複数の装置やアイテムを使うことによって、時雨の肺に滞留した黒い煙幕を取り除くことは出来た。引き摺り出した煙幕は浄化装置によって穢れ部分は無害化されたものの、煙幕としてはそのまま霧散。深雪の煙幕を調査出来るかと採取しようとした時のように、その場に留まるようなことはなかった。
その後、時雨の身体を丹念に調べ、肺にはもう無いと確定。ここでようやく時雨は服を着ることが出来た。
しかし、彩が黒ずんでいるのは胸だけでは無い。既に回ってしまっている頭の部分にもある。
「穢れを吸い出すチューブを咥えていても、そこからその黒ずみが取れないということは、もうそれは穢れとは別モノなのでしょうか。それとも、肺のようにその器官に成分を蔓延させないといけない?」
時雨の状況を見て、明石は腕を組んで考え始める。穢れを吸い取る特異点の彼岸花の茎を咥えていたようなモノなのに、それでも吸い出されないということは、穢れではないか、届いていないかの2択だ。それをどうにかするためには、患部に直接触れるくらいしなくてはならない。
「……脳?」
「はい。なので、極端なことを言うと、やっぱり彼岸花を直接刺すか、あとは耳から入れるとか鼻から入れるとかが必要になりかねません」
「それは僕でもキツい。人間が耐えられるわけがない」
ごもっともと明石は苦笑するしかなかった。この処置は、時雨に緊急性があるというだけで、本来はカテゴリーYの深海棲艦化を治療するための方法だ。身体中に蔓延した穢れを浄化するという前提の下、どのような治療法が最も負荷が少なく、それでいて確実かを調査しているというのもある。
「肌から浸透させることが出来るのならやっているんですが……いや、まだやっていない方法がありましたね……」
「茎の部分を液体にして、花弁をそこに浮かすとかですか?」
「ボス、流石ですね。考えに先回りするのがお上手」
次に思いついたのが、茎をもう流動体としてみるというところ。ペーストにして花弁と混ぜ合わせて、それを液体とした後に揮発させたモノを使ったのが吸入機だったのだが、茎だけ、花弁だけというカタチで使うのはまだやっていなかった。
これはすぐに明石が準備を始める。彼岸花自体はまだまだ数があるので、もう少しだけ使わせてもらって実験に当てたいと。
「時雨さん、少し暇になりますけど、どうします?」
丹陽に言われ、小さく溜息を吐く時雨。
「どうせ戻ってもやれそうなことは今はないから、ここでの実験を見学させてもらうよ。僕のことにも関わるわけだからね」
「あはは……まぁ、酷いことにはなりませんよ。上手く行けばいいですけどね」
丹陽も、その実験が上手く行くかはわからない。未来視に引っかからないことは、いくら考えても判断がつかないので、やってみてはとしか言えないのだ。
明石が用意したのは、彼岸花1輪。その茎の部分を潰し、ペースト状にしつつ、特殊な水溶液と混ぜ合わせていく。それはすぐに、若干粘り気のあるスライム状の流動体へと姿を変えていった。
茎の色合いをそのまま持っている緑色の流動体、仮に茎スライムと明石に名付けられたそれは、現在は少量。
「薬の成分を持たせつつ、取り除きやすいようにスライム型としました。液体だと流れていきすぎて、回収がほぼ不可能になりますからね」
そう説明しつつ、島から採取してきている実験用の穢れた土の上に茎スライムを置く。流動体とはいえ水分を含んでいるため、それは土にジワリと染み込んでいった。しかし、全て染み込むわけではなく、土との接触面積を拡げつつも、大半は土の上に乗っかっているような状態。
「で、この状態で花弁を乗せると……?」
茎スライムの上に花弁を乗せる。見た目だけでは何も変わったようには見えない。ただスライムの上に花弁が置かれているだけ。
刻んだ茎の上に花弁を置いたら、茎と花弁が接触した状態で穢れと茎が接触するという状況が作ることが出来るため、土の穢れを吸い出し、浄化することは既に実験済み。それと同じことが出来るのではないかと考えた。
「……お、おお!」
明石の声が結果を物語っている。この状態でも穢れが失われていっているのだ。
「これは上手く出来ていますね。茎はその成分さえあればカタチをここまで問いません」
「うん、それはわかった。で、そのスライムを僕の頭にどうやって使うんだい」
「頭の上半分を覆ってもらって、耳から侵入してもらいつつ、先っぽだけは表に出してもらうとかですね。スライムをヘルメット状に被ってもらいます」
時雨が少しだけ難色を示す。おそらくこれは人間に害を与えないのだろうが、耳から入るという点がかなり危ないように思えた。それで脳にまでいけるのかもわからない。
