深雪とZ1のチームが勝利することで、電にサポートの学びを与える演習は幕を閉じる。深雪はこういうサポートのされ方もあるのかと感心しており、Z1はサポートが上手く行って安堵の息を漏らす。
ここでヘッドショットを受けて再起動した夕立がプリプリしながら戻ってきた。負けたことが悔しいというのを全身で表しながらぽいぽい言っている。
「うーっ、負けたっぽい! レーベのこと見えてなかったわけじゃないのに!」
「アレだよな、思考の隙間突かれたって感じだ」
「足下がお留守ですよされたっぽい!」
でも次はこうはいかないからと宣言して、次の演習だと意気込んでいた。Z1の動きもしっかり見ることが出来た電も、ここで駆け寄ってくる。
「レーベちゃん、ありがとうなのです。位置取りとか、撃つ頃合いとか、わかりかけてきたのです」
「変なことはやってなかったと思うから、参考になったならよかった」
「これまでの電には出来なかったことだと思うのです。そういうやり方があるんだって知れたのは、すごく勉強になったのです」
学びとなり、電はただ見ていただけでも強くなれたような気持ちになっていた。実践してみなければそれが有効かどうかはわからないが、少なくとも手段を複数個知れたのは大きな進歩である。
「それじゃあ、一度やってみる?」
「ん、そうですね。やってみたいのです。夕立ちゃんと子日ちゃんを相手に、さっきみたいなことが深雪ちゃんと出来れば……!」
「あたしも距離感とかわかってきた感じだし、また実践してみっか、夕立、子日、構わねぇか?」
「ぽい! すぐにやるっぽい!」
「いいよー。覚えたことはまず動いて確かめてみないとね」
続いて、Z1が抜けた状態での演習で、見て学んだことが実践出来るかを確認する。難しそうならまた見せてもらって、と使える時間は有意義に使っていこうということとなった。
演習は続くが、その間も時雨はいろいろと考え続けていた。先程の自分の行いについて、ゆっくりと冷静に。深雪が絡むと途端におかしくなるかもしれないと思って、目を瞑って、外部の情報を遮断して。
やはり何かがおかしい。こうして演習を見ているだけでも、不思議と胸の奥に何か引っ掛かるようなモノを感じる。深雪がさらに成長していくことに苛立っているのか、それとも嫉妬しているのか。今は自分でどう考えているのかもわからないような状態となっている。
深雪が関わらなければ冷静でいられるような気がしていた。だが、深雪が絡むとどうも何かおかしい。
確かに自分は深雪の成長性に嫉妬をした。ライバルが自分に追いついてくることは普通なのに。
その分自分だって鍛えており、それでも差が縮まるのは仕方ないことだと理解も出来る。それなのに、それがどうも嫌だと感じる。
負けたくないと思うだけならそれは普通だし当然だ。誰だって、最初は勝っている相手に負け始めたら、悔しい、嫌だと思うもの。諦めるつもりもないのだから尚更だ。
「……さて、どうするかな……」
情報を遮断していたが、一度目を開いて演習の具合を見る。深雪と電が組み直して、夕立と子日の猛攻を凌いでいた。Z1から援護の仕方を学んだ電が、視野を拡げて、2人の動きを見える範囲に全て収めて、援護の手をその場で考えて繰り出そうと必死だ。深雪も電に背中を任せて、少々危険な夕立との対決に必死である。
「……本当に、強くなっているね、深雪は」
問題児と言われていた頃と違う、遊びによって心に余裕が出来た上に、鍛えに鍛えていることで、全盛期にも引けを取らないどころか、むしろその時よりも洗練されているであろう夕立と、互角に渡り合えている。砲雷撃戦でそれならば、今この瞬間も、あらゆる学びを得て、確実に前に進んでいる。
胸が、チクリと痛くなったように感じた。いや、それよりも奥で、黒い煙がジワリと拡がったような、そんな気がした。
深雪の成長に対して、負の感情が首をもたげた。深雪がああなのに、自分は何故進めないのかという、嫌な感情が。
「……ん? いや、これは、僕の感情じゃない」
進めないという考え方はしたことがない。自分だって進むことは出来ている。それなのに、深雪が一気に差を詰めてくる。それは別に悪いことではない。だって、深雪は仲間なのだから。
嫉妬するのは普通だ。羨ましいくらいに成長している。かつての頃から比べれば雲泥の差だ。ついさっき、ちゃんと正面からぶつかり合って理解した。今の深雪は、間違いなく強い、うみどりの中でも屈指の実力者と言えるだろう。うみどりに屈指の実力者しかいないのはさておき。
