通常の深海棲艦を模した仮想敵を使用して、深雪は戦闘に対してのブランクを埋めていった。長く続いていた後始末もそうだが、直近の戦闘が島やトーチカなど陸上での戦いばかりであったこともあり、海戦というモノが非常に久しぶり。
本来の艦娘がするべき戦闘の形式に戻ってきたことを実感しながら、深雪はすぐに勘を取り戻す。そこはやはり艦娘、平和のために戦う者として生まれたためか、戦いともなると根幹に刻まれた動きをすぐに出来るようになるモノであった。
「っし、やれるようになってきたぜ」
最初に用意された重巡ネ級に加え、雷巡チ級や空母ヲ級などと戦うことによって、完全に取り戻した深雪。ここまではあくまでも前哨戦。本番のための慣らしに過ぎない。
「なら、もうやれるかな?」
「おう、待たせて悪かったな」
そう、本番は時雨との演習。特殊な力無して、どちらが強いのかを見定める戦い。
深雪に特異点の力があることもあり、それを使えば大概の相手に有利に戦える。だが、今度の敵には黒深雪──黒い特異点がいることから、その力も相殺されかねない。となれば、本来の力で戦うことになるだろう。
それは誰でも同じであり、これまではどうしても特機に与えられた曲解を十全に用いて戦い、敵の卑怯な手段をひっくり返してきたものだが、今度ばかりはそれに頼ることが出来ないかもしれない。時雨で言えば『タービン』の力、オーバークロックによる超高速行動。
というのは建前で、実際は深雪と時雨、どちらが強いかをお互いに知りたいというだけでもある。時雨がこの世界に誕生し、カテゴリーMとして生を受けたことによって人間に対して憎悪を持つ呪いを刻まれたことから、何かにつけて因縁がついてきており、そして今はなんだかんだでライバルのような位置関係になっていた。
ここ最近はずっと共闘。こんなことをやる余裕が無かったというのもあるが、競い合うことから離れていた。時雨としても、一度深雪とは決着をつけておきたかった。
「普通の演習でいいね。1対1、周りからの助けは無し」
「おう。で、ここじゃあ煙幕も何も使えねぇ、お互いに真っさらな状態での戦いだ」
「完全な実力勝負。僕とて、君の特異点の力に勝てるかはわからないからね。でも、地力なら互角、いや、まだ僕の方が上さ」
「どうだか。でも、前負けてるってのは事実だからな。否定はしねぇよ」
話しながらも、お互い何処か満たされているような感覚を得ていた。深雪と時雨、この2人は
「よし、じゃあ……やるか。グレカーレ、白雲、準備頼むわ」
『あいよー。いやぁ、仮想空間だから割と無茶出来るのいいねぇ』
グレカーレが何やら操作すると、深雪と時雨の位置が勝手に転送される。仮想空間だからこそ、そのような魔法の類のことが出来てしまう。
近接戦闘での試合をするわけではないので、正面から始まるわけがない。かなり離れたところ、それこそ水平線の向こうに近いような場所。目を凝らせば何処にいるかはわかるくらいの間合いからの開始となる。
深雪と時雨と共にこの仮想空間の中に入っている4人──電、夕立、子日、Z1は、手元にコンソールのような画面が浮かび上がり、この2人の戦闘が近くで見られるように配慮された。
この戦いは見ているだけでも学びになるモノだ。特に深雪の行動は、カテゴリーKの黒深雪の攻略にも繋がる可能性がある。
『それでは、この白雲の合図で演習開始とさせていただきます。よろしいですね』
「おう」
「いいよ」
これだけ離れていても、深雪と時雨はお互いに何を喋っているかが聞こえていた。小声であっても、まるで耳元で言われているかのように。
これもまた、グレカーレが設定した戦場である。もしかしたら、敵の中にはこちらの行動をそういうカタチで見抜いてくるかもしれない。耳が良過ぎて何をしているかわかるみたいな。それを想定した、互いの独り言すら筒抜けになるシステム。実際は、戦闘中の煽り合いに使われそうではあるが。
逆に、他の音声はシャットアウトしている。声援が聞こえなくなるのは残念だが、周りの雑音が全て失われれば集中しやすい。
「深雪、決着をつけようか」
「ああ、今度は負けねぇ」
「今度も勝たせてもらう」
全力でやっても死ぬわけではない仮想空間。故に、互いに容赦など全くない。
『それでは、始めてくださいませ』
白雲の言葉と同時に、開戦を告げるブザーが鳴り響いた。
始まった瞬間、まずは真正面へ突き進む2人。距離がある状態では何も出来やしない。まずは互いの射程へ。
駆逐艦の主砲の射程はそこまで遠くはない。少なくとも、このシステムが無くてもその声が聞こえるようになるくらいには近付く必要はあるだろう。
