ついに始まった出洲への宣戦布告。伊豆提督から始めた対話だが、何を言ってものらりくらり。否定もせず、しかし自分が正しいという考えにも疑問がないのか、心にも無いような言葉をただ紡いでいるだけにしか思えないような問答が続いた。
『それで、こうして連絡をしてきたのは、後始末に区切りがついたからなのだろう。君達はいつ、我々に立ち向かってくるつもりなのかな。本来の用件から外れているとは思わないかい』
ごもっともな言葉ではあるのだが、この状況で出洲に言われると苛立ちは増すのみ。
そもそもが、自分の言いたいことを言って、さっと通信を切るような者だ。人の話は聞かず、用件のみを重んじる。必要なこと以外は対話すらするつもりがない。
「ええ、そうね。でもね、アナタのその身勝手な振る舞いで、迷惑被ってるヒトが数え切れないほどいるの。おわかり?」
『身勝手か。確かに、私は平和のための研究を続けてきている。自分の世界に閉じこもっていると言われたら否定出来ないね。だが、それと今、何が関係があるんだい』
「せっかく話せるチャンスが来たんだもの。アナタに物申したいというヒトが沢山いるのよ。深雪ちゃんだけじゃないわ。本当に沢山」
ここで、伊豆提督が誰でもいいから文句の一つや二つ言ってもいいと言わんばかりに手を挙げる。すると、真っ先に前に進み出たのは、黒井母だった。
「アンタがここの島を牛耳ってた阿手の仲間かい」
『おや、初めて聞く声だね。君は何者だい』
「アタシゃ、アンタが放置していたせいで巻き込まれた一般市民の1人さね。息子の病気を治してもらえるってんで藁にもすがる気持ちで来たら、アタシゃ息子と娘共々バケモンに身体を変えられるわ、旦那は身勝手に殺されるわ、洗脳までされて艦娘と戦わさせられるわで、散々な目に遭ってんだよ。どう落とし前つけてくれるんだい」
相手が出洲とわかっていても、普段と変わらず、臆さずに突き進む。決戦本番に参加出来ないこともあり、ここで言いたいことを最も言いたい者。
そんな黒井母の言葉を聞いて、通信の向こう側では、出洲はほうと小さく息を吐いていた。一般市民が改造され、それを是とせずに立ち向かってくる。それに感心しているかのような反応。
『君は阿手さんに騙されてその島に来て、その結果望まずにその姿にされたと。それは気の毒なことだ。ちなみにだが、その息子さんの病気は治ったのかい?』
「治ったが、知らない女の身体にされて困っているんだ。少しでも気の毒だと思うのなら、治し方の一つや二つ教えな」
『そうか、治っているんだね。
心にも無い祝いの言葉に、黒井母の眉がピクリと上がる。
『君の息子さんは、意図はしていなかったとしても、高次の存在へと踏み出したということ。平和のための存在へと進化することが出来た。病気も治っているのなら、
平然と、今の状況を否定せず、むしろ歓迎しろと言い出した。黒井母にとって、それは禁句に等しい。
しかし、出洲は続ける。
『私の計画、世界を平和にするための活動が最終段階に入れば、遅かれ早かれ、この世界の人間達は全員が高次の存在へと進化する。病に侵されず、全員が力を持つことで平等となり、争いも生まれない。その社会の先駆けとなれているんだ』
「誰がそれを望んだって言うんだい」
『今はそうだろう。だが、今にわかる。その姿であることが、平和に最も近いことであることを。君だってそうなんだろう。本来の姿より健康的で、心が穏やかになるはずだ。力もあるからね』
極端な持論を持ち出して、それがまるで世界の総意のような語り続ける。相手の意思をも捩じ伏せ、今が正しいと思い込ませようとする。いや、出洲自身は本気で正しいと考えているのだ。だから、この語りは、本心の中の本心。嘘偽り無い、出洲の心。
「思いやしないよ、アタシゃ戻れるならさっさと人間の姿に戻りたいさね」
『何故。人は弱い。弱いから欲に溺れる。より弱い者を虐げる。命にも限界があるから焦る。それが全て失われているのに、それを捨てたいと言うのかい』
「ああ、いらないね、こんな身体。元の身体の方が数倍マシさね。なんてったって、アタシは人間だ。バケモンじゃあない」
出洲に負けず、黒井母もぶちまける。
「アンタはその言い分が正しいと思ってるだろうが、アタシゃ間違ってるとしか思えないね。人間が弱いだ? そりゃあそうだろうよ。でもね、弱いからこそ、成長しようっていう欲を持てるんだよ。そりゃあ、その欲があらぬ方向に行くかもしれない。虐げようとするのも否定はしないさ。でもね、アンタの目指してるところは、進化じゃなく
