後始末が終わりに近付いたことで、保護された者達がこの島に残るか否かを決める時が来た。最終的には各々の決断になるだろうが、基本的には島に残る側の方が多い。
妖精さんの要素を取り込むことになってしまった者達は、配置転換により、島の民間企業妖精さんと同等の扱いとすることで、島での活動に支障をきたさなくする。島に残ることが確定である春星やダウナー飛行場姫は早速その処置を受けているくらいである。
だが、どうしてもそこに迷いが出る者もいた。それが、杏だ。
今すぐに処置を受けている春星やダウナー飛行場姫は、そもそもが島民。この島の復興にも力を入れており、これからの発展にも力を尽くす気持ちが大きい。なお、ダウナー飛行場姫は成り行き上、民間企業妖精さんの統括者、社長扱いであるため、ほぼ強制に近い状況を作られているのだが、本人はまぁそれでもいいかと若干諦め気味で受け入れている。
「そうか、そりゃそうだよな。うみどりがここから離れるってことは、ここに残るヤツとは一旦お別れになるんだよな」
昼食の際、工廠厨房で食べながら出てくるのはその話題。深雪もそのことは忘れていたようで、納得はするものの、共にこの島を後始末し続けていた者達とお別れするのは少し寂しいなと思っていた。
しかし、それも仕方ないこと。この島を選ぶ者にはその権利がある。それに、うみどりでずっと匿うことも出来やしない。ただでさえ今回は保護された人数がかなり多いのだ。集落が無ければ、全員をうみどりに住まわせるなんてことは不可能と断言出来るくらいに。この島で生まれた深海棲艦までカウントしてしまったら尚更である。
だが、深雪としても、この島ならば安心して託すことが出来ると考えていた。後始末によって、最初とは比べるまでもなく綺麗になったこの地に、民のことを一番に考え、島を守ることを常に念頭に置いているテミスという王が降り立ったのだ。これまで話し、共に作業もし、その生き様を見て来たことで、完全に信用出来る相手であると理解出来た。
「何処が安全かで考えるなら、ここが一番だと思うのです。それこそ、平瀬さん達だって、ここで艦を降りることを考えてもいいと思うのです」
「だよねぇ。ここが安全すぎっからねぇ。戦えない人間はここで待っててもらった方がいいかもねぇ」
電とグレカーレは、今後のことを考えると、非戦闘員は漏れなく下船でいいのではとも考えている。
何せ、これから向かう場所は決戦の地。出洲が阿手と違って命を粗末にしながらの狡い策を取ってこない代わりに、真正面から単純な暴力で全てを押し潰してくる可能性があるのだ。
狙いはあくまでも特異点、深雪。それを肯定する者、それを頼り切る者に対しても攻撃をすることはあるが、基本は深雪である。しかし、深雪を狙うということは、うみどりそのものをどうにかすることだってあり得る。
かつて丹陽主導の潜水艦を沈めに来たこともあるのだから、艦そのものを狙ってくることは、あちらとしても手段として有用だと思っている節があるため、ここからは艦に乗っていること自体が危険と隣り合わせになりかねない。
「ここか、もしくは軍港でしょうか。あちらならば、鎮守府もございます故」
「だねぇ。あの王様がいれば大丈夫だとは思うけど、軍港はもっと安心出来るところではあるもんねぇ」
この島が難しいなら軍港で待機ということも考えられる。配置転換を軍港鎮守府の妖精さんにし、治療の目処が立つまでは匿ってもらうというパターン。
その治療方法を軍港鎮守府の
そうでなくても、あの都市は生きていくことに困ることがない。深海棲艦の姿であることが大きなデメリットになるかもしれないが、それも上手く隠そうと思えば隠せることは既に実証済みなのだ。
「まぁ、あたし達がどうこう言ったところで、最後に決めるのは本人だしハルカちゃんだよな。今は成り行きに任せるしかねぇや」
「なのです。電としては……少し寂しいですけどね」
「そりゃそうだよ。ここの後始末も結構長いことやってたんだからな」
そこは後始末屋の誰もが思っていること。同じ場所で3週間以上も滞在して作業をし続けているのだ。そこでの交流も浅かったわけではない。むしろかなり深いところまで来ている。そこから考えると、ここでの別れは仕方がないとはいえ少々寂しさもある。
と言っても、これでもう二度と会えないわけではない。この戦いが終われば、定期的にこの島にだってやってくることは出来る。本来の仕事の合間を縫って休息というカタチでの様子見は普通にやることにはなるだろう。有道鎮守府の管轄にもなりそうだが、メインはやはり特異点を有するうみどりとなりそうだ。
