深雪と時雨の再戦は早くも近接戦闘へと移行。砲雷撃戦では深雪が止められないと悟った時雨が、自分の得意距離を捨て、更には深雪の得意距離からも詰め寄って、拳が届く位置まで一気に近付いた。
最初の主砲を握り締めた拳、そして体勢を崩すためのローキックと、その流れるような所作は前回の演習と全く同じ。嫌な音を立てつつも、互いの攻撃を互いの攻撃で防ぎ、次の一手を探し出す。
「今回は一味違うぞ」
「へぇ、それは楽しみだよ」
先手を取ろうとしたのは深雪。大分接近をしている状態だが、さらに踏み込み、殴るのも困難な距離へと詰め寄る。
時雨の気質、ストライカータイプをどうにかすることを考え、掴みに転じやすい更なる超至近距離を狙った。
「これ以上近付かれるのは困るねっ」
だが、時雨は当然それを許さない。接近に対して、闘牛のようにヒラリと躱す。そして、すれ違い様に腹に膝を入れようとした。
「させねぇっ」
それを読んでいない深雪ではない。膝を出されるとわかっていれば、それを起点に掴みに掛かることだって出来る。
腹に触れる前に、その膝を両手でしっかりと掴む。そして抱き抱えるようにすれば、そのままドラゴンスクリューの要領で捻りながら押し倒すことも可能になるだろう。
しかし、今はただの格闘ではない。互いに片手に主砲を持った状態だ。時雨は脚を掴まれたとわかった瞬間に、捻られる前にその主砲を深雪の肩に向けた。
放てば片腕が捥げる。多少はダメージが入っても、それ以上のダメージが深雪に与えられる。さらに言えば、この捻りは確実に失敗に終わるだろう。掴みが成立しなくなるのだから。
「っぶね!?」
放たれる直前に深雪はその手を離して回避に徹した。時雨の放った砲撃は肩を掠めるだけに留まった。
ここで深雪はただ離れるだけではない。時雨が片足立ちになってるところを狙い、安定しないだろうと超至近距離での砲撃を敢行。咄嗟ではあったが、あまりブレのない照準で時雨に狙いを定めた。
「させないっ」
しかし時雨はそこにも反応した。主砲の砲塔を、先程掴まれそうになった上がっている片足で咄嗟に蹴り飛ばしたのだ。超至近距離だから成せること。そして、本当にギリギリの一手。
こちらも放たれる直前だったため、深雪の砲撃は少し逸れただけとなって身体を掠めた。致命傷には遠く及ばない、深雪と同じ擦り傷。
この攻防で少しだけ距離が出来た。ストライカーの時雨には少し遠いくらい、拳がギリギリ届かないくらいの距離。深雪も当然届かないが、変に手を伸ばしたら掴み掛かられることがほぼ確定している。
故に、時雨は少しだけ慎重になった。殴りかかるには距離を詰めなくてはならないが、そうすれば掴まれる可能性が一気に上がる。殴り合いなら分があっても、掴み合いならば分が悪い。
深雪は逆に大胆に考えていた。掴み掛かれば勝機が出てくる。オールラウンダーとして、どちらもこなせるように鍛えているのだから。
「っ」
動くのが速かったのは、時雨だった。深雪はここでも近付いてくるだろうと読んだことで、その接近を防ぐために主砲を放つ。狙いは胴、ではなく、脚。避けやすいかもしれないが、前には進めなくなる。
「速撃ちかよ!」
「こちらの方が抜くのが速かったようだね」
深雪も同じことを考えていた。一発撃って牽制し、そこから一気に詰め寄ろうと。しかし、先に抜いたのは時雨。その目論見は脆くも崩れ去る。
どうにか回避したが、自分の真下に着弾したことで、大きく水が弾け飛び、足下が突然波打つ。安定性を崩したことで、深雪はほんの少しだけ体勢が崩れた。
時雨がそれを見逃すわけがなかった。ここだと言わんばかりに突撃し、深雪の腹にトーキックを一発入れる。ガードが間に合わず、突き刺さるような蹴りが入ったことで、深雪は息を呑んだ。脚部艤装があることから、ダメージは更に上がっている。内臓がやられていてもおかしくないくらいの一撃。
「先制だ」
「っが、でも、近付いたなっ」
ダメージは入ったものの、今の時雨は深雪に触れている状態。つまり、掴んでも文句を言えない状態。
「肉を切らせて、骨を断つっ」
時雨の足にむしろ自ら腹を食い込ませるようにして体勢を崩し、さらには脚を抱えて力いっぱい締め上げる。アンクルロックの状態を作り上げると同時に、さらに力を込めることで時雨を強引に持ち上げ、そして投げた。
締め上げながらの無理矢理な投げにより、脚の腱に多大なダメージを与える。切れるような音はしなかったモノの、時雨の脚を機能停止に追い込むには充分な一撃である。
「やって、くれるね」
投げられた時雨はすぐに立ち上がろうとするが、脚のダメージが思った以上に大きく、力が入らなくなりガクンと崩れる。深雪は追い討ちをかけるためにダメージを受けた腹を気にすることなく時雨へと接近しようと踏み込んだ。
だが、時雨のやったのは、この海の上ならではの戦法。ここにはいくらでも水がある。それはダメージにはならないが、あらゆる手段で有用に扱うことが出来るのだ。
