後始末屋の特異点   作:緋寺

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人間の凄さ

 一方、深雪達は練度を上げるために訓練に励む。タシュケントが所属する秘密組織に向かうためには、まだまだ練度が足りないため、出来ることは全てやっていきたいと考え、次はスタミナトレーニングを選択していた。

 VRによる訓練は、あくまでも技術を学ぶ場所。しかし、深雪はまだ地力が足りていない。後始末の時の疲労感などからそれを実感していた。そのため、優先的にやりたいと思ったのが、実際に身体を動かす訓練である。

 

 スタミナトレーニングといえば、それは那珂と酒匂によるアイドル活動。一度は深雪が無理をしすぎて倒れたことがあるそれに、深雪はもう一度挑もうと考えた。

 深雪の申し出を受けた時、那珂も酒匂も大喜び。その場でプランニングをしていく。

 

「うんうん、深雪ちゃんがもう一度一緒にアイドルを目指してくれるだなんて、那珂ちゃんとっても嬉しい♪」

「アイドル目指してるわけじゃあ無いんだけども。でも、あの那珂ちゃんの踊り、すげぇいろんなところに()()んだよ」

 

 そして、深雪がそれをやるならと便乗した電と、自分の練度も上げていかなければと考えて付き合うことにした時雨も、同じようにトレーニングウェアでそこにいた。

 

 電は倒れるほどの訓練(レッスン)は受けていないものの、ハードトレーニングの噂は深雪から聞いている。だとしても、自分の体力の無さは理解しているため、今回は決心して深雪と同じものを受けることにした。

 時雨はそもそもアイドルとは何かもわかっていないが、人間のやることを監視するというのもあり、それを深雪がトレーニングになると言い切ったため、試しにやってみようと考えた。

 

「それじゃあ、まずはストレッチね。訓練(レッスン)自体は、ゆっくりと精度を上げていくから頑張ってね♪」

「こんなこともあろうかと、きっちり頑張れそうな振り付けを考えておいたから、楽しみながら身体を鍛えよう♪」

 

 那珂も酒匂もノリノリである。ストレッチをして、ダンスミュージックを選曲し、振り付けを教えていく流れも、ニッコニコで進めていった。

 

「……これが何の鍛錬に繋がるんだい」

 

 やはりと言ったところか、時雨がこのトレーニングに対して難色を示す。音楽に合わせて踊るという、到底戦闘には繋がらないことを、訓練と称してやらされようとしていることに、疑問しか浮かばない。

 それに対して、ふっと鼻で笑いながら肩をポンと叩く深雪。そして、ニチャリと笑顔を見せた。

 

「やってみりゃわかる。いくらお前でも、音を上げると思うぜ」

「はは、まさか。踊るだけだろう」

「馬鹿にしない方がいいのですよ」

 

 電も注意するほどである。軽めの訓練であっても、このダンスはそれなりにハードだ。それをかなり重めに設定しているのだから、最初から戦えるカテゴリーMの時雨にとっても、これは間違いなくハードなトレーニングになる。

 だが、時雨の持っている知識では、踊るという行為はよくわからないものの、()()()()()くらいの認識である。さらには、戦いとは無縁の人間の文化ということで、やはり下に見ていた。

 

 故に、このトレーニングで、ある意味人間の恐ろしさを知ることとなった。

 

 

 

 

「ど、どうよ。今日は倒れなかったぜ……!」

 

 那珂が指定し、酒匂が振り付けを教えた曲を数曲踊り切った深雪は、気を失うことなくそこに立っていた。とはいえ、膝に手をつきゼエゼエと荒い息を吐きながらではあるが。

 最初期はまだ生まれて間もないタイミングだったというのもある。しかし今では、後始末を何度も繰り返し、その間に各種訓練もそれなりにやってきている。そのおかげで、しっかりスタミナはついていた。

 

「深雪ちゃんは本当に筋がいいね♪ 那珂ちゃんのバックダンサー出来ちゃうよ!」

 

 那珂が興奮するほどに、深雪は完璧にやり切っている。教えられたステップを教えた通りに踏むことが出来ており、そのうえ音楽に合わせることもしっかり出来ているため、リズム感もあることがよくわかった。