頭の表面を覆い隠すことで、黒ずんでしまった脳の彩に影響を与えるかもわからない。やはり体内に入らなければ意味がなさそうだとも理解している。
「明石さん、少し思いついたことがあるんですけど」
ここで丹陽が手を挙げる。
「ボス、何かいいアイディアが?」
「時雨さんとしては、水分を耳から入れるというのが難色に繋がると思うんです。確かにちょっと怖いですし、ほら、これは改造された人間にもやることじゃないですか。耳から入るっていうのは、ちょっと」
「ふむ……中耳炎とかになるかもしれませんからね。安全なスライムにしているつもりではありますが」
「そこで、私達には安全に人体に……いや、純正の人間には難しいですけど、割と受け入れやすいモノがあるじゃないですか。それに使ってみるのはどうでしょう」
明石にも時雨にもピンと来なかったが、一緒に作業をしている主任にはあっと思うところがあった。
「このスライム、
水分を使って身体に浸透させるというアイディアは悪くない。しかし、その後のこと、治った後に体内から全て取り除くというのがかなり厳しい。
その点特機は、純粋な人間以外には体内に入り込んで自由に調査が出来るという特性を持っている。今の時雨の中にも存在している程だ。
今の特機には穢れをどうにかする手段が無いため、黒い煙幕を受けたところで何か出来ることもなかった。だが、
「なるほど……なるほど! それは上手く行く気がします。茎のままでは特機にその力を与えることが難しかったかもですが、このスライムを特機に飲み込んでもらうなりなんなりしてその力を得てもらって、直接頭の中に入ってもらえば、茎の成分を触れられない場所にも触れさせることが可能です。その触手を少しだけ身体の外に出してもらえば、そこに花弁を接触させて浄化も可能かもしれません」
早く気付いていればと明石は悔しがる。これが上手く行けば、肺の方も特機に任せることが出来ただろう。とはいえ、あちらの方法も不要ではない。脳のように浸透しているなら特機が必要になるかもしれないが、肺に滞留する気体に対しては特機は少々不得手になるだろう。触れているという概念の判断が難しい。
気体にはシーシャと吸入機、浸透には特機と使い分けて、確実に穢れを浄化していけばいい。これまでが無駄になることはないのだ。
「早速準備をしましょう。あ、でも特機をそれ専用にしておかなければいけません。出来そうな特機ってありましたっけ」
「特機は今でも作り出せるんじゃないかい? 高波に『増産』してもらって、深雪に燻してもらえば」
「確かに! 一度やってみましょう。まずは各方面にお願いしに行かなければ」
明石の行動力はここで凄まじいことになる。伊豆提督への提案の許諾を貰うところから。高波の『増産』可能な深海忌雷についても使用許可は必要だし、深雪はまだ訓練中だ。それを中断させることにも繋がる。午後からやるとすればまた話は変わるだろうが、どうするにしても話を通しておかねばならない。
とはいえ、これが成功した場合、カテゴリーYの治療方法の確立に大きく貢献することになるだろう。それならば、皆が率先して協力してくれるはずである。
明石はすぐに部屋を出ていった。残された時雨と丹陽は、ただ顔を見合わせるしかなかった。
「……まぁ、治してもらえるなら、僕は構わないよ」
「そうですね。抵抗はあるかもしれませんけど、私としては確実だと思っています」
「彼岸花の力を持つ特機ね……」
時雨はどうしてもそこにいい表情をしない。それが今、脳を黒ずませている穢れのせいなのかはわからないが。
「……結局、深雪を頼らざるを得ないのが、僕としては悔しいよ」
「今回は早いところ治療しなくてはいけないというのもありますし、そもそも時雨さんを蝕むそれも、特異点の力を悪用したモノみたいなモノなんですから、仕方ありませんよ」
「かもしれないけどね……はぁ、すごく嫌な気持ちが溢れてくる気がする。まだ僕が僕でいられているからマシなんだろうけど。無意識に嫌うようになったらおしまいかな」
苦笑するが、笑い事でもない。黒深雪の煙幕には、こういう力があるということがわかってしまっただけでも、脅威として対策が必要になってしまったのだから。
治療は続く。しかし、光明は見えたと言えるだろう。
作者も忘れてしまっていたのですが、時雨って今、特機を寄生させてオーバークロックが使えるんだから、擬似的なカテゴリーWでもあるんですよね。彩、マゼンタと書いてしまいましたが、そこは白で、要所要所を黒くされているというイメージで補完をお願いします。申し訳ございません。