故に、時雨がやったのは、軽く掬い上げた水を深雪の顔面にかけるという、ある意味喧嘩に近い行動。しかし、この一瞬の目潰しは、非常に有効だった。
「うおっ!?」
「悪いね、こういう戦い方もあるんだ」
深雪が目を瞑る。つまり、隙が出来る。ここで主砲を放てば、高確率で当たる。
「なら、文句言うなよ!」
しかし深雪も負けてはいない。時雨がそういうことをしたならば、こちらもやらない理由がない。
片足で思い切り海面を蹴り上げることで、時雨に倍以上の量の海水をぶちまけた。
「なっ!?」
「倍返しだっつーの」
視界が先に戻るのは深雪。時雨も目潰しをされたならば無闇矢鱈に砲撃を放つことはしなかった。そう、無闇矢鱈には。
こういうことをやってくるということは、次の一手は2択。一気に接近してくるか、その場で砲撃を放つか。どちらにせよ、時雨には目潰しされる一瞬前の深雪の位置は把握している。そこに撃てば、少なくとも深雪の思惑を潰すことは出来る。
「近付くんじゃないよ」
放たれた砲撃は、深雪がいた場所を見事に撃ち抜いた。だが、深雪がそのままそこにいるとは限らない。海面を蹴った時点で、撃ち返されることを予想していた深雪は、目潰しと同時に横へと移動していた。
そして、時雨が次に見たのは、深雪の足だった。砲撃を避け、そして一気に近付いて、体勢を崩している時雨に向けて渾身の蹴りを放っていたのだ。
「っ」
「おらぁっ」
思い切り振り抜ければ、それで勝負が決まるくらいの一撃。タイミングも完璧と言ってもいいくらい。時雨はこの蹴りを回避することが非常に難しい。
ここで、黒い煙幕の影響を受けているならば、またもや爆雷によるリセットを考えるだろう。相討ちにより、この演習もノーカウント。勝ってもいないが負けてもいない。敗北から逃げることで、気持ちの面で負ける。
だが、時雨はもうそんなことを考えない。一か八かの大勝負に打って出た。
「こっの……っ」
ちゃんとしたガードも間に合わない。回避も間に合わない。唯一間に合いそうだったのは、その深雪の足に対して、拳をぶつけること。タイミングが合わなければ顔面を蹴られる。だが、タイミングが合えば軌道を逸らしつつダメージを与えることが出来る。
そして繰り出された時雨の拳は、ピンポイントで深雪の足、くるぶしの辺りに直撃した。主砲を握っていることもあり、その威力はかなりのモノ。深雪の蹴りは時雨の頭部を掠めるように逸れ、同時に大きなダメージに繋がる。
「おまっ」
「まだ負けるわけには、いかないのさっ」
深雪の蹴りを殴り付けた拳を、そのまま深雪に向ける。主砲がしっかりと深雪の胸に突き付けられた。しかも、咄嗟にしては完璧な左胸。引き金を引けば、そのまま心臓を抉って勝利を捥ぎ取れる。ならば、何も躊躇はない。
しかし、深雪もタダでは転ばない。払い除けられた足とは逆、踏ん張っているもう片方の足を浮かせ、かなり強引に時雨の主砲を蹴り飛ばす。砲撃が放たれる直前だったため、その一撃は完全に回避することは出来なかったが、完全に肩をやられたことで左腕が持っていかれてしまう。
「勝ちにまで、繋がらないか……っ」
「なら、まだ勝機はある、よなぁ!」
深雪が主砲を持っているのは右手。つまり、砲撃が可能。
時雨は気を緩めたつもりはない。勝ちは逃したが、次を見据えて行動に出ていた。
だが、深雪の方がほんの少しだけ速かった。左腕が失われたことでバランスは崩しかけていたが、その闘争本能により、時雨の胸に主砲をもう向けていた。
一方、時雨は主砲を持つ手を蹴られている。すぐに照準を定めることは出来なかった。
「っらぁ!」
そして放たれる、深雪の砲撃。体勢が整っていない状態での一撃だったため、照準を合わせても、そこに上手く当てることは出来なかった。弾かれるように主砲が跳ね、その結果、胸ではなくこちらも左肩に直撃。深雪と同様に左腕が捥げることになった。
「っぐ……ま、まだ……」
「終わらねぇ……よなぁ……っ」
お互いダメージは大きい。負けず嫌いな気持ちが前に出て、敗北を認めることなく、最後の一撃に向けて、同時に主砲を突き付けあった。
これが終わりの合図となると、互いに察した。勝つことは出来なかったが、負けてもいない。完全な相討ち。避けられれば勝ちとなるのだが、蓄積されたダメージが、それを良しとしてくれなかった。
「……時雨、午前中とは違ったぜ」
「そうかい……それは良かった。治療は成功だ」
「お前はそれくらい前向きでないとな」
同時に放たれる砲撃。そして、同時に倒れる深雪と時雨。2人とも、不服なんて無い、全力の上でこれを認めた。
爆雷での自爆とは全く違う、互いに前向きな、最後まで勝ちを捥ぎ取ろうとした、間違いない引き分けだった。
すごい勢いで頷いている、満面の笑みの綾波がそこにいる。