昼食を終え、まだ悩む杏を尻目に、島の発展は節目を迎える。花壇の彼岸花の増殖によって、慰霊碑広場がついに完成したのだ。
その報告に来たのは、物凄く喜んでいたテミスである。テイアが苦笑しつつも、ニッコニコの笑顔で工廠に飛び込んできた程である。
「皆ノ者! 完成シタ慰霊碑広場ニ集合ダ! マズハ皆ニ見テモラワネバナラン!」
その勢いは凄まじいモノで、昼食後の休憩中だったのだが、作業出来る全員、それこそ伊豆提督やイリス、丹陽に至るまで、全員に広場を見てもらいたいと言い出す始末。
最終的なチェックもあるため、伊豆提督自ら出向くこともやぶさかではない。むしろ、そこは願ってもないことである。そこまでの道の穢れ、何処まで整備が終わっているか、これからどう発展していくか、それをハッキリと見ていく必要があるのだ。
また、この慰霊碑広場の確認に関しては、みずなぎとうみねこの面々にも入ってもらう。複数人の、複数組織の目で、この島の今、そして行く末を確認することで、より強く平和であることを確定させる。
このチェックが終われば、援軍として来てくれた2つの後始末屋、みずなぎとうみねこも任を解かれ、ここでまたいつ会えるかわからなくなる別れになるのだから、そちらにもこの島の平和を見届けてもらいたい。仕事もあるが、このような者達もいるのだということを、他の組織にも覚えておいてもらいたい。
「豪華な式典とまでは行かずとも、この島の象徴の完成に大きく盛り上がりたいのはわかるわ。アタシ達も、それをちゃんと見なくちゃね」
伊豆提督は、うみどりにいる者達全員に通達。一度うみどりの中を空っぽにしてもいいので、全員島に降りて、この地を見て回ろうと提案する。
これには後始末の総仕上げという部分もあるので、見て回ると言っても仕事の一環である。
これには悩める少女、杏も含まれている。艦内で悶々とするよりは、外を見て回った方が気が晴れるだろうし、何か違うモノが見えてくるかもしれない。
「一気に増えたな……」
「でも、ちゃんと花壇の中だけなのです」
慰霊碑広場を彩る立役者、彼岸花の様子をいち早く見に来たのは、その提供者である吹雪の妹となる深雪。テミスも、まずは特異点である深雪に、この完成した広場を見てもらいたいと思っていたようだ。
「深雪、貴様ノオカゲデ、コノ広場ガヨリ美シクナッタゾ。ドウダ、コレガ我々ノ島ノ象徴トナルノダ」
テミスも自慢げである。慰霊碑を慈しむように撫で、彼岸花を眺める。この島の中心、海からでも見られる象徴。それを誇りと思うような仕草。
コレがあるから、この島は前を向ける。誰もが、この島での被害者を憂い、その魂を鎮めるために、格好がつかないことは出来ないと気を引き締めて、これからの島について真剣に考えることが出来る。
テミスも、この地に眠る者達に恥ずかしくないようにと、より王としての心構えを抱き、そして支配ではなく共存として民達と共に生きていく。
「すげぇよ、コレ。なんか、マジで象徴って感じだ。この広場、みんなが気持ちを落ち着けるためにあるんだよな」
「ウム。余モ、ココカラノ風景ハ素晴ラシイト思ッテイル。内カラモ、外カラモ、コノ地ガコノ島ノ象徴ノ風景ヲ作リ上ゲルノダ」
「ああ、あたしもそう思うよ。めちゃくちゃイイ。軍港の賑やかな風景とは違う、なんつーか、グッと来る感じがいいな」
慰霊碑に背を向けると、ちょうど港が見えるような位置。まるで、慰霊碑が海を眺めているような構図。海の者達の風景というイメージがピッタリである。
「また来ようって気持ちになれるぜ。この風景は、一度や二度じゃ飽きねぇ」
「ダロウ。貴様達ハイツデモ大歓迎ダ。余ガコノ島ヲ統治スルニシテモ、コノ島ガココマデ復興シタノハ、他デモナイ後始末屋ノオカゲダカラナ。コノ風景ハ、貴様達ノ再訪ヲ臨ムモノデモアルノダ」
港が見えるということは、今停泊しているうみどりもしっかり見えているということ。テミスは、うみどりが港にいることも含めて、絶景だと語っている。
島民だけでない、外からの者も共に在る。誰とでも手を取り合える。そんな風景を今、港は作り上げている。
「コレカラ貴様達ハ、最後ノ戦イニ赴クノダロウ。余モ付キ合ッテヤリタイトコロダガ、島ノコトモ、イヤ、余ニトッテハ島ノ方ガ大切ナノダ」
「わかってる。アンタをそんな危険なところに連れていけねぇよ。万が一、アンタに何かあったら、この島の連中にどう言えばいいのかわからねぇからさ」
「余ガ敗北ヲ喫スルコトハナイ。シカシ、彼奴等ハ何ヲシデカスカワカラン。貴様達ガ襲撃ヲ仕掛ケテイル間ニ、余ノ抜ケタ島ガ襲ワレデモシタラ、堪ッタモノデハナイカラナ」
「確かにな。出洲の仲間じゃなくても、何も知らない誰かが来ちまった時には、王様自ら外交しなくちゃだもんな」
テミスの考えることは、基本的に島が最優先だ。それ以上のモノは存在しない。許されざる存在がいるとしても、それはそれとして、この島を守り続けることが使命なのだ。
