ついに後始末が終わり、島を発ったうみどりは、軍港に向かう前にまず有道鎮守府に立ち寄る。というのも、これまで手伝ってくれた面々を送り届ける必要があるからだ。結局いろいろあった浜風と、あちらの代表とも言える鳳翔は、そのまま連れていくわけにはいかない。
また、有栖鎮守府から派遣されてきているQE姉妹、ウォースパイトとヴァリアントも、ここでお別れとなる。後始末を最後まで手伝ってくれており、時には土に塗れて作業をするお姫様達とも、なんだかんだで長い付き合いとなっていた。
有道鎮守府まではそこまで時間はかからない。島が水平線の向こうに消えてから、それほどしないうちに陸が見えてくる。そして、そのまま鎮守府の姿も確認出来た。
事前に伝えておいてあるため、鎮守府の工廠では有道提督が待っていてくれた。自分の部下が起こした
「お疲れ様でした。私達は後方支援くらいしか出来ませんでしたけども」
「充分よ。むしろ、これからあの島と一番接することになるのはアナタなんだもの。アタシ達は一旦離れるけれど、後はよろしくお願いね」
「はい、任せてください。定期的な補給物資の輸送、あとは念の為の監視……という言い方は人聞きが悪いので、交流を続ける感じですね」
これまでの25日はうみどりがメインとなって島民達と交流をしていたが、ここからは有道鎮守府の者達が基本となって島民との交流を続けていく。
後始末に参加していた鳳翔と浜風、物資輸送のメインとなっていた皐月と文月、その他この鎮守府に所属する者達は、穏やかな深海棲艦とカテゴリーY達を相手にする。既にどういう存在かを理解しているので、ここで何か問題が起きることもないだろう。
「心配はしていませんが、何かあったらまたヘルプかけます」
「ええ、それで大丈夫よ。いつでも……は無理かもしれないけれど、呼ばれたらなるべくすぐに駆けつけるからね」
「はい、よろしくお願いします」
伊豆提督との話もそこそこに、ここに戻ってきた浜風に目を向ける有道提督。非常に申し訳なそうに立ち、深々と頭を下げる浜風に、有道提督は深い溜息を吐いた。
「浜風……反省出来たみたいだけど」
「はい、私のしでかしたことがどれほど愚かだったか、強く理解することが出来ました。深く反省もしております。どのような罰も受けます」
この鎮守府を出ていく前とは雲泥の差。忌雷アンチでずっとイライラしていた浜風はもうそこにはおらず、あの島との交流もあって、真面目で穏やかな本来の浜風が取り戻されたと言える。
「浜風は、あの島との交流のリーダーになってもらうよ。皐月と文月は少し補給に向かっただけだし、一番慣れてるでしょ」
「はい……私か鳳翔さんになるかと」
「なら都合がいいね。これからあの島関係には必ず参加してもらうから。いいね?」
「はい……っ」
後始末に参加していたというアドバンテージはかなり大きい、任せられる部分も多いというもの。浜風とて、海の上ばかりを掃除していたわけではないのだ。テミスとも話をしたことがあるし、カテゴリーY達とも面識がある。そして何より、そこで生まれた忌雷達に対して、そのアンチな心が反応しなくなってくれている。
これならば、穏やかな心で島とのやり取りも可能であろう。むしろ、これまでの延長線上と言ってもいい。基本はこの鎮守府にいるが、何かあればすぐに島に駆けつける。その役割を担うこととなった。
「というわけで、島の補給に関しては任せてください」
「ええ、頼りにしてるわ。もしわからないことがあったら、アタシ達うみどりや、大本営に直接連絡してちょうだい」
「了解です」
有道鎮守府のこれからの活動は、海の平和を守る本来のモノに加えて、島との交流が含まれることとなる。穢れが失われても、島の自給自足が成立しても、その交流は続くことだろう。
そしてここで、QE姉妹もうみどりを降りる。ここで落ち合ったのだから、ここでまた別れるのも当然のこと。
「島の攻略、それに後始末、とてもいい経験となったわ。Thank you very much indeed」
「僕もこの戦いは経験出来て良かった。まぁ二度目は勘弁してほしいけれどね」
姉妹共々、今回の経験を楽しみ、次に活かそうとしている。普通の鎮守府が活かせそうな場面はなかなか無いと思われるが、それでも特殊な経験というのは、後々何かに影響を与えることもあるだろう。島の攻略、陸での戦いなんて、今後何度もあっては困るが。
「Admiralにも伝えておくわ。とてもよく扱われたって」
「アリスちゃんにはアタシ達もお世話になったからね。次は、桜ちゃんの治療法を伝えたいものだわ」
「そこは僕達には手が出せない分野だからね。よろしくお願いするよ。応援している」
「ええ、サクラが元に戻れば、私達の鎮守府は本当に元通りだもの。頼りにしてるわ」
最後に2人と握手をして、うみどりへの派遣は完全に終了。ここからは別の道。
「何かあれば、我々もすぐに駆け付けます。Admiralハルカ、ご武運を」
