時雨とのVR演習を約束した深雪。その戦いは明日ということで、午後はレクリエーションルームで、那珂の下でアイドル活動による持久力底上げレッスン。ステップを学ぶことで、新たな戦い方にも繋がる。
とはいえ、それが終わればゼエゼエと荒い息を吐くことしか出来なくなるくらいには消耗する。深雪も大分疲労が溜まっており、電や白雲、グレカーレもぐったりである。気を失わずに最後までやり通せただけでも、随分の成長したと実感出来るほどだ。
「や、やりきれた、のです……っ」
「しんど……やっぱナカちゃんのアイドル魂ヤバいって……」
「ま、まこと、凄まじいモノ、でございますね……」
弱音というわけではないが、達成感と消耗で言葉がついつい出てしまうというもの。
「いやぁ……マジでクタクタだ。でも、前より耐えれたな、うん」
「深雪ちゃん、すごいのです……」
3人はヘトヘトで動くのも億劫そうだが、深雪は疲れたと言いつつも、身体をストレッチで慣らしているくらいである。那珂の考案したかなり激しい振り付けもこなしてコレなのだから、体力は相当ついている模様。身体の柔軟性も高いため、ポーズも大体上手く出来ていたようだ。
那珂からは本格的にアイドルになってみないかと打診を受ける程だったりするのだが、自分がやりたいことにそれが必要ならばとやんわりとお断りした。世界の後始末屋という夢に、アイドル活動が必要かは今はわからない。鎮魂歌などを歌えるようになるのは悪いことでは無さそうだが。
「休んだら晩飯だぜ。ほれ、身体ちゃんとほぐしとけよ」
「いやーん、ミユキにほぐしてもらいたーい」
「よしグレカーレ余裕そうだな。電、白雲、大丈夫か?」
「ちょいちょいちょい! か弱い乙女のグレちゃん放っておくとか!」
「そういうところだぞ」
漫才のようなやり取りも日常の内だ。こうしていられるのは心に余裕があるから。戦いを控えていても、こういう時には心を楽にしていたい。
うみどりはまだまだ航行中であり、止まる気配はない。明日も丸一日航行することになるだろう。それで軍港に辿り着く。
それまでの間は、こうして仲間達と共に心を穏やかに時間を過ごしていくだろう。ずっと緊張感を持ち続けていては疲れてしまう。故に、これだけ明るくのんびりとした時間を堪能するのだ。
翌日、決戦までの1週間、2日目。深雪は朝から少しソワソワしていた。緊張しているというよりは、武者震いの類である。
朝食を終えた後、一息吐いてトレーニングルーム、その奥のVR訓練の場へ。特殊なインナーを着て仮想空間に入る準備をすると、時雨も同じように入ってきていた。
「時雨、昨日もやってたよな。何してたんだ? 普通に技を磨くためか?」
「そんなようなところかな。抵抗はないけれど、相手が深雪であっても殺せるように慣らしていたところさ」
「物騒なこと言ってんじゃねぇよ。でもまぁ、必要かもな」
しかし、深雪自身も少しそれは考えていた。黒深雪と直接対決をした時、当然救うつもりで戦う。しかし、どうにもならない時は、その命を奪わねばならない可能性があるのだ。
煙幕を使っての戦いになるだろうが、それはあちらも同じこと。スペックにどれだけの差があるかはわからない。それこそ、覚悟の差などもあるだろう。加減をして勝てるような相手ではないはずだ。
もしその時が来てしまった場合、躊躇いはあったとしても、その命を奪うことが出来るだろうか。ぶっつけ本番だと躊躇ってしまうのではないだろうか。そう考えれば、予行練習はやっておくべきなのかもしれない。
「敵側に君の別個体がいることはわかってることだからね。同じ顔で躊躇わないようにしないといけないさ」
「だな……この演習の後、その辺りをちゃんとやっておくか」
「その方がいいね。あちらの部隊が誰かはわからないけれど、出洲に与して敵対するなら、命の奪い合いだ。その辺、覚悟をしておきなよ」
言われずとも、と返したかったが、それはすぐには出来なかった。まだその覚悟は足りていない。
深雪の後ろに控える電は尚更だった。救うつもりで戦う、絶対に救えると願っているが、本番ではどうなるかわからない。そもそも戦う事が出来るかも。ならば、せっかくの仮想空間なのだから、それを慣らしておくべきだろう。
「多分わかるだろうけど、君、次の戦いではわかりやすい目印をつけておいてよね。最近、耳に何かつけてるみたいだけど、戦闘中だとすぐには気付きにくいからさ」
「ああ、わかってる。つーか、それは全員に言えることだろうな」
ここ最近は、別個体が現れて敵対していることもあるため、軍港都市で購入したカフスを耳につけるようにしている。いつもの4人お揃いの、思い出の品だ。
だが、時雨の言う通り、耳についているモノはどうしても見にくいところがある。咄嗟に判断することは難しいだろう。
なので、当日はまた違った何かを身につけることになる。艤装に布でも巻いてもいいし、トーチカでの戦いの時のように制服を別のモノにするというのも考えられる。
「あたしも、お前の別個体が出てきたら容赦なくいくことにするぜ」
「ああ、そうしてくれればいいよ。むしろ、僕が叩くさ。『時雨』だというのに、あんなのに誑かされてるんじゃないってね」
「はは、お前ならそうだよな。言えてる」