出洲のやり方には気分を悪くしているが、だとしても島から離れることはしない。最強艦隊を作り上げたとしても、島からわざわざ出て行って誰かを襲撃するようなこともしない。
もしこの地に全く状況を知らない艦娘などが現れたとしても、まずは話し合いから。最後まで攻撃をすることはないと誓っている。島が悪く見られるのは気に入らないし、ここまで片付いた島が汚れるのも許せない。不安なのはひょんなことから生まれてしまうカテゴリーMくらいだが、それもテミスならば丸め込んで仲間にしてしまうのではないかと思える。
「うみどりノ者達モ、迎エ入レルコトハ出来ルゾ。何カアレバ、コノ島デ暮ラセバヨイ」
「だな……あたしもやりたいことが出来たけど、この島には定期的に来たいと思ってるぜ」
「ウム、イツデモ来ルガイイ」
そう思ってもらえることが、テミスにとっては一番の喜びだった。
殆どをうみどりで過ごしていたため、島に降り立ったのは、それこそこの島で保護してもらった時以来ではないかと思われる杏は、これまでうみどりで匿われていたカテゴリーY達と共に、久しぶりの陸の感触を楽しんでいた。
「すごく、久しぶりな感じがするなぁ……」
港の匂い、アスファルトの感触、開けた空も、何処か久しぶりな感覚。この島に残るという選択をした場合、これがいつでも見られる光景となるのだが、やはりまだ迷いは無くならない。行くべきか、残るべきか。
島にこれといって強い思い入れが無いからこそ、この迷いはなかなか払拭出来ないだろう。
「あ……ど、どうも……」
「ああ、こんにちは」
そんな杏の近くにいたのは、副社長という渾名が付きそうな状態になっている護衛棲姫である。ダウナー飛行場姫がスカウトし、その器用さを活用して手が届かないような場所でも作業出来るようになった存在。民間企業妖精さんが、社長と同じくらいに信頼している。
本人は若干引き気味だったのだが、なんだかんだで民間企業に取り込まれ、その一員となっている。
「貴女も、この島には残る組?」
「えっ……あ、は、はい。私も残ります……」
こちらは離島棲姫と違って島民なのだから、むしろうみどりに乗る理由もない。今ならばまだまだ作業もあるのだから尚更だ。
「私はまだ、やること、あるみたいですし……それに、ここで……妹が眠っているので……離れたくないかな、って……」
「あっ……そ、そっか……ごめんね……?」
「いえ……大丈夫です」
護衛棲姫は、この島で妹を失っている。その供養を、この島で出来るということもあり、尚更島から離れることはしないと決めていた。配置転換も実施済み。今はもう明確に、この島と結びついている。
「……えっと……杏さん……でしたよね」
「あ、うん、そうだよ」
「杏さんは、この島には、いいこと一つも無い……ですよね」
少し寂しげに護衛棲姫は語る。島民ならば、これまで暮らしてきたという記憶などがある。酷い思い出の方が多そうだが、これからの島ならば取り返せるのではとも考えられはする。
だが、杏はそもそも島民でもない。ここに来たのは、あの戦いよりほんの少し前。騙されて親をここまで連れてきて、聞いていない処置を受けさせられて利用されかけた。島に思い入れもなければ、母を改造されて、自分もおかしくされて、逃げ回って、嫌な思いばかりした地だ。
「だったら……うみどりにいた方がいいかも、ですね」
「……そう?」
「私だったら、そうするかなって……。でも……うみどりはこれから、すごく大変な戦いに行くという話です……ここに帰って来れるかもわからない……」
少し恐怖を感じたように手が震える。それを握りしめて、息を吐く。
「辛いけど安全な場所か……安心できるけど危険な場所か……選べって言われたら、すごく難しいですね……」
「……だよねぇ」
「そういう意味では……私は選択肢が狭められているから、まだ楽なのかもしれませんね……」
若干自虐的に話す護衛棲姫。妹の件が無ければ、杏と同じように迷っていたかもしれない。それこそ、うみどりを選択していたかもと普通に語る。だが、それでも、うみどりの足手纏いになりそうというのが怖い。
離島棲姫も似たようなことは話していた。戦う力がない者がうみどりにいるということで、艦娘達に良くないプレッシャーをかけかねないのだから。
「……杏さんは……すごく迷ってます、よね」
「……うん、すごく迷ってる」
「ごめんなさい……私は力になれそうにありません」
「ううん、大丈夫。ありがとう、話をしてくれて」
ほんの少しでも、他の者の思いが知れただけでも、杏としてはいい経験となった。
島は誰でも受け入れてくれる。テミスはそれだけの包容力がある。しかし、それは受け入れてもらう側の気持ちがあってこそだ。
来る者拒まず、去る者追わず。杏の今の気持ちは、そのどちらにも属していない。
まだまだ悩む一般人。でも、タイムリミットは迫ってきている。
深雪パートがタイムリミットで、杏パートがその悩みって感じですね。