「まぁでも、うん、どっちかって言えば、やっぱ安全の方が重いよな。うみどりはここからが一番危険だ。普通なら後始末をずっとやってるならまだしもな」
「なのです。ずっと普通じゃないことばかりなのです」
「それが終わっちまえば、また普通に戻れるってことだ。もう一踏ん張りだな」
戦いの終わりもあと少し。そう噛み締めながら、終わりに向けて前に進むことを決意した。
「うーん……どうすればいいんだろ……」
うみどりを離れて島に滞在するか、それとも危険も承知でうみどりに残るか。それを悩む杏は、食堂で溜息を吐きながら悩みに悩んでいた。
自分の安全のことを考えるなら、やはり降りるべきだろう。この島の平和さは理解している。王であるテミスがどれだけ寛大かも、人の身ながら見て来た。ここでなら、普通の生活とまでは行かないかもしれないが、有意義な生活は出来るだろう。
しかし、島民と違ってこの島に大きな感情があるわけでもなく、そしてまだもう少し深雪といたい。どうしてもその感情がついて回る。この戦場でそんなことを言っている余裕なんてないとは思うのだが、欲が出てきてしまう。よくないことだと思いながらも、それでもそうしたいと感じてしまう。
故に、悩んでいた。自分のこの感情が正しいモノかもわからない。世間一般的にはどうなのかなんて、見当がつかない。
「迷ってるわねぇ……」
そんな杏を前にして、苦笑しながら用意されたデザートを子供達と食べている離島棲姫。もう保護者役も板についており、今日はこのあと、お昼寝の時間らしい。保育園か何かかと思えるようなやり方ではあるが、改造された子供達は本当に幼いのだ。幼いうちにこんなことになってしまったのだから、今はのびのびと、やりたいことをやらせてあげたいという気持ちもある。
「……貴女は、どうするの?」
「私? 私はこの子達と一緒に島に残るわよ。だから、この後に配置転換受けるつもり」
質問に対して、全く抵抗なく返す離島棲姫。え、そうなのと少し驚く杏。
「まぁ私も推しの活動を最後まで見届けたい気持ちはあるし、ラスボス戦の様子を本にでもして世間様にこういうことがあったんだって広めてやりたいなんて思ったこともあるけどさ」
「お、推し……?」
「ああ、あの特異点ね。深雪と電。あの2人のさ、この島での戦い、私結構近くで見てたわけだから。途中記憶ないけど。それはもう凄かったんだから。目の前でゴア表現までされてすっごい気分悪くなったこともあるけど」
食事中に話すことじゃないなとそれ以上深く語ることはしなかったが、とにかく、深雪と電のことは推していると力強く語る。
そこに恋愛感情的なモノは一切なく、ただ先を知りたいという気持ちのみ。推しの行く末を最前線で見届けたいというオタク感情である。
「でも、私は戦えないから。流石に足手纏いになってまで推し活はしないわ」
「そう……だよね。足手纏い、だよね」
「戦場に出なくても、気にさせちゃうんだもの。どうしてもね。それに……私、ちょっと目標出来ちゃった」
離島棲姫はここで救われ、これまでの3週間強、子供達の面倒を見続けたことで、やりたいことが出来たらしい。
「子供に読んでもらえる絵本とかさ、作りたいなって。あと、保母さんとかね。なんか、子供と一緒に遊ぶこととか、読み聞かせとか、あとお昼寝の付き合いとか、すごく楽しくてね。推し活しながらでもやれそうなことだし、うん、私はこの島でそれをやっていきたいなって思ったのよね」
杏は単純にすごいなと感心していた。自分とは違い身体も改造され、それでも悲観せずに前を向くどころか、未来まで考え始めている。
「まぁ、この身体のままだと面倒臭いこともあるかもしれないけど。これ歳取るのかしらね。というか、私めちゃくちゃロリ化してない? 成人済みよこれでも。これはこれでいいけど……最初はフリッフリの服着せられてたし。まぁ、うん、大分可愛くなってるけども」
「……結構、余裕あるんだね……」
「私はこれで済んでるってだけ。元に戻らなかったらどうしようって気持ちは結構あるわよ。でも、前を向いておいた方が楽しいじゃない。死んでないんだもの。だから、一番いいことを選ぼうと思ったら、私は子供達の保護者やりながらこの島で生活するが一番だって思ったのよ」
ニコリと笑って、杏と向き合った。
「私から答えを提供することは出来ないけど、いろんな人に聞いて、自分なりの考え見つけてみなよ。多分、誰も否定しないから」
「……うん、わかった。いろいろ、考えてみる」
各々考えることはあるだろう。それを聞いていけば、答えは出るかもしれない。杏の、ただ1人の一般人、ちょっとした旅が始まった。
離島棲姫、これでも成人済み。杏よりお姉さんである。