴様達も同じだ。人と名乗るなよ深海棲艦」
ケースに手を置きながら、睨みつけるように側近達を見つめる。
「貴様達は無辜の民の命を使い捨ててきたようだが、私達はこんなモノの命も尊重する。見てみろ、まだ生きてるぞ、ほら」
電極を弄ると、生首は声にならない声をあげた。もう何を言っているのかもわからない。聞いている者も、言っている者も。
「これからは、深海棲艦化を元に戻す方法か見つけられなかったからな。勝手に修復されてしまって、細胞の研究が上手く進まん。だが、貴様達ならばまだマシだろう。とりあえず、指を一本ずつ貰うとしようか」
「大丈夫です。お冬さんのやり方なら、死にはしませんから。ただ、少ーし痛いかもしれません」
「コイツらなら大丈夫だろう。何せ、人間を超えた存在らしいからな。それじゃあ、早速行こうか」
ここで初めて、側近達は自分が置かれている立場を理解した。島で屈しておけば、こんなことにはならなかっただろう。死ぬことすら許されない、研究のための生き地獄が、これから始まるのだから。
「あ、そうそう、島の方でやっているらしい深海棲艦化の治療が先に完成したとしても、我々は貴様達の身体をとことん研究するつもりだ。人間の力で治療出来る手段が見つけられるとありがたいからな。今後何があるかわからん」
終わらない、ひたすら続く無限地獄が確定した。否定の言葉を出そうとしても、その前に口を押さえられ、叫ぶことすら出来なくなった。
奥に連れて行かれる側近達が、陽の光を浴びることは、もう無いだろう。
ここからは少しだけ調査隊のターン。