出洲に対してありったけの文句を言い放った黒井母と時雨のタッグが、その歪んだ平和に対して異論をぶつけたことで、出洲がついに言葉を止めた。言い返せない、というよりは、怒涛のように溢れる文句と意見を聞いているだけの状態に持っていかれたと言ってもいい。
『……ふむ、君達の言い分はよくわかった。私の目指す平和が、君達にとっては気に入らないものだということはね』
ようやく口を開く出洲。しかし、声色は何も変わっていない。お前の目指している平和は平和ではなく停滞だと言われても、その信念は何も変わっていないと示しているような。
『だが、
そして、これである。自分の考えが正しいと信じてやまない、他者の声を全く聞かない、暴走した信念がそこにあった。
『停滞していても、人々は争わない。素晴らしいことじゃないか。命を脅かされることもない。傷つくこともない。身体も心も、穏やかになるだろう。それの何がいけないことなのか、私にはわからないね』
開き直りと言ってもいいかもしれない。それくらい、出洲の声色には、他者の意見など関係ないという意思が含まれていた。あくまでも、このやり方を押し通す。賛同者もいるのだから。間違っていないと。
特異点による堕落も、出洲による管理も、彼の中では完全に別モノとして扱われているらしい。あからさまなダブルスタンダードなのだが、本人はそうとも思っていないようだった。
逆に言葉を失ったのは時雨だった。舌戦に負けたからというわけではない。呆れてモノも言えなかった。
他者から文化すら取り上げて、僅かな争いも排除して、ただ生きるだけの草花のように仕立て上げることが平和であり、それが正しいと思っているその性根に、言葉が詰まった。
「貴方のやり方は、世界を緩やかに破滅させると言っているんですよこの2人は」
ここに口を開いたのは丹陽だ。居ても立っても居られなくなったか、一歩前に出て、出洲に対して苦言を呈する。
『君は、あの潜水艦の丹陽かな。君こそ、長い年月を停滞の中で過ごしてきただろう。平和を、身を以て理解していると思うけれど』
「アレを平和だと感じているのなら、貴方が余程歪んでいるということですね。苦痛に満ちた30年でしたよ。何も変わらない。復讐すら遂げられない。その時の感情をそのままにさせられて、何も解決しない。あまりにも不毛な時間でした」
姉を殺された丹陽と同じように姉妹を使われて、同胞を使われて、その復讐のために長い年月を調査に使っていた潜水艦の純粋種。その心すら、平和だっただろうと言い放つ出洲に、今度は丹陽が舌戦を始める。
「もし貴方がその平和を完成させたとしましょう。ですが、人々はそれまでの思いをそのまま持ち続けて、貴方の敷いたレールに乗せられる。やりたいこともあるでしょう。でも、それは平和ではないと断じられ、悪と見做されて、全てを否定される。人々は穏やかになるどころか、苛立ちに染まりますよ」
『その平和の素晴らしさを知ることで、穏やかにもなろう。復讐するということは、復讐されるかもしれないということにもなる。その怯えもなくなる。いいことじゃないか』
「そこに何故、人々の意思ではなく貴方だけの意思が絶対になるんです。自分たちだけで穏やかになっていてくださいよ。望んでいない他者まで巻き込んでいる時点で、平和じゃないんですよ」
出洲の溜息が聞こえてくる。丹陽もまた、理解を拒む者だと理解する。
「そもそも、争いを無くそうとして、貴方自身が争いを起こしてるじゃないですか。平和のために犠牲が必要とか、その考え方が平和じゃないですよね。仕方ないじゃ済まないくらい命が失われているんですけど、何故それを譲歩して平和と言い切れるんです。屍の上の平和なんて、砂上の楼閣より脆いですよ」
『平和を作るためには過酷な道であっても踏破しなくてはならない。遮る者には、退場してもらわなければね』
「そして貴方は最終的に、世界の全てを滅ぼすのでしょう。自分の考えた平和に従わないからという、傲慢な考えで。予言します。もしこのまま我々が敗北してしまったとしても、貴方は貴方の望む平和には辿り着けない。人々は、貴方が考えているほど単純ではありません」
丹陽の真っ直ぐとした言葉が、この空気に穏やかに溶け込む。仲間達はその通りだと肯定し、小さく頷く。
だが、本当に話を聞かない者というのは、どれだけ話しても自分の考えは変えないし、異なる意見を持つ者を愚者、敵と見做すだろう。
『ならば、その未来を見てみなくてはならないね。私が正しいことを証明するためには、君達にはいてもらっては困る。平和を破壊しようとする者達こそ、この世界には不要だよ』
「そっくりそのまま返しますよ。人の意思すら見ずに、自分しか見えていない者の平和なんて、こちらから願い下げです。今の世界のバランスを破壊しようとする者は、この世界には不要ですよ」
