遂に襟帆鎮守府へ潜入を成功させた諜報妖精さん。ここからの超重要任務は、倉庫から始まる。
まずは倉庫からの脱出。真正面の扉は施錠されているため、簡単には出られなそうである。内側からアンロック出来るにしても、そのような扉が開いていたら、近くを通った者から間違いなく不審に思われるだろう。
となると、使うことになるルートはダクト。幸いにも、今は換気扇のようか設備は使われていないため、行こうと思えばいくらでも進めるだろう。
善は急げと、彼は棚を伝って天井へと向かう。これでせめて隣の部屋か外にでも行ければ良しと考え、出られそうな場所を探す。
すると、やはり換気のためのダクトは備え付けられていた。今はまだしも、雨が多く降る頃になれは、換気をしなければ荷物が傷んでしまう。雑貨であっても劣化は免れない。それを防ぐためにも、万全な設備が構えられてるようだ。
妖精さんならば普通に通れそうな空間であることから、妖精さんがこのダクト内の清掃をやっているのではないかとも考えれる。
おおわしでも妖精さんの運用は常であり、人間の手では出来ない細かいところなどは、妖精さんにお願いしていることが多い。このような狭いところの掃除などは特にである。そういう点から、妖精さんの体躯というのは潜入に便利。
さぁ行こうかと、そのダクトの中に身を滑らせた。掃除が行き届いていなければ、この時点で身体が汚れてしまうものだが、幸いにもつい最近掃除されたようで、そこは綺麗なモノであった。彼は少し安心しつつ、一気に進む。
ダクトから抜け出た先は、鎮守府の外。地面ではなく、屋根側。屋上に到着したようである。上から攻めることになりそうだった。
だが、見通しが良すぎるため、あまり長居はしていられない。今だって、誰かに監視されている可能性があるのだ。
彼はすっと上を見て、目を凝らす。高高度から常に見られているなんてことも考えられるため、この行動自体が既にバレている可能性も配慮して、よりコソコソと動く。
今ならば、うっかり倉庫の中に閉じ込められたと言い訳することは可能だろう。そのために、作業員の姿に変装しているのだから。
妖精さんが動けるような移動経路は、鎮守府というものには幾重にも張り巡らされている。人間とサイズが違うのだから、そのための出入り口は当然必要だ。
この屋上も、そのための出入り口が発見出来た。それは鎮守府内部に降りるための扉。ここからなら改めて内部に入り込めると、彼は手早く移動。すぐにその出入り口の前に立つ。
妖精さんの出入り口に、電子制御はあまり使われていない。非常に簡易的な、アナログ施錠。そして、屋上ならば、そちら側から鍵が無くても開けられる。
周囲の気配を探りながら、音を立てないように扉を開けると、そこには誰もいない。よしと息を吐いて、すぐさま扉を閉める。脱出のためには施錠しない方がいいだろうが、鍵が開いているという不審感の方が今はまずいと考え、そこをピッキングの応用でロックした。
ピッキングを彼に教えたのは当然、調査隊のアナログ担当、響である。開けることが出来るなら、閉めることも出来る。潜入にはどちらの腕も必要だろうと。彼女の場合は、半分くらいは面白さでやってそうだが。
無事ロックすることに成功したならば、ここからは鎮守府の中を散策することになる。堂々とは歩けない。なるべくコソコソと。
むしろ、妖精さんが鎮守府内の其処彼処にいるというのなら堂々と歩くのだが、そうでもない。余程のことがない限り、艦娘の居住区などには妖精さんはいないのだ。
そのため、ここからは現在地から工廠に向かうまで、誰にも見つからないことが最重要となる。時には壁際に、時には天井に張り付く覚悟で、潜入を開始した。
鎮守府はそこまで大きくない。そして、所属する艦娘の人数は18人。その中で半数がカテゴリーKである。それだけの情報を持って行動しているのだが、今いる場所はあまり艦娘の姿を見なかった。
それもそのはず、大半の艦娘達が外にいるからだ。窓からチラリと眺めてみれば、艦娘達が近海を哨戒するために行動しているのが見えた。出洲に従ってはいるが、やっていることは鎮守府としての業務。そこを違えれば怪しまれるのだから、本来鎮守府としてやらねばならないことはキチンとやっているということだ。
哨戒に出ていなければ、演習や訓練などで己を鍛えているところ。カテゴリーKであっても、経験が無ければその本領を発揮することは出来ない。そもそも即座に力を得ようとすることの方が間違っている。
外を見るのはそれくらいにして、彼は工廠へと走る。途中チラチラと目に入る監視カメラも、死角を瞬時に判断して見つからないように駆け抜けた。諜報に長けているだけあり、そこの判断力は非常に高い。
