出洲への宣戦布告を終えた時、そこにいた者は次々に溜息を吐いた。面と向かって対話をしたことがある深雪達は勿論のこと、話を聞いていて初めてその場にいる者達も。
「いやぁ、口を開かなくてよかったよ。ありゃあ確実にあたし罵ってたわ」
「グレ様ならばそうしていたでしょうね。白雲も黙っておいて正解でした。悪い空気をより悪くしていたかもしれませぬ」
「だよねぇ。ありゃあ真性のクソだわ」
グレカーレがケラケラ笑いながら口にする。黒井母や時雨が思いの丈をぶちかましても暖簾に腕押しだったところを考えると、グレカーレがどれだけ強い言葉を使っても何も効かないどころか、それに対して否定的な言葉を紡いでもくるだろう。
ストレスを発散しようとしたら、ストレスが余計に溜まるという悪循環は確実にある。ただ聞いているだけでコレなのだから。
「なんだいなんだいアイツは! 人の話を聞かないのに、自分の話は押し通すようなことしやがって!」
「おばさん、落ち着きなよ。気持ちはわかるけど、ここで興奮してたって何も変わらないよ。血圧上がるよ」
「アンタもよくあれで我慢出来たね。もっと言っても良かったんじゃないかい?」
「言ったところで無駄なんだ。こっちがこういう思いをしてると聞いても、そうかで終わるような奴に、長々話す義理もないよ。ここからは口でなく手だ」
激昂する黒井母を宥める時雨。出洲という存在の性質を考えると、ただただ言いたいことを言ったところで意味がない。なので、聞かせたいことを言えたのだから、それで終わりでいいと時雨はさっさと切り替えていた。無駄なことでストレスを溜めたくないという気持ちが滲み出ていた。
「確かにありゃあ関わりたくないようなヤツだよ。軍港で待ってた方が良さそうだね」
「当たり前さ。おばさんが被害者であっても、アレは刃向かったら容赦無く始末しに来るんじゃないかな。戦うことも出来ないのに、立ち向かっちゃいけないね」
「まったくだよ」
これにより黒井母は改めてうみどりから下船することを決める。出洲と戦うことのリスクがどれほどのモノかを、今この対話によって理解したようである。強い弱いではなく、顔を合わせること自体が面倒臭いというのが大きい。戦える者はそれでも立ち向かうが、戦えないのならばそこは諦めてもいいと納得した。
時雨も黒井母がここでその考えに至ってくれたことを内心ホッとしていた。戦闘で守らねばならない者が増えるということは、十全に戦うことが出来なくなるということ。1人でも減ってくれる方がありがたい。
「フム、貴様ラガ言ッテイタ意味ガヨクワカッタ。奴ハ余ト相容レルコトハナイ。余ノ島ノ民ニモ要ラヌ。最強艦隊ニモ不要ダ」
テミスですらこれである。大概の者に対して勧誘を試みたり、民となって共に生きてみないかと誘ってみたりするのだが、出洲に対しては徹頭徹尾その傾向が見えなかった。
考えが違うだけならばこうはならなかっただろう。しかし、どれだけ話しても絶対に譲歩せず、自分に従うことが最善だと示し続けている。他者の考えを受け入れるようでいて、それは言葉だけであると聞いていてわかった。テミスの思想も、その在り方を良しとすると言っただけ。間違いなく改善など考えない。
もし仲間になったとしても、存在そのものが和を乱す。ならば、この島にも要らない。そう断言した。
「神風……最後、個人的に宣戦布告したな」
「ええ、ごめんなさいね、少し地を出しちゃったわ」
「いや、そりゃそうだよなって思った。あの出洲の仲間の奴にゃ、因縁があるもんな」
深雪に尋ねられ、神風は恥ずかしげに笑う。敗北を喫した相手、中柄との決着をつけるため、出洲との戦いの中でも、それ以上に中柄との戦いを望んだ。
決戦では、結果的に全員を相手取ることになるだろう。中柄もその中に含まれている。前回の戦いの雪辱を晴らすため、うみどりの勝利のため、中柄は自分が受け持つと決意している。
そこに私怨が混じっていることは否定しない。次こそ勝たねばならないという意地と覚悟、そして、同じ『母』として負けられないという強い気持ちを持っていた。
「ハルカちゃん、申し訳ないけれど、このお願い、聞いてもらえるかしら」
神風は、無理を承知でそれを望む。対する伊豆提督は、困ったような表情を浮かべることはなかった。
「アタシもそのつもりだったわ。一度相手をしていることもあるし、相手の出方からして、神風ちゃんが一番適していると思っていたわ。正々堂々とぶつかり合うことも考えれば、アナタがぶつかるのが勝率が高いわよ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。負けたことが頭にこびりついてるってのもあるけど、アレとはもう一度向き合いたいの」
