その日、後始末23日目の夕暮れ。慰霊碑広場の完成の後は、後始末屋総出で最終チェックに入っていた。集落から森の中、地下施設の隅々に至るまで、何処にも穢れが残っていないことを確認していくことで、もうここまで来たら大丈夫という段階であることを確定させる。
それは勿論、陸上だけでなく海中、海底も。これまで潜水艦隊がやり続けた後始末がしっかり行き届いていることを確認するために、可能な限りの人数をそこに投入している。深雪と電もそちらの班だ。
「すっげぇ……しっかり咲いてるな、彼岸花」
「なのです……思った以上に」
港に植え、管理しながらもあまり触れてこなかった期間は2日。6株から始まった彼岸花は、今や港の海底を埋め尽くす程の勢いで咲き誇り、それでもなお、数を増やそうとしている。港だけでは足りないため、どんどん増えて島を囲もうとしている程だ。
陸の地中の穢れも相当だが、最終的な穢れが行き着く先は海中、海底だ。この彼岸花達は、それこそ防波堤のように陸からこれ以上の穢れが外に行かないように防いでいるかのようだった。
「咲くのが速いのはいいこと。好ましい」
「そりゃあフーミィはそういう感想だろうな」
速さ重視の伊203ならば、この速さでガンガン咲いていく花は見ていて嬉しいだろう。自分達にはどうしても出来ない穢れ取りを、自分達では出来ない手段で次から次へと進めていってくれる。本来なら何年もかかるようなことを、かなり短縮してくれると来た。
「管理すると言っても、そこまで触るところは無いみたいなんだよね」
「だよな。あたいらは、本当に見てるだけって感じ」
この島に残ることが確定しているレーナと鮫も、彼岸花のこの咲きっぷりには驚きを隠せず、そしてまだまだ増えることがわかっており、放置していてもコレであることから、本当に自分達がやることはあるのかと疑問に思うほどであった。
しかし、流石に多少の手入れは必要だろう。何もせずに管理することは出来ず、むしろこうして見て回ることで彼岸花の
「まだまだ増えるぞ。まずはこの島を取り囲むまではな」
「だよね。まずはそこまで見守るよ。そこからは増えすぎないことを確認、かな」
「その辺は大丈夫な気がしないでもないけどな」
増えすぎたところで穢れをその分早く吸い出してくれるということになるのだが、意思を持っているということを考えると、増殖のレベルも多少は落としてくれるのではないかと考えられる。
それ以上に増えたとしても、何処かに迷惑をかけるわけでもなく、多少島の範囲を拡げるという程度だ。島から流れ出した穢れが近海まで汚染しているというのならば、むしろ拡がった方がいいまである。
その辺りの管理は、レーナと鮫に一任。テミスにも報告されるだろうから、島の在り方に反さない程度に増やしていくことになるだろう。
「そういや、テミスは海ン中に入ってくることはないのか? 深海棲艦なら、潜ってこれるかもだったよな」
「あー……なんか試そうとして沈みかけたから、それ以来やってないみたいだね。王様はそっち側の力は持ってなかったみたい」
今の深雪や電のように、深海棲艦ならば潜れるという者はいるのだが、テミスはそちら側の才は無かったらしい。残念ながら、自らの目で海中の領土を確認することは出来ないようだ。
代わりに、テイアがそれを可能としているらしく、王に代わって妹が海中の確認をしているのだとか。王も適材適所と、テミスは少し悔しそうにしていたらしいが、それがまた民達の目には人間らしさ、高貴と離れた庶民らしさに繋がり、より人気を得ていたようだ。
「陸の上はテミスで、海の中はテイアの管轄ってわけだな。姉妹で王様やっていくなら、ちょうどいいのかもしれねぇや」
「なのです。せっかくの姉妹ですし、そうやって協力してこの島を統治してほしいのです」
「だな。この島、もっといいモンになると思うぜ」
姉妹王が全ての場所を見ていけるのだ。ここからおかしなことになることはない。民と共に、発展を進めていくことだろう。
この島がより良いモノになることが確定しているその裏では、まだまだ悩みが尽きない杏がうみどりの食堂に向かっていた。
そこにいるのは──
「杏、何かあったか」
紫苑。杏の母親。工廠厨房の手伝いもしているが、ラ級姉妹がセレスの教育により島を任せられるくらいに成長したこともあり、食の前線に立つことはあまり無くなっていることで、食堂で在庫管理などをしていたりする。
セレスも自身の目で確認するが、複数の目を使って食糧の残りを正確に記録しておく必要があるだろう。それを手伝っている。
「お母さん、今、話せる?」
「ああ、構わない。何か悩みがあるのか」