仲間達の別個体が控えている可能性は充分にあり得るのだ。それで躊躇っていては、勝てるモノも勝てない。
あちらがどういう戦い方をしてきたとしても、せめて精神面では落ち着いていかねばならない。同じ顔だろうが関係ない。仲間と敵では全く違うのだから。
予約をしていた6人で仮想空間へとダイブ。深雪は少し久しぶりなので、この感覚を受けて少し息を呑んだ。
「久しぶりだろう。少し身体を慣らしておくかい?」
「悪いな、そうさせてほしい。優しいじゃねぇか時雨」
「負けた時に言い訳されたくないからね」
「はは、お前の減らず口、あたしには久々だから、なんか楽しいよ」
入ってすぐに演習ということはせず、まずは慣らしからということになった。戦闘行為自体が久しぶり。トレーニングも鈍っていると実感出来たくらいなのだから、ここで少しだけ身体を動かしておくのは正解である。
『はいはーい、今日はグレちゃんと』
『白雲でお送りいたします』
仮想空間の管理はグレカーレと白雲が担当。事前にどうすればいいのかをちゃんと学んでおり、観戦をしながらも、その空間の状況を変動させる役目を担っている。
基本はイリスがすることではあるのだが、ここまで来たら誰でもやれるようにしておいてもいいと、このVR訓練もフリーにしている。その代わり、管理をする者が必ず1人2人は必要であるため、観戦者は据えることに。それもあって、グレカーレと白雲は中に入るのではなく、観戦を買って出たというのもあった。
『ミユキの慣らしをするんだよね。それじゃあ、簡単なところから、何処かの海域で深海棲艦が現れたって感じでどうかな?』
「ああ、それでいいぜ。戦闘の仕方を思い出すってことでな」
『あいよー。それじゃあ、ちょいちょいと』
何やらグレカーレが操作をすると、6人の前に深海棲艦が現れる。深雪1人で相手をするということで、難易度はまず易しめ。しかし、出てきているのがイロハ級の中でも割と強めな重巡ネ級ということで、深雪が息を呑んだ。
「なんだい、怖気付いたのかい?」
「んなワケ無ぇだろ。前にここでやった時は、駆逐艦だったろ。でもいきなりヒト型の重巡だったから驚いただけだ。それに、ほら、島にいたろ」
「いたね。まぁ、穏やかな個体を知っていると驚いてしまうかもしれないね」
島での後始末の思いもよらぬ弊害。その個体が島で優しく皆と共存している姿を知っているということもあって、攻撃に若干の抵抗が出てしまう。
ただ、別個体であるというのはわかっているし、ここは仮想空間、撃破したところで誰かの命が失われるというわけでもない。ホンモノとは違うと理解していれば、引き金が重くなることはないだろう。
「あー……もう始まってんのな。仲間の別個体が敵として出てきた場合の想定」
『その通りでございます。決戦では、我らと同じ顔の敵が現れてもおかしくありませぬ。早速ご用意させていただきました』
「艦娘じゃなくてもこうやって感じるんだもんな。やっぱ、気分がいいもんじゃあないな」
深海棲艦はまだ納得は出来る。同じ個体が大量にいる種族なのだから。なので、ここから慣らすということもあるだろう。
『それじゃあ深雪、早速やってちょーだい』
「おう、それじゃあ、やらせてもらうぜ」
ここから深雪の慣らしが始まった。
「ねえねえ電、だいじょーぶっぽい?」
深雪のそれを眺めている時、夕立が電に話しかける。今ここにいる6人の中で、最も優しく、攻撃には抵抗を持つ者。
夕立は敵として認識すればいくらでも攻撃が出来るのだが、電は敵であっても同じ艦娘、見知った顔ならば、抵抗が出てきてしまいそうだ。
「大丈夫だと言うと、嘘になるのです。でも、割り切るしかないのです」
「うん、夕立もそう思うっぽい。敵は敵、味方は味方。あっちもそーゆーところ、利用してきそうだし」
「電も少しそれは思いました。優しければ優しいほど、力が発揮出来ないようにされているのです」
その姿を利用する、というのを出洲が考えているかと言われれば何とも言えないが、事実そういう状況が作られるのだから厄介だ。
そもそも敵にいるのが、特別な存在である深雪と、姉である雷。戦いにくいことこの上ない。その姿すら利用されたら、攻撃の手を止めてしまいかねない。
だが、電ももう覚悟を決めている。ここまで来るのに、いろいろと経験してきたのだから、ただ優しいというだけでは済まされないことは理解している。
救うつもりで戦うが、そもそもの戦いを放棄するようなことはするつもりはない。いくら相手が雷であろうとも、攻撃しない、出来ないなんてことは無い。
「電は戦うのです。誰であっても、やろうとしていることが間違いだとわかっていますから」
「ん、ならよかった。躊躇ってたら死ぬっぽい」
「それだけは嫌なのです」
苦笑しつつも、そうだろうなと考える。あちらは殺す気で来るのだ。相容れぬ者として。それだけは、覆しようがない。
だからこそ、全力で受け止めて、そして抵抗する。その思惑を阻止するために。
覚悟の上で戦う。そのためには、まず演習であっても抵抗なくやれるようにならねばならない。
まだ公開されていない残りのカテゴリーKの中には、仲間達と同じ顔の誰かがいるかもしれません。そこに抵抗を持ってしまうのはよろしくない。なので、こういう場所で慣らしておこうとなりました。すぐに時雨との演習ですがね。