仮想空間での訓練が始まる。今回はもう的当てなどは省略し、深海棲艦との海戦をシミュレートしたステージの続きから。駆逐艦だけでなく、軽巡洋艦や重巡洋艦も現れるようになり、深雪と電が1人だけではなかなかに苦戦するような状況になっていた。
本来なら部隊を組んで攻略するような海域なのだから、それを1人でやるのは流石に難がある。しかし、ここはあえて挑み、勝つのでは無く負けない戦いを学んだ。
「全部回避するの難しいのです!?」
撃ちつつも回避という流れを作ろうとするのだが、電にはまだ練度が足りないようで、どうしても被弾の危険がつきまとう。いくら痛みもなく怪我もないとはいえ、ほんの一瞬でも四肢が無くなっているというのは精神的なダメージに繋がるだろう。そして、それを応援しながら見ている深雪にも同じ。電が傷付く姿を見ることが辛い。
しかし、これはメンタルトレーニングの一環でもあった。自分が、そして
妙高が電に対して行なった、深雪の格闘訓練をひたすら見るのと同じだ。ハラハラしながらも、冷静でいられるようになれば、精神的な成長が見込める。一番見たくないシーンを見ても戦えるようになれば、相棒を守ることだって出来る。
「きゃあっ!?」
かなり頑張っていたのだが、どうしても避けられなくなって脚に被弾してしまったところでシミュレーション終了。
撃たれた脚はその時には完全に失われていたが、体勢を崩したときにはもう新たな脚が生成されている。仮想空間だからそれが罷り通るのだが、本来の世界ではそんなことあり得ない。入渠しない限り捥げたままだし、出血だってする。
電がそうなっている光景を想像した深雪の心拍数は異常に上がっていたが、既に治っている電を見てどうにか呼吸を整える。胸に手を当て、大丈夫だと自分に言い聞かせ、なんとか落ち着いた。
「電、大丈夫か!?」
「へ、平気なのです。もう脚がくっついてるのですーっ」
深雪がすぐに電に駆け寄るものの、自分に起きたことならばそこまで堪えないようで、電は深雪に向かって元気に手を振った。仮想空間だから出来ることと割り切ることが出来ている。
深雪も電も、自分よりも相手が傷付く方が辛いと感じる方だった。電は特にそれが顕著。やはり、
しかし、それを糧にして前を向こうという決意も出来ていた。勿論それは、互いに互いのお陰である。
「なかなかハードな訓練だね。人間は手足が千切れる訓練なんてやるのかい」
「仮想だからいいのよ。ギリギリまで実戦に近付けることで、本番での動きがわかるようになるの。私達は本来、ここまで出来る種族じゃないから」
時雨のぼやきに神風がすかさず答えた。本来なら戦うことはない人間が、艦娘の力を借りて戦えるようになったとしても、精神的な部分はどうしても難点になってくる。
だからこそ、こういった
これによって逆に狂戦士になってしまう者もいないことはないのだが、そういう艦娘には勿論カウンセリングや別の手段を使って、その思いを踏み止まらせるようにしている。以前、深雪が繰り出した『肉を切らせて骨を断つ戦術』は、この狂戦士の戦術であるため、夜の反省会で絶対にやらないようにと釘を刺したレベル。
「人間が貴女達に追いつくためには、これくらいしないとダメ。そもそも精神構造が違うから。そう考えると、深雪も電も私達に近い、いや、同じだと思うわ」
「純粋種と君達がかい?」
「トラウマがあるとはいえ、死ぬことと殺すことを怖がってくれているもの」
先程の時雨の行ない──試しとして神風を撃つことに躊躇いが無かったことからして、呪いの効果が影響しているかもしれないが他者を手にかけることに抵抗がないのが時雨である。それは艦娘特有の割り切りもあるかもしれない。
だが、深雪と電はそこにも抵抗を感じていた。相手が深海棲艦ならまだ害獣をどうにかしなくてはいけないという責任感が出てくるが、敵性艦娘などには大きすぎる抵抗を感じている。それは、人間と同じ考え方だ。
「まぁ、貴女から見れば下の下、最下層な種族である人間が、死に物狂いで自分達の平和を取り戻そうとする姿を、一番近くで見ていなさいな」
