後始末屋の特異点   作:緋寺

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彼岸花成分

 時雨の治療が開始される工廠。まずは水タバコのような形状の装置を使い、息を吐くことで肺に滞留している黒い煙幕を取り除くことが出来るかを試している。呼気に微量だが穢れが検出されており、やはり肺にそれが見えたということで、この治療方法は有効に働くのではないかと考えられた。

 装置に向けて呼吸をしながら、時雨は常に調査をされ続けている。チューブを咥えながらも、ベッドに横になり、穢れらしきモノがあるその場所を常にモニターされており、この機材を使っていることで、何か変わっているかをリアルタイムで確認。

 

 しかし──

 

「……なかなか減りませんね。というか、減っているかもわからないタイプです」

「ですね。増えているなんてことはないですけど、快復に向かっているかは何とも言えません」

 

 時雨の身体の状況を見ている明石と丹陽には、この治療が上手く行っていないように見えた。体内に滞留している反応が、小さくなるどころか反応すら見せないのだ。

 ただ呼吸に穢れが含まれているというだけであり、それを浄化は出来ているが、出来ているのはそれだけ。

 

「うーん……やっぱり息だけでは患部を引き摺り出せないんでしょうか」

「位置が変わってませんからね。こう、チューブでズルッと引っ張れるかと思ってましたが、簡単には行きませんね」

 

 そんな声が聞こえてくるのだから、時雨は小さく溜息を吐く。こうしているのも意味がないことなのかもしれない。そう思うと、次の方法を提示してほしいモノだと。

 

「肺というのが厄介ですね。本来なら、患部にチューブを直接押し当ててやりたいところなんですけど」

「それだと効果は見えてるんでしたっけ?」

「はい、穢れを含んだ土は、この装置で取り除くことが出来ているのは確認しています。茎と花弁どちらも使っており、そのどちらもが接触している。その状態で、茎が穢れを含むモノに対して接触している……まぁ、これが上手くいかないのは、ここですよね」

 

 実際に成功してはいるようだが、それはあくまでも土、穢れが染み渡った無機物に対してである。生物実験は初めてのことであり、上手く行かない要素はすっと思い浮かぶモノである。

 

「肺に直接差し込むことは流石に無理です。痛いとかそういうレベルじゃないですから」

「ドックを使ってやればギリギリですか」

「それでも上手く行くかわかりません。胸を開いて直接吸入してから修復材使いながら元に戻すとかになりますけど」

 

 やろうとしていることがなかなか怖いことになっており、時雨と言えども小さく恐怖を覚えた。先日までの阿手との戦い、これから起きる出洲との戦いに対しては、怖いとは全く思わなかったのに、仲間から割と残酷な治療方法を聞いたら、こうも嫌な気持ちになる。

 

 明石的には、その治療法はどうしても選択が出来ない理由があった。時雨は艦娘だからまだ入渠というカタチで取り返しがつくだろうが、この装置の本題はカテゴリーYにある。深海棲艦の姿に変えられただけの人間が相手なのだ。そして、その中には大人だけでなく子供もいるのだから、身体に負担なんてかけていられない。

 

「肺ということなら、それこそ何かを使って黒い煙幕を追い出すことは出来ませんかね。深雪さんの煙幕で燻されてもそこに残り続けているというのは恐ろしい話ですが、こう、彼岸花の要素を空気にして思い切り吸ってもらって、肺から黒い煙幕を無理矢理押し出す、みたいなこと」

 

 丹陽の提案に、明石はなるほどと腕を組んで悩む。茎と花弁を両方カタチが残らないくらいにしてから混ぜ合わせても、土の穢れを取ることが出来なかったことは確認していたりする。

 茎をチューブやストローのようにして、花弁を濾過装置のように扱うことで初めて穢れを吸収して浄化するという機能になる。形状というのはかなり大事な部分であり、今の水タバコのようなカタチにしたのも、吸い出すという要素を強めた結果だ。

 

「穢れを取るという点では失敗作でしたが、使えないことはないアイテムがあります。時雨さん、使ってみていいですか?」

「僕への影響は?」

「毒素は抜いていますので、何事もない……はず、です」

「煮え切らない言葉は不安にしかならないんだけど?」

 

 明石もそこは若干不安が残るようである。何せ、穢れ自体は取れていないのだから、効果的かどうかもわからないのだ。

 

「まぁいいや、死ぬわけじゃないならやってみてくれて構わないよ。とはいえ、僕だから大丈夫なだけで、他の深海棲艦化された連中にはやらないと思った方がいいから」

「助かります。人体実験は慎重に行かなければなりませんから、立候補してもらえるのは本当にありがたいです」

「君の信用問題になるからね。酷い目に遭ったら、僕が今後君のことを何と言うか」

「そうならないことを願いますよ」

 

 明石は一旦部屋から出て、その研究結果を持ってくる。丹陽は苦笑しか出来なかった。

 

 

 

 

「で、今度はこれは……酸素スプレーか何かかい?」

「はい、彼岸花を粉末化した後、特殊な液体に溶かしたモノになります。揮発性が高めの液体にしたので、このスプレーの中に含まれている気体そのものに成分が溶け込んでいる感じですね」