普通の妖精さんよりも確実に素早く、足音すら立てずに、するすると廊下を進んでいく彼は、さながら蛇のようでもあった。
誰にも見つかることなく、ついに工廠の目の前にまで到着。とはいえ、正面から中に入るのは違うため、ここからは裏口的なモノがないかを探す。
先程の倉庫もそうなのだが、鎮守府の工廠ともなれば、至るところにダクトがあってもおかしくない。そして、それを使うことでより内側に潜り込めるだろう。
彼はそこから廊下を越えて外を見る。外に向けられた排気ダクトを発見。海側に向けているため、ここからなら行ける。と、思ったのだが、換気扇が動いているため、そこから入り込むことは不可能。止めたら気付かれるし、止めなかったら通過不可能。無理して突っ込めば、身体がズタズタにされることは予想に難しくない。
どうしたものかと考えていると、工廠の方が少し騒がしい。艤装の整備などを終えた艦娘達が、訓練のために外に出て行こうとしているところだったようだ。朝という時間でもあるため、1日の業務の始まりは、自己鍛錬からになっているのだろう。
その中に、黒深雪と雷の姿があることに気付く。艤装はどうしても歪だが、やろうとしていることは至って真面目。鎮守府の一員として、海の平和のために自らを鍛える。
しかし、彼女らにはそれ以上に、特異点に負けるわけにはいかないという少々昏い感情もあった。復興した島、そして特異点Wで、舌戦により完膚なきまでに敗北していることもあるため、どうしても悔しさが滲み出ている。
そんな2人を宥めるように肩を叩き、一緒に頑張ろうと笑顔で接している艦娘も気になった。彼はそれをジッと見つめる。
艤装が歪であることから、カテゴリーKであると判断出来る。見た目から艦娘以外の要素は見えないが、黒深雪と雷もそうなのだから、あらゆる要素を持っていても見た目には影響を与えないことは確定している。
すぐさまモールス信号でおおわしに通信を送る。特殊回線であり、この鎮守府のど真ん中で実行しても、周囲に悟られない優れ物。とはいえ、それをやっているところを直に見られてしまったら意味がないのだが。
『かてごりーけー、ひとり、かくてい』
『さざなみ』
黒深雪と雷を宥めるその艦娘──漣も、確実にカテゴリーKであることが読み取れた。
おそらく、この鎮守府の初期艦。最初に配属されたであろうカテゴリーK。仕組まれた配属により、この場所を盤石にしていこうとする基点。
それらが海に出ていくところを見届けてから、彼はコソコソと工廠の中へと入っていく。端から物の隙間を抜けて、行くべき場所、整備士達の作業場へ。
しかし、向かう途中にこの鎮守府の妖精さんと鉢合わせしてしまう。他の鎮守府と同様、ゆるりと相手に対して敬礼すると、あちらも敬礼を返してくれた。だが、見慣れない顔であるとわかると、少し首を傾げる。
そこで彼は、事前に考えていた言い訳で乗り切る。妖精さんならば、それで大概どうにかなるという魔法の言葉。
「最近近くで生まれた」
なるほどと納得され、あっちに整備士がいるから、話はそっちで聞けばいいよと優しく出迎えてくれた。内心、騙してすまないと思いつつ、軽く礼を言って、ささっとその場を離れた。
背に頑張れよと声をかけられたことで、より罪悪感を得そうになるが、だからと言って割り切れないようなことはない。その声に手を振って、そして教えてもらった場所へと急ぐ。
整備士は既に作業をしており、普通の艤装から歪な艤装まで、その全てを受け持ち、万全のモノへとメンテナンスを続けている。
人間の整備士は数人。その全てが男性。誰が話を聞くべき相手かは、パッと見ではわからなかった。
だが、その中でも特に若い整備士が、彼の存在に気付くと、一旦作業を止めてやってきてくれる。
「新人か? 珍しいね。最近生まれたのかな」
優しく語りかけてくれる整備士の胸、名札を確認すると、それがわかる。
『襟帆』
ここの鎮守府を纏め上げる提督の息子である。そして、その提督自身が、話を聞いてほしいとこっそり伝えてくれた存在。
「どうしたー?」
「なんか新人の妖精さんが出てきたみたいです。作業説明した方がいいですよね」
「おう、任せた。そっちの仕事は少し空けても大丈夫だよな」
「大丈夫ですよ。昨日のうちに殆ど終わらせてるので」
おそらく整備士の班長と話して、襟帆整備士は彼を持ち上げる。
「それじゃあ、ここでの作業説明をするから、こっちに来てね」
優しげに運んでくれる襟帆整備士に、試しにモールス信号を送る。
『おおわしからきた』
それがわかるかはわからない。だが、襟帆提督が既に手を回しているのならば、これだけで何か反応があるはずである。
「……ありがとう、ようやく母さんの悲願が叶いそうだね」
小声で、彼にしか聞こえない声で、そう呟いた。
妖精さんである強みを活かした結果、ついにここまで来ました。