当てつけのような言葉を入れつつも、初めて和解出来たカテゴリーMにうみどりの在り方を見せると言い切った。人間も捨てたものじゃないと思ってもらうために。
しばらく深海棲艦との海戦シミュレーションを続け、何度か被弾しつつも技術は磨かれた。同時にメンタルトレーニングもこなすことが出来たため、深雪と電は本来あり得ない、
それを仮想空間の外から見ているイリスは、あえて2人には言わないようにした。仮想空間ばかりを頼るようになっても困るし、何処かで確実に打ち止めも来る。努力の方向性を見失わないようにするために、隠した方がいいことは隠す。
「それじゃあ、せっかくだし演習もしましょうか。深雪、誰を相手にしたい?」
シミュレートの休憩中、神風が提案した演習。シミュレートも大切だが、今の戦いの相手は深海棲艦ばかりではない。対艦娘に関しても、しっかり覚えておく必要がある。
「ああ、それじゃあ……」
「深雪、僕とやらないか」
ここで名乗りを上げたのが時雨である。また仮想タシュケント辺りを相手にしようとしていた深雪としては、その申し出は少し驚いた。
「どうしたよ急に。見てるだけじゃ物足りなくなってきたか?」
「それもあるけど、今の君達に適任な相手は僕なんじゃないかと思ってね。なんて言ったかな、カテゴリーMだっけ。僕はそれで、君達の相手もそれなんだろう?」
演習はカテゴリーMとの戦いのシミュレートみたいなもの。艦娘同士の戦いを再現し、それに対しての立ち回り方と、
仲間同士の演習ならば、それはまだ競い合いという体裁があるため、本番と比べると緊張感が少し足りなくなる。しかし、ここで時雨が手を挙げたのにはワケがあった。
「僕とやれば、本番と同じだ」
仲間同士の演習ではない、本当のカテゴリーMとの戦い。時雨はこういう場でも容赦せずに、死なないとはいえ殺す気で挑んでくるだろう。しかも生まれたばかり。カテゴリーMというものを知るにはもってこいの好条件である。
だが、カテゴリーMの戦いを一度だけでも見ている深雪は知っている。たった1人、駆逐艦であっても、うみどりが出したのは長門を筆頭にした最高戦力──駆逐艦無しの火力で押し込むタイプの3人を以てして、互角に渡り合っていたことを。
この時雨も、先程は練度1と言われていたが相当な使い手だ。深雪に勝ち目があるかと言われれば、おそらく無い。下手をしたら滅多打ちにされる。そうでなくても防戦一方にされるのが目に見えている。
だが、深雪に日和るという言葉は存在しない。負けからでも何かを手に入れられるくらいにポジティブだ。ならば、ここで拒む理由はない。
「いいぜ、やってみよう。時雨なら殴りやすいしな」
「今までの分をキッチリ返させてもらうよ」
「自業自得って言葉知ってるか?」
これはいい機会である。説得に失敗した時のシミュレートが出来るのだから、やらないわけにはいかない。嫌でも沈めることになってしまうのだから、今からそれを知っておくべきだ。
お互い、位置につく。だが、普通の演習とは違い、互いの距離は通常より近い。説得の後にすぐ戦闘に入ることを想定した距離感である。
2人にとっては、初めて対面した時の距離と言ってもいい。手は届かないが、砲撃を相手にするには少々近いという、戦いやすいかにくいかで言えば後者になる間隔。
時雨は最初から背負っていた主砲を両手で持ち、砲撃の体勢に。勿論魚雷も装備済み。深雪も説得の時と同じ装備であり、主砲と魚雷。
練度は値だけで言えば深雪の方が圧倒的に高い。しかし、技量は時雨の方に分がある。
「合図も無し。時雨のタイミングで始める。説得失敗を想定した演習だからね」
「ああ、わかってる」
確実に時雨優位から始まるこの演習。しかし、深雪は逃げるわけにはいかなかった。たった1人で説得することはないとは思うが、状況的に1対1になる可能性が無いとは言えないのだ。
説得をしているということは、誰よりも前に立つということ。仲間達は後ろに控えてくれている。ならば、初撃は深雪か電が受けることになる。そして、深雪は電よりも前に出るのだから、深雪が先に喰らうことになるのは間違いない。
