深雪と時雨の演習は佳境へ。お互い自分の間合いを取り合う戦いから、深雪の簡易爆雷という機転がトリガーとなり、比較的近距離の攻防に移った挙句、最終的には時雨から仕掛けるという珍しい流れで、ついに近接戦闘に突入。
主砲を持った手で殴りつけるが、それは同じタイミングだったことにより相殺。そして、その後すぐに繰り出されたローキックもぶつかり合い相殺。その程度では攻撃は止まらない。止められない。
深雪はオールラウンダー、時雨はストライカーの気質を持っている。深雪は打撃も締め技もそつなくこなすが、時雨は打撃に特化していると言ってもいい。
締めることが出来るほど身体が柔らかくなかったというのもあるのだが、そうでなくても、殴る蹴るの方が締めるより得意というだけ。
「殴り合いだと、お前の方に分があるか?」
「ああ、だから、掴ませないよ」
深雪には掴み、投げ、締め落とすという技がいくつもある。時雨はそちらの方が苦手であり、受けるのも少々苦手。グラップラー気質の電にやられ、その意識は特にある。
それもあり、万能にどちらもやれる深雪との近接戦闘は、掴みを確実に警戒していた。また、それ以上に今回はこれまでの近接戦闘と違う部分が存在する。
「っぶね!」
隙あらば、
それもあり、掴みかかるのは非常に難しい。腕をそのままに掴んでも、空いているところから砲撃を放たれて終わり。最悪、頭を撃ち抜かれてデッドエンド。ならば主砲を持つ手を掴もうとしても、それは狙ってくるとわかるため、時雨もそちらを重点的に守る。
結果、深雪の狙いが筒抜けになり、近接戦闘も時雨が有利となっていた。近付きたいが近付けない。そして、殴り合いなら時雨に分があると自覚しているくらいなのだから。
「この距離で撃つか普通!?」
「君は敵にそんなことを言って聞いてもらえると思うのかい? 僕なら、使えるモノは全て使うけれどね」
「まぁこれは試合じゃあねぇんだからな! そうだな、命の取り合い、だっ!」
深雪もすかさず砲撃。だが、ほとんど誘導したようなモノであるため、時雨は軽々と回避した挙句、その距離を一気に詰める。撃つのではなく、その拳を腹に捩じ込むために。
「させねぇ!」
ここで深雪、得意のムエタイガード。肘と膝を使って時雨の拳を食い止めた。しかしそれではもう片方の手──主砲に対しての行動がしづらくなる。
「腹がガラ空きじゃないかい」
「だろうよ! どうせお前はそこ狙って撃つつもりだろ!」
深雪の予想通り、時雨はこの至近距離で、ガードされていない方の主砲を持つ手で殴りつつ、砲撃を放つつもりだった。
深雪は、それを見越していた。時雨はそうしてくるという確信があった。だからこそ、ガードをしながらも時雨のその攻撃は、深雪も主砲を持っている腕で払い落とす。撃たれたら終わりなのは時雨も同じ。ならば同じことをする。
「っと、君も撃つじゃないか」
「そりゃあな」
そして深雪もすかさず砲撃を放つ。超至近距離、かつ本来とは違うフォームでの砲撃のため、精度は悲惨なモノではあるが、間近で撃つという行為そのものが、牽制にもなり攻撃にもなる。
時雨もここで深雪が撃ち始めるのは想定済み。自分の行動を見てから同じ行動をするというのは、普通に予想が出来るというもの。
「ここからが本番かな」
砲撃を意識させつつ、時雨はさらに距離を詰める。拳が届く間合いだというのに、さらに。
身体を深雪の懐には潜り込ませるような動きに、深雪はギョッとした。主砲を持ち、いつでも撃てるという状況で、危険を顧みずにより近付く。
時雨は恐怖を感じているわけでもない。乗り越えているというよりは、自信があるからその行動が出来ている。そこに恐怖なんてない。
「お前マジかよ」
「大マジだよ」
懐に潜り込んだ時雨は、深雪の顎目掛けて拳を振り上げる。命中すれば一撃でノックダウン出来るアッパーカット。
「させるかバカ」
それを紙一重で避ける深雪。そして、避けながらも時雨の腹に膝を入れようとしたが、それは時雨が主砲で止める。
「足癖が悪いね」
「お前に言われたかねぇよ。初手に蹴り込んできたのはお前だろうが」
「ああ、そうだったね。でも、それが一番いいと思ったからやったまでさ」
「お前、足癖以前に性格が悪いよ」
「褒め言葉として受け取っておこうかな」
まだまだと言わんばかりに時雨が猛攻を仕掛ける。深雪が膝を入れようと片足を上げたことで、もう片方の足がお留守だとローキックを放つ。体勢さえ崩してしまえば後は一方的に戦えるようになるのだから。
対する深雪はそれを回避するために取った行動はというと、ここでも搦め手である。脚を蹴られることは覚悟の上でガードしていた手を突き出し、時雨の顔面を狙った。踏み込んでいないため力は入っていないが、顔に手をかけられるというのはどうしても怯んでしまうモノ。時雨も例外ではなく、急に手を出されたことで軽くだが目を瞑ってしまった。
