後始末屋の特異点   作:緋寺

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初めての仕事

 相変わらず美味しすぎるという感想以外出てこない夕食を食べ終え、本日3回目の風呂も終わり、あとは眠るだけとなった深雪だが、自室に戻る前にイリスに呼び止められる。

 

「深雪、申し訳ないんだけれど、少しだけ時間を貰えるかしら」

「ん、もう何も無いからいいよ。なんかあったっけ」

「こんなタイミングだけど、明日のことを事前に伝えておこうと思って。朝にバタバタするのは嫌じゃない」

 

 それもそうかと納得し、深雪はイリスについていく。向かう先は執務室。伊豆提督は、艦娘達の業務が全て終わり、夜の自由時間になったところで初めて休むことにしているらしい。その代わりに、昼休みなどを長く取っているため帳尻合わせはちゃんと出来ており、睡眠時間も健康に害さないように確保しているとのこと。

 もう寝間着ではあるものの、その辺りは気にならない。うみどりの中は、実家で過ごしているくらいにリラックスが出来る空間。深雪は早くもここを自分の居場所として認識出来ている。

 

「ハルカ、深雪を連れてきたわ。明日のこと、先に教えておくのよね」

『ええ、入ってちょうだい』

 

 待ってましたと言わんばかりの声色。中に入ると、すぐに話を始めるために席を用意する。

 滅多にないことではあるが、来客用にソファとテーブルも用意されており、今回は業務内容のこととはいえ落ち着いて話が出来るようにと、深雪をそこに通した。

 

「イリスから聞いていると思うけれど、明日のことを今のうちに話しておこうと思って呼ばせてもらったわ。先に知っておいた方が焦ることも無いでしょう?」

「うん、あたしもそう思った」

「だから、こんな時間で申し訳ないけど、少し時間をちょうだいね」

 

 こんな時間と言っても、就寝時間までまだまだ時間がある。少なくとも、ここから自室で眠ることなくのんびりと出来るくらいの時間は残っていた。その一部を業務説明に使うだけ。深雪はその辺りちゃんと納得している。

 

「と、その前に。うみどりでの1日、どうだったかしら」

「こんなこと言っていいかはわかんないけど、楽しかったよ。無茶苦茶な訓練だったけど、別にもう二度とやりたくないとは思ってないし、負けっぱなしは嫌だからまたやりたいし」

 

 海上歩行訓練の時には、睦月と子日を捕まえることが出来なかった。スタミナトレーニングの時には、限界まで踊り続けた結果、やり切ったものの気を失ってしまった。深雪にとっては、この2つは敗北としてカウントされている。

 負けず嫌いな性格が功を奏し、トラウマになりそうな訓練もポジティブに捉えられていた。そこは伊豆提督も内心ホッとしていたりする。自分で指示した割には、深雪が倒れるまでトレーニングを続けていたのは少し不安であった。

 

「次はあいつらにも負けないし、那珂ちゃんと酒匂さんのトレーニングにも耐えきってやるぜ」

「ふふふ、その意気よ深雪ちゃん。アタシも応援してる」

「うす、次は勝ったって報告出来るように頑張るよ」

 

 ポジティブで、やる気満々。笑顔を絶やさず、周りすらも明るくしてしまいそうな、カラッとした性格。たった1日でも、深雪という艦娘はこういうカタチとして生まれたのだと理解出来る。

 

「それじゃあ、明日のことを話すわね。当たり前だけれど、深雪ちゃんは初めての仕事、言い方はアレだけれど、()()ってことになるわ」

 

 生まれたてということを差し引いても、後始末に初めて従事するということで、深雪は初心者になる。戦うことよりも繊細な作業もあるため、慎重に慎重を重ねてもらう必要があった。

 だからといって、緊張しながら作業をすると、時間もかかるし逆に悪いことも起きかねない。

 リラックスして、しかし丁寧に迅速な仕事が要求される。後始末の難しいところはそこもあった。

 

