昼食後、少し休んでから午後の行動へ。深雪は時雨との約束のため、午前中と同じようにVR訓練へと赴く。
今回は隙間に入れてもらったということもあり、電達は外。戦い方を見るために、見学に徹する。
今回の演習は、時雨が治療出来たかどうかの確認にも繋がるため、その戦いぶりは明石など一部の面々も見ている状態。治療に参加した丹陽や、前回の演習に参加している夕立達も、時雨の様子は気になるようで、観戦で様子見している。
「暁は話しか聞いてないけど、一応明石さんに頼まれたから、一番近いところで時雨の様子を見るわ」
仮想空間上でも時雨に対する確認は入り、今ここにいる者の中でも特にそういう能力が高い暁が時雨の細かい所作について監視することとなった。
時雨の身に起きたことを事細かく理解しているわけではないが、何かおかしいと思った時点でストップをかけるという役目。時雨のことを全て理解しているわけではないにしろ、ある程度は可能であろう。
「大丈夫ですよぉ、何かおかしなことをしたら、綾波がしっかり始末つけてあげますからねぇ」
「君が言うと冗談に聞こえないよ」
「冗談じゃありませんからね〜。ここでなら撃っても刺してもいいんですから」
時雨と綾波は、軍港都市での『量産』事件で嫌な因縁が出来てしまっている。それもあって、時雨からは綾波に苦手意識が少々向いていた。仮想空間では何をやってもいいというのも、確かにそうだとしか言えない。本当に容赦無く躊躇なく刺してくるだろうから、時雨は綾波から少し距離を取っているほどである。
「聞いた話だと、午前中の演習でケチがついたのよね。なら、ここでしっかりと憂さを晴らしておきなさい。お互いに、モヤモヤしないように」
「ああ、ちゃんと白黒はっきりつけてくる」
神風も最初は審判としてその場で見届ける。横槍を入れるつもりもない。また、せっかくの演習なのだから、成長に繋がるように監督役としてしっかりと指示も出せるようにするつもりのようだ。無論、それは演習を終えてからだが。
「じゃあ、やるか」
「ああ、今度はああはいかないよ」
「そうあってくれ。目の前で自爆されるのは二度と見たくない」
「僕もだよ。あんな選択は二度としないさ。仮想空間でもね」
深雪としても、時雨とはあんな結末のまま終わりたくなかった。ここでまた、本気の演習が出来ることは、非常に喜ばしい。故に、自然と笑みが溢れる。
「次はちゃんと勝ってやるよ」
「次は何事もなく勝つさ」
拳を突きつけて、2人は初期位置へと移動する。午前中の演習の時よりも、何処か身体が軽そうに見えた。
所定の位置に辿り着き、2人が息を吐く。ルールは午前中と同じ。離れていてもお互いの言葉は聞こえる状態にされ、他の音は耳に入らない。誰も横槍を入れることはせず、ただ1対1の演習を、どちらかが勝つまでやり続けるのみ。
仮想空間であるため、必殺の一撃も許される。相手を殺すような行動も許される。
「よし、じゃあ……行くぜ!」
演習開始の合図が響くと同時に、深雪は一気に駆け出した。時雨の得意な間合いは、深雪のそれよりも距離がある。深雪は近付くことが、時雨は近付かせないことが、この演習の勝利に繋がることになるだろう。
「まぁ、そう来るよね。ならやっぱり僕は、君を近付かせないことに専念しよう」
対する時雨は、背部大口径主砲と魚雷を織り交ぜながら、深雪の進行を妨害する。当たれば一撃必殺となる砲撃と雷撃は、掠めることも許されない。なるべくならば大きく避けたいところなのだが、そうしているのならば時雨の思うツボ。大胆に近付くことも考えねばならない。
「午前と同じになるよな」
「当然だろう。それが僕の有利に繋がるんだ」
「わかってらい。でも、あたしは無理にでも突っ込ませてもらうぞ」
仮想空間での演習であることの利点、それは多少の無茶が罷り通ることである。当然それで失敗して敗北していては話にならないのだが、この大事な場面でもその選択が出来るかどうかは、今後重要になることもあるだろう。
時雨とは一度やり合っているのだから、ここで攻撃を回避しつつ前に進むというのも深雪の中では選択肢として挙がった。故に、ここは回避もそこそこに前に進むを選択。
大口径主砲による牽制をモノともせず、紙一重よりは少し大きめに動いてでも一歩、また一歩と前へ。魚雷も破壊と飛び越えることを交互に繰り返し、少しでも前に進む。
時雨は時雨で近付かせない。攻撃をしながらも距離を保つために後ろに進みながら、深雪からは絶対に目を離さない。前回はそうしている時に簡易爆雷を投げられ、一瞬思考を止められた。それは最初から警戒している。
「っ……」