 

 トレーニング後、主にスタミナを根こそぎ持っていかれるような那珂のアイドルレッスンなどの時に使ったことがあるため、酸素スプレーの存在は知っていた時雨。それにそっくりなこのアイテムは、単純に吸う空気に彼岸花の成分を使ってみようと考えて作られたモノである。

 ただし、茎と花弁が完全に混ざり合っている状態であるため、形状の変化を許容する彼岸花でも、これでは十全の効果を発揮することが出来なくなってしまったようである。穢れを含む土に向けて使ったところで、吸い上げられることも無ければ、自然に穢れが失われていくようなこともなかった。

 

 だが今回は、気体であることにスポットライトが当てられる。時雨の肺に行き渡り、滞留している黒い煙幕を無くす、そうでなくても押し出すことが出来れば、治療の可能性は出てくるのだ。

 

「ちょっと器用なことをしてもらいますが、まずこちらを使って息を吸ってください。その後、チューブを咥えて息を吐いてください。あ、吸う時は深呼吸で、この中の空気で肺を満たすようにしてくださいね」

「わかったよ。寝ながらは難しいだろうから、座ってやるよ」

 

 ベッドから身体を起こし、スプレーを貰う時雨。使い方は酸素スプレーと同じだとわかり、小さく息を吐いた後、意を決してそのスプレーを口に当て、ノズルを押し込んだ。

 シューと聞いたことがある音と共に、時雨の肺を満たすように知らない気体が入り込んでくる。花が主成分なおかげか、少しフローラルな香りが楽しめる。

 

「すぅー……」

「はい、大きく息を吸って……そしてチューブを咥えて、吐き出してください」

「ん、ふぅー……」

 

 別モノの気体を吸い込んだことで苦しくなるかと思われたが、そこは普通に空気を吸っているのと変わらなかった様子。むしろ、いい匂いのおかげで気分は悪くなかった。

 だが、先程とは大きく違う感覚を得た。胸のところにつっかえているモノがあるような、そんな感覚。今吸った彼岸花の成分が、体内で何かしているとしか思えない。

 

「もう一度お願いします。スプレーで息を吸って」

「すぅー……」

「チューブで息を吐いて」

「ふぅー……」

 

 二度目の呼吸ではその反応は顕著だった。特に、呼気を判定する装置の方で。

 

「息に含まれている穢れの量が上がりましたよ」

「なるほど、混ぜ合わせたことで吸収と濾過の機能は失われてますが、穢れに対する強い反発作用はあるから、そこに滞留する穢れに近い成分を押し出そうとしているんですね。肺をこの成分で満たせば、滞留する黒い煙幕を取り除けそうです」

 

 しかし、今度は時雨側に微妙な反応が現れ始める。普通の空気ではない、彼岸花成分の気体を吸っているのだから、それだけをしていると酸欠状態になる。

 三度の呼吸をした後、時雨は一旦スプレーを離して普通の呼吸を再開。苦しいというわけではないが、危機感を覚えたという。

 

「これはこれでキツイよ」

「まぁ、そうですよね。ですが、明らかに変化が見えました。今の時雨さんには必要そうな効果ですよ」

「わかってるさ。ただ、それで僕が倒れたら意味がないだろうに」

「はい、ゆっくり行きましょう。時間をかけても悪化しないなら、それで充分です。治るか治らないかの2択なので」

 

 確実な成果が出るのならば、今は時間に囚われているわけでもない。そのため、時雨のペースに合わせての治療に専念する。

 時々横になってもらって、体内の状態を確認し、そしてまたスプレーと装置による呼吸を進めてもらう。

 

 そして、そうしていくうちに──

 

「移動しています。時雨さん、少し吐き出す勢いを強くしてください」

 

 肺の中の煙幕が外に追い出されるように移動が始まった。彼岸花成分の気体が肺に満たされたことで、邪魔な煙幕を押し出し始めたのだ。

 

「ふぅーっ」

 

 時雨が思い切り息を吐き出した時、煙幕が明らかに大きく移動した。気管支に乗ったところで、彼岸花成分がより強く押し出し、呼吸になって外へと排出される。

 チューブにそれが触れた瞬間、彼岸花の機能が一気に発動。穢れという穢れを全て吸収していき、それこそ時雨の肺からズルンと引き摺り出すように全てを浄化した。

 

「っ、ぐ……っ!?」

「我慢してください。もう少しですから」

 

 時雨は言いようのない気持ち悪さを感じていたが、しかし胸の奥のつっかえが取り除かれる爽快感も同時に得ていた。不快ではあったが、最後はスッキリするという結果になる。

 

 そして、すぐさま体内のチェックをしたところ、

 

「肺の穢れ、全て取り除かれました。ひとまず第一段階ですね」

 

 胸にあった穢れの反応は、これで全て失われていた。

 

 

 

 

 これで第一段階が終了。次は肺よりもっと厳しい、頭に渡ってしまった穢れの排除である。

 




吸入と排出のダブルパンチで、肺の煙幕の除去に成功しました。次はもう頭の方に行ってしまった煙幕の除去。
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