高波の『増産』により増やされた忌雷が、深雪による特異点の煙幕に燻され、さらには彼岸花の茎の成分を飲み込んだことで、緑色の特機として生まれ変わった。彼岸花の花弁があれば、穢れを吸収して浄化する役割を持っていることも確認出来たため、これにより時雨の治療が可能になったと言える。
とはいえ、やってみなくてはわからない。これだけやっても治療出来ない可能性だってあるのだ。時雨を被験者として、まずは使えるかどうかを確認する。
「んじゃあ、頼むぜ、明石さん」
「時雨ちゃんのこと、よろしくお願いするのです」
2機目の忌雷も特機へと変えたことで、特異点のお仕事も終了。高波も『増産』が不要となったことで艤装を下ろしていた。
また必要になることがあるかもしれないが、ひとまずはこれでいい。その時になったらまた動く。
「はい、ここからはこちらの仕事です。協力ありがとうございました」
緑色に染まった特機を手に、明石は礼を言うと、早速工廠の奥へと向かった。これがあればきっと、あらゆる治療に何かしらの一石を投じることが出来るはずだと信じて。
「……治ってほしいって、強く願ったぜ。もしかしたら、いつもよりも強いくらいだ」
「なのです。きっと大丈夫なのです」
その背を見つめながら、深雪と電はさらに無事を願った。特機を使った治療だ、本当に何が起こるかわからないのだから。
工廠の奥。時雨は丹陽と共に大人しく待っていた。丹陽が話をすることでなるべく落ち着かせ、急な悪化も防いでおり、まだ理性がある内に念のためと手脚を拘束までしている。なお、それを望んだのは時雨だ。余計なことをするくらいならば、縛っておいてほしいと。
「まだ大丈夫だよ。まだ治されたくないとかは思っていない。何か違和感があったら、丹陽に言ってもらうようにしてるんだ」
「はい、私がこうして一緒にいる間は、何も変わっていません。稀に深雪さんのことを避けるような言い回しがありましたが、それは時雨さん本来のプライドの部分もあると思います」
「僕はそんなにプライド高いヤツじゃないんだけど」
「でも、負けたくないからというのがトリガーとなったのでしょう。時雨さん、自分ではわからない程度にはプライドがあるんですよ。深雪さんには負けたくないっていうね」
丹陽に言われて、時雨は溜息を吐くしかなかった。言い返せないところも多々あるからである。
「お待たせしました。治療用の特機の準備が出来ましたので、早速始めようかと思います」
明石が先程完成した特機を時雨と丹陽に見せると、その少し違う色合いに少々眉を顰めた。これまでとは違う、特別な特機であることが嫌でもわかる。これが自分の体内に入ってくるのだぞと言われて、特異点由来であること関係なく、簡単に納得が行くモノではない。
「……これが、僕の中に入るのかい」
「そうですよ。そもそも時雨さんの中には1つは入ってるんですから、2つも3つも変わりません。まぁ、寄生の仕方を失敗すればバケモノになるでしょうけど」
「怖いこと言わないでくれないかい」
「この特機が、そんな失敗をすると思いますか。仲間を思い遣った優しい願いが込められている特機が」
やはり、どうしても、時雨にはそこが引っ掛かるようになってしまっている。特異点の力が体内に入るというところに、無意識に嫌悪感を覚えるように。だが、時雨はそれを無理矢理にでも意識する。本来の自分なら、そんなことは考えない。深雪のそれを、口ではあーだこーだ言いながらもちゃんと受け入れるのだと。そうでなければ、特機から力を貰ってはいない。
「自主的に拘束されてくれていたんですね。その方がいいでしょう。それでは処置を始めましょう。脳に触れてもらうということもあるので、うつ伏せになって横になってください」
簡単に動かないようならば、無理矢理にでも押さえ付けようと考えていたが、時雨はまだそこまで進んでいない。自分から拘束をしてもらっているところで留まっているため、明石の指示も素直に聞く。
「これでいいかい?」
「はい、では、ここから起きたことは、出来る限り口に出してください。今後に繋がります。痛いなら痛いと、気持ちいいなら気持ちいいと」
「……どちらにせよ言いたくないねそれ……」
時雨の意思は一回外に置いて、ここから本格的に処置が始まる。暴れられても困るため、自主的な拘束もベッド側に固定するように変更。
うつ伏せにしたのは、うなじ部分を表に出すため。今回の特機は、そこから寄生してもらう。
「では、行きますよ」
時雨のうなじに特機が置かれる。まずは1機だが、その感触に時雨は少しだけ息を呑んだ。ひんやりしているというわけではないのだが、やはりどうしても普通とは違う感覚に襲われる。
「あまりいい感覚ではないね。自分の首の上でうぞうぞされてるのは」
「ここからが本番ですよ」
「わかってるさ……っ」