「電を、仲間を守るためにも、この演習は絶対に必要だ。勝っても負けても何かを知るきっかけになる。ビビってなんていられねぇ」
小さく息を吐き、時雨を見据える。その瞬間、既に時雨は砲撃を放っていた。
「っぶね!?」
「息を吐かせる暇なんて与えると思っているのかい?」
時雨ならやってくるだろうという想定が頭の隅にあったからか、咄嗟の行動で紙一重の回避を見せる。
時雨のタイミングで始めてもいいということなので、これを狡いとは言えない。時雨はタイミングを見計らって、絶好のチャンスを逃さなかっただけである。
「んにゃろう……っ」
回避をしたとしても、すぐさま連射で砲撃に追われることになる。それがやたらと精度が良く、連続で回避しているものの攻撃に転ずることが出来ない。
一方時雨も、深雪がここまで回避出来るとは思っていなかった。そしてすぐに気付く。回避のステップが、午前中のアイドル活動で学んだステップであることを。時雨や電は脚がもつれて上手く出来なかったそれを、この実戦の場で活かしてきている。
「知ったことを早速活かすなんて、流石だと言っておくよ」
砲撃に紛れさせ、魚雷も発射。回避方向をどんどんと減らしていき、確実に被弾するように追い詰めていく。時雨も遊んでいるわけではない。深雪の動きをすぐさま分析して、次の一手、その次の一手を予測しながら、一撃で終わらせるタイミングを見ていた。
理性を持つカテゴリーMだからこそ、実力はそのままにより戦略的なことをやってのけるのが時雨だ。むしろ普通のカテゴリーMよりも戦いにくいまであるだろう。
「くっそ、魚雷までっ」
雷撃もステップで回避していくのだが、そうすると砲撃に対しての回避が疎かになる。そういうときはステップだけでなく身体を捻ったりしながら紙一重を続けていった。この身体の動かし方も、午前中に学んだモノである。
時雨にはそれが踊っているようにしか見えず、クスリと笑みを浮かべながら砲撃の連射をさらに加速させる。
「君はこの戦場でもアイドルを目指しているのかな」
「そんなの那珂ちゃんだけで充分だ! あたしはかなり必死なんだよ!」
だとしても、砲撃と雷撃をここまで避け切ることが出来るのは恐ろしい才能だった。いくら覚えたばかりで身体が動くにしても、ここまで当たらないとなると、時雨に少しだけ焦りが見えてくる。
「危ない危ない。僕が呑まれるわけにはいかないよ」
だが、すぐに気を取り直して、深雪にダンスを踊らせ続ける。自分は撃っているだけだが、深雪は動き続けているのだから、そのうち疲労で動けなくなるのが目に見えているのだから。
反撃の際さえ与えなければ、最後は押し勝てる。それがわかっているのだから、焦ることなんてない。時雨はそういうところから冷静になれた。
「反撃っ、出来ねぇ!」
手に持つ主砲を構えようとしても、眼前に砲撃が飛んでくるために照準もまともに合わせられない。咄嗟に放ってもあらぬ方向に飛んでいくだけ。今の深雪には打つ手が無い。
ならば突撃。仮想タシュケントの攻略にも使った、当たる距離まで接近するというわかりやすい行動が出来れば勝ち目はある。しかし、時雨はそれすらも許さず、砲撃と雷撃のタイミングをズラして、今の場所より近付かせないように攻撃を続けてきた。
「くっそ、やっぱり時雨の方が技術的に上かよ……っ」
反撃させないタイミングを熟知しているような砲撃に、深雪は文字通り踊らされ続けていた。むしろ、踊れるように雷撃を放ってきているレベル。そのせいで前に出られないというのもあった。
ここで仲間の存在を痛感する。1対1なら勝てないかもしれないが、ここにもう1人いれば、時雨の攻撃がまばらになって攻めることが出来るようになる。
「隙は作らない。前には来させない。後ろにも下がらせない。君はそこで踊り続けてくれ」
そして、最後はそのステップを踏む脚をタイミングよく撃ち抜かれ、深雪は転倒。そのまま魚雷に呑み込まれていった。
仮想空間ではありますが、当然弾切れなども再現されています。時雨は撃ち続けていたので、深雪がもう少し耐え切れば弾切れを誘発出来たかもしれません。その前に深雪の動きに慣れた時雨に撃ち抜かれましたが。