「そうよね、アナタならそう言うわよね。またその時になったら伝えるけれど、そのようになると思っておいてくれればいいわ」
出洲との戦いは1週間後。最後はその時に決まるのだが、方針だけはそのようになる。神風も、ありがとうと一言。
「さ、戻りましょ。この島での後始末は、これで本当におしまいよ」
「打チ上ゲノ残リモアル。食事ガ追加サレテイルダロウ。心ガ疲レタノナラバ、食ベテ忘レヨ。余モソウスル」
昼食での打ち上げだったわけだが、流れで夕食にもつれ込む。そこは、打ち上げの第二陣、今日という日、後始末終了を祝う時間となっているのだ。
地下施設から戻った時には、外は真っ暗。しかし、インフラ整備が終わった島は明るく照らされ、帰り道はこの島の未来のように明るい。
帰る一行の表情は決して明るいわけではないのだが、それでもどんより暗いわけでもなかった。出洲にストレスを与えられたものの、それ以上に戦いに向けての決意と覚悟が強い。
「オ帰リ。オ夜食ヲ用意シテイルワ」
港で出迎えてくれたのはセレスと、地下施設に向かっていくのを見届けた残りの者達。少し心配そうにしていたが、伊豆提督達の表情からして、失敗ということはなさそうだったので一安心。
「お母さん大丈夫だった!?」
だが、一般人である黒井母が向かったのはどうしても心配にはなるようで、早速娘である蛍が母に駆け寄る。透もその後ろから心配そうに歩み寄った。
そんな姿を見て、ニッと笑う黒井母。
「大丈夫さね。ただ喋っただけなんだから。まぁ、気に入らないことは沢山あったけども、その程度だよ」
「もう……顔を合わせないとはいえ、敵の親玉に難癖つけに行くとか、滅茶苦茶すぎるよ……」
「なぁに、アタシからしてみりゃ、あんな奴小物だよ小物。うみどりで生活して、この島を見てりゃ、本当に上に立つモンがどういうヤツかってのは嫌でもわかるもんさね。ハルカちゃんにも王様にも及ばないよあんなのは。人の話も聞かないような王様に意味があるかって話さ」
あの時言えなかったことも、思いつくことを次々に言葉にする。そして、それを聞いている地下に向かった一同はその通りだと頷く。
「ほんの少しでも従わされたってのが汚点だよ汚点。まぁ阿手とアレは話が変わるけどさ、あんな思想に従うわけにゃあいかないね。アイツにどうしても恩があるってなら話が変わるけど、それでもあの道から離れてもらいたいってもんさ」
「そうなの……?」
「ああ、自分のやり方が一番で、この島の在り方は良しとしてやるって態度だったんだよ。ありゃあ、下手したらこの島の存在も気に入らないって潰しにきてもおかしかないね」
「うわ……」
蛍が嫌な顔を見せた。
「特異点は人々を堕落させるって言いながら、自分は争いを無くすために全員をアタシ達みたいな身体にした挙句、首輪つけて飼い慣らすってつもりらしいんだからタチが悪いね。薬飲ませて洗脳させてる方がまだ自由があったんじゃないかい」
嫌な記憶ではあるが、元々阿手に従っていたカテゴリーY達ですら、もしかしたら阿手の方が生優しかったのではないかと錯覚してしまう。
行動に徹底的な制限をかける出洲と、自由意思とは言わないものの自分に従うように洗脳してそれ以外は大体普通に生活をさせていた阿手だと、どちらが民にとって苦痛なのか。やっていた非道レベルは阿手に軍配が上がりそうだが、見えている未来が悲惨なモノになりそうなのは出洲では無かろうか。
結論、どっちもどっちではあるのだが。
「ともかく、アタシはあんな奴の言いなりにゃあなりたかないね。争いを無くすために争って、言うこと聞かない奴は全部強制的に押さえつけるだなんて、平和でもなんでもないって話さね」
「うん、聞いてる限りお母さんの言う通りだと思う」
「かぁーっ、これ本人の前で言いたかったねぇ!」
「大体言ってたと思うけどね」
時雨がすかさずツッコミを入れたものの、阿手と比べても大差ないどころかお前の方が悪いところがあるぞと言ってやれば、あの出洲も見えないとはいえ顔を顰めていたかもしれないと、今更ながら思った。
「まぁ、僕はアイツとの戦いに出向くんだ。おばさんのその言葉、伝えられたら僕が伝えておくよ。何を言っても聞かないと思うけどさ」
「ああ、頼んだよ時雨。自分に頼らせることはよくて、特異点に頼るのは罪とか言うダブスタ野郎は、完膚なきまでにぶっ潰してきな」
「任せてよ。どうせ次で終わりなんだ。必ず潰してくるさ」
黒井母と時雨、妙に気が合う謎の友情に、周囲はほっこりとしつつも笑っていた。
面と向かってそれを伝えることが出来るかはまだわからない。伝えたところで何も変わらない可能性の方が高い。しかし、出洲にはそれだけ言いたいことだらけであることは間違いない。
でも出洲はお前阿手と同じかそれ以下だぞと言われたらちょっと嫌そうな顔しそう。