慰霊碑広場の花壇に植えた彼岸花も育ち切り、この島の象徴とも言える広場は完成。後始末終了と言ってもいいくらいの復興の証。そして、発展の始まりを告げるモノとして扱われる。
うみどりが呼ばれた後は、みずなぎやうみねこも呼ばれたようで、続々とこの広場に人が入ってくる。テミスもこの完成が余程嬉しいようで、島の後始末に参加してくれた全員にそれを見てもらいたいと、民の頑張りを説明しながらその象徴を説明していた。
王として民の上に立つが、王であってもこの島の民の一員であることには変わりない。みんなで力を合わせて作り上げたモノが、こうして完成したことが嬉しくて仕方ないのだ。
「コノ島ナラバ、ドノヨウナ者デモ受ケ入レラレルダロウ。イツデモ、イクラデモ、コノ島デ暮ラシタイナラバ大歓迎ダ。共ニコノ島ヲ、サラニ良クシテイクノナラバ万々歳ダ」
島民が増えすぎてもよろしくないが、今ならばまだ充分過ぎるほど余裕がある。深海棲艦とカテゴリーYが住まう集落とは逆の集落に関しては、戦後にこだかの純粋種が使わせてほしいと予約しているが、それでもまだまだ住む場所は多い。
これはテミスなりに、うみどりに保護されているカテゴリーYをも受け入れるぞと表明していることを意味する。これから向かう戦場は、非戦闘員には過酷な地。命の危険を回避する場所はここにもあるのだと証明している。
「ありがとう、テミスちゃん。アタシもこの島なら安心して託すことが出来るわ」
「ウム、任セヨ。責任ヲ持ッテ、余達ガ匿ウカラ、ナ!」
伊豆提督も、この島ならば安全だと確信している。ここに住まう者全てが、協力しあってイイ島を作り上げているのだ。この広場も、力を合わせたことで出来上がったモノ。その象徴だ。
テミスが喜んでいるのは、そこでもある。最初はいろいろあったこの島の者達も、今や全員が仲良く手を取り合って生活が出来ているのだ。喜ばないわけがなかった。
「明日ニハ、クロトガココデ供養ノ儀ヲ執リ行ウヨウダ。皆、ソレニ参加シテホシイ。ソレヲ以テ、コノ島ノ後始末ハ終ワリトナルダロウ」
「ええ、そうね。勿論参加させてもらうわ。全員でここに詰め掛けるのは流石に難しいけれど、可能な限り全員で、ね」
「ウム!」
それまでに島内のチェックをしておきたいところである。ここからは急ぎの作業というわけではないが、人海戦術で確認を行い、やり残しがないことを調べ、長かった後始末の終了を宣言することとなるだろう。
つまり、杏のタイムリミット、行くか残るかを決めるための時間は残り1日となった。
その杏も、この広場を見に来ていた。深海棲艦と元人間であるカテゴリーYが協力して作り上げた憩いの場。絶景を臨める癒しの空間。
慰霊碑もすごいが、風景が特にいいと、備え付けられたベンチに腰掛け、港に停泊するうみどりを眺めながら思いを馳せる。
「……選べないなぁ……」
未だに選択が出来ていないのは自分だけではないだろうかと溜息を吐く。離島棲姫のようにやりたいことがあるわけでもない。護衛棲姫のように島に思い入れがあるわけでもない。むしろ、この島にはいい思い出が殆どない。深雪と出会えたことくらいである。
うみどりには仄かな想いを持つ深雪という存在があるが、このうみどりは非常に危険である。一緒にいたくても、足手纏いになるかもしれない。いや、むしろなる。戦場に辿り着いたら、自分には何も出来ることはないのだから。でも、離れたくないという気持ちもある。
「……我儘だなぁ、私……」
溜息は一層深くなる。答えは決まらなくても、こうして迷っていること自体が我儘だと、自分でもわかっている。
「大丈夫ですか?」
そんな杏の背中に声をかけたのは、杏にとってはとても大きな女性。それが2人。うみどりでもかなり早い段階で保護されて、それからずっと艦内で雑務を続けていた黒井兄妹である。
港湾水鬼という姿に改造され、透に至っては性別すら変えられ、それでも今出来ることをずっとやり続けていた。時々蛍が悪ノリして、透にメイド服を着せようとしていたが、それでも今の身体で楽しく前向きに生きようとしていた、杏にとっては尊敬出来るような相手。
「あ……透くんに、蛍ちゃん……」
「杏さん、すごい悩んでるって聞きました。うみどりを降りるか、そのまま残るか」
透はベンチの側で、蛍は遠慮なく杏の隣に腰掛ける。港湾水鬼2人に近付かれると、なかなかの圧があるモノだが、2人の雰囲気からそこまで苦しくは感じない。
「2人は……どうするの? うみどりにずっといたんだし、やっぱり残る?」
杏と同様、島に思い入れのない2人。その2人がどういう選択を取るのかは気になるところだった。
「私達は、
少しだけ意外で、しかし何処か納得の行く答えを貰えた気がした。しかし、少しだけ引っかかる言い方。
「お母さんがさ、めっちゃくちゃやる気なの。自分達をこうした元凶に、直に文句を言ってやるんだってさ」
