一時的に日常が戻ってきたうみどり。決戦のために各々が準備しながら、軍港までの航路を進む。
深雪達は午前中は筋トレで時間を使い、まずは日常を取り戻したことを実感しつつ、うみどり食堂での昼食で腹を満たす。島での後始末の間は工廠厨房が基本だったため、こうして落ち着いた場所での食事も久しぶりだと感じていた。
「食ってるモノ自体はそんなに変わってないけど、食ってる場所で感覚変わるよなー」
「なのです」
「なんかまったりしちゃうよねぇ。美味しさもちょっと違うー」
「まことその通りでございますね。環境が味を変えるとセレス様も仰っておりました」
前代未聞の後始末が終わったことで、これまでとは違う落ち着き方をしているというのもあるだろう。ここから急かされていることもないし、やらねばならないことということもない。必要なのは時間のみ。ただいつも通りに過ごしていれば、その時が来る。
今はやれることを。それがうみどりの面々のやらねばならないこと。自主的に何が足りないかをハッキリさせて、それを補うようにこなす。深雪達が必要だと思っているのは──
「勘を取り戻す必要はあるよな、筋トレも、久しぶりだったからか、ちょっと前より出来てない感じしたし」
「後始末が長かったから、掴んだコツを忘れちゃったんじゃない?」
「かもしれねぇ。ってことは、戦闘のコツも忘れちまってるかもしれねぇな。そういう感じで身体動かした方がいいんじゃないか?」
戦闘のコツ。約1ヶ月に近い期間を、戦うこともなく、訓練することもなく、本来の業務である後始末に費やしてきたのだ。戦いをずっと離れてきたのだから、コツを忘れてしまっていてもおかしくない。
そんな状態で決戦に行こうと思っても、十全の力は出せないのではなかろうか。それを深雪は危惧した。まだ時間はあるとはいえ、勘を取り戻すための行動を取ることも必要だろう。
「よし、午後か明日は戦闘訓練だ。あの仮想空間での訓練、アレやりたいな」
「なのです。練度ではなくて技術を伸ばす設備ですけど、むしろ今はそれが必要な気がしますし」
「午後から空いてるかな。そうでなくても、明日使う予約をしておこうぜ」
VR訓練は、やれる者の数が限られている。設備が6台しかないため、そこまでしか出来ない。
今日の午前中は少なくとも4人、神風、時雨、夕立、綾波が入っていたことは聞いている。午後からはどうなのかはまだ知らない。
昼食を終えたらすぐに聞きに行こうと、やる気満々だった。こうして身体を動かすのも久しぶり。そもそもVR訓練自体もかなり久しぶりの部類だ。思い切り戦うことで、戦闘の勘を取り戻したい。
訓練の予約について取り持っているイリスに話を聞きに行くと、残念ながら本日の午後は既に予約が入ってしまっているとのこと。しかし、翌日は朝から空いているということで、そこに入れてもらうこととなった。
深雪を含めたいつもの4人。まだ2人余裕がある。というところに、深雪が望んでいた者が自分から来てくれた。
「おや、ちょうど良かった。深雪、仮想空間での訓練の予約かい」
「おう、都合いいところに来てくれたな時雨」
時雨である。うみどりでは仲良くやっている夕立や子日、Z1も一緒だ。午前の部では時雨と夕立だけがVR訓練をやっていたようだが、今回はまた違うことを考えていたようである。
「覚えてるだろ、後始末が終わったら」
「一度演習する。当然覚えてるさ。どちらの方が実力があるか、ここでハッキリとしておかないとね」
「つーわけで、時雨、明日の午前、相手出来るか」
「ああ、構わないよ。むしろ、僕もそのつもりだったさ。この4人で予約を入れた後、君を無理矢理予約しておくつもりだった」
「本人いないのに予約する気だったのかよお前」
とんでもないこと考えたなと苦笑しつつ、今回は目の前で合意が取れたのだから良しとした。
だが、ここにいるのは8人。仮想空間に入れるのは6人のため、どうしても2人あぶれてしまう。
「あ、そんじゃあ、あたしが一歩引くよ。あたしは仮想でも生々しく動くミユキやイナヅマを間近で見たいから入るようなモノだしね」
「グレ様が引くのでしたら、この白雲も一歩引きましょう。仮想空間に入らずとも、お姉様の勇姿を見ることは出来るのでしょう。白雲は、それでも大満足でございます」
中に入って勘を取り戻すことが目的だと話していたはずなのだが、と深雪は呆れつつも、その厚意に乗っかることとした。
「悪いな、2人とも」
「いいよいいよ、その代わり、シグレをぶっ飛ばすところ、見せてよね」
「おや、僕は深雪が負けるところを君達にお送りするつもりでいるけどね」
