慰霊碑広場もほぼ完成し、あとは植え直した彼岸花が花壇を埋め尽くすのを待つのみ。それも少し待てば終わるだろうと予想されているため、今は少しだけ待機。
慰霊碑広場もそうだが、そこに続く道の整備も出来ているため、一旦うみどりに戻るのもかなり楽。集落の方も道路整備していっていいかと、ヌ級は道を任されたことで結構やる気があり、テミスもそれを良しとしている。
この島の隅から隅まで歩き回ったのは、おそらく王たるテミスとテイアを除けばヌ級くらいだ。その功績もあって、道路整備を一任されているため、ヌ級にもそこに誇りが芽生えているようである。
「歩ケソウナトコロハ、全部歩キヤスクシタイネー」
「ウム、任セタゾヌキューヨ。時間ヲカケテモイイ。皆ノタメニ、今後モ好キニ整備シテクレ」
「ハーイ」
ヌ級に任せるテミスも、楽しそうに頭をペチペチと叩いていた。今この島の民の中では、穏やかなマスコットキャラのような立ち位置を手に入れて、誰からも愛される存在となっていると言える。
他の深海棲艦やカテゴリーYからも信用されているということもあり、道整備はヌ級主体でも普通に回っていた。
「シャチョー、マタアスファルトオ願イシテモイイカナー」
「はいはい、またやっといたげるよ。集落の方もやんの?」
「ヤッタ方ガイイヨネー。ミンナ住ムンダシ、歩キニクイノハ嬉シクナイヨー」
ヌ級がそう言ってくれたことで、集落に住む者達は勿論手伝うぞと盛り上がる。
やはり、住みやすくなることは誰もがありがたがること。ヌ級の方針には余程のことがない限り従うし、そもそもその余程のことは起きない。
「畑ノ方モ本格的ニ始メテイコウデハナイカ。先日、作物ノ種子ヲ運ンデモラッタカラナ」
これについては、この数日のうちに再び訪れた有道鎮守府の輸送班、皐月と文月によって齎されたモノである。食材の減りは相変わらずであり、定期的な輸送がどうしても必要になっていたが、この島の復興と発展に必要なモノに、畑による作物の育成ということを聞いたことで、作れるかはわからないが多種多様な種子を送ってくれていた。
育てやすいところで芋の類から始まり、成長が早い麦や、調理せずとも美味しく食べられる胡瓜やトマトなどなど、本当に数多くの種類が用意されている。学校グラウンドに作ろうとしている大農園や、集落にあるいくつかの畑を使って、その全てを育てていこうと、テミスは考えている。
特に学校グラウンドの大農園は、王であっても自ら手を加えるとやる気満々。ダウナー飛行場姫に鍬を作らせ、手ずから耕すことすらした程である。
「我々ハ、ココカラ我々ノ力ダケデモ生キテイケルヨウニ発展シテイク。無論、手助ケモマダマダ必要ダガ、ソノ分ヲ返スコトガ出来ルヨウニ、皆頑張ッテイコウ!」
王の鬨の声は、島民の心を震わせた。この島はここから、誰もが率先して作業を進めるような、非常に前向きな発展をしていくことだろう。
そのような安心感ある島だが、そこに停泊しているうみどりでは、後始末が終了に向かっていることで、一つやらなくてはならないことが出てきていた。
かつて、この島で妖精さんの要素を取り入れられたことにより、暗示をかけられていた状態にされていたカテゴリーY達。その者達は、配置転換という妖精さん特有の処置を人間相手に使うことで、その暗示を振り払い、この島での作業を難なくこなしていたのだが、その配置転換をもう一度する必要が出てきたのだ。
妖精さんを食べさせられるという残酷な行為によってその身についてしまった妖精さんの性質。それを配置転換により、『うみどりの職員』というモノにしたことによって、現在は問題なく生活出来ている。しかし、この島に残る選択をした者は、うみどりから切り離さなくてはならない。
そうしない場合、うみどりがこの島から離れた時に、どのような影響が起きるかわからないからだ。ただ調子が悪くなる程度でも厳しいのに、それ以上の害が起きる可能性も否定が出来ない。
「というわけで、また配置転換をしてもらうわ。その役割は、この島の民間企業妖精さんと同じになってもらうことよ」
発生してから数日経つ民間企業妖精さんも、うみどりで少しは解析されている。工廠妖精さんの突然変異のような扱いとされ、島に紐付けされている妖精さんであるというところまでは判明している。
これを早々に調べた理由は他でもない、現在うみどりに紐付けされてしまっているカテゴリーYの配置転換のためだ。
ここからうみどりは更に危険な戦いに赴くことになるのだから、なるべくならその危険から離れてもらいたい。そもそも、この島の者だっている。そのために、出来ることは全てやっている。
「うす、オレは最初からここに残るつもりだったんで問題ないっす」
