彼が襟帆整備士に連れていかれたのは、工廠の奥。この鎮守府での作業を教えるため、新人教育のためにこの鎮守府での特殊な作業についてを教えるためだろう。
彼は襟帆整備士の手のひらの上で、新たな工廠妖精さんの体裁で構えている。違和感無く溶け込むため、あくまでも最近生まれたばかりの妖精ですよと周囲に見せる。
そして、奥の部屋に到着。襟帆整備士は椅子に座り、彼をテーブルの上に立たせる。
「ひとまずは作業だけは覚えておいてもらいたいんだ。新人が入ったという体裁のまま進めた方が、調査もしやすいんじゃないかな」
襟帆整備士の言葉に、彼は小さく頷く。脱出の難しさから、可能ならば安全に鎮守府に滞在して、
帰投しないということであるならば、今待機している神通には、その旨を連絡しておかねばならないだろう。まずは重要なことをモールス信号で送る。
『たいしょうとせっしょく』
『はなしをきく』
時間も時間だ、昼目提督達はすぐにでもそれに気付いてくれるだろう。
「まずは整備の方法だね。工廠妖精さん……の体裁でいるから、ある程度は出来ると思うんだけど、大丈夫?」
彼は頷く。変装し、潜入している時点で、そのようなこともやることになると考え、事前に大体の妖精さんの仕事がそれなりに出来るように訓練済み。とはいえ、艦載機の妖精さんの真似事は出来ない。あくまでも、鎮守府内で働く妖精さんの真似事である。
「見てもらった通り、ここの艤装は少し特殊なんだ。だから、整備の方法が少し変わってくる。そうだね、艦娘の力の引き出し方が違うという感じかな。だから、艦娘との接続部分が通常と違う。そこの整備の仕方を教えるよ」
ここからは情報の提供というよりは、カテゴリーKのメンテナンス方法を伝える時間となる。だが、それも非常に有用な情報ではあった。
工廠妖精さんの実務をある程度は知っている彼にとって、そのメンテナンス方法は画期的とも言えるモノである。ただ機械を弄るというよりは、生体パーツを治療するような方法。やってみて初めてわかる異様さ。
「……彼女達は一度死んで、蘇った存在だけれど……実際の身体は、
艤装の説明をしつつ、カテゴリーKの話もしてくれている。一度死んで蘇った、というのは、出洲然り、黒深雪然り、全員共通の事象の様子。
そしてそのほぼ全てが非業の死。死にたくて死んだわけでも無く、技術が届かずに命を失ったわけでもない。誰かの欲のために、巻き込まれるカタチで命を奪われた者達。
「そして、一度死んでいるという現状から、彼女達は制御のために頭の中を弄られているんだ。性格を変えるとか、そういうことじゃない。死を乗り越えるために、出洲が優しさで入れた機能さ」
優しさで入れる、というのが腑に落ちないところがあるものの、真に平和を望んでいるのならば、出洲もそういうことをするのかもとは思えた。
当時のことを思い出し、錯乱しないように、記憶をわざと封印するような処置。
「妖精さんにはあまり関係のないことかもしれないけれど、彼女達には『ブロックワード』……言っちゃいけない、聞かせちゃいけない、見せてもいけない言葉が存在する。それを覚えておいてほしい。最悪、暴走に巻き込まれて君の命が危ないから」
これが有益な情報。相手の正気を失わせる、簡単な手段。死の由来は暴走のスイッチになるということである。
しかし、そう聞くと、一つ疑問に思うところが出てくる。
『くろいみゆきは、じぶんのしをみずからかたった』
そう、黒深雪は深雪に自分の境遇を伝えるために、どのように死ぬことになったかを話している。雷も同じであり、それを聞いても暴走なんてしなかった上に、思い出したくもないそれを自分の口から語っている。ブロックワードを自ら踏みに行ったようなモノだ。
襟帆整備士は、それについては小さく頷く。
「彼女達は、深雪と雷は特別なんだ。黒の特異点、この鎮守府の中で一番
黒深雪は深雪であるという理由のみで深雪の左腕を移植され、その際に死の記憶を引き出された。雷も同様。その際に、激しい暴走を見せたそうだが、出洲自身がそれを止め、そして落ち着かせることによって、より強い恩を感じさせることに成功している。
それが矛盾していても、黒深雪が出洲に従っているのは、失われた命を取り戻したこと、そして更なる力を得るための苦行を乗り越えることに手を貸していることなど、多種多様な事象が組み合わさり、絶対的な恩義が根付いてしまっているのだ。
そういうところからも、黒深雪と雷を救うことが出来るかと言われたら、ほぼ無理と言える。何故なら、恩義という毒が、完全に回り切ってしまっているのだから。
