苦言ではなく疑問をぶつけたテミスとの対話であっても、出洲は自分のやり方を間違っているとは思わなかった。テミスのやり方、自由を与えて多少の小競り合いなら許容する、むしろそれくらい平和の一部と見做す方針を、そういうのもあるのかという程度でしか考えておらず、受け入れているように見せかけて、その実、一切揺らいでいない。
その態度に、テミスもこの出洲とは相容れることは出来ないと断じ、それ以降の対話をやめた。テミスが対話をやめるというのは、どれだけ話しても自分を曲げずに身勝手なことを言い続けた阿手の側近を相手にした時くらいである。あちらの場合は見捨てたと言った方が正しいのだが、出洲の場合は話す意味がないと理解した。
『さて、もういいかな。君達の話を聞いているのも、そろそろ限界だ。時間が押している』
出洲の声色は平坦。これまで言われたこと全てが、その心に届いていない。本来の用件、いつ決戦となるかをさっさと言えという気持ちでいっぱいであり、相手のことなんて何も考えていない。どれだけ話しても自分のことしか考えていないのだ。
『この通信は、君達がいつ私達との決戦に赴くか、その合意を取るためのモノだろう。私は余計な世間話をしに来たわけではないよ。遊んでいるわけでもない。数少ない時間を、君達に割いているに過ぎないんだ。流石にもういいだろう。言いたいことも言えてスッキリしたんじゃないかい。なら、用件を言ってもらえるかな』
そしてこの態度である。文句を言われて、苦言を呈されて、それを世間話と言い、神経を逆撫でするような態度で用件を聞く。これまでこちらが何をされてきたかを全く考えていない。これまでの気の毒だとか供養をしたいという言葉も、今この場で思い付いたから口に出しているだけの上っ面にしか聞こえなかった。
単純にイラつかせる天才。本人にその気が無くても、周囲には気に入らない物言いを確実にしてくる。
「……あたしからも聞きたいことがある」
『おや特異点、何か用かな』
「お前、この島にあたしの別個体を送り込んできただろ。それに、別の場所にも。アイツ、一体何なんだ」
深雪からの問いは、あの別個体、黒深雪について。メッセンジャーとして来ただけなら、ただの敵対する相手としか認識しなかっただろうが、黒い煙幕、特異点の力を使ってきたのだから話が変わる。
『ああ、彼女かい。君もわかっているだろう。特異点の力の解析のために、君の左腕を植え付けさせてもらった被験体さ。彼女も進んでその力を得ようとしてくれた』
「……お前にとって、アイツは被験体っていう程度のヤツなのか」
『いや、そんなことはない。非業の死を遂げたことを憂いて、私は彼女にもう一度生を与えた。あんな終わりは認められないだろう。この世界の悪の部分に命を奪われたんだ。許されるはずがない』
言っていることは綺麗だ。本人の望まない死、しかもその後に死姦までされていたというのだから、その犯人のことは許せないし、可能ならば蘇らせてやりたいとだって思う。それが不可能だから、悲しみが強く、同じようなことが起きないとように、厳格に罰するのだ。
『彼女は私にとって、被験体であり、同時に仲間でもある。愛しむ対象であり、共に歩む権利を持つ者だ』
「でもアイツは、あたしが始末出来たら、この世界から特異点が消えたら、自分も死ぬっつってたぞ」
『この世界に特異点はいらない。そこから彼女自身が導き出した答えだ。私はそれを強要していない。終わったら死ねだなんて、口が裂けても言えない。だが、彼女はそれを選択したんだ。彼女の覚悟を無下には出来ない』
「お前が特異点の力を植え付けたからだろうが」
『ああ、君をどうにかするためにね。いや、もう今は君だけでもないか。特異点の親玉というのがいるらしいね。君の姉、吹雪だったかな』
特異点Wでのことを、しっかり出洲にも伝えている。特異点を生み出す場所と言っても過言ではないあの場所。そこにいる、深雪以上の力を持つ特異点の原点。願いの実のことは知らなくても、吹雪という存在がここにいるというだけで、出洲にとっては邪魔者としか感じないようである。
『君が終われば、次はそこだ。もう場所もわかっている。必ず特異点は始末する。この世界の人々を堕落させる元凶、特異点がもう二度と生まれないようにね』
「……出来ねぇよ、お前如きじゃあな。吹雪には絶対に勝てない。悪いことは言わねぇ、アイツに手を出すのはやめとけ。その前に、あたしがお前をぶっ飛ばすけどな」
『ほう、なかなか興味深いことを言うじゃないか。ならば、よりやらねばならなくなった。それほどの力を持つ特異点がこの世界にいるのなら、確実に世界は堕落する。その存在を頼り、人々はそれに依存するだろう。到底許されるはずがない』