「僕達が戦場に出ることはあり得ないんですけどね。でも、母さんなら本当にやりかねないから、少し困ってますよ」
肝っ玉母ちゃんの黒井母なら、それは言いかねないなと苦笑する。しかし、
「でも、時雨さんが物凄く説得してくれました。足手纏いのおばさんがついてこれるような戦場じゃあないんだって」
「だよねぇ。私もそう思うよ。これまではうみどりにいれば安心って感じだったけど、そもそもそのうみどりが戦いで狙われたら何も出来ないし、あっちはそういうことしてきそうな連中なんでしょ。だったら足手纏いだよ。私でもわかる」
「僕だって、この身体になって健康な身体は手に入ったけれど、だからといって戦えるわけじゃない。時雨さんが言ってることは、突き放すようだったけれど、全部正論だった」
その黒井母をついてくるなと説得したのは時雨だったという。何かにつけて口煩く言い合うことがあるあの2人。互いに嫌ではないという感情が見えており、時雨も気兼ねなく嫌味なことが言えるくらいには心を許している相手。おばさんと呼び続け、共に舌戦を繰り広げた時は楽しそうな雰囲気まで持っていたくらいだ。
「でも、この島はちょっと違うんですよ。僕も蛍も、母さんも、ここで父を亡くしています。王様は受け入れてくれると言っているけれど、どうしても思い出してしまうんです」
「死に目に逢えたわけでもなく、やりたい放題された結果がこれだからね。どうしても、この島には苦しいところがあるんだよね。だから」
「僕達は、軍港都市で、後始末屋の勝利を願って待つことにしました」
うみどりは島から離れた後、最後の決戦に向かう前に補給をするため、軍港へと立ち寄る。その際に、黒井親子はそこで降りるという決断をしたようだ。黒井母は最後までゴネそうだったが、それを時雨が完封したらしい。足手纏い、邪魔、戦えないような奴が戦場に出るな、などなど、普通ならあまり使うことも憚られるような正論を駆使して、黒井母を納得させた。時雨なりの優しさを感じて、黒井母も折れたのだ。
「島に必ず住まなくちゃいけないわけじゃない。でも、この島がキツいなら、軍港で待つという選択肢もある。僕達は、それを選んだんです。僕達の他にもそれを選んだ人はいますよ」
「そう、なの?」
「私が聞いてる限り、平瀬さんと手小野さんも軍港で待つって思ってる感じだったかな」
うみどり内では最古のカテゴリーYである2人、平瀬と手小野も、軍港都市にてその戦いの結果を待つという選択をしたという。これまでずっと、書類仕事などを手伝ってきた者ではあるが、次の戦いはそれでも危険は危険だ。足手纏いになるくらいならば、うみどりから降りることも辞さない。むしろ、平瀬に関しては軍の側の者だったこともあり、そこで割り切った選択が出来ていた。
「お母さんは、島も少しは考えたみたいなんだよね。あのラ級、だっけ、3人姉妹の。あの深海棲艦の子達に、もう少し料理教えてもいいかなんて言ってた」
「でも、独り立ちの時も必要だって、今はお別れまでに教えられること全部教えるって言ってました。お袋の味、この島で流行らせてほしいって」
「ここで助けられてから、結局すごい動き回ってたなぁお母さん。料理関係で」
最後の最後まで、存在感を見せつけていたようだ。行動力が凄い。あの黒深雪と雷を黙らせる程の口撃をぶつけた一般人なだけある。杏は表情に出るくらいに感心していた。
「まぁ、私達はどこまで行っても戦えない一般人だからさ。ついて行きたくても、ついて行かない方がいいんだよ」
「戦いの後にまた会えばいいだけですから。後始末屋なら、必ず帰ってきます。負けるなんてこと、考えられませんから」
「……そっか、そうだよね……。今しか会えないわけじゃないんだよね」
ずっと一緒にいたいという気持ちが大きかった。でも、それでは足手纏いになってしまう。今だって役に立っているかわからない、ただ保護されただけの一般人だ。
だったら、足手纏いにならない時に一緒にいられればいい。それが叶うならば、だが。
「またうみどりに乗ることが出来るなら、それは決戦の後でもいいと思うんだよね、私は。というか、身体を元に戻してもらうためにさ、あの明石さんの近くにはいたいからね」
「あはは……そっか、確かに、2人はそっちの方が問題か」
「当然! 透はこのまま女の子のままでもいいけどね! 人間に戻れても性別が元に戻らなかったら、私がちゃんと可愛くお姉ちゃんにしてあげるから」
「勘弁してよ……僕は病気以外全部元に戻りたいんだから……」
何処までも前向きな蛍と、それに振り回されつつも楽しげな透。この2人と話したことで、杏の中には少し答えが見えてきていた。
「……そっか、もう会えないってわけじゃないなら……待つっていうのも、あるんだね」
うみどりから降りる。その決断が、目の前にあった。
母ちゃんは出洲相手でも臆さず文句を言い続けると思う。地下の通信機のところ連れて行ってもいいかもしれない。