「いってぇ!」
「っ」
ローキックが深雪に直撃するが、ここで時雨は驚いてしまった。手を出されたことで力が入らなくなったというのもあるが、時雨の一撃を受けても、深雪は体勢を崩さなかったのだ。まともに受けたにもかかわらず、耐えてしまった。
時雨もそれは予想していなかった。それこそ、足払いが完全に決まると思っていたところに、こうなってしまったのだから。
深雪は片足立ちではあったが無意識にその蹴りに対抗するために
艦娘もそれはやれないことはない。足の裏の喫水線を越えて沈めるようなことであり、あまり許容出来ることではないというだけ。深海棲艦の姿となれば潜水が可能な深雪だからこそ咄嗟に思いついた手段とも言える。
足裏が海面についている状態なら足払いは成立していただろう。しかし、足そのものが埋まっていたならば、それは根を張った木を蹴っているようなモノになる。怯んでいるなら蹴りにも力が入らないのだから尚更だ。
「やりやがったな!」
時雨の眼前に突き出した手から、煙幕が放たれる。先程は視界を塞ぐためだったが、今回は理由が違った。煙幕の勢いを、顔に直接ぶつける意味合いとなり、殴りつけているわけではなく、煙を目にダイレクトに入れるという、物理的な目潰し効果を狙った。
「っっ、そ、それは野蛮じゃないかい!?」
「敵にそんなことを言って聞いてもらえると思ってんのか?」
「君に同じことを言われるのは癪だね!」
若干だが目に染みるような一撃に、時雨はどうにか間合いを取るために主砲を握った手を振るう。単純に、離れろという意思を込めて。
しかし、深雪は止まらない。少し沈めていた足を再浮上させ、今度は両足を海面につけて、時雨のそれをしっかりと止めた。
「無理矢理なら流石に止めれ……っ!?」
「甘いよ、深雪」
しかし、時雨の機転はとんでもなかった。その腕を止められたと思った瞬間、身体を逆に回したのだ。それだけならばまだ何も無い。
だが、時雨には背部大口径主砲がある。それを展開して、自らの手で
「うげっ!?」
「手応え、ありだ……っ!?」
だが深雪も黙っちゃいない。その大口径主砲が直撃した瞬間、咄嗟にその主砲を抱え込む。
ここで時雨はそちらの主砲が放てれば良かった。だが、握っておらず、宙ぶらりんの状態で直撃させたということもあり、放つことは出来ない。故に、深雪のその行動を許すことになってしまった。
深雪はその勢いをそのままに、大きく身体を回す。時雨を自分の身体に乗せるような体勢になりつつ、そのまま崩れた大腰のように時雨を投げ飛ばした。
まさかここで宙に浮くことになるだなんて考えていなかった時雨は、ぐるりと回る景色に驚きを隠せなかった。そして、まずいと思った時には、背中から海面に叩きつけられていた。
「掴んだぜ、時雨」
さらに流れるような動きで時雨の主砲を持つ方の手をロックする。アームロックだが、その力はギブアップを促すようなモノでは無い。そのまま折り、捥ぎ取る程の力で締め上げる。
「離して、もらうよ!」
時雨も負けてはいない。掴まれている手にある主砲を連射することで、そのロックを無理矢理に緩めていく。ガンガンと放たれることで揺さぶられ、深雪のロックは少しだけ緩んだ。
その隙を見逃さない時雨ではない。空いている手で魚雷発射管から一本魚雷を抜き取ると、深雪の後頭部目掛けて思い切り振り下ろした。
「おまっ」
「まだ負けてあげるわけにはいかないんだよ」
「っらぁ!」
ここで深雪、逆に頭を上げることによって、完全に振り下ろされる前に、頭に魚雷をぶつけた。威力が乗っていない状態であるため、ダメージは軽微。それでも無いわけではないのだから、深雪は顔を顰める。
だが、掴んだ腕は外れてしまった。時雨はそこから離れるために、深雪の腹に膝を入れる。
「っぐ、いや、それじゃあ、あたしは倒れねぇ……!」
膝を腹で受け止めた深雪は、ロックが外れたことで空いた両腕で時雨と首を完全に掴む。そして、両足を浮かせた。
こうなると振り払えない。そして、時雨は避けられないと悟った。
「これで、終わりだ」
「……ああ、
鼻で笑ったような仕草をした時雨は、あろうことか深雪の膝の着弾点に、簡易爆雷を仕込んだのだ。
「僕は負けちゃいない。ふふ、負けちゃいないよ」
「マジかよお前、それはお前、負け惜しみだろうがよ」
「演習だから出来たね、はっはは」
「実戦でやるなよこんなこと。笑ってんじゃねーよ」
膝が直撃した瞬間、2人諸共爆発。同時KOとなった。
自爆とか実戦で絶対やるなよ。フラグじゃないぞ。丹陽泣くぞ。