だが、時雨はここで息を呑んだ。午前中での演習よりも、確実に深雪の動きが良くなっていることに気付いたからだ。
それもそのはず、午前中は時雨が治療に専念している間も、深雪はここで演習をしていたのだから。途中で抜けることになったとしても、それまではみっちりである。
そしてその相手がよりによって夕立。2対2のタッグ戦だったとはいえ、予想外な動きを何度もやってくるような狂犬を相手にしていたのだから、自然と戦い方が出来上がってくる。
深雪も夕立に倣っているわけではないのだが、少々強引な動きで前に進んできていた。魚雷を飛び越えるだけではない。その隙間に足を置き、ステップを踏みながら後退すらせずに向かってくるのは、繊細かつ大胆。
「なるほどな、こうすりゃ下がる必要もないか!」
「滅茶苦茶じゃないか。足に当たったらどうするつもりだい」
「当たらないって確信して動いてんだよ。隙間が無かったらこんなことしねぇ」
時に飛び越え、時に足をつき、一歩も退くことなく向かってくる深雪に、時雨は……
「……はは、そうかい。それなら、もうこうやって距離を維持するのも難しいわけだね」
笑いが溢れていた。苛立ちなんてない。ただ、そんな戦い方をしてくる深雪を認め、自分の距離で戦うことは難しいと判断した。
一番得意な間合いは、無駄弾を使わされるだけ。実際の戦場ならジリ貧と言える状態に陥るだろう。撃っても当たらないなら、撃つことをやめる。
「なら、僕は間合いを取るのをやめよう。これしか脳がないわけじゃあないんだ」
背部大口径主砲の使用をやめ、マウントしていた小口径主砲に持ち替える。自分の得意な距離ではなく、深雪の得意な距離となるが、むしろこちらの方が戦いやすくなるのなら、時雨は喜んでその選択に飛び込む。
「今度はお前が近付いてくるか?」
「ああ、そうさせてもらうよ。やってることが逆になるかい?」
「かもな。来るなら来いよ。あたしは近付かれても問題ねぇ!」
攻守逆転。今度は深雪が時雨に近付かれないように砲撃と雷撃を織り交ぜながら時雨の接近を防ぐ。
しかし時雨と違うのは、間合いを取ろうとしないこと。近付かれたなら近付かれたで、そこからは接近戦、近接戦闘へと移行するだけである。
「身体が硬いお前が、これをどう避けるよ!」
「君が無理を通すようなやり方をしたからね。僕も身体を張らせてもらう」
確かに時雨は身体が硬い。深雪と比べると、柔軟性に大きく難がある。本人もそれを自覚し、それを考慮した戦い方をしている。とはいえ、ステップが踏めないわけではないのだから、那珂のレッスンから学んだ足取りは扱うことが出来る。
それに加えて、時雨は飛び越えるのではなく破壊を織り交ぜることを優先した。避けながらの前進ではなく、破壊しながらの前進。少し強引ではあるが、水飛沫が舞い散ろうがお構い無し。時雨は確実に傷を負わない方法での前進を選択している。
「……はは、お前、そういうことやるタチだったか?」
「学んでいるんだよ。君こそそんな繊細なタチだったかい?」
「学んでんだよ」
「そういうことさ」
本来ならやっていることが逆のように見えるが、ここの深雪と時雨はそういうモノなのだ。お互いに学び、自分のやりやすい戦い方を選んでいた。
深雪は豪快で大胆な選択をしそうではあるが、割と慎重に動く。時雨は計算高く繊細な選択をしそうだが、思い切った行動に出る。艦娘としての2人とは違うかもしれないが、それがうみどりの2人だ。
「さぁ、ここからもさっきと同じになるかな」
「だな。文字通りの殴り合いになるか!」
「そうだね、そうなるさ」
深雪からの砲撃と雷撃を潜り抜け、時雨はついに接近を完了させた。魚雷の破壊によって出来た水飛沫と水柱を、お構いなしに突っ込んできたため、時雨は水浸し。深雪もその影響をモロに受けており、一瞬水飛沫が視界を塞ぐように飛んできたことで、ここまでの接近を許す。
砲雷撃戦の間合いではない。お互いに得意な距離ではない、完全な殴り合いの間合い。2人して、ニッと笑う。
「またこうなんのか、よっ!」
「ああ、またこれ、さっ!」
もう手が届くような距離で、お互いが最初に繰り出したのは、主砲を持った拳。ゴギッと嫌な音を立てて、主砲同士がぶつかり合う。それならばと互いにローキックを放ち、それもぶつかり合う。
初手は、午前中の演習の再現。この始まりが、殴り合いの合図。そして、前回は時雨がおかしくなったトリガーにも考えられる。
ここからまともな戦いの終わりに向かえたならば、時雨の治療は完了したと言える。
演習は早くも近接戦闘へ。あの時はかなり強引なやり方がいくつも見受けられたが、今回はどうなる。
深雪も時雨も、少し巻きで行ってる。