欲があるから争いが続くという出洲と、欲があるから成長出来るという黒井母。
出洲の目指す平和は、全人類を高次の存在にし、欲を持たなくすることで争いもなくし、恒久的な世界平和を実現させようとしている。
「それに」
ここから黒井母と共に話に参加し始めるのは時雨。
「全員が高次の存在とやらになった場合、平等になんてなりはしない。そこからまた、どちらが上かと競い合うだろう。結局、何がどうなっても人間なんて変わりやしないさ」
『割り込んできた君は何者かな』
「ああ、僕は時雨。艦娘の時雨さ。軍港ではお世話になったね。僕もまた、君達の巫山戯た活動の犠牲者と言ってもいいかな。人間が大嫌いになる呪いを刻まれた、哀れな純粋種さ」
時雨は続ける。
「君は人間が全て高次の存在になれば、争いはなくなり世界が平和になると言うが、それでも変わらない奴は変わらない。身体が変わったからといって、心が変わる奴なんていやしないんだよ。君が与えたその力を使って、改めて争いを始めるだろうね」
『ふむ、そういう意見もあるのか。だが、それはさせない。私がさせない』
「つまり、君が管理する君の思い通りの世界にするということだね。それが争いの火種にならないとは限らないだろう」
『世界に悪が生まれるのならば、私はその芽を必ず摘もう。世界の平和のために』
「で、悪ではないと君が判断した者は、君の思い通りに、君から与えられたように生きていくだけということだ。間違っていないね?」
時雨の言葉に、出洲は言葉が詰まる……ことはなかった。
『私が管理するのは争いごとだけさ。人間は好きに生きるべきだ。高次の存在となれば、好きに生きる中に争いは無くなる』
「どうだか。人間は娯楽の中でも優劣をつけるんだよ。例えば、料理が上手下手でも、ゲームの勝ち負けでも、スポーツでもだ。勝てば嬉しいし負けたら悔しい。そして、次こそ負けない、次も負けないというのは争いだし欲だよ。君はそれを排斥出来ると思っているのかい」
『思っている。真の平等を目指せるだろう』
「何を根拠に?」
出洲の溜息が聞こえたような気がした。わざわざ説明しなくてはならないのかと言わんばかりである。
『私が全てを管理する。平等に人々が生きられるように』
「全く根拠になってないね。はは、あまりにも滅茶苦茶すぎて笑っちまったよ。それじゃあ何かい、アンタは欲が生まれないようにするために、ゲームもスポーツも全部を管理して、勝ち負けが生まれないようにするってのかい」
『ああ、それが人々のためとなるのなら、私はそうしよう』
「平和のために、人間から文化を取り上げると?」
『……ああ』
「それは平和じゃなく停滞だ。何もさせないやらせない、それがきっかけで争いが起きる。それが人間ってものだよ。少なくとも、君に対して叛旗を翻すだろうね。それも上から殴りつけて抑え込むのかい? そうなれば、余計に反発を受けて、争いは悪い方悪い方に進んでいくと思うけど」
初めて、出洲の言葉が止まった。
「それに、全部管理するってことは、アンタのいう平和ってのは、自分以外の世界の人間が全部、アンタを頼って生きていくってことになるんだろう? それ、深雪の前でよくもまぁ言えたもんだね。アタシも小耳に挟んだよ。アンタ、特異点に頼り切った人間は堕落してるっていって、人間を堕落させた特異点を始末したんだって? 特異点に頼り切ることと、アンタに頼り切ること、何が違うって言うんだい」
「その通りだよ。君のやろうとしていることは、全ての人間を堕落させると言っているんだ。深雪が許されずに君が許される道理は何処にもない。深雪が生きているだけで罪だというなら、君にも全く同じことが言えるわけだ」
黒井母と時雨のタッグは、出洲すらも言葉を紡がせない。怒涛の勢いでその自己矛盾を突き詰める。
「平和を望むのは構わないさ。平和を作ろうとするのも構わない。でもね、君がやろうとしている平和は、君が嫌悪している特異点と、何も変わらない。いや、むしろ全人類に迷惑をかけようとしている分、君の方がタチが悪いと言えるだろう」
「アタシみたいに望まずに身体を変えられて、勝手に旦那も殺されて、それでも世界平和のためみたいに言われてるんだからね。感謝しろって言いたいみたいな態度だけれど、感謝なんて出来るもんか。そんな滅茶苦茶な奴、誰が信じられるってんだい」
やられたことを、ただ話しているだけ。思ったことを、正しく話しているだけ。それなのに、出洲の理論はことごとく崩れていく。
やはりこのタッグ、口論ではめちゃ強い。