「ええ、お互いに、ね」
有道鎮守府での用も済んだので、改めてここからは軍港に向けて出発となる。時間はそれなりにかかり、到着は翌々日早朝というくらいとなると考えられる。明日は丸一日をうみどり内で過ごし、明後日から少しの間は休息。
軍港から出洲の拠点までは、おおよそ1日半くらいと考えられており、逆算すると5日までは余裕がある。軍港での休息の時間は、おおよそ2日ほど。それだけあれば、リフレッシュくらい出来るだろう。
その軍港でも別れがある。軍港鎮守府から派遣されていた川内筆頭の3人。そして、これまでずっとうみどりに付き合ってきたカテゴリーYとなった者達。島で保護した一部の者達もそこで降りる。
カテゴリーY達はうみどり管轄では無く、軍港鎮守府管轄へと変わり、保護された者としてある程度の自由は約束されていた。以前の少し長めの休息の際には、平瀬や手小野のような者達も、上手く偽装して街に足を伸ばしている。
「深雪ちゃん、ごめんなさいね。また特異点の力に頼っちゃって」
「いやいや、これくらいお安い御用ってもんだ。せっかく軍港にいるってのに、鎮守府に引き篭もる羽目になるなんて、ちょっと嫌だもんな。目の前に遊べる場所があるのにダメって言われんのはキツイぜ」
深雪が呼び出されたのは他でも無い。島で保護された者達の偽装のためである。その中でも最難関な存在がいるからだ。
「まぁ、アタシゃ鎮守府に引き篭もるさね。気にしないでおいておくれよ」
「えーっ、お母さんもあの街知っておいて方がいいよ。めっちゃ遊ぶところあるんだよ?」
「そんなこと言ってもねぇ、これはどうにもならないだろうに」
深雪による特異点の煙幕によって、角は見えないようにされているおかげで、外に出ることは可能になっているため、ある程度の自由は約束されているのだが、黒井母だけはどうしても偽装が難しかった。何せ身体の至るところからメンダコの脚が生えている。頭部の脚は髪飾りというには無理があり、腰回りの脚を服の装飾というのも無理がある。
私服に関してはイリスがしっかりと用意してくれており、ぱっと見で深海棲艦とわからないように印象を変える物を与えられている。黒井母より先に処置を施されている杏の母、紫苑も、見てわかるほどの凄まじい形状の角は見えなくなっており、さらに服装もこれまでとは大きく変えられたことで、これが実は深海棲艦の身体なんですとはすぐにはわからない。
黒井母にも服は用意されているのだが、それでは隠しようが無い部分も多々ある。
「あたしの力でもこれどうにかなるかわかんねぇな……角じゃなくて触手だもんなぁ……。角を隠すってより、髪に紛れさせるとかになるか……?」
深雪もこれには困ったモノである。隠し方が全く想像がつかない。上手く髪に紛れ込むようにしてやれば、遠目で見ればタコ脚が頭にあるなんて思えないか。
最悪、ある程度わからなくしてからフードでも被ってもらえば何とかなるのではと考えている。黒井母が変えられている戦艦未完棲姫は、身体側にも大きな特徴があるので、どうしても着る服が限られてくるのだが。
「とりあえずやってみるか……蛍、それに透、母ちゃんと一緒に遊びたいとか、そういう優しい願いを込めてあたしに触れてくれ」
「オッケー!」
「それで上手くいくのなら……っ」
優しい願いを叶えるのが特異点の仕事。子供達のその願いを親に叶えるため、深雪は少しだけ集中して煙幕を溢れさせる。
すると、その願いを受け止めた煙幕がスーッと黒井母の方に流れていき、頭や腰の周りに纏わりつくように浮かんだ。
「煙なのに煙くないってのは、なかなか面白いもんだね」
「煙であって煙で無さそうだしな。子供達が母ちゃんに何を願ってるか、そろそろ結果が出ると思う……っ」
深雪がそう思った時には、その変化は劇的に起きた。黒井母の文字通り透き通るような肌が色付いていく。実際は
特に大きく変わったのは、頭。タコ脚部分が髪の毛に見えるようになってきたことで、特殊なヘアスタイルのように見えなくもなくなったのだ。
「お、おおっ!? すごいすごい、なんかちゃんと人間っぽく見える!」
「そうなのかい? 触ってみると普通にタコ脚あるんだけどねぇ」
「あくまでも見えなくしてるだけだから。透と蛍にも見えてないだけで角があるんだ。母ちゃんのそれも、人の目に映らないだけだよ」
黒井母がタコ脚があるであろう場所に触れているようだが、周りからは髪を整えているようにしか見えない。
「はーっ、流石は特異点だ。便利なモンだねぇ。これ、一度やってもらったらずっとこのままなのかい?」
「今んところはね。そういう願いが叶ってるってことだから」
「なるほどねぇ。これで、なんの心配もなく、軍港で降りられるってわけだね」
そう、これは別れの準備。今別れるわけではなく、数日後に別れるため。
うみどりの中が、少し寂しくなる時への、緩やかな歩みであった。
最後の戦いに向けての準備は、まずは別れから。