「1人で作業をすることは無理でしょう。だから、深雪ちゃんには指示役をつけるつもりよ。よかったかしら」

「ああ、勿論。むしろこちらからお願いしたいくらいだよ」

 

 指示がなければ作業なんて出来やしない。後始末の場でボーッと立ち尽くすことになる。思いついたことをやったところで、それが仲間達の邪魔になってしまう可能性は非常に高い。

 ならば、今やってほしいことを的確に指示が出来る者を()()として置き、深雪のやらねばならないことを逐一与えていくことで、後始末が何たるものかを理解してもらおうと考えた。

 

「誰がついてくれるんだ?」

「今のところは妙高ちゃんにお願いするつもりよ。あの子、教えるのが本当に上手なの。深雪ちゃんもすぐに覚えられると思うわ」

 

 駆逐艦は駆逐艦同士で組むことが多いが、まずは仕事を覚えるということで、別の艦種である妙高が教育係ということになるらしい。ここで学んで、最終的には他の駆逐艦と組んだり、単独で作業したりとランクアップしていく。

 

「それじゃあ、明日も早いからお話はおしまい。夜更かししないように気をつけること。明日に差し支えるし、何よりお肌に悪いからね、もし眠れなそうなら、食堂にホットミルクを用意しておくから飲むといいわ」

「ん、ありがとうハルカちゃん。大丈夫だとは思うけど、一杯貰ってから寝ることにするよ。念には念を入れて」

「そうね。初めてのお仕事だけれど、アナタなら出来るわ。だから、ファイト!」

 

 ニコッと笑ってサムズアップ。深雪も同じように返して、執務室を出た。

 

 その日の夜は、ホットミルク効果もあってグッスリ眠ることが出来た。緊張や興奮が無かったと言えば嘘になるが、目を瞑れば微睡の世界へ。

 風呂で回復していたとはいえ、深雪は今日1日中訓練に明け暮れていたのだ。内在的な疲労が残っていたのだろう。それも回復するために、深雪は熟睡する。

 うみどりは深夜でも現場に向かって航行中。その音も微かに聞こえたが、子守唄のように落ち着けるものだった。

 

 

 

 

 そして翌朝。イリスによる総員起こしの全体放送によって深雪が目を覚ました時には、うみどりの航行は終わっていた。起き抜けにそのまま窓の外を見ると、そこは酷い有様だった。

 まるで嵐が通り過ぎたかのように廃棄物が散乱しており、そこかしこに艤装と思しき破片が浮かんでいる。それだけならまだ良かったのだが、明らかに()()()()らしきものも見える。その生々しさたるや、一瞬顔を背けそうになってしまった。

 

 アレが穢れを溢しているのだと言われたら、間違いないと納得出来る。魚のバケモノのような深海棲艦──おそらく駆逐艦級と思われる亡骸の濁った眼や、ヒト型の深海棲艦──おそらく重巡洋艦級と思われる亡骸から千切れ飛んだ腕が、未だにこの世界に恨みを持っているのだと言わんばかりに血を流していたからだ。

 深海棲艦の血は、人間や艦娘とは違って()()。それこそ、血液が重油に置き換わっているか、もしくは負の感情によって染まってしまったかのように。それが海に垂れ流されているのだから、まさに海を()()()()()と見た目だけでわかる。

 

「……あたしはあんな大惨事なところで生まれたんだな」

 

 神風が後始末の最中に発見したと話していたことを思い出し、深雪は自分が生まれた瞬間を少しだけ想像出来た。最悪、あの垂れ流される穢れに塗れていた可能性もあるのだ。

 

「……いや、そういうのはあたしだけじゃあ無いだろ。多分」

 

 ドロップ艦なら必ず同じ境遇とは限らない。それこそ、綺麗な海で生まれた者だって沢山いるはずである。自分だけが廃棄物の中から生まれたわけではない。深雪はそう考えながら、すぐに出ていけるように身支度を始めた。

 

 

 

 