「とはいえ、連鎖的に制御が外れる可能性はあるから、全員分知っておいて、ひょんなことからトリガーを引かないようにしておいてね」
彼は小さく頷いた。これは非常に有用な情報だと言える。かなり酷い手段ではあるが、戦闘中にブロックワードを使うことで、カテゴリーKを機能させなくすることも可能になるのだ。
その手段を使うかどうかはさておき、だが。
「それじゃあ、改めて整備の方法を教えるよ」
ここからはカテゴリーKの艤装についての話だ。普通とは違う部分を聞くことで、弱点が何処かなどを知ることになる。接続部の違いに関しては、そこを狙って攻撃するようなことはないだろうから無視してもいいが、出力がどれくらい違うか、どのような装備をしているか、そして、普通の艦娘とどれくらい違うか、などを教わる。
そこからわかることは、この戦いの初期の方に現れた、艦種詐欺の装備を持つ者達の技術が使われていること。魚雷を使う戦艦や、艦載機を使う軽巡洋艦など、本来あり得ないことをしてくる敵は、カテゴリーKの武装のための実験台だったことがよくわかる。
黒深雪と雷だけは特殊なのでその辺りから外れるモノの、他のカテゴリーKは意外性のある武器を使ってくることを示唆された。まるで、全員が電のようなモノだ。
「……彼女達も救えるモノなら救いたいよ。でも、それはとても難しい。心を縛られているからね」
襟帆整備士はボソリと呟いた。恩義に縛られ、出洲の配下となっているカテゴリーK達。それらを解放したいというのは本心だ。その解放の方法が何かは語ることはなかったが。
「さ、こんな感じかな。整備方法は今伝えた通り。最初は難しいかもしれないけれど、慣れれば簡単な方だから」
体裁もあり、整備士としての仕事を終わらせる。艤装の整備の仕方も完璧だ。わざと弱点を仕込むことも可能だろうが、それをバレないようにするのは難しいため、控えた方がいいと苦笑する。
整備は基本、完璧に。それでも討ち倒す方法を考えてもらいたい。そのために、流せそうな情報は全て流す。
「彼女達は、週に三度、訓練と称して自分にある深海の力を馴染ませてる。むしろ、それをしないと馴染むのが取れてしまうんだ。で、身体のメンテナンスは週に一度か二度。艤装の整備はほぼ毎日。相入れない要素を併せ持つと、使わなくても反発が起きる。だから、それを止めるためにも整備は常なんだ。逆に、反発が起きる場所というのも大体決まってる。境界線となるところだね。整備はそこを重点的に頼むよ」
これは重要なことを伝えつつも、
あくまでもそれは、襟帆鎮守府に所属している艦娘型のカテゴリーKに限られるのだが。出洲直属の配下である小柄と中柄は、その限りではない。
また、メンテナンス周期を伝えることで、どのタイミングが最も力が発揮出来ないかも暗に伝えてきていた。鎮守府を攻めるならそこだと。
その辺りを正しく把握しているのは、整備士ならではだ。提督も当然把握しているが、現場にいるわけではないのだから、より詳しいのはこちらである。
「……彼女達は、一部の矛盾には気付いているんだ。全員が、ね。でも、それ以上に……この世界の在り方に大きな疑問を持っている。自分達は被害者であるという点は、封じられていないから。だから、この世界を管理し、平和にするというやり方に、賛成するんだよ。出洲のやり方が正しいとかでなく、そうしないと今がダメだからってね。矛盾も呑み込んで、自分達のような被害者を増やしたくないと、漠然とした感情で」
黒深雪や雷と同じ。出洲のやっていることに矛盾があることは理解している。だとしても、出洲は命の恩人であり、今こうして生きるための全てを与えてくれた者。ならば恩に報いたいと考えてしまうモノ。
そして、それを阿手のように洗脳で再現しているわけではなく、純粋な善意で行なっているから、余計にタチが悪い。
「さ、あまり時間をかけていたら疑われるからね。次は、作業が終わってからにしよう。君の本当の居場所に全部伝え終わったかな」
彼は力強く頷いた。ここからは偽装しながらの潜入調査。実際にこの場所で作業をすることで、知れることは全て知り、そして調査隊へと全て流す。
一部弱点を知ることは出来た。それを活かすか否かは、戦いを仕掛ける者次第。
諜報妖精さんはここからじっくり潜入調査を続けます。帰投を待つ神通ですが、襲撃の際に回収というカタチになるでしょう。一度おおわしに戻ってから、態勢を整えて向かう感じになりますかね。