 凄まじい上達速度。スタミナはどうしても時間がかかるものの、技術面の成長は目を見張るものがある。教えたことはすぐ覚え、それを目の前でやってのける。

 

「ぴゃあっ! 本当にすごいよ深雪ちゃん! 結構難しい振り付け入ってたのに、ちゃんとやり切っちゃってるなんて!」

 

 酒匂としては、かなり難しいステップも組み込んだつもりだった。嫌がらせでも何でもなく、このステップがこなせたら()()()()()()()()というものをふんだんに盛り込んでいる。

 最初は苦戦してもいいから、懇切丁寧に教えて出来るようになってもらおうという願いを込めて。

 

「いやもうフラッフラだけどね……脚ガクガクだもんよ」

「これ、あの気を失ったときのよりも難しいんだからね!?」

「あ、そうなんだ。道理で知らない足捌きがあると思った。でも、やってのけたぜ……!」

 

 そこで限界が来たか、大きく尻餅をついた。だが、気を失うようなことはない。息を荒くしつつも、もう立てねぇと言いながらも、やり切った喜びで満面の笑み。

 

「す、すごいのです深雪ちゃん! 電は途中で抜けちゃいましたけど、全部やり切っちゃったのですぅ!」

 

 電はスタミナが足りない上に脚がうまく動かずに最終的にはドロップアウト。運動神経は深雪の方が段違いということがここでもわかる。

 そういう意味では、カテゴリーWの2人はうまく分担出来ているといえるだろう。深雪はこの訓練を通して見えていた戦うための力──行動力、電は時雨からの指摘もあった人を見る目──洞察力。互いに足りない部分を補える力を持っている。互いにそれに気付くことが出来た。

 

「へへ、あたしはあんまり頭使えねぇからさ、身体使って電を守るぜ。だから、電はあたしのそういうとこ、守ってくれよな」

「なのです! でも、ちゃんと自分でも動けるようになるのです」

「違いねぇ。あたしももう少し賢くなるぜ」

 

 このアイドル活動でも、2人の絆は深まることとなる。互いの欠点がよく見え、それを相方が持っていることに気付くことが出来、補える関係であることを理解した。

 とはいえ、電はもう少しスタミナを鍛えなくてはいけないのは確か。技術はさておき、途中で降りることにならないようにはしたいと決意していた。

 

「深雪ちゃん、こういう時こそストレッチしておいてね。自分で動くのがしんどいなら、電ちゃんに手伝ってもらってね」

「だね。電、ちょっと手伝ってくれ」

「なのです!」

 

 那珂に言われて、動き回って疲れ切った身体をほぐす2人。特に脚はステップを覚えるために動かしすぎというくらいだったのでパンパンである。艦娘も足がむくむということがあるらしい。

 ストレッチというよりはマッサージのように脚を捻ったりグリグリと押し込んだりして、その疲れを取るように揉み続けることになった。

 

 そんな2人を眺めつつ、一言も発することが出来なかったのは時雨である。ただ踊るだけで何が訓練だろうと疑問に思っていたが、それを身体にわからされていた。

 最初の深雪と違って気を失うまでやることはしなかったものの、今や立ち上がることも出来ず、息も簡単には整わない。

 

「なめてた……ここまでとは思わなかった……」

 

 電よりは長く続いたが、深雪のようにやり切ることが出来なかった。それだけなら良かったのだが、ステップがグダグダになっていたのは自覚していた。リズム感も無い。戦うこと以外に身体がうまく動いていないようにすら感じた。

 深雪は完璧だっただけあり、キレもあった。見ていて素人目でもわかる。コレに関しては、時雨であっても納得せざるを得なかった。

 

「ちゃんと訓練になってるのもわかるだろ」

「ぐぅ……何も言い返せない……」

「人間の文化も捨てたもんじゃあないよな」

 

 艦娘や深海棲艦には無いもの。それが、()()()()()()()だ。艦娘は人間からそれを学んでいるため知っているが、生まれたばかりであり、人間に対して憎しみを持っているカテゴリーMである時雨に与えられた知識には、そのような文化に対するモノはない。