だが、駆逐艦には当然、それ以外にも手段がある。それが、魚雷。
「あっ、テメェっ」
「考えることが同じなのは癪だね」
ほぼ同じタイミングで、真正面に雷撃を放つ。得意な魚雷のサイズがあるため、そこでの威力は時雨の方が大きい。
だが、魚雷同士がぶつかり合った時は、威力など関係ないようなモノである。どうせ両方が爆発するのだ。そこに出来る水柱の高さが変わる程度。
案の定、互いの魚雷は正面からかち合い、しかしぶつかることなく潜り抜け、お互いの足下に迫ってきた。大きな爆発が起きなくてよかったというのもあるが、回避に少しは意識を割かなくてはならない。
今はまだ距離的に砲撃が飛んでくるようなことはない。回避を狙い撃たれるようなことは。
と深雪が考えていた時、そうだったと小さく舌打ちをした。その舌打ちが聞こえたことで、時雨は小さく微笑む。
「お前にはそれがあったな……!」
時雨の艤装が変形し、背部の大口径主砲がその手に握られていた。駆逐艦ではありつつも、その威力は巡洋艦にも匹敵する強力な砲撃。
「僕は君より射程が長いんだ。まずは君に踊ってもらうよ」
深雪が雷撃を避けた直後から、その大口径主砲を可能な限り連射する時雨。狙いは身体ではなく、足下。
当たらずとも姿勢を崩すことをメインに考え、掠めただけでも動きが止められれば何も問題はない。深雪が自身の射程にまで接近するのを抑え込み、一方的な戦いに持ち込む。
だが、時雨もわかっていた。だから、『まずは』と添えた。深雪ならば、この砲撃も回避して距離を詰めてくるだろう。ある程度接近されたら、この大口径主砲は小口径主砲よりも小回りが利かない分不利になる。それを見越して、今は消耗を狙っていた。
当たれば御の字、当たらずとも有利は変わらない。自分は撃っているだけ。深雪は反撃のチャンスを狙いながらも回避に頭を使う。話は大きく変わるはず。
「踊るのは苦手じゃあないなっ」
その砲撃を華麗なステップで回避していく深雪。それはまさに、昨日のアイドルレッスンの賜物。時雨の刻む砲撃のビートに乗って、細かく、そして大胆な足取りで、その全てを避けていく。紙一重だと衝撃に持っていかれそうだが、ダイナミックな振り付けを学んでいるため、それを活かしてダメージ無しを貫く。
「おらっ、お前も踊れよ!」
避けながらも砲撃を放ち始めた。時雨の大口径主砲は火力と引き換えに隙もある。時雨もそれを理解しているからこそ、距離があるうちに使い始めていた。
深雪の砲撃は、本来の射程より離れているため、時雨からしてみれば避けやすいモノ。大口径主砲を正面に構えたまま、その砲撃をスイスイと避けていく。
深雪も避けられることは承知の上。今はとにかく接近を狙っている。掴み掛かろうとは思っていないが、より当てやすい、戦いやすい距離にまで持っていかないと、ジリ貧になるのは目に見えていた。
「流石にそれは避けられるさ。でも、しっかり距離を詰めてきたね」
「お前の距離で戦うのは御免なんでな」
ジリジリと距離を詰めていくことで、深雪の射程まで近付くことが出来ている。
だが、時雨も駆逐艦。大口径主砲を使わなければ、小回りの利く存在。もうこれ以上は不要かと思った時点で、即座に艤装を変形させる。そして、その根元にマウントしていた小口径主砲を手に取り、すぐさま深雪に向けて構えた。
「君だけの距離じゃないよ」
「ああ、わかってる。ここからが、駆逐艦の戦いってことだ」
深雪も主砲を改めて構える。
だが、お互いに放ったのは、ここでも魚雷だった。
「……お前さぁ」
「君に言われたくないね」
同じことを考えたフェイント。砲撃を見せられて回避した方向への雷撃。全く同じ行動をしたことに苦笑しつつ、2人が取った行動は次も同じだった。放たれた魚雷を、砲撃で破壊すること。
「近付かれると君に有利になるからね。なら」
魚雷の爆発によって発生した水飛沫を、さらに砲撃を重ねることによって霧散させた時雨は、距離を取ることを選択。砲撃を放ちながらの後退は、深雪の足の動きを鈍らせる。
だが、深雪も負けてはいない。その砲撃が後退のための牽制であることがわかっているのならば、それを掻い潜るように攻撃をしていけばいい。
「どうせなら近付かせてもらうぞ」
深雪が選択したのは、更なる雷撃。砲撃が自分に向いているのならば、雷撃を砲撃で破壊されるようなことはない。後退していようが、魚雷ならば関係ない。後ろではなく、横に避けさせる。
お互いの得手不得手がわかっているからこそ、かなり拮抗した戦いになっていた。どちらかと言えば、距離を取ることを優先している時雨側に有利がつきそうではあるが、まだまだわからない。
出方がわかっているからこそ、時雨も慎重。