「うん……でも、答えが出そうで」
在庫管理の手を一旦止めて、お茶を淹れつつテーブルで向かい合う。
「この後始末が終わったら、うみどりは島から出ていくんだよね。一度軍港に立ち寄ってから、最後の戦いに向かうって」
「私もそう聞いているな」
「お母さんはさ、この後どうしたいって思ってた?」
自分は迷いに迷っているが、母はどう考えていたのか。自分のことばかり考えていたが、救われた母のこともちゃんと知っておかねばならない。
「私は、杏のしたいようにすればいいと思う。だが、一旦それを考えないなら……私はこの島に残るよりは、うみどりについていきたいとは思っていた」
「そうなの?」
「……私はここで、あまりよろしくないことをやらされていた。うみどりの艦娘達に酷いことを、な」
洗脳されていたとはいえ、うみどりの面々と戦い、そして敗北している。うみどりの面々に対する申し訳なさもあるが、この島でやったことに対しての記憶が、どうしても好ましくないモノである。この島にいると、それを思い出してしまう。鮮明に。それが、どうしても気分が悪かった。
今の改造された身体のことを考えれば、島にいる方が楽なのかもしれない。ストレスは凄まじそうだが、周りが同じような被害者であることから、世間の目を考える必要もない。しかし、それ以上にあの戦いを思い出す地というのは苦しい。自分だけでなく、娘の杏まで酷い目に遭いかけているのだ。より辛い場である。
「私以外にも同じことをしている者は沢山いるんだが。そこは、私の弱さだよ」
「……弱くないよ。そうやって決断できてるもん」
「杏は、どうするかを悩んでいたのかな」
言われ、杏は小さく頷く。この島に強い思い入れがあるわけでもなく、うみどりには仄かな想いを秘める深雪という存在がある。それもあって、島で降りることはせず、最後までうみどりに乗り続けたいと願ってはいた。だが、うみどりがこれから向かうのは決戦の場。足手纏いがついていくわけにもいかない。
「いろんな人に、話を聞いてたの。それでね……この島に住むことはなくても、軍港でうみどりを待つってことも出来るって、聞いたんだ。透くんや蛍ちゃんは、そうするって」
「軍港、か」
「うん……私は、さ、本当ならうみどりにずっといたい。深雪の近くにいたいって、思ってたんだけど、私がいたら、全力で戦えなくなるかもしれない。非力な人間が……ここにいるだけで足手纏いになるかもしれないでしょ。だから、ギリギリまで一緒にいて、軍港で待つのも、いいかなって思ったんだ」
紫苑がこの島に残ることを望んでいたら、杏はどういう反応をしていたかは想像出来なかった。それなあくまでも
「……うん、私、決めた。軍港でうみどりから降りるよ」
危険を顧みずに想いにのみ従っていたら、危なすぎるのが今度の戦い。足手纏いにならず、だが近くにいられるとなれば、軍港待機は現実的な選択肢。
こうして母に話したことで、自分の思いに辿り着いた。離れることは辛くても、最善は全力で戦えること。その足を引っ張ったら、おそらく杏自身も激しく後悔することになる。
「私は、杏がそうしたいと思うなら、それに付き合うよ。杏がこの島に残りたいというのなら、それでもいいとは思っていたから」
「お母さん……」
「杏は自分の意思で、その道を選ぼうとしているんだろう。私達に強制されるわけでもなく、人から話を聞いて、それがいいと思って」
「……うん」
「なら、それでいい。考えて考えて、考えた結果のそれなら、後悔もないだろう」
たった1日かもしれないが、悩んで悩んで、他の仲間の話も聞いて、でも最後は自分の意思でそれを決めた。
その工程が、紫苑にとっては喜ばしいモノだった。誰かに流されるでもなく、我儘を押し通そうとするでもなく、自分のことも相手のことも考えた結果、この選択をする。それは、大きな成長だ。
「私も便乗させてもらうよ。娘を置いておくようなことはしないし、この島にいるよりは、軍港にいた方が、いろいろと抉られないで済みそうだからな」
「うん、ありがとう、お母さん。話を聞いてもらえたから、自分の中で纏められたよ」
「それはよかった。親として、それが聞けたことは嬉しいな」
穏やかな笑みで杏の決断を讃える紫苑。杏も、自分の決断が間違っているわけでは無いと確信して、悩みを振り払って前を向いた。
杏は軍港でうみどりを降りる。深雪達の勝利を願いながら、その時を待つ。
そこでの別れは、今生の別れでもない。だって、深雪達は勝利して、誰も欠けずに帰ってくるのだから。
最も人間的な、真面目な悩みの答えに辿り着きました。一緒にいたいけど、そのせいで深雪が傷付いたら意味がないものね。