 その娯楽の中にも、今回のように身体を鍛えることが出来るモノがある。特にこのアイドル活動は、那珂と酒匂が監修しているだけあって、効果は絶大。代わりにダメージが大きいというリスクはあるものの、それは間違いなく成長に繋がっている。

 

「悔しいけど、これは僕が折れるしかないね……」

「わかってくれて嬉しいな♪ それじゃあ、少し休んだらまたやる?」

「勘弁してもらっていいかな!?」

 

 本当に音を上げることとなった時雨に、トレーニングルームは笑いに包まれた。

 

 

 

 

 風呂の後は昼食。そして午後の自由時間。深雪としては、長門にまた格闘技を教えてもらうか、VR訓練で海戦の技術を刻むか。電は格闘技の部分が精神鍛錬になるかというところ。

 直近で必要なのは、秘密組織に向かうこと。そのためには、タシュケントが言っていた問題児をどうにかする力が必要である。間違いなく喧嘩が始まるのなら、戦える力がどうしても必要になる。

 

「海の上で戦う力よりも、生身で戦える力の方が優先度高いかな」

「何とも言えないのです。でも、すぐに必要なのはどちらかと言えばそちらなのですよね……」

 

 電としては喧嘩はあまり嬉しくない解決法。しかし、あちらから突っかかってくることがほぼ確定しているというのなら、対策だけはどうしてもしておかねばならない。そうしなければ深雪がただやられるのを見ているだけになってしまう。

 しかし、電には喧嘩が出来るほど力も度胸も無い。それ故に、深雪に頼らざるを得ない。その深雪がやるというのなら、文句は言えない。だからこそ、それを全力でサポートすることに決めている。

 

 それが電にとって辛い決断になったとしても、自分の出来ないことを深雪がしてくれるというのならば、従う覚悟はあった。

 

「あのぶいあーるってのは、練度に繋がらないのがちょいと辛いよな」

「仕方ないのです。頭の中だけで組み立てるだけなのですから」

「だよな。でも技術は必要だし、後回しにしてもやらなくちゃだ」

「なのです」

 

 などと言いながら午後何をするか考えていると、そこまでの話を聞いていた時雨が首を傾げていた。

 

「なんだい、そのぶいあーるっていうのは」

 

 当たり前だが、時雨はVRによる仮想空間での訓練のことなんて知るわけが無い。

 

 海に出られなくても、海に出ているような訓練が出来る場所だと説明すると、時雨は驚きを一切隠すことがなかった。人間の技術は何処まで先に行っているのだと。身体を動かすことなく技術を学べる場が、この艦の中で自由に使えるというのは、むしろ恐怖すら感じた。

 信頼出来るであろううみどりですらそれならば、信用出来ない人間達も同じことをしているに決まっている。それに打ち勝とうとするならば、自分もそれをやっておかねばならない。そこに辿り着く。

 

「深雪、電、僕の我儘を聞いてもらえないかな」

「ぶいあーる訓練がやりたいって言い出すんだろ」

「ご名答だよ。是非それをやらせてほしい。人間のことを知るためにも、それを身体で知りたい」

 

 悪意を持ってではなく、単純な興味として。そう見た深雪と電は、いずれやることになることがわかっているのだから、午後からの訓練はVR訓練にすればいいと、時雨の提案に乗ることにした。

 

「ハルカちゃんに許可を取れば使えるはずだから、お前もやらせてもらえると思うぜ」

「でも気をつけてくださいね。あれ、終わった後に物凄く頭が痛くなるのです」

「……もしやそうやって僕達を陥れようと」

「してねぇよバカ。人間でも頭使いすぎて痛くなるんだから、それと同じだよ」

 

 ちょいちょいと時雨が人間不信を拗らせるものの、深雪のツッコミで正しい道に矯正される。

 

 

 

 

 そんなやりとりが、電にとっては少しおかしくて、クスリと笑みを浮かべることになった。

 




この世界の人間の技術力はかなりなモノ。人間不信の時雨にとっては、恐怖に繋がってもおかしくないですね。
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