自分が管理して自分に依存させ、争いも何もなくすことは、やらねばならない使命のように語るのに、それを他人がやるのだったら許されざる悪として認識する。この歪んだ思考に、もうツッコミを入れるのも疲れていた。
自分は棚に上げ続けて、他人だけを淘汰し続ける、ひたすら我儘を押し倒そうとする歪んだ正義。何を言われても変わらない。歪んだままで、真っ直ぐ一本の根幹が出来てしまっている。
『ともかく、彼女は君をどうにかするという気で、その禁断の力に手を出したんだ。私はその気持ちを汲んで、そして君を終わらせるための力を得るため、彼女を使わせてもらった。互いに同意の上だ。何か問題があるのかな』
「……お前の中ではそうなんだろ。お前の中ではな」
『よくわかっているじゃないか。それは、君にも言える。君が彼女を気の毒に思うのは勝手だ。だが、それは君の中の話。私と彼女の話に割り込むことは出来やしない。自分でもわかっていることだろう、特異点』
平行線であることはわかっていたこと。深雪とて、自分の思う正義を信じていると言えば、それは間違っていない。これまでの生き方で学んできた世界のあるべき姿。それを目指しているのだ。
出洲はその目指す先が違う。それがひたすら自分本位なだけ。考え方自体は、同じなのだ。向いている方向が全く違うし、やっている手段も全く違うが。そして辿り着いた先の未来が平凡か破滅かの違いも。
「話にならないことはよくわかった。お前に聞いてた無駄ってこともな」
『ああ、私も同じように思っていた。我々は相容れぬ存在。私を止めるために立ち塞がる君とは、一生交わることはないだろう』
「ああ、だろうな。あたしは折れねぇ。お前も折れねぇ。だったら、もうこれ以上何も変わらねぇ」
深雪は大きく溜息を吐いた。
「お前の目論見、必ずぶっ潰してやるから覚悟しておけ」
『ああ、待っていよう、その時を。決着はつけなければならないからね』
「……ハルカちゃん、もう、いい。コイツは何言っても無駄だ。本題、入ろうぜ」
たったこれだけの会話でも、深雪は少し疲れた顔をしていた。まるで壁に対して殴りつけているような感覚。何をしても変わらない。こちらが痛いだけ。そんなヤツを相手しているだけでも疲れる。
『ようやくか。では、君達はいつ、我々に対して牙を剥こうというのかな』
「……1週間後。アタシ達にも休息する権利がある。これだけ長期間の後始末をすることになったんだもの。文句は無いわね?」
『ああ、構わない。お互い十全の状態でやり合おうじゃないか。こちらも、全戦力でお相手しよう』
そこで、割り込むように入ってきたのは神風である。これが話したくてここまで来たまであった。
「彼女も、あの刀を持つ貴方の仲間も出てくるのよね」
『君は……ああ、そうか、一太刀入れたが特異点の横槍でトドメを刺さなかった神風がいるとは聞いていたが、君がそれか』
「ええ。伝えておいてもらえるかしら。そこにいるなら直に聞かせなさい」
神風にしてはなかなかに強気な態度で強い言葉。
「彼女とは、腹を割って話したいのよ。彼女は私と同じところがあるから。だから、この戦いで、必ず手合わせさせてもらうわ。伝えておきなさい」
『なるほど、君はなかなか武士道を重んじるようだね。わかった、伝えておこう。お互いに、そうでなくては収まりがつかないだろうに』
珍しく素直に、出洲はそれを引き受けていた。いや、おそらく中柄も最初からそのつもりだったのだろう。決戦で、神風と決着をつけると。
神風はもう一度対話を望んでいるが、最終的には斬り合いに発展する。それを覚悟の上で、出洲ではなく中柄に宣戦布告をした。
一度やられたからと言っても、絶対に逃げない。むしろ、次こそはと挫けることなく前に進む。それが神風だ。
本当ならば、ここで中柄と話せればと思っていた。出洲に向けての宣戦布告ついでに、個人的な相手への宣戦布告も出来たらラッキーくらいに思っていた。
神風にとって、中柄はそれだけ強い因縁の相手だ。同じ母という立場。自身が間違った道に走った場合の成れの果てとも言えるその姿は、どうしても打ち勝たねばならない相手として認識していた。
『用は済んだね。では、また1週間後に会おう。我々は、君達との最後の戦いを心待ちにしている』
一方的に通信が切られる。だが、これで話したいことはおおよそ話すことは出来た。文句は言ったところで何も変わらない。吐き出したかったことは大概吐き出した。
ならば、もう終わりだ。出洲と話すことなんて、もう何もない。
決戦は1週間後。それまでに、全ての準備を終えることとなる。
目処はついているようなもの。準備不足で立ち向かうなんてことは、ない。
出洲が狂っているということだけはよくわかった通信でした。そりゃあんだけ言っても何も変わらないんだから、これ以上文句言っても無駄。口にすることで多少はスッキリ出来るけど、何も聞いていないなら違うストレスが溜まる。