「私もだね。社長とか言われてるわけだし」
春星やダウナー飛行場姫は、元よりうみどりについていくつもりはなかった。この島での復興と発展に重きを置いており、決戦にまで首を突っ込むことはしない。危険だから行かないというわけではなく、島の方が大事だから。
むしろ、新人でそのままついていこうと言う者は殆どいない。この平和な島で、今使える力を使いつつ、真に治療が完了する時を待つ。まずは身体、そして妖精さんの力を抜く方法。それも当然ながら現在調査中だ。
「子供達は全員、島にいてもらうのかい?」
「ええ、特にここで待っていてほしいというのがあるわ。ここからは本当に危険だもの。勿論、そうならないようにするけども」
黒井母が言うように、身体を変えられ、心も壊されている小さな子供達は、本人の希望はどうであれ、この島でその時まで暮らしてほしいと伊豆提督は語る。
うみどりは子供達には狭すぎるし、新たなこの場所でならば、より楽しいことで毎日を過ごすことが出来るだろう。実際、子供達はテミス王にも懐いていたりする。
「あ、あのー……うみどりについていくっていう選択肢は、あるんですか?」
ここで杏が一応というカタチで質問を口に出す。危ないのは百も承知だが、この島にそこまで思い入れがないというのも事実。むしろ、嫌な思い出の方が多いというのもある。
当然、
それに、杏の場合は別件も。ここに残るということは、うみどり所属の者と短くはない別れの時となるからだ。
出来れば、もう少しだけ、深雪と共にいたい。ただでさえ、後始末の間は深雪がそこら中を駆け回るため、まともに話をすることも出来なかったのだ。休日の時も、休息のために控えていたりもした。
後始末が終われば、大忙しの毎日も終わる。一時的にでも余裕が出来る。だから、また普通に話が出来る時間も来る。
「無くはないけれど、多分ここにいるよりハードなことになると思うわ。それに、間違いなく死と隣り合わせになるもの。アタシとしては、なるべくこの島でその時を待っていてほしいわね」
伊豆提督としても、なるべくなら島で待っていてほしい。持っている思いなどは一旦見ないことにして、安全性だけを考えて発言している。
「オレ達の配置転換に時間がかかるし、その間に考えておきゃいいんじゃねぇかな。そりゃあ、うみどりに愛着出るのもわかるぜ。お前、本来島の奴でもないしな」
春星の助け船を内心感謝しながら小さく頷く。深雪と一緒にいたいというところを見なくても、杏は本来島民ではないのだ。思い入れの度数が、他の者達とは大きく違うことくらい理解出来る。
「そうね、まだ考える時間はあるから、その間に決めてくれるとありがたいわ。杏ちゃんはお母様も一緒だもの。相談相手には困らないと思うし、うん、よく考えてちょうだい」
「は、はい……ごめんなさい、我儘言っちゃって」
「ううん、大丈夫。アナタは救われた中で唯一、何も改造を受けることがなかった人間なんだもの。条件が緩い分、比較的自由に振る舞えるわ。ただ、本当に危険であることだけは念頭に置いておいてちょうだいね」
伊豆提督としては、なるべく全員をこの島に匿ってもらいたいというのがある。一度軍港都市でバレることなく休暇を満喫することが出来ているとはいえ、やはり杏以外は全員深海棲艦の姿をしているのだ。
だからといって杏だけをうみどりに置いておくというのもなんとも言えない。勿論、雑務などを手伝ってはもらえる。人間ということで、基本は館内清掃がメインとなり、食事の準備を手伝ったり、時には書類仕事でも簡単なモノ、機密にそこまで触れていないモノなどを処理してもらったりはしていた。
むしろ、人間の身体だからこそ、最も安全と言えるこの島にいてもらいたいというのが実情だ。島が襲撃を受けないという可能性はゼロとは言い難いモノの、うみどりよりは間違いなく安全。
「それじゃあ、迷いのない子から処置をしていきましょうか」
「うす、やらせてください」
「春星ちゃん早かった。アナタは覚悟決まってるわね……」
「ここではいろいろありましたからね。畑仕事もやっていきますよ。楽しそうだし」
「それに楽しさを見つけられたなら充分ね。それじゃあ、早速やっていきましょう」
ここから配置転換が始まる。この島に残る者のために。
しかし、杏はまだまだ迷いが取れていなかった。
後始末が終わりということは、別れも訪れる。二度と会えないわけではないだろうが、これから深雪達は命懸けの最終決戦に向かうのだ。今生の別れにならないとは限らない。
深雪視点になるとどうしても焦点から外れてしまうけれど、陰ながらずっと想っているようなこともちょくちょく見えた杏ちゃん。ここでの決断がどうなるか。