「規模は依頼の時に聞いていた通り中規模。燃料よりも穢れの流出が少し多い感じがするわね。清浄化装備を少し増やしましょうか。あとはいつも通りになるわね」

 

 朝食後、すぐに作業が始まる。伊豆提督管理の下、所属する艦娘達が迅速に準備を始めた。それは深雪が初めて体験することばかり。

 知らないことしかないので、昨晩に伊豆提督に話されている通り、妙高が指示役として深雪に教えながらの作業となる。

 

「やっぱり素手じゃあ作業しないんだな。そういや初めて見た時もみんな着けてたっけ」

「ええ、これが無いと、私達にもどんな害が出るかわかりませんから。特に貴女は、制服の構成で肌がよく見えているでしょう。隙間なく身につけるように」

 

 真っ先に準備することになったのは、なるべく素肌に穢れの元となり得る深海棲艦の体液が付着しないように、首から下を全て覆うような特殊なインナーの着用。作業後に念入りな洗浄があるとはいえ、生々しい現場に足を踏み入れるのだから、これくらい重装備でなくては危険。

 妙高の言う通り、深雪の制服は半袖であり、脚も肌を大きく曝け出している状態。これでは波が立って海水が跳ねただけでも、思わぬところに付着する可能性がある。そんなことで身体に害を及ぼすと言われたら堪ったものではない。それを防ぐためにも、全身をしっかり覆うように着込む必要があった。

 それならば防護服を着ればいいのではと思いそうだが、それだと万が一この場で()()()()()()()()()()支障が出る。艤装の取り回しがしづらくなり、動きづらくなるのは非常によろしくない。故に、確実に穢れから身体を守りつつ、動きに一切の支障が出ないインナーが適切であった。

 

「うっし、全部着たぜ。顔は……ああ、マスクか。そりゃあそうだよな」

「どうしても現場は匂いがついて回ります。それを防ぐためにも」

 

 戦闘終了直後の海は、あらゆる匂いが蔓延している。火薬の匂いや油の匂いだけならまだいいのだが、血の匂いや亡骸の匂いがどうしても不快感を助長する。マスクも特製であり、息は難なく出来るが匂いは極力シャットアウトするという非常に有能な性質を持っていた。

 

「髪が長ければ結んで纏めることが義務付けられていますが、貴女は大丈夫ですね。それでも気をつけてください」

「うっす。髪が短くてよかった」

 

 髪に付着することも出来る限り避けなければならないため、長髪の者は対策する。深雪の髪型はショートボブのため、そこは気にしなくてもいい。特に髪の長い長門や神風はここで若干時間がかかるようである。

 

「これであとは艤装を装備して作業開始です。主任、妙高と深雪、準備出来ました。艤装の用意お願いします」

 

 工廠の少し奥の方に声をかけると、その声が聞こえたようで、主任が手を振った。その後、主任以外の妖精さん──整備員が、クレーンを操作して深雪と妙高の艤装を運んできた。

 深雪はその艤装を背負うだけだが、妙高は腰に接続するタイプであるため、整備員がクレーンを巧みに操り、適切な位置に固定した。

 

「では行きましょうか」

「うす。初めての後始末……緊張するぜ」

「ふふ、そこは深呼吸でもしましょうね。気持ちはわかるけれど」

 

 心を落ち着けるために、大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。それだけで何か変わるわけでは無いのだが、気持ちを落ち着けるルーティンとしては充分で、深雪は仕事のための心待ちとなったようだ。

 

「私達の今日の作業は、散らばった艤装片と……()()の回収になります。最初はそこから始めるべきという指示です。いいですね?」

「了解。……肉片かぁ。いきなりハードだなぁ」

「作業的には一番簡単なものですよ。精神的な部分は大きいですが」

 

 苦笑しながらも、そのまま深雪を導いて工廠から出る準備を整えた。

 

 

 

 

 深雪初めての仕事がここから始まる。

 




 深雪はここから後始末屋としての一歩を踏み出します。いきなり肉片集めとかいう精神的に過酷な仕事からですが。
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