それに対して時雨は今、自分を卑下するような感情を持った。それは確実に──
「
黒深雪の感情。オリジナルはどんどん強くなるのに、自分は強くなれない。自分はあんな目に遭って、苦しい思いをしたのに、深雪は楽しく学んで強くなる。それが、羨ましい、妬ましい、許せない。そんな奴に負けたくない。
時雨は自分のモノではない感情を自覚した。『自分はあんな目に遭っているのに』。
それが、黒深雪の持っている感情であると気付くのに、そこまで時間はかからなかった。彼女がかつて辛い思いをしたことは知っている。だからこそ救ってくれた出洲に恩を持っていることも。
「僕の中に、矛盾した感情が刻まれてる……」
その感覚を知っている。何の根拠もないのに、深雪が、特異点が悪であると信じ込んできた『量産』を受けたあの時と、殆ど同じだと。
穢れを注がれ、心身ともに穢されて、別の何かに変えられてしまったあの時。本来の自分が考えてもいないことを、さも当然のようにそれだと受け入れてしまう。時雨は一度その状態に陥っているからこそ、今の矛盾に気付けた。
「……深雪の煙幕よりも、そういう点は強いのかな……燻してもらっても剥がれ落ちていない、刻まれてるというより、染み込んできたのか」
再び、考える。ならばこれをどうにか出来るのかと。心に染み込んでいる黒深雪の感情を振り払わなければ、決戦で本当に深雪を後ろから刺しかねない。その戦場には黒深雪だって現れるのだ。目の前で同調させられる可能性もある。特異点の煙幕はそれほどまでに未知数なのだ。敵であっても、味方であっても。
「深雪に燻してもらって、何とかなることなのかな……それに、頼りたくない気持ちまで出てきてるじゃないか……僕を、そういうカタチで蝕んできている……」
小さく息を吐く。冷静に、冷静にと、時雨は自分を落ち着ける。この苛立ちは、自分の感情ではないと、思い込みには思い込みで対抗する。
「……グレカーレ、聞こえているかい」
『ん、どしたー?』
天の声に話しかける。すぐに反応が返ってきて、少し喜ぶ。
「僕を仮想空間から出してもらえるかな。考えがある程度整理出来た。僕の代わりを呼んでくるから」
『はいはい、あの別個体のせいってことで?』
「ああ、僕の中ではそう決着がついた。今、おかしな考えが浮かんだからね。これまで持ってなかった思いが、何故だか僕の中にある。もう少し冷静に、ゆっくりと考えたい」
『ふぅん、それじゃあ、とりあえず出すよ。代打はシラクモがやるよ。管理はあたしだけでも出来るし』
時雨の周りの景色が急激に変動し、瞬きをすると周囲が突然機械の箱、ドックのような装置の中に切り替わる。
仮想空間から出たとわかった途端に頭痛がするが、これもすぐに治まった。一息吐いて、装置から身を起こすと、管理室から向かってくる白雲の姿があった。
「君のお姉様に迷惑をかけないうちに、少し対策することにするよ。相談相手は沢山いるんだ」
「それがよろしいかと。今の時雨様は冷静なようで冷静ではないのでしょう。我々には本来無き呪いがございます。それもまた、黒き煙幕の影響を受けやすいのかもしれませぬ」
「そうだね、僕もそれは思ったよ。呪いが、ここで尾を引くとはね」
時雨には他にないモノ、呪いがある。負の感情が生まれやすい、カテゴリーMが生まれつき持つ厄介極まりない根幹。
時雨はそれに加えて、白雲とは違って深雪に対しての愛情が無いのだから、黒い煙幕の効果を全てまともに受けることが出来る逸材とも言えるだろう。他ではこうもいかなかったかもしれない。
むしろ、逸材すぎたおかげで、事前にここまでわかりやすく蝕まれていることが判明したとも考えられる。その餌食となったのが時雨で良かったとまで言える。
「白雲も、あの煙幕を受けたらこうなるかもしれない。気をつけた方がいいよ」
「忠告、感謝いたします。この白雲、お姉様を傷付けることはしたくありません。時雨様の問題、解決することを願います」
「ああ、どうにかしてでもね。君のためにもなるかな」
「はい、この白雲のためにも、よろしくお願いいたします」
クスリと笑みを浮かべて、時雨はVR演習を後にした。
時雨が向かう先は、まずは伊豆提督のところ。自分の現状を詳らかに説明し、今後の対策を考える。深雪に頼ることにもなるだろうし、他にも必要そうな者はいくらか考えてある。
それで解決出来なかったらどうしようと不安にもなるが、それでも後ろは向かないことにした。それこそ、黒深雪の思うツボかもしれないのだから。
まぁ黒深雪は意識して時雨に刻み込んだようには思えないんだけれども。