そして、特機は触手を首筋から突き立て、蠢きながらも時雨の体内に侵入していく。何処にそんな入り口があるのだと思うような入り方をするので、正直治療する側でも真正面から見るのには抵抗がある。しかし、傷一つつけることなく体内に入っていくこともあり、その手腕は鮮やかだと思えた。
「特機、入りました」
「入られてるね……後頭部に何かあるような感覚はある。まだ、ね」
「なるほど、でもすぐにその感覚も失われますよね。私も特機を寄生させている身です。最初は知っていますから」
明石とて『工廠』の力を得るために特機を寄生させている者。寄生の感覚はちゃんと知っている。最初は入ってきたという感覚が強いが、そこからはまるで当たり前のように身体に存在するようになるのだ。溶け込んだように違和感が無くなり、今自分の身体の何処にいるのかもわからない。
「っ……ぐ……」
「どうしました?」
「まだ入ってる感覚があるね……あのスライムのせいかな」
「その辺りは変質しているかもしれません。感覚的には」
「痛くもなければ気持ちよくもないよ。ただひたすらに、不快感がある」
身体の、しかも頭の中に何かいることが、不快ではないなんてことはない。後頭部に何かいるという状況が続くのは、慣れていようがいまいが、気持ちのいいモノではない。
「この治療、時雨さんだけでなく、カテゴリーYの方々にも出来るようにしていきたいんですよ。出来ると思います?」
「無理では、ないかな……子供に耐えられるかは、何とも言えないけど……」
時折、時雨が身体を震わせるのは、おそらく無意識。触れられているというのを自覚出来ないが、特機が時雨の脳を触り始めたのだろう。それでも痛みどころかその感覚が全く無いのは、特機の手腕と言える。
黒い煙幕の影響を受けているのは、脳の表面ではなく内側。肌に傷をつけずに侵入したように、脳にも一切の傷をつけないように、慎重にその触手を伸ばしていく。内側、傷をつけたらほぼ確実に障害が残るような場所。そんなところに、その手を付ける。
それでも時雨は自分に何かされているという感覚は無かった。ただひたすら、無意識に身体がビクンと震えるだけ。触られてはいけないところに触られていることを、意識出来ずとも身体が反応してしまうだけ。
すると、ここから少しだけ特機の挙動が変化する。触手を時雨の患部に辿り着かせたのであろう。もう片方の触手を、時雨の体外へと伸ばし始めた。後頭部の少しだけ下、髪の隙間からニョロリと触手が生えていたのだ。
「おっと……これは、つまり、こういうことですね」
時雨の後頭部から現れた触手に、彼岸花の花弁を触れさせる。これによって、時雨の脳に直接彼岸花を刺したのとほぼ同じ状態を作り上げた。
「っ……何か、じんわりとする……」
「温かい感じですか?」
「温度的な、モノじゃ、ないよ……でも、何処か……心地良い気が、する……」
余計なモノが取り除かれていく快感なのか、時雨はベッドに突っ伏した状態で身体を震わせることしか出来なかった。頭がジワジワと心地良いような気がする。
これもまた、特機の気遣い。痛くしないように寄生しつつ、治療も触れてはいけないところに触れているのだから、耐えられるように、嫌な気持ちを与えないように、少しだけ心地よさを与えている。寒い夜に風呂に入るような、じんわりとした気持ちよさ。それによって、拒否反応を起こさせないようにしていた。
事実、時雨は暴れることもしていない。念のための拘束は、全く意味がないモノになっている。
「っ、何か、抜かれている、ような」
「穢れを抜いていますね。今の時雨さんには、彼岸花が直結しているような状態ですから」
「あの、土と同じ状態なのか、僕は」
「そういうことですね」
話しながらも、明石は時雨の中の穢れを測定し始める。すると、
「やっぱり。ちゃんと穢れ自体は抜けてきていますよ。黒い煙幕が穢れ由来だったならば、これで確実に失われます」
「そう、かい……それは良かった……」
「感覚はどうですか。痛いは無さそうですが、消耗は」
「あまり感じないけれど……身体が動かないかな……そういうところを触られてるということ、なのかな」
完全にベッドに身を任せてしまっている。力が抜けてしまっており、特機になすがままの状態である。
抵抗すらせずに処置を受けている辺り、特機がこの治療に特化しており、患者に一切の苦痛を与えないようにしているということに繋がる。
「穢れが失われます。後少しです。後少し……」
「……っ」
「終わりました」
脳内と穢れを全て抜き取った瞬間、特機はスルリと時雨の頭の中から抜け出した。髪の隙間からこぼれ落ちるように出てきた特機は、ベッドの横に着地し、完了したぞと表すようにビシッと敬礼のポーズを決めた。
特機による治療は、ひとまず成功と言える状態に。まだ確認しなくてはいけないことは多々あるだろうが、落ち着けるところには来ただろう。
時雨の治療は何とか終了。これがカテゴリーYに使えるかはまだわからず。