やはり平行線。何も変わらない。自分の意思が強すぎる者とは、対話すら成り立たない。自分が絶対、他者は知らない。そんな態度を持ち続けているのだから、何を話したところで頭に入っているかもわからず、自分が正しいと説き続けるのみ。
「余モ少シ話シテミタイノダガ、ヨカッタカ?」
会話が少し止まったここで、テミスが参戦。他の者のように苛立ちを前面に押し出すようなことはせず、純粋に疑問を持ったが故に対話を試みる。
『君は何者だい。もしかして、君があの子達が話していた、穏やかな深海棲艦かな』
「余ハコノ島ヲ統ベル者、テミスデアル。見知リオケ。貴様ハココニイル者ヲ始末シテ、世界ノ支配者トナリタイト聞コエタガ、間違ッテイナイカ」
出洲のことをここで初めて知るテミスだからこそ、これまでの行いなどを一旦全て無視して、今聞いたことのみで人間性を知ろうとしていた。
そんなテミスが抱いている出洲の印象は、世界の支配者となりたい者。平和を望む者には全く感じず、ただひたすらに支配を望んでいるようにしか感じていないようだ。
『支配者になりたいわけじゃない。世界を平和にしたいだけさ。結果的に、悪を為す者を出さないように管理しなくてはならないけれどね』
「管理トハ、余ノ思ッテイル言葉ト違ウノカ。余ハ、コノ島ノ民達ヲ管理シテイル。共ニ平和ナ、楽シク生キルコトガ出来ル島ヲ作ルタメニ、同ジ歩幅デ歩イテ、同ジ視線デモノヲ見ル。ソシテ、ソノ者ニ適シタ役割ヲ与エル。コレヲ管理ダト思ッテイルガ」
管理という言葉に語弊があるように思ったテミスは、純粋な疑問をぶつけた。出洲が通信機の向こう側でどのような表情をしているかはわからない。しかし、テミスのその疑問に、すぐさま答えを返すことが出来ていなかった。
『君のそれは管理ではないね。ただの共存だ』
「成程、ナラバヨリ素晴ラシイコトダ。余ノヤリ方ハ間違ッテイナイナ。余ハ民ヲ支配シタイワケデハナイ。共ニ歩クコトヲ望ンデイル。コレゾ平和デアロウ」
テミスの持つ平和論は、まさにそこだ。支配という言葉でも表せるかもしれないが、基本的には共に歩くことが平和。序列的にも自分が一番上なのだから、島の者達の平和を、責任を持って管理する。そのためには、民の世界も知る必要がある。
「貴様ハ争イヲ全テ淘汰シヨウトシテイルヨウダガ」
『ああ、そうだよ。争いは平和ではないからね』
「小競リ合イガ起キルノハ、平和ノ象徴ダト思ワヌカ」
出洲の言葉が止まる。テミスは続ける。
「平和トハ自由。自由ナラバ、意見ノブツカリ合イクライ起キル。ソシテ、相手ノコトヲヨリ深ク知ルコトモ出来ル。余ハ、喧嘩クライハ許ソウ。ソウシナケレバワカラナイコトモアルダロウカラナ。ソレヲ制限スルコトハ、自由ヲ奪ウトイウコトニナル。貴様ハ、争イガ起キナイナラバ、人々ノ自由モ奪ッタ方ガイイト考エテイルノカ」
自由意志すら奪って平和を作り出そうとしているのかと、テミスは純粋に問う。喧嘩を売っているのではなく、ただ疑問に思ったことについて質問しているだけ。
『自由であることで争いが絶えないならば、自由も管理しなければならないね』
「ナラバ、貴様ハ民ヲ牢ニ入レテ育テルダケノ世界ヲ平和ダト思ウノカ」
それではもう人間は人間ではなくなる。ただの出洲のペットだ。平和だと思うのは出洲だけ。ほら平和だぞと強制される世界は、ただ家畜のようにされるだけのモノ。
「余ハソレヲ平和トハ思エン。心ガアリ、自由ニ生キルコト。ソレガ平和ダト思ウガ、余ハ間違ッテイルカ? 少ナクトモ、貴様ノ言ウ平和トハマルデ違ウモノダガ」
『君の民が諍いを起こしたとしても、平和だと言うのかい?』
「無論、程度ニヨル。ダガ、ホンノ僅カナ争イ、ソレコソ、チョットシタ口論クライナラバ、微笑マシイモノダロウ。平和ダカラコソ起キルコトダ。余ハ、ソレニ寄リ添ウゾ。ソシテ、口論ノ理由ヲ聞キ、解決スルタメノ案ヲ考エル。問答無用デドチラモ悪ト断ジルコトハ、決シテセンヨ」
喧嘩腰では無いからこそ、真正面から言ってのけるテミス。他の者には出来ない、澄んだ意見をぶつけることで、出洲は逆に反論が難しくなった。
「余モ支配者ト言ワレレバソウナノダロウ。ダガ、ソレナラソレデヨイ。民ガ自ラノ意思デ支持シテクレテイルノナラバ。ダガ、貴様ハ支持ヲ無理矢理サセヨウトシテイルノダナ。ソレハ違ウト思ウガ」
『ふむ……そういう考え方もあるのか。私はその在り方も良しとしよう。だが、良しとするだけだね』
「ホウ、アクマデモ、無理矢理ガ正シイト言ウノダナ。ナラバ、余ハ貴様トハ相容レルコトハ出来ナソウダ」
テミスの在り方は良しとして、それはそれとして自分のやり方も間違ってはいないと断じた。ここまで来ると、子供が駄々を捏ねているようにしか思えなかった。
出洲の意思は固い。いや、人の話を聞かないために、何も変わらない。テミスの言葉を聞いても、次の瞬間には忘れているとすら、聞きながら深雪は感じた。
テミスはなんだかんだ出洲をはっきり知らないので、疑問のぶつけ方が他と違います。故に刺さり方が違う。