実際、演習というところだけで見れば、深雪は時雨に勝てていない。しかし、最後にやった演習は、深雪がまだ実戦を積んでいない頃。それに対して、時雨はカテゴリーMとして誕生し、いつでも戦えるような慣らされた即戦力。実力差がハッキリとついていた頃だ。
今はお互いにいくつもの経験を積んでいるため、どうなっているかわからない。強気に出ているが、深雪も時雨も、互いに互いの実力が未知数なところもある。協力して、並び立って戦うこともそこまで多くないのだから、ぶつかり合うなんていうのはさらに稀。
「正直、割と楽しみだよ。あたしにとっては雪辱を晴らせるかの演習だからな」
「僕にとっては防衛戦だ。まだまだ負けるわけにはいかないよ。同じように訓練はしているんだからね」
「だな。それに、お互いここまで
積んできた経験はお互い様。深雪の方がより濃いかもというくらい。あらゆる戦闘に率先して参加することとなり、最前線で戦い続けてきた経験により、最初の実力差を覆せているかは、深雪自身も知っておきたいところだった。
「それじゃあ、明日の午前中。6人で予約とっておくわよ」
「ああ、頼んだ」
最終的に予約をイリスに伝えて、その場を後にする。久しぶりの演習ということで、少しワクワクしていた。
「仮想空間での演習は、実際にやるのと違って、ぶち込んでもお互いにおかしなことが起きないもんな」
「あ、じゃあシグレの頭をさ、あの砲撃で消し飛ばしちゃいなよ」
「エグいこと言うなお前」
仮想空間ではダメージなんてない。殺意マシマシでやったとしても、どれだけ死ぬようなことをしても、痛みがあるわけでもなく、身体にダメージが入るわけでもない。殺すようなことをしても、現実は何も変わらないのだ。
そのため、本来なら出来ないようなこともいくらでも出来る。深雪の持つ、消し飛ばす砲撃を放つことだって可能。仮想空間で死んでも、すぐさま蘇るというだけ。ただ、その恐怖だけは頭に刻まれるため、それに対してどんな感情を持つかは、受けた者次第である。
「多分向こうも同じこと考えてるよ。だってシグレだもん」
「……否定出来ねぇ」
「ヤられる前に、ヤるんだよ」
グレカーレはより過激な方向に行くのを望んでいるようだった。それを観戦して楽しもうともしている。
「お姉様、あの時雨様に美しく勝利することを期待しております」
「それはそれで緊張するな」
「普段通りにしていれば、お姉様ならば優雅に圧倒されますとも」
白雲からの期待もすごい。深雪のことを神聖視しているのはいつものことだが、時雨には負けないだろうと既に考えているようだった。
だが、深雪はここで付け足す。
「仮想空間の中では、煙幕使わねぇぞ」
「おや、そうなのですか?」
「ああ、実力だけでやる。時雨もそうしてくると思うぜ」
そう、あくまでも特別な力は無しにしての演習である。深雪は特異点の煙幕を、時雨は『タービン』の力を、お互いに使わない。基礎能力だけで、お互いの実力を測る。
言い出してしまえば、深雪の煙幕があまりにもインチキすぎるのだ。敵に対して使うならまだしも、演習ですらそれをガッツリ使うのは少々ナンセンス。そもそも仮想空間でその辺りがちゃんと使えるかもわからない。
とはいえ、カテゴリーKの仮想敵として深雪を据えるのは間違ってはいない。黒深雪が煙幕を使ってくることがわかっているのだから、それを対策するためにも、本家本元の煙幕を相手にするのはいい経験となる。
それをするのは、おそらく軍港に到着してから。実戦形式の演習を、仮想ではなく現実でする時に行うことになるだろう。
「あたしと時雨、特別なモン無しでどっちが強いかを知っておきたいんだ。今なら……多分互角だぜ」
「なのです。深雪ちゃんの力は、ずっと成長し続けてきたのです。きっと時雨ちゃんにも勝てるのです」
「おう、勝つさ。手を抜くことも出来ないんだからな」
殺し合いとかではなく、ただ強さを証明する戦いなら、いくらでもやれるなと、深雪は少し武者震いをしていた。嬉しくない戦いではない、やってもいい戦いは、本当に久しぶりなのだ。せっかくならば、楽しもうと拳を握る。
「よし、それまでは別のところでなんかしようぜ」
「那珂ちゃんさんのところに行きますか? 持久力の確認とかも出来るのです」
「だな。じゃあ、アイドルのところに行こうぜ」
自分から行こうと思えるくらいにはやる気満々である。前までは地獄を見ていたが、今ならばきっと大丈夫だと。
事実、その過酷なトレーニングにも耐えることは出来た。普通ではない疲労は感じる羽目になるのだが。
その時は刻一刻と迫ってくるが、日常は続く。今を満喫し、この日常をまた取り戻すため、深雪達は楽しみながらも前に歩いていく。
深雪vs時雨、久しぶりの演習が決まりました。インチキ無しの実力勝負、海戦は時雨に分があるけど、近接戦闘に持ち込むと